第544話 千の妖の黒き芒6
「──木樽よりも杯の方がこの桜には合うのう」
木樽をぐるぐると傾けながらそう呟く。
時折、空に舞う桜の花びらを見上げながら、黙々と黒芒は酒を飲む。
「優しいのですね。黒芒さんは」
「ん? 何じゃ急に? 含みのある言い方をするのう。知り合うたのは昨日が初めてじゃろう?」
「そうですね。知り合ったのは昨日が初めてです」
またもや含みのある解答だと黒芒は首を傾げる。
その後も黒芒の一人宴会は続く。
少年は好物の苺である七色苺を口に運びながらその様子を楽し気に眺めている。
「七色苺、今が旬じゃったか」
チラリとだけ苺を一別すると、直ぐに視線は桜に戻る。何だかんだで昼の桜も気に入ったみたいだ。
「はい、苺は僕の好物なんです。あ、すいません、食べますか?」
一人、苺を齧ってる自分に気づくと申し訳なさそうに少年は黒芒に七色苺を渡す。
「ふむ、飲みの場では果物はあまり食べはしないのじゃが、まあよい試しに一つ貰ってみるかの」
そう言って手を差し出す黒芒の手に少年は苺を乗っける。
「なんじゃ?」
自分の好物である苺を他者に渡すと言うのに嫌な顔ひとつせず、寧ろイキイキとし喜んでいる少年に黒芒は訝しげな顔で聞き返す。
「いえ、なんでもないです」
「好物を人に取られたと言うのに、なぜ、そんなに楽しそうなんじゃ? その笑顔は理解に苦しむの」
「えへへ、僕は好きな食べ物を布教するのも好きなんです。だって、嬉しいじゃないですか。自分の好きな食べ物が他の人にも美味しいって言って貰えたら」
少年は嬉々として語る。
そんな様子を黒芒は酒を飲み少年に視線を向ける。
「物好きじゃの、まあ、好きにするとよい」
ふふっと、黒芒は少年に初めて笑顔を見せた。
笑う黒芒を見て少年が喜んだのは言う迄もない。
*
次の日も、その次の日も、またその次の日も、少年は黒芒の前に現れた。用事と言う用事は無い。
ただただ少年は黒芒に会いに来ていたのだ。
少年は黒芒に会うと憧れの有名人に英雄に勇者にでも会ったかのように目を輝かせた。
「小童、そなた暇なのか? 確か親の仕事でこの街に来ておるのだろう? 毎日毎日顔を見せおって」
「仕事は手伝ってますよ。僕は黒芒さんとお話がしたいんです。迷惑でしたか……?」
「迷惑か。そう思う感情は今はないの。まあ、少々鬱陶しいとは思うては来てるがの。じゃが子供なんぞ、鬱陶しいぐらいが丁度よいとも聞く。そなたはそのままでよい」
昼下がり、黒芒はまた酒を飲みながら、凛と響く美しい声で少年にそう告げた。酒を煽るその横顔は昼だと言うのにどこまでも妖艶に見えた──
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