第33話 夕飯
*
──〝大都市エルクステン〟
ギルド・ギルドマスター室──
「フォルタニアさん! 一体どういう事ですか!!」
〝大都市エルクステン〟のギルドのギルドマスターである──ロキ・ラピスラズリは、珍しく本気で悔しがっていた。
「そ……そう言われましても……」
珍しいロキの子供のような嘆きに、困惑しているのは、副ギルドマスターのフォルタニアだ。
「な、何故、私も呼んでくれなかったのですか!? 私もユキマサさんとは、じっくり話をしてみたかったのですよ……!!」
ロキはガックリと肩を落とす。
(どうやら、私が思っているよりも、ギルドマスターは、ユキマサさんを気に入っていたみたいですね……)
──事の発端は、フォルタニアが午前中、ロキの不在中に、例のヒュドラの〝変異種〟を倒した例の少年と、第8隊の子達と一緒にお茶をしながら、少し話し込んでいた事を、どこからか耳にしたらしいロキが、ギルドに帰ってくるや否や……『ズルいです! 私もお話したかった!』と拗ね始めたのだ。
「ギルドマスターは〝アーデルハイト王国〟の王女様の、護衛と出迎えという、重要なお仕事があったでしょう……」
「……そう言われますと、返す言葉もありませんが。それで、どうでしたか? 彼は?」
「そうですね……一言で言いますと、とても不思議な方でした──でも、少なくとも悪い方でもありません。ましてや〝魔王信仰〟の者でも無いですね。ただ……」
フォルタニアは少し考え込む仕草をする。
「ただ……?」
「いえ、何でもありません」
(でも、本当に、あの知識の無さは何なのだろうか? 〝魔王〟〝天聖〟〝八柱の大結界〟〝魔王信仰〟──この世界で生きていれば、嫌でも、それなりの知識として知る事ばかりだ。それこそ、山奥の村の、小さな子供でも普通に知っているような話だ……)
でも、彼は本当にその常識を知らなかった。
フォルタニアは、失礼と分かっていながらも、話している間は、常に、相手の話している事が嘘かどうか分かる自身の持つスキル──〝審判〟を使用していたが、彼に嘘の気配は無かった。
第8隊を壊滅させる程の、ヒュドラの〝変異種〟を単独で討伐し……そして人類でもトップクラスの実力者である、六魔導士の1人〝剣斎〟──エルルカ・アーレヤストが、その実力を認める少年。
何故、そんな人物が、今まで名も知れず……
風の噂にすらならなかったのか?
考えれば考えるほど『本当に謎である』と、フォルタニアは頭を悩ます。
ただ、確実なのは、彼は悪い人間では無かった。
──フォルタニアは自身のスキル〝審判〟にて、幼い頃から、嫌と言う程に、人類の汚い部分の多くを、その目で見て来た。
世界には居るのだ。平気で嘘を付き、騙し、裏切り、自身の欲望を満たす為に、何の罪もない人を傷つけ、汚すような、そんな薄汚い人間達が……
だが、少なくとも彼は、気持ちの悪い薄ら笑いを浮かべ、聞こえだけは良い言葉を列のように並べ、あわよくば、甘い汁を啜ろうとするような、下卑た輩では無い。
「──どうしました? もしかして、彼に惚れたりでもしましたか?」
ロキはニヤリと笑い……本気で言っているのか、冗談なのか、分かりづらい表情で聞いてくる。
「……何を言い出すかと思えば……私が誰かに惚れたとしても、辛くなるだけです。仮にもし結ばれたとしても、その相手に迷惑がかかるだけですからね」
「エルフの国も、本当に困ったものですね……」
「ロキ。私は、こう見えて、貴方には本当に感謝しています。このギルドに来てから、素敵な友人達もできましたから──っと、そろそろ、お腹も空いてきましたので、私は失礼いたしますね」
最後には、取って付けたような理由で、部屋を去るフォルタニアをロキは無言で見送る。
(……さて。お茶を頼みたかったのですが、頼みそびれてしまいましたね。仕方ありません、今日は自分で煎れますか)
フォルタニアが去り、ギルドマスター室で1人になったロキは『ふぅ』と息を吐きながら立ち上がり、よそよそと、今日は自分でお茶を煎れるのだった──。
*
「──お待たせしました! と~っても美味しそうですよ!」
ジュ~ッ! と音をさせ、熱々の鉄板に乗った〝大猪肉のステーキ〟を、アトラと亜人のウェイトレスが、元気良く運んでくる。
「あ、こちらはミリアさんの2キロです!」
と、ミリアの前には2キロの肉が運ばれてくる。
(あ……ミリアの『いつもの』って言ってた時の〝Vサイン〟のVの意味は『2つください』って意味じゃなくて『2キロください』って意味だったのか?)
