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Ophelia! ~オフィーリア!花に憑かれ花になる少女達~  作者: ひゐ
第一話 いつかあなたと楽園を作る
4/30

限りある時間、死の鮮やかさ


 * * *



「ルビー、お帰り! ……なんか顔色悪い?」

「ううん、大丈夫よ」


 寮に戻り、部屋を目指す。寮には蕾のない者もいるけど『花憑き』の方が圧倒的に多い。私のように家にいられなくなり、別の街からここにやってくる者が多いからだ。街によっては、激しく差別されることもあるらしい。また孤児院から学院に入学、ここを家とする子もいる。娘が『花憑き』になった瞬間、捨てる親もいるのだ。


「あっ、ルビー! 実は掃除当番のことで相談したいんだけど……夕食の時にちょっといい?」

「いいよ、また交代?」


 みんなが声をかけてくれる。寮生全員が家族のようなものだった。

 中でもルームメイトは、もう姉妹と呼んでもいい存在で――私にとってベラは、姉のような存在だった。


「ただいま、ベラ!」


 部屋の扉を開けて、声を響かせる。

 ぱっと、笑顔が返ってくる。ウェーブがかった茶色の長い髪が揺れる。


「お帰りルビー、遅かったわね!」


 ベラ。あの時出会った彼女。その後、奇しくも寮室が同じになった『花憑き』。

 ベラも私も十五歳で、同い年のはずだった。けれども私は、ベラのことを「姉」だと思ってしまう。きっとあの花畑での邂逅に由来している。「花畑は綺麗だ」と言ってくれたあの時に。

 あの時の、ベラの表情を忘れられない。


「ねえルビー、ケーキを焼いてみたの」


 部屋に一歩入れば、優しい砂糖の香りに包まれた。二人用の少し狭い部屋、中央のテーブルに、ベラがカップケーキいくつかを並べていた。ベラは一つを手に取れば、私に差し出す。その表情は、あの花畑で見たものと全く同じ、優しい微笑みだった。


「またお菓子作ったの? 太っちゃうわよ、ベラ、スタイルいいのに」

「ルビーみたいにおいしいお菓子を作りたかったんだもの。食べないの? いらない? 食べちゃうわよ」

「食べるわ、ありがとう……」


 お腹は空いていた、面談で、どう答えたらいいのか、ずっと考えていたのだから。堪えきれなくなって私は笑みを浮かべれば、カップケーキをもらう。ベッドに腰を下ろし、齧りつく。


 夕食前だった。ベッドの上でこんな風に食べるなんて、行儀が悪いかもしれなかった。けれどもここが家で、ベラは家族であり、だから全て関係なくて、幸せに満ちていた。


「……ねえベラ」


 一口食べて、私は我慢できずに苦い顔をした。


「あなた……また何か間違えたんじゃない?」


 どうしてか、ケーキは苦かったのだ。するとベラは視線を泳がし、


「やっぱり、そういう味じゃないわよね?」

「もう! 今度は何の分量を間違えちゃったのよ!」

「何を……何を間違えちゃったのかしらね? お砂糖と塩は間違えなかったはずなのよ。三回も確認したもの。分量だって……あっ、分量は二回しか確認しなかったから、もしかして……それとも焼き方……? 焼き方ってどうやって確認するの……?」


 ベラは顎に手をあて、記憶を探り始める。眉を寄せてうーんと声を漏らし、取り出したのはケーキの作り方のメモ。慌てた様子で文章を追っている。


「……ベラったら、お料理好きなのに、本当に苦手なのね」


 そんな様子が愛らしくて、私は笑ってしまった。ベラは「姉」のように感じられ、それ故に何でもできるように思えるが、不器用な上に数学が苦手なのだ。だから彼女は、料理をするのが好きでも、分量を正しく計算できず、また不器用故に一人で料理をさせたのならばおかしなことになってしまう……。


 私が入学し、ベラと同じ部屋になった後に知ったことだった。噂によると、一度火事を起こしかけたこともあるらしい。

 怖かったわよ、あの時――と、寮生に話を聞いたことがある。


『ベラ、燃え盛るフライパンを前に「ねえ見て、すごく燃えてるわ、フライパンって燃えるのね」って、慌てることなく指さして言ってたんだから!』


 過去に比べれば「まずいケーキ」はかなりよくなった証なのだろう。少なくとも、家事のような事件は起きていない――ベラの料理を食べた後、何度かお腹を壊したことはあったけど。


「やっぱり私、ルビーに手伝ってもらわないとだめね」


 ベラは無邪気な笑顔を浮かべ、自らが作ったカップケーキを口にする。一瞬だけ自分自身で「そうね、まずいわね」と言いたげに眉を寄せ、飲み込む。コップの水を一口飲んで押し込んだ。


「ねえルビー、近いうちに、時間はあるかしら? 手伝ってよ。今度はおいしいのを作るから。あと……ルビーが作ってくれるお菓子、食べたいし。おいしいんだもの」

「そうね……でも、課題とか奉仕活動とか……あと面談もあるから……ケーキを作れるくらいの時間となると……」


 今日だって予定よりも遅くなってしまったのだ。個人面談のせいだ。その個人面談も、あと何回しなくてはいけないのやら……。


「あら?」


 と。


「面談って? ルビー、もしかして悪いことしたの? それともテストで赤点とったの? ……困っているのなら、お勉強教えるわよ?」


 ――私は言葉を失った。

 どうしてベラは「面談」について知らない? ノーヴェ女学院五年生になったのなら、卒業後に向けての面談が皆に行われるというのに。ベラは面談をしていない?

 釈然としないでいると、ベラが「ルビー?」と顔を覗き込んでくる。


「ベラ……ベラは先生に、卒業後に何になりたいのかとか、どうしたいのかとか、聞かれてないの?」

「なあにそれ?」


 思い返せば、ベラは妙に時間が余っているようだった。多分、面談をしていないからだ。でも、どうして?

 私を覗き込むベラも、よくわからないといった顔を作る。


 その頭。艶やかな髪を飾る、大きな黄色の蕾が、私の目の前にくる。

 ――ああ、わかってしまった。


「……」


 すでに何人も見てきたために、私にはわかった。

 そしてきっと、先生達もわかっていたから、彼女の時間を無駄にしないために。


 ――もうじきベラは開花してしまう。それは一ヶ月あるか、ないか。下手すると、明日にも。

 この寮の一階のあの子だってそうだった。四階のあの子も。これくらい膨らんで色付いた頃に。


 咲いた。花になった。いなくなった――。

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