想起(そうき)
想起
一定の間隔で鳴る電子音が、南美の頭の中で響いていた。意識が覚醒し始めると共に、激しい頭痛に彼女の顔が歪み彼女は目覚めた。見慣れない白い天井と白い壁、その部屋のベッドに彼女は横になっていた。身体を起こそうとしたが体中に激痛が走り、痛みで動く事が出来なかった。
(ここは、どこ?なぜ、ここに?)南美は記憶を探った。
(誰かがわたしを突き飛ばして…爆発が…龍輔さんが巻き込まれて…!龍輔さんは?)
南美の瞳から涙が溢れる。龍輔のことが心配だったが、痛みに支配された身体は動く事を拒んでいた。
ドアがノックされ、白衣を着た女性が入ってきた。
「気がつかれましたか?お身体の痛みは如何ですか?」その女性は南美の涙を優しく拭きながら訊ねた。
「ここは、何処でしょうか?龍輔さんは大丈夫なのですか?何処にいるのですか?」南美の質問の答えを持ち合わせていない白衣の女性は、困ったように謝り頭を下げ、「暫くは気持ちを落ち着かせてゆっくりお休みください。御用のある時はこのボタンを押してください」南美の左腕にボタンのついた腕時計のようなものを巻きつけると、一礼して部屋を出て行った。突然、南美の頭に激痛が走った。彼女はその痛みに耐えきれず気を失った。
~ミレニアル王国 玉座の間~
国王のガルドラ・ミレニアル・ファルクスと王妃のクラリエルの前に5名の戦士たちが報告を行っていた。司令官のクロガ・カルシェル、その隣にミナモ・ルークヴェルク、二人の後ろに3名の戦士が跪いていた。「それでは、リュウの行方はまだ、判らないのだな?」国王ガルドラは苦渋に満ちた表情でクロガに訊ねた。「誠に申し訳ありません、私がいながら王子を守ることが出来ませんでした。現在も数名の者に捜索を行わせておりますが、まだ連絡は入っておりません。これから我々も捜索に向かいます」
クロガは頭を下げたまま答えた。握られた拳は僅かに震えている。王妃クラリエルは、俯いたまま唇をかみしめていた。
「そうか…それより、ミナモ、そなたは怪我をしているのではないのか?無理をしてはいかん、気持ちはわかるが今は身体を治す事が先決だ。そなたの父君も心配しておったぞ」国王の優しさに、堪えていた涙が頬をつたう。「有難うございます、体のほうは問題ありません。王子は必ず探し出します」震えた声でミナモは涙を拭い、深々と頭を下げた。
「そなたたちが、この世界に連れてきた者はその後どうなのだ?」国王の問いにクロガが答えた。
「彼女は治療を受け、今は眠っているようです。検査を行いましたが、異常は見られないとのことです」
彼女とは南美の事であった。リュウ王子を助けようと近づいたとき爆風に飛ばされる南美を抱きとめ、咄嗟にクロガが転送装置を起動させ、こちらの世界に飛んだのだった。南美も巻き込まれ一緒に飛んでしまっていた。その際に、南美とミナモは怪我を負ってしまったのだ。
玉座の間から戻ったミナモは、南美のベッドの横に座って、静かに眠る南美の横顔を見つめていた。
(この世界の方ではないのに、初めて会った気がしないのは…なぜ?)ミナモは南美の手を握りしめた。知らぬ間に流れた涙にミナモは愕いた。(なぜ…)南美の手が微かに動き、南美は静かに目を開けた。ミナモと南美の視線が繋がる。繋がれた手から優しさを感じる。(わたし…この人を知ってる?…でも、どうしてこの人は泣いているのだろう?)
