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Ophelia! ~オフィーリア!花に憑かれ花になる少女達~  作者: ひゐ
第一話 いつかあなたと楽園を作る
6/30

愛する人について考える時


 * * *



 その日以来、私はベラと話さなくなった。話すとしても簡単で、事務的なものだけ。


 近いうちに咲いて居なくなってしまう彼女との関わりを、少しでも減らしたかった。

 大きく膨らんだ黄色の蕾を、あまり、目に入れたくなかった。


 幸い、ベラの方から私に話しかけてくることもほとんどなくなった。つと彼女を見れば、鏡に映る自分の姿をよく見ていた――開花を待っている。やっぱり、寂しくないのだと思う。


 寂しいのは、私だけ。

 私はベラと一緒に、あの花畑の一員になりたかった。

 ――でもベラは違う。ベラは、花になれるというのなら、それでよかったんだ。


「最近ベラと何かあったの? ケンカした?」


 様子がおかしいことに、何人かの友達が気付いていた。私は頭を横に振る。


「何も。ケンカとかも、してないし」


 何もない。何もなかった。ただ私だけが寂しいだけ。ケンカも何もない。

 ベラは私より先に、一人で咲く。それだけ。


 ――そしてまだ咲く様子のない私に待っているのは、未来と、そのための個人面談だ。


「……な、何になりたい、と言われても……やっぱり、決めるのは難しい、というか」


 繰り返される個人面談。私は未だに答えらなかった。

 いっそ、ベラの様に咲けたのならよかったのに。そうだったのなら、こんな面談もやらなくていいし――寂しい、なんて思うこともなかったのだ。


 まるで夢から覚めてしまったみたい。

 将来を決めろとせかされるのは、現実を見ろと言われているみたい。


 ――現実なら、毎朝見ている。鏡の中の自分。その頭にある赤色の蕾。

 これが私の未来。どのみち長く生きられない未来。


 ……自分の蕾を見ているはずなのに、いつも「ベラは美しく咲くんだろうな」と考えてしまう。

 そう思うと、私も美しく咲きたいと思うけれども――そこにベラはいないのだろうし、これを「やりたいこと」として先生に告げるのは、やはりはばかられる。


「――困るんですよ、ルビーさん」


 ついに先生が深く溜息を吐いた。

 静かな部屋で、時計の針が、鼓動のように時を刻んでいく。時も生きている。


「こう言っては何ですが……あなたは一体、何のためにこの街に来たんですか?」


 その言葉に、俯いていた私は顔を上げる。窓から差し込む柔らかな日差しに、蕾の赤色が輝いた。蕾はより熱を帯び、開花を夢見る。


 何のために?

 ――最初は生きるためだった。ここに来れば、とりあえず生きられる。そう思って来た。生きる場所を求めて来た。


 今は、何のために?

