第568話 シナノの新生活
──〝大都市エルクステン〟
料理屋・ハラゴシラエ
ギルドの目の前にあるその料理屋は昼時という事もあり大盛況だった。嵐のように飛び回る注文を少し慌てながらも捌くスタッフたち。厨房には黒髪黒眼鏡の店主と金髪ロングの女将がいる。二人とも30代ぐらいだ。出来上がった料理を入ったばかりの新人スタッフが忙しさにわたわたしながらもキチンとこなす。
「おじさん、注文です! ニンニク鳥の唐揚げ定食と野菜炒め定食を二つにカルボナーラ2キロです!」
「了解! アトラ、縞牛のステーキができたから三番卓に運んで貰えるかい? あと五番卓がお会計みたいだ。そちらも頼めるかい?」
「了解です! アトラ、行きます!」
ビシッと謎敬礼をしながら言われた通りに仕事をする。でも「今日は忙し過ぎですよ~!」と、ちょっと半泣きなのは店主はスルーした。だって忙しいから。
ふと、皿を下げる店員が離れ業を見せた。
皿に残っていたエビフライの尻尾、それがテーブルから離れ、厨房の洗い場まで来る僅かな間にエビフライの尻尾は消えた。さて、何故だろう? 不思議なこともあるもんだ。
半分のコロッケが残った皿を見つけた時に彼女の目は鋭くキラリと光った。そうアトラは見えた。
「しなのん! お客さんの残した物、食べちゃダメですって! お行儀が悪いですよ。あと、太ります!」
客の残した半分のコロッケを胃袋へと流し込もうとするシナノをアトラが忙しさに涙しながらも注意する。
「アトラさん、だってエビが泣いてます。コロッケもです。残された食事が勿体ないです。後、私はいくら食べても太らない体質なのでご安心ください!」
もぐもぐ、ごっくん。と、胃袋へとコロッケが流し込まれるとシナノは満足そうにアトラへ返事を返す。
「ミリアさん体質ですか。羨ましい……あ、なら、いいんですか~? しなのん、それだとお客さんと間接キスになっちゃいますよー? あー、やらしいです!」
アトラがシナノにニヤニヤとした視線を向ける。
「間接キスが何ですか? 唇と唇が接触したワケじゃありませんし、それなら理論的には同じ空気を吸ってる人全てが間接キスしてるような物ですよ?」
アトラの言葉をシナノ流の解釈で論破する。
「──ッ!? 私、知らぬ間に間接キスをしてたのですか!? 私、やらしい子になってしまいました!」
アトラは顔を赤くし口を押さえてバタバタと暴れまわる。
「ふふ、だから間接キス程度で慌てないことですね」
勝ちました! と、ばかりにシナノは次のテーブルに残されたミニトマトをぽいっと口に運ぶ。
今日も素敵な仕事になりそうだ。と、シナノはご機嫌に「♪」を頭に浮かべたようにアトラは見えた。
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