涙で頬を濡らしたミナモがとてもいとおしく感じ南美は微笑んだ。二人は何も言わず暫く見つめあった。
控えめなノックにミナモが答えると、ドアの向こうから声が聞こえた。「ミナモさま、クロガ司令官がお呼びです」ミナモは立ち上がり、南美に微笑むと「失礼ですが、あなたのお名前を聞かせていただけませんか?」ミナモの問いかけに「わたしは、鈴元南美と申します」頬笑みながら答えた。
「わたくしは、ミナモ・ルークヴェルクと申します。後で一緒にお食事致しましょうね」そう言うとミナモは部屋を出て行った。(ミナモ?)南美はなぜか、懐かしいような感情が湧きあがってくるのを感じた。
突然、南美を激しい頭痛が襲う。意識が薄れていく中、ミナモの優しい笑顔が浮かび南美は再び気を失った。
二人分の食事が乗ったワゴンを押していたミナモが、南美の寝ている部屋のドアをノックした。しかし、返事がない。ミナモはドアを開け中に入りベッドを見た。彼女が寝ているはずのベッドには誰もいなかった。部屋を見回しても彼女の姿はどこにもない。
(まだ、動ける体ではないのに…)
ふと目に入った窓は、開け放たれ、カーテンが風に揺れている。ミナモは窓から外を見た。此処は建物の3階で、怪我をしている彼女が、降り事など出来るはずがない。ミナモは通信機で南美がいなくなった事をクロガに告げると、部屋を飛び出した。彼女の看護をしていた者にも訊ねると、愕いた後に頭を下げ、ミナモに謝った。「申し訳ありません」ミナモは彼女の肩に手を置き、「あなたの所為ではありませんよ。一緒に探して頂けますか」と、優しく微笑みかけた。
ミナモは建物の入り口にいる警備の者に訊ねた。「女性が此処を出て行きませんでしたか?」しかし、今日はそのような女性は通ってないと警備の者は答えた。「警備の者全てに連絡を取って確認をお願い致します」警備員は短い返事で答えると、携帯していた通信機で連絡を取り始めた。
ふらつく足を引きずりながら山道を南美は歩いていた。
ここにいてはいけないと胸騒ぎがした南美は、痛みで動かなっかった体を無理やりに起こしベッドを抜け出した。振り返ると、南美がいた建物が木々の間から小さく見えた。此処が何処なのかも判らないはずなのに、南美の足は迷うこともなく進んでいた。しかし、再び激痛が南美を襲い意識を失った身体は崩れ落ちた。
「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」何度も聞こえる龍輔の声。
「…!?」目を開けた南美を男が覗きこんでいた。
「りゅうすけ…さん?龍輔さんなの?」南美の視界に入ってきたのは龍輔の顔だった。
「よかった、気が付いて」心配そうな顔の龍輔に南美は抱きついた。
「龍輔さん…無事だった…のね…」南美の涙で龍輔の肩は濡れていた。「え、あの、あなたはどなたでしょうか?わたしは…あれ?…何も思い出せない…」彼は南美から離れると頭を抱え倒れこんだ。「大丈夫ですか、龍輔さん!」
南美は彼を背負うと歩き出した。しかし南美も激しい頭痛に襲われ倒れこみ、いつの間にか気を失っていた。
南美は、ベッドの上で目を覚ました。目の前にはひとりの女性が南美を覗きこんでいた。
「ミナミリア…よかった、何処かいたいところは無い?」
と、訊ねるとても綺麗な女性に見覚えは無かった。しかし、南美の口から出た一言は…
「…おかあさま…えっ…?!」南美は自分の口から出た言葉に愕いた。
「ミナミリア、無事だったのね。本当によかった」南美の手を握りしめその女性は涙を流していた。
(ミナミリアって…わたしのこと?この女性は、私のおかあさん?)
「ミレニアル王国の者に連れ去られる所を我が兵士が見つけたのですよ。あなたが向こうの世界に行って、連絡が取れなくなってから心配していたのですよ。…でも、無事でよかった」
記憶が混乱している南美の手を握ったままその女性は涙を流していた。
(ミレニアル王国…?)混乱する頭を抱える南美、しかし何かが気になっていた。
(何かを忘れているような…それは、とても大事な事?)
「何も考えず、もう少しお休みなさい」考え込む南美を横たわらせ、女性の優しい声に南美は目を閉じた。
何も見えない暗闇の中に南美はいた。 何処からか声が聞こえる。
(…ミナミ…ミナミ……)
「だれ?…私を呼ぶのは誰…?」
その時、目の前が明るくなり炎に包まれるひとりの男。彼女は手を伸ばし叫ぶ、しかし声が出ない。炎が男を飲み込む…涙で叫ぶ彼女…やはり声は出ない…
「いやぁぁぁ…」叫びながらベッドで上半身を起こし、目を覚ます…?!
窓から差し込む光で暖められた部屋は、見慣れた自分の寝室だった。
(…ゆめ?…あの男の人は…だれ?)突然部屋のドアがノックされる。
「ミナミリアさま、お目覚めですか?」聞きなれた、侍女のメイヤの声だ。
ミナミリアは朝食を済ませて、紅茶を飲んでいた。ずっと何かが、頭の片隅に残っている。それが何なのか、いくら考えても思い出せない。「紅茶は如何ですか?」メイヤが訊ねた。彼女はミナミリアの侍女なのだが、年が同じという事もありミナミリアは友達のように接していた。「ミナミリアさま?何かお悩みごとでもおありですか?」紅茶をミナミリアのカップに注ぎながらメイヤが訊ねた。「あのねメイヤ、わたし何か大事な事を忘れているような気がするのだけれど…思い出せないの」窓の外の青い空を見ながら目を細めた。「そうですか、思い出されるといいですね」メイヤは優しく微笑んだ。「ミナミリアさま、大公さまがお呼びになられておりますので、そろそろご準備なさいませんか?」メイヤの問いかけに素直に答え、立ち上がった。
メイヤと共に城内を歩くミナミリアが、ふと足を止めた。「ミナミリアさま、どうかなさいましたか?」メイヤの問いかけにも答えず、考え込むミナミリア。「ミナミリアさま?」メイヤが訊ねるのと同時に、振り返り走り出すミナミリア。 「ミナミリアさま、お待ちください、どちらに行かれるのですか?」しかし、ミナミリアは振り返らず走り続けた。
(…呼んでいる…私を…でも、だれなの?)