「あ……う……ご、ごめんなさい……! 私、まだ全然役にも立たなくて……ちんちくりんなのに、昔からお腹だけは人一倍に空いちゃって……いつも私が一番……ごはん……いっぱい食べちゃうんです……ふみゅ……」
顔を赤くし、下を向きながら、ミリアが謝る。
「そ、そんなこと気にしなくていいわよ!」
「そうだよ!? 私はいつもご飯を、美味そうにいっぱい食べてるミリアが大好きだよ!」
「そうだそ! いつもそんな事を考えていたのか? ミリア、私達に遠慮なんてしなくていいんだぞ!?」
そんなミリアの声を聞き……エメレア、クレハ、システィアは、慌てながら、驚いたようにミリアの発言を全力で否定する。
「ハハハ。いいんじゃないか? 俺は食べれる時に、食べれるだけ食えばいいと思うぞ?」
何を言い出すかと思えば……
ミリアも色々と気にしすぎだな。
──俺はそんなミリアの姿を見て、小さい頃に家に来たばかりの理沙を思い出して、少し笑ってしまう。
「少なくとも俺は、少しの飯すら理由も無く残しちまうような奴よりも、残さず元気に、いっぱい食事を美味しく食べる奴のが俺は好きだぞ? ──ほら、飯が冷めちまう。早く食うぞ?」
俺は、折角の熱い肉や、米が冷めてしまう前に早く食べるぞ? と、軽くミリアを急かす。
「は、はぁ、はぁい! いただきます!」
お……『いただきます』は噛まずに言えたな?
「み、ミリアにまで……このキザッ誑しは……まあ、でも、たまには良いこと言うじゃない! あ、やっぱダメ、今の無し。このキザ男の女誑し! それにミリアは私のミリアよ!」
「あ、ほら。エメレアちゃんも! 早く熱い内に食べよ、お肉! お肉だよ!」
何やら、いつもの如く俺に対しぶつぶつと言うエメレアに、クレハが何やらテンション高めで話す。
「そうね。熱い内に食べましょ!」
「お前ホントにクレハの言うことは聞くな?」
「何よ? 私はちゃんと、システィアさんや、ミリアや、お婆ちゃんの言うことも聞くわよ!」
「そうかよ。いただきます──」
ただ単に俺の言う事は聞かないだけだったな。
それはそうと、本当に飯が冷めてしまうので、俺は『いただきます』を言い、そそくさと食べ始める。
「あ、ズルい! 私も、いただきます!」
「では、私も、いただきます」
と、クレハ、システィアも肉を食べ始める。
「いただきます……もう少しぐらい構いなさいよ」
何故かムクれるエメレア。
「そういや。もしかしてエメレアは、肉はあんまり好きじゃなかったりするのか?」
「何よそれ? クレハ達が好きな食べ物は、私も大好きよ!」
そう言いながら、あむっとエメレアは肉を食べ始める。
「その理由はどうなんだよ……?」
「──ッ! 何これ! 凄く美味しいじゃない!」
食べるや否や『ん~!』と、幸せそうなエメレア。
……ったく。いつも、その半分でいいから、そんな感じの顔でいてくれればいいのにな。
「本当に美味しいよね!」
そんなエメレアを見て、クレハも嬉しそうだ。
後、よく見ると、いつの間にかクレハは、上手に肉を全部、ナイフで一口サイズにカットしていた。
「そういや、クレハは肉が好物なのか? 昨日もやけにテンションが高かったが?」
「──ッ!? えっと、うん、大好物だよ! それにお米もお肉に凄く合って美味しいね!」
「そりゃ良かった。通りで美味そうに食うわけだな」
「クレハは顔に出やすいからな」
と、軽く笑うシスティアの皿を見ると、もう半分ぐらい肉を食べ終えている──食うの早いな?
