第106話 ミリア・ハイルデートはミリアである27
おばちゃんと聖女様が帰り、私は1人で家にいる。
聖女様が帰ると、家の中が凄く静かに感じた。
「あれ……お家……こんなに広かったっけ?」
今まで毎日暮らした自分の家だと言うのに、ミリアは心が落ち着かず、パタパタと家の中を歩き回る。
玄関、台所、居間、寝室、シャワー室、トイレ、家の中の物の、その全てか広く、そして寂しく感じる。
「……お母さん……お父さん……」
ついには、その場でミリアは踞って泣いてしまう。
ミリアは一人っ子で両親に溺愛され、しかも今までの人生をこの自然に囲まれた湖の湖畔の家で、外部ともあまり接触せずに育ってきた──
この時、8歳のミリアは、同じ歳の他の子と比べると精神的に極端に幼い部分があった。
簡単に言えば、親離れができていないのである。
生まれて物心が付いた頃には、当たり前のように母がいて父がいた。
優しくて大好きなミリアの自慢の両親だ。
2年前に父親が死んだ時も、別れが辛くて、悲しくて、枯れるほど泣いたが──その時は、まだ母がいてくれた。
……それがどれほどまでに心強かった事か。
それにミリアには友達と呼べる友人もいない。
親しい仲だと、お団子屋のおばちゃん達やタケシはいるが、おばちゃん達にはおばちゃん達の家族があるし、お家も違う。
ミリアにしてみれば、お団子屋のおばさんは、お団子屋のおばさんなのだ。おばさんの事は大好きだけど、家族ともまた違う。近い親戚のような感じだ。
強いて言えば、タケシが私の友達なのかも知れないと思ったけど……でも、それも何か違う気がした。
もうお父さんにもお母さんにも2度と会えない。
……私がこれからどう生きていても、
私がどう死んだとしても、それは変わらない。
そんな事を考えると、また頭がガンガンしてきて、ボロボロと涙が溢れ出てきた。
その場で、ハッと気がつくまで踞り泣いていたミリアは、ごしごしと涙を拭き、ガバッと立ち上がると、おばさんの置いていってくれた、お皿いっぱいに盛られたお団子を戸棚から出して、家の外へと出る。
ミリアの目的地は、家のすぐ隣。
──両親のお墓の前だ。
「お父さん、お母さん、お団子……一緒に食べよ?」
勿論、返事は無い。
でも、ミリアは墓前にお団子を2つ供え、地べたにペタンと座り、自分の分のお団子を口に運ぶ。
でも、ミリアはお団子を一口齧ると手が止まってしまう。
それ以上の食べ物を今は全く身体が受け付けなかった。ミリアは自分の事ながら、目を見開いて驚いた。
「……何で……大好きなお団子なのに……」
ミリアは『おばちゃん、ごめんなさい』と心で呟きながら、お皿に沢山残ってしまったお団子を、家の中の戸棚にそっと戻すのだった──。
*
──大都市エルクステン・ギルド
ギルドマスター室──
「──、いい紅茶ですね。私好みです」
ロキは紅茶を飲むと、素直な感想を呟く。
「それはそれは、何よりじゃ。確かにいつ飲んでもフォルタニアちゃんのお茶の煎れたお茶は絶妙じゃの」
同じく、紅茶を飲みながら返事を返すのは、口髭を生やし、小柄だが筋肉質の色黒の初老の男性──ギルド第2騎士隊長のリーゼス・ロックだ。
「それほどでもございませんが、ありがとうございます。そう言って貰えると私も嬉しく思います」
褒められたフォルタニアは嬉しそうに微笑む。
「ところで、ギルドマスター。噂でルスサルペの街に、聖教会の〝聖女〟が滞在してると耳にしたのじゃが、ギルドマスターは何か知っておるかの?」
リーゼスは紅茶と一緒に運ばれてきた、焼き菓子を食べながらロキに質問をする。
何を隠そうリーゼスは、その耳にした異例な事を疑問に思い、わざわざロキの居る、このギルドマスター室まで足を運んだのだ。
すると『よければお茶でも』と言われ、今に至る。
ちなみにギルドマスター室に来ると、火急の任務中では無い限り、高確率でこうしてお茶が振る舞われる。
「ええ、ジューリア・クーロー様でしたら、4日前からルスサルペの街に行ったっきりみたいですね」
「相変わらず耳が早いの、どこから聞いたんじゃ?」
「5日前にジューリア様と、ちょうどお話する機会がありましてね。その時にルスサルペの街の話題が上がりまして、あの湖と〝2年前の魔王信仰の事件〟のことをお話したのですが、まさか直接街に向かうとは思いませんでした……それで少し気になり、3日前に私も実際に行って様子を見て来ました」
ジューリアがルスサルペの街に向かったのが、本当に意外だったのか、ロキの表情は少し苦笑いでいる。
「それでロキ、聖女様は……?」
フォルタニアが問いかける。
「あの湖の敷地内にいましたので、会って話したりはしていませんが──街で聞いた話しによると、どうやらあの湖の持ち主の女性が亡くなったそうです。そして、その方の娘さんも重度の〝魔力枯渇〟で意識が無いと聞いてます」
「あの湖の持ち主と言うと──〝2年前の魔王信仰の事件〟で魔王信仰の集団を1人で倒された方ですか!? 確かロキが『心臓の見分け方が』どうのと言ってた時の件ですよね?」
「正確には1人と1匹ですね。世にも珍しい、空竜の〝変異種〟がいた筈です。あの竜は強かった──これからも、あの青い竜とは私は戦いたくありませんね」
胡散臭い笑みで、ロキはお手上げとばかりに両手の掌を上に向け、軽くジェスチャーをする。
「ふむ。その件じゃと、わしも少し覚えがあるの。フォルタニアちゃんと一緒に〝魔王信仰の懸賞金〟を届けにいった筈じゃ──確かに青い竜もおった。わしも、あの竜と戦うのはごめんじゃの」
その時のことを思い出し、リーゼスも頷く。
「ロキ、その方の死因は? まさか、また魔王信仰とかではないですよね!?」
「まさか。病と聞いています。それにフォルタニアさん、もし魔王信仰の仕業ならば、我々にもっと情報が来なくては不自然でしょう。それにもしそうだったとしても、酷なようですが、副ギルドマスターとなったのですから、こういう時も冷静に物事に対処せねばなりませんよ」
む……と押し黙るフォルタニア。
だが、ロキの言い分は正論である。
「それはロキが……はぁ……勿論、責務は全うしますが、それでも私には荷が重いです」
「まあ、そう言うでない。わしはフォルタニアちゃんは適任じゃと思うぞ。このギルドでは副ギルドマスターという立場の前例は無いが、今では皆フォルタニアちゃんを副ギルドマスターとしても信じてるからの」
すかさず、リーゼスがフォローする。
「……ありがとうございます。まあ、その話はともかく、その残された娘さんが少し気になりますね……無事ならばいいのですが……」
「聖教会の聖女様が付いています。命は助かると思いますが、1人になった娘さんを思うと心配ですね」
知らぬ顔だが、知らぬ存在では無い。
2年前のあの事件の時、魔王信仰の手で父を失い、その2年後に病で母を亡くした少女を思うと、ロキは少し心がザワつく。
もう何十年も前の話しになるが、ロキは魔王信仰の者の手で、妹弟を2人殺され、病で母を失っている。
家族が魔王信仰に殺され、母を病で亡くす。
そんな自分と何処か似た境遇の少女の姿を、ロキは昔の自分と重ね……心が重くなるのを感じるのだった。
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