第546話 千の妖の黒き芒8
「──風邪を引くとは、人間とは、ひ弱よのう」
優雅にティーカップに入った紅茶を口に運ぶ黒芒のその姿は狭い借家ながらもさながら絵になっていた。
「黒芒様、改めまして、こんな所までお越しいただき本当にありがとうございます!」
「そなたは小童の父親か? それに妾を知っておる口振りじゃのう? 何処かで会うたか?」
黒芒は〝千妖〟の二つ名と合わせて世界的に有名だ。時代を代表する実力者の一人でもある。
だが、少年の父親の口振りは有名だから知っていると考えるには少し違った。
「申し遅れました。私は源氏、こっちは妻の久恵でございます。黒芒様には──」
「──黒芒さんは僕がまだ物心もつかない頃に、魔物に襲われた僕たち家族を助けてくれたんです。黒芒さんは僕たちの命の恩人なんです!」
ゴホゴホと咳ごみながらも少年は嬉々として話す。
「覚えとらんのう? 魔物なんぞ、今迄にそれこそ星の数ほど倒したからの」
ぶっきらぼうにそう言った黒芒は空になったティーカップをテーブルに置く。おかわりをと源氏に言われたが黒芒は不要じゃとばかりに手でジェスチャーし、それを止める。
「黒芒様が覚えてなくても、私たちは昨日のことのように覚えています。本当にありがとうございました。あの時、お礼も言わず、怯え逃げ去ってしまった我々は悔やんでいました。息子からあなたの話を聞いた時は思わず耳を疑いました」
「本当なら息子から話を聞いた時に直ぐにあなたにお礼を言いに行くべきでした。申し訳ありません。そして本当にありがとうございました」
源氏と久恵は深々と頭を下げた。
それに続くように少年も頭を下げる。
「礼などよい。所詮は妾の気まぐれじゃ」
そう言い黒芒は席を立つ。
「あ、もういっちゃうんですか!?」
「妾の用事は済んだ。ここに長居する意味はない」
坦々と告げると黒芒は少年の家を後にした。
*
黒芒は杯に注いだ酒を片手に近い昔を思い出そうと頭を捻っていた。
昔、会ったと言う少年とその両親のことを。
だがダメだ。本当に思い出せない。別に酒を飲んでいるから頭が回らないと言うワケではない。
本当に記憶していなかったのだ。
黒芒は星から生まれ、幾世霜の長い時を生きてきた。
いつからか人に興味を失くし、記憶することを忘れていた。いや、記憶しないことにしていた。
黒芒の持つ時間にすると、人の一生などほんの一瞬でしかないのだから。思い出を作ると作っただけ別れが悲しいから。
月夜に一人酒を飲むようになったのは一体いつからだろうと黒芒は考えたがそれも答えは出ない。
「そうよのう。そなたはいつも妾を見下ろしていたのう。妾よりも先に生まれ、きっと妾よりも後に消えるのじゃろう。そう考えると同情するぞ……」
月を見上げ月に話しかける黒芒は少しばかり酒に酔っていたのかもしれない。そう本人は思ったという。
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