「か、顔に出やすいですか……? 私って……?」
(自覚無しか……)
『嘘……色々と気を付けよう……』
と、クレハは何やら反省している。
「クレハは素直だからな。それに、普段生活する時は、そのまんまでいいと私は思うぞ?」
「……け、検討します」
少し悩むクレハだが、再び肉を食べ始めると『ん~』と可愛らしく頬が緩んでいる。
そして、ふと、俺は視線を変えると、そこには……
(──ッ!? うお、眩しッ!)
目をキラキラと輝かせて、お行儀よく、尚且つ上手に可愛らしく、両手でナイフとフォークを使い、夢中でリスみたいに頬を膨らませながら……
もぐもぐ もぐもぐ もぐもぐ もぐもぐ
と、肉と米を幸せそうに頬張るミリアがいた。
「えーと、どうだ、ミリア? 美味いか?」
見れば分かるが、俺は一応聞いてみると……
コクコク、コクコク、とミリアはたくさん頷きながら、一心不乱に、幸せそうに食事を続ける。
もしミリアに、亜人のような尻尾があれば、ぶんぶんと、それはそれはご機嫌に尻尾を振っていたのではないだろうか?
「み、ミリアが今まで見たこと無い笑顔だわ! 待って、待って、可ッ愛い! ちょっと……じゃなくて、気が済むまで抱き締めてもいい!?」
初めて見るらしいミリアの表情に、興奮を隠せないエメレアは『どうしよ、どうしよ』と食事中のミリアに抱きつくか否か、本気で悩んでいる。
(本当に美味い物を食べると、人は無口になるって言うけど……あれって、本当なんだな……)
「凄く美味しいです……!」
お、今度は噛まずに言えたな?
「皆さん! お冷やのおかわりはいかがですか!」
パタパタと、お冷やを持って来たアトラは、空になっていたり、残り少なくなっていたお冷やを、補充していく。
「──って、おわぁ! ミリアさん、凄く幸せそうな顔してますね! かわいいです! え? ちょっと、気が済むまで抱き締めていいですか?」
ミリアのお冷やを補充したアトラは、今まだに頬をリスみたいに膨らませ、幸せいっぱい! といったミリアを見て、エメレアと同じく『気が済むまで抱き締めていいですか?』と言い始める。
それはそうと〝気が済むまで抱き締めてもいい?〟と内容は二人とも同じ感じだが、エメレアとアトラでは、何故こんなに、ミリアへの危険度が、天と地ほど違うように見えるのだろうか?
ちなみに先程のエメレアは「あ、こら。食事中だぞ」と言うナイスなシスティアのお叱りで、ガックリと肩を落としながら、凄くしぶしぶと、ミリア抱き締めるのを諦めたようだ。
アトラに関しては、冗談と受け取ってるのかシスティアは特に何も言わなかった。アトラ自身も仕事中なので『気が済むまで抱き締めていいですか!?』とは言ってはいても、別に行動に移そうとはしていない。
「そういやアトラ? 今日は、お前の夕飯に〝大猪の肉〟は並びそうなのか?」
「うぅ……そ、それが……かなり微妙なんですよ!」
涙目のアトラが指差す店内を見ると……
──いつの間にか、店は満席になっていた。
「〝大猪の肉〟をくれ! 大至急だ!!」
「あ、店員さん! 私にも貰えるかしら!」
「こっちにも大猪をくれ! 昨日は食べ損なった!」
「おかわりー!!」
と、大盛況のようだ……見ると身なりの綺麗な、如何にもお金持ちといった人間もちらほらといる。
「店主は肉料理に関しては有名人ですからね。お金持ちのお客さんも多いんですよ、お店が盛況なのは私も嬉しいですが……でも、今回ばかりは、本当に私の晩ごはんに関わる大問題なので、凄く複雑です……」
確かに肉の焼き加減も絶妙だったしな。料理中に靴を無くす店主らしいが、腕は確かなようだ。
いや、ひょっとしたら。料理中に靴を無くすってのに、何か肉を美味しく焼く秘訣が──!?