 ――開花するために。

 そう、ベラと願った。開花して、共にあの花畑の一部になるのだと。


 ――それから私は。

 ――ベラと一緒に咲きたいと、思ったのだ。


 並んで花に、なりたいと。

 幸福の中、並んで、風に揺られて歌を口ずさんで。

 そして彼女の温もりを、開花したらきっと美しいだろう花を、見続けて――。


「私は……」


 決して、開花したいとは言わなかった。言えなかった。けれども。


「好きな人と、一緒にいたい、です」


 ようやく導き出した答え。

 何をしたいか。どうなりたいか。

 大切な人と一緒にいたかった。

 あの花畑と共に。ベラと共に。

 ただそれだけなのだと、口にして、自分自身で気付く。


 それから、大切な人であるのに、どうして私は、彼女を祝福してあげられないのだろうか、ということにも。

 大切な人なのに――憎く思ってしまった。


「ルビーさん、それは……」


 先生の声に、現実に戻される。はっとして私は顔をしかめた。

 言ってしまった。ほぼ「咲きたいです」と同然のことを、うっかり言ってしまった。


「……『花憑き』が結婚するのは、ひどく難しいことだと、ご存知?」


 ところが、幸いというべきか、真意は通じてなかったようだ。先生はひどく難しい顔をしていた。やるせなさが溶け込んでいる。私は慌てる。


「えっと……はい。この街に来て……結婚した『花憑き』は数人しか知りませんから」


 一体誰が、寿命の短い花嫁を求めるというのだろうか。求めたとしても、家の問題もあるのだ。


 しかしそう考えると、実は私は、幸せの星の下に生まれたのかもしれない。

 一緒には咲けない。ベラは先に行く。お別れになってしまう。


 けれど、将来私も、あの花畑に行ける。

 あの愛する花畑に、将来、自分は迎え入れられるのだ。そこにはベラの姿もきっとあって。


 私達は、再会できるだろうか。

 そうだ、お別れのことばかりで頭がいっぱいだったけど、再会できたのなら。


「ルビーさん?」


 気付けば私は笑っていた。それを見て、先生は心配そうな顔をしたものの、気にしなかった。

 ――結局のところ、今日も具体的なことは何も決まらなかった。先生は私が「結婚がしたい」のだと勘違いしたままだった。


「できることをしてみる、というのはどうでしょう」


 就職の支援や、研究所への協力申請手続きの手伝いはできるものの、それ以外の進路への支援を、学院はできない。そのためか、最後に提案があった。


「寮でのあなたについて聞きましたよ。あなたはお菓子作りが得意なのだそうですね。それなら、どこかそういった店で働いたり、菓子職人を目指してみる、というのはどうでしょうか」

「……菓子職人」


 ――私の作ったお菓子を見て喜ぶベラの姿が思い浮かんだ。だから一瞬、それもいいのでは、と思ったけれども、私が菓子職人になる頃には、ベラはもういない。


 そして今日も、たくさんの不安を背負って、夜の街を歩く。寮を目指す。

 喧噪が遠い。街の明かりも全てがぼやけている。まるで一人、本当の世界とは違う、重なった別世界を歩いているような感覚があった。ふわふわとして、落ち着かない。どこを歩いているのかも、どこへ行きたいのかもわからないかのような浮遊感が、気持ち悪い。


 でも、頭の中は徐々にベラのことでいっぱいになりはじめる。もし、今日先生に菓子職人になることを勧められた、なんて話したら、ベラはなんて言うだろうか。きっと賛成してくれるだろうし、お菓子を楽しみにしてくれると思う。にこにこと笑うのだ。その笑みを見て、私もきっと笑う。だって、ベラが笑ってくれるのは、嬉しいから。


 そう、ベラの幸せは、私にとっても幸せだったのだ。

 自然と歩みが速くなる。気持ちが溢れ出しそうで、その勢いが、私の背中を押していた。


 ああ、私は、私のことばかりだった。

 ベラがいなくなると寂しくなるからと、だから咲いてほしくないと思ってしまった。ベラは開花を望んでいたのに。


 彼女の蕾を、その美しさを、ちゃんと受け止めよう。

 だって彼女は、大切な人なのだから。


 それに、お別ればかり考えていたけれど、私達は同じ花畑に行くのだ。

 だからきっと、願えば再会できる。

 そうよね、ベラ。


 私は走りだしていた。いままで話さなかった分を取り返す勢いで、いま、ベラと話がしたかった。

 ベラには時間がないんだもの。


「……ベラ?」


 けれども、部屋に戻ると、いつもはあるはずのベラの姿がなかった。

 テーブルの上を見れば、砂糖や小麦粉といった、料理の材料が置いてあった。多分、今日買ってきたばかりのもので、よくみればケーキ作りの材料に見える。

 そういえば、ベラは「今度一緒にケーキを作って」と言っていたっけ。その後、私は彼女と喋るのを避けるようになってしまったから、約束も何もできていなかった。けれどこの様子だと、彼女はまた一人でケーキを作ろうと考えたらしい。


 もしかして、何か買い忘れて、ベラは外に出たのだろうか。そんな気がした。

 と、窓から強く吹き込んだ風に、カーテンが羽ばたくように揺れた。窓は全開になっていた。


「……留守にするなら窓を閉めなくちゃよ、ベラ」


 私は少し呆れながらも笑ってしまった。


「そう慌てるから、お菓子作りも間違えちゃうのよ……」


 いまからケーキを作る時間は、まだある。ベラが今から作るというのなら、一緒に作りたかった。ベラと一緒にいられる時間はもう少ないのだから、今度になんて、したくなかった。


 ところが、窓に手を伸ばした時に気付いた。

 夜に染まった街中。人気のない場所に、鮮やかな黄色が輝いていることに。


 街を流れる小川にかかった、橋の上。誰かが立っていた。

 眩しいほどの黄色を、頭に戴いて。

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