心の赴くままに走り、階段を駆け下り、薄暗い廊下のひとつの扉の前で彼女の足が止まった。そして、躊躇うことなく扉を開く。目の前に伸びる廊下の先に二人の兵士がこちらに気づき、近寄ってくる。
「ミ、ミナミリアさま!」彼女に気付いた兵士は、彼女の前で跪く。 下を向いたままの兵士が口を開く。「ミナミリアさま、ここにどのような御用でありましょうか?」兵士の問いには答えず、そのまま先に進むミナミリア。二人の兵士は、跪いたまま動かない。 その時、扉が開く。ミナミリアを追ってきたメイヤだった。「ミナミリアさま、お待ちください、ここは…」ミナミリアの腕をやんわりと掴み彼女の顔を見たメイヤは言葉を止めた。ミナミリアは、泣いていた。声も出さずに、彼女の頬を涙がつたっていた。驚くばかりのメイヤの手を優しく振りほどくと、また彼女は歩き出し、鉄格子の扉を開けた。その音に我に返ったメイヤが後を追う。
通路の両側には鉄の扉がいくつも並んでいた、ミナミリアは迷うことなくひとつの扉の前で止まると、扉の小さな覗き窓を覗く。部屋の中で一人の男が小さなベッドに横たわっていた。ミナミリアの口元が微かに開き、吐息のようなか細い声が漏れる。
「りゅうすけさん…」彼女の後ろに近づいたメイヤが声を掛けようとした時、
「メイヤ、この扉を開けなさい」メイヤは、頬を濡らしそう言うミナミリアに、何も言う事が出来なかった。ミナミリアは通路で跪いている兵士に向かって言った。
「この者をここから出しなさい」兵士たちは愕きミナミリアの前に再び跪き「恐れながらこの者は、ミナミリアさまを連れ去ろうとした、ミレニアル王国の者であります。いかに、姫様のご命令であっても…」
「違います!」ミナミリアが兵士の言葉を遮るように言った。「この者は、ミレニアル王国の者ではありません。私を助けここまで連れて頂いた方です。丁重にもてなさなければならぬ方を、牢に閉じ込めるとは何事ですか!今すぐここを開けなさい。父上には私から直接お話しいたします」厳しい口調の彼女に兵士たちは、あわてて、扉の鍵を開けた。ミナミリアは、扉を開け中に入って行った。メイヤはただ驚き、茫然と立ち尽くしていた。扉の開く音に顔をあげた男は、目を細めミナミリアの顔を見上げた。
「…?」ミナミリアは彼に駆け寄り、手を握った。彼は何かを言おうとしたが彼の意識は途切れてしまった。「りゅうすけさん」ミナミリアの叫びが響いた。
幸いにも彼は、気を失っていただけだった。医学の知識も持っているメイヤが検査をし、問題のない事を伝えた。 「ミナミリアさま、この方は…」メイヤの言葉をミナミリアは人差し指を口元にたて止めた。
「これからこの方をこの方の世界に返します。この事は誰にも言ってはいけません、いいですね」ミナミリアの言葉に愕いたが、彼女の涙を思い返したメイヤは黙って頷いた。
キャスター付きのベッドに乗せた彼を『転送室』という部屋に運び込んだミナミリアとメイヤは、彼をベッドのまま転送機の上に乗せ装置を起動させた。彼の身体は、音もなく消え去った。
「これから、私もあちらの世界に向かいます。父上と母上には、あちらの世界の調査にでも行ったと、うまくごまかしてくださいね」と、ウインクして微笑むミナミリア。メイヤは頬笑み、頷く。
ミナミリアが転送機の上に立ち、メイヤが起動の準備をしていた。突然ドアが開き、数人の兵士が入ってきた。その後ろから現れたのは、大公のドラグエルだった。
「父上!」愕てるミナミリアにドラグエルが言った。
「ミナミリア!そなたは、何をしているのだ。そなたが連れ出した者はどうしたのだ?いくらお前でも勝手な事は許さん」
「父上、あの方は…」ミナミリアの言葉を遮り「口答えは許さん、ミナミリアを連れてこい」と、部屋を出ていく。ドラグエルに命令された兵士は、ミナミリアの前で跪き一礼すると、ミナミリアを扉の方へと促す。ミナミリアは素直に従い、部屋を後にした。
龍輔の無事を祈りながら…




