第127話 ボール遊び
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少し遠くから大きな爆発音が聞こえた。
レヴィニアを脇に抱えて走る、メイド長のイルザは足は止めずに視線だけで、その方向を振り向く。
「イシガキ様……」
嫌な予感がする。
でも、足を止めるわけには行かない。
「イルザ、今の爆発音……その……上手く説明できないんだけど……何か凄く……凄く嫌な感じがするの……」
レヴィニアは震えた声で頭を抱えながら言う。
「私もです。ですが……戻るわけにはいきません」
「大丈夫よね……イシガキなら、上手く時間を稼いで逃げてくれる筈よ。そしたら私達を追いかけて来てくれて、直ぐにイシガキと合流できるに決まってるわ」
大丈夫、大丈夫と、レヴィニアはパニックになる自分の頭に必死に言い聞かせる。
爆発音から数十分。二人は何も喋らず、ひたすらに〝大都市エルクステン〟を目指し、先を進んでいた。
──そして、レヴィニアが望んだイシガキは一向に現れる気配は無く、正反対に望まれぬ者が追い付いて来たしまったのは……ほんの一瞬の出来事であった。
「探したぜ──〝王族の心臓〟」
一瞬、黒い影が自分の真横に来たかと思うと、底冷えするような声が響く。
それは紛れもない、魔族アルケラだ。
「お嬢様ッ!」
「ひっ!」
直ぐ様、イルザは抱えていたレヴィニアを左手から右手に抱え替え、自身がアルケラとレヴィニアの間に入るようにし、ほんの少しでもアルケラからレヴィニアを遠ざける。
「イシガキ! イシガキはどうしたのッ!?」
「イシガキ? ああ、あの白髪頭なら死んだよ。自分から爆発してな。お陰で心臓を食い損ねた所だ」
──ドン! ドン! バン!
メイド服の何処からか取り出した銃で、イルザがアルケラの眉間、喉、胸部と言った場所を狙い発砲する。
イルザの使った銃は〝魔力銃〟では無く、鉛玉を撃つ銃だが、その弾丸には魔力を込めた〝魔力強化〟付きだ。それを至近距離から絶妙のタイミングで放つ。
その弾丸は見事に全部が命中するが、胸部と喉の弾は弾かれてしまった。
唯一、眉間へと放った弾は、アルケラに軽い鮮血を流させる。
「ハッ、ビックリしたぞ。白髪頭といい──1日に二人も俺に血を流させるとは、やるじゃねぇかよッ」
勿論、殺す気で撃った。
だが、致命傷は愚か……ダメージは無きに等しい。この距離からの着弾でも、薄皮が剥ける程度にしかダメージを与える事ができない事にイルザは舌打ちをする。
「化物め……」
イルザは間を開けず、更に銃を撃ち、レヴィニアを抱えながら、アルケラへと魔力を込めた蹴りを放つが──弾丸は避けられ、アルケラの腕を蹴った筈の魔力を込めた右足は、オリハルコンでも素で蹴り飛ばしたかのようにジーンとした痛みと共に弾かれる。
「どうした? もう終わりか? これじゃ、まだ白髪頭のが骨があったが、なぶるのも嫌いじゃねぇ」
ハハッと、アルケラは気に入った玩具でも見つけたかのように、楽しそうに笑う。
この間もイルザは、レヴィニアを抱えながら、普通の人間が走れるようなスピードでは無い、速いスピードで山中を移動している。
それを追うアルケラは、いつでも二人を殺せる状態だが──先程の台詞のように、怖がる二人を追いかけ、楽しそうに二人をなぶるように遊んでいた。
「そろそろ飽きてきたな。それに女、お前の心臓も美味そうだ──お前の心臓もいただくとするか」
アルケラがそう言い、
イルザへと手を振りかざすと──
──ザン!
と、斬れたのはイルザの左腕であった。
「イルザッ!」
「う……ご心配無く。腕が切れただけです」
「面白いな、お前、中々経験値が高そうじゃねぇか」
切れたイルザの左腕を持ちながら、今、イルザが行ったことを見抜いたアルケラはニヤリと笑う。
「狙われる場所が分かれば、庇う事は難しくはない」
そう呟くイルザが行ったのは、簡単な事だが、並みの精神力じゃ行えない行動だ。
心臓を狙われたイルザは、その攻撃が避けられないと分かると、一か八か、アルケラの攻撃に自ら当たりに行ったのだ。
勿論、心臓を当てにでは無く、代わりに左腕を犠牲にする形でだ。
万が一に避けても、直ぐに次の攻撃で、間違いなく、心臓は取られる。
だが、自ら当たりに行くという──
相手の想像の斜めでも上でも下でも横でも、何でもいいから、何か一瞬の虚を衝く行動を行ったのだ。
その結果、心臓は免れた。
だが、その代償は左腕一本。命の対価としては替えようが無いが、手痛い傷を負ったのは事実だ。
肩からドバドバと溢れる血を、レヴィニアが泣きながら必死に〝回復魔法〟をかけている。
「──私は諦めない! 例え、この身が滅びようとも、お嬢様は私が絶対に守ってみせる!」
イルザは〝魔族アルケラ〟への宣戦布告と共に、この状況下では絶望的なまでの距離の〝大都市エルクステン〟へ向かう、自分に改めて活を入れる。
「ハッ、面白れぇな、だったら守ってみろッ! 気が変わった! お前を肉片一つ残らないまでに壊してから、そのお姫様の心臓を笑いながら喰ってやるよ!」
──ドン!