……あるわけ無いか。
そんなバカな事を考えながら、俺はアトラに、
「あー、何だ、アトラ? 一口いるか?」
と、肉を刺したフォークを突き出してみると……
「い、いいんですか! 食べます! 絶対に食べます! いえ、食べさせてください!」
目をキラキラと輝かせて、即答するアトラは『あーん』と髪をかきあげて、女の子らしく上品に口を開けてくる。
「あ、待って、それユキマサ君のフォーク……」
──ヒュン! パッ! パクッ!
と、隣に座っていたクレハが〝空間移動〟し、アトラにあげる予定のだった〝大猪〟のステーキを食べる。
「ふみゃあッ! クレハさん! ひ……ひどいですよ……私のステーキに何て事を……!」
まさかのクレハの行動に、ガックリ肩を落とし、涙目のアトラ。その目からは、今にも涙が溢れてしまいそうだ。
「す、すいません! 変わりに私のステーキを一口あげるので!(こ、これって……ユキマサ君と……か……間接キスだよねッ……///)」
「……ほ、ほんとですか!?」
わりと本気で泣いていたアトラは『ひっく、ひっく』と手で涙を拭っている。
「……はい。本当にごめんなさい。どうぞ」
今度は、クレハが、自身のフォークで、ステーキをアトラに食べさせようとする。
あーん
シュッ!
ぱくり
もぐもぐ
「いや、何でエメレアが食ってんだよ?」
いつの間にか、颯爽と現れたエメレアが、アトラが食べようとしていたステーキを食べてしまう。
「クレハと間接キ……じゃなくて……ついよ……つい」
もぐもぐと、ステーキを幸せそうに食べるエメレアは、満足気な様子だ。
「み、皆さん……私のことからかってますよね!? 酷いです……酷いですよ……! 私そろそろ本気でグレますよ……?」
しくしくと、泣きながら怒るアトラ。
「ご、ごめんなさい。大丈夫よ! まだ私のお肉が残ってるから! それ食べていいですから……ね?」
流石のエメレアも、これには本当に申し訳なさそうな感じだ……
「……わ、分かりました……信じます……」
エメレアは自身の座っていた席にアトラを座らせ『一口と言わず三口ぐらいどうぞ?』と言っている。
「あ、ありがとうございます! いただきます!!」
手を合わせたアトラは〝いざ、実食!〟と言った感じで、肉を食べようとナイフとフォークを握る。
「ア ト ラ ? この忙しいのに、何をサボってるのかしら?」
するりと、音もなく現れ〝凄まじい殺気〟を放ちながらアトラの頭に、そっと手を乗せる女将さん。
「──ひぃッ!!!!!!!!」
この世の終わりを迎えたのでは無いか?
と、そう思う程に、アトラは絶望的な表情をする。
「を、を、を、おびゃびしゃん! 何故ここに!」
ぷるぷるぷるぷるぷる! ──と、まるで、生まれたての小鹿のように震えるアトラが、発した言葉は、ミリアを越えるくらいの凄まじい噛みっぷりだ。
可哀想に……よほど、怖かったのだろう。
「そ れ はこちらの台詞よね?」
「そ、そうでしたぁぁぁぁぁ!!」
「早く仕事に戻りなさい!」
ピシャリと言い放つ女将さん。
「待ってください! せめて、せめて、一口だけ、一口だけ食べさせてください! じゃないと私グレますよ! それはもう〝魔王か!〟ってぐらいにグレちゃいますよ!」
女将さんに首の襟を捕まれて、ホールへと引きずられるアトラが、必死の抵抗をする。
「ほう……? それじゃ私は身内からグレる子が出る前に、しっかりと教育してあげなくちゃいけないわね? ──それも、家族としての私の義務よ?」
ギロリと睨まれたアトラは、再び『ひぃぃぃ!』と怯えながら、女将さんに、ズルズルと引きずられて行く最中──『や、やめます! 私、グレるのやめますから! 女将さん、許してください~~!』とアトラの断末魔が聞こえる。
この世界の魔王がどうなのかは知らないが……
別に、魔王はグレてるわけじゃ無いと思うぞ?
★★★★★★作者からのお願い★★★★★★
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★5つだと泣いて喜びますが、勿論感じた評価で大丈夫です!
長々と失礼しました!
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