鈍い音がイルザの身体に響く。
アルケラに背中を蹴られたのだ。
その攻撃で勢い付いたイルザ達は、更にスピードを出して、木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいく。
ズザザザザザ!! バキバキバキ!
「ハハハ! 楽しいなぁ、これッ!」
アルケラは勢いが落ちると、またイルザを蹴り、何度も何度も吹き飛ばす。
「……う……ぐふっ……」
魔力を込め、イルザは全力でアルケラの蹴りを防御するが、その一撃一撃が重い。拷問でも受けてるようだとイルザは思うが。事実、それに近い。
「イルザ、私を置いて逃げなさい! 貴方まで死んじゃうわ!! あれの狙いは私の心臓なのでしょ!!」
泣き叫ぶレヴィニアが、腕の中で暴れ始める。
「できません……それは諦めてください」
そんな事をすれば、イシガキや死んでいった兵士達に合わせる顔がない──それに理由は何であれ、レヴィニアを自分より先に死なせる気など毛ほども無い。
──ドン!
またイルザがアルケラに蹴られ、吹き飛ばされる。
「昔、食った人間のガキが、ボールとか言う丸いもんを投げたり、蹴ったりして遊んでいたが──こういうことか、意外と楽しいな! ほら、吹っ飛べよ!」
──ドン!!
「……ぐふッ……お、お嬢様……」
イルザの意識が飛びかける。
ガサガサッ!! バキバキバキ!!
吹き飛ばされる自分達が当たった、木が〝くの字〟に折れていく。そして意識を保つのが困難になってきた頃──
──がし。
レヴィニアを抱えたイルザを何かが掴む。
その何かによって止められ、久しぶりとも感じられる、自分達が吹き飛ばされていない──極当たり前である筈の、辺りの景色が静かに流れる世界にハッと息を吐く。
「……れ、レヴィニアお嬢様……ご無事ですか……」
「イルザ! イルザ! しっかりして私は無事よ! お願いだから、今は貴方自身の心配をしなさい!」
ボロボロの身体でイルザは、真っ先にレヴィニアの安否を確認する。
「おい」
「ッ!?」
「ひっ」
ここで初めてイルザは、自分を抱き止めた人物の存在を認識する──黒い髪に〝スイセン服〟を着た少年と、その横には黒い髪のセミロングの少女がいる。
普通に声をかけたられたのだが、イルザとレヴィニアの二人は異常なまでに驚いた反応を見せる。
だが、こうしてはいられない──!
「ひ、人!? ──お、お願いします! お嬢様を連れて、今すぐに逃げてください! 私が時間を稼ぎます! 早くしないと、あれが……あれが来る!」
私はここまでだ。後は1秒でも多く時間を稼ぐ。
申し訳ないが、後はこの人達にお嬢様を連れて逃げて貰う。どのみち、このままでは全滅だ。
「嫌よ、イルザ! 貴方も一緒に逃げるのよッ!」
レヴィニアの言葉には何も返さず、イルザは、すがり付くように、その〝スイセン服〟を着た少年に『早く、お嬢様を連れて逃げてくれ』と頼む。
だが、その少年は──
「……おい、クレハ、こいつら連れて下がれ。どうやら、こいつらの言うあれとやらが来たみたいだ──」
そう連れの少女に告げ、私達の一歩前に出る。
あれは魔族だ! 少なくとも、名も知れない少年の手に負える相手では無い!
と、そう叫ぼうとしたその時だ──
バキバキバキッと、辺りの木々を根から巻き上げ、黒い渦を巻く異様な空間が近付いてくると、その渦の中から、底冷えするような嫌な声が響く。
「──何だ、邪魔が入ったか?」
「「……ッ!!」」
イルザとレヴィニアは追い付いて来たアルケラ登場に、この世の終わりでも迎えたかのように、自分でも分かるぐらいに目を見開き、息を呑むのだった。
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