歩行者用赤信号機は青信号機になりたがっている
「チッ赤になったや。うっざ!」
――! ウザいだと。
「早く青にならないかなあ」
――! いま赤になったばかりだぞ。
「やばいなあ、電車に乗り遅れてしまうぞ」
――! 電車だと。踏切は……ライバルだ。
「わしゃあ昔っから、この、ここの赤信号が……すかん!」
すかんだと~!
――上等じゃねーか! 俺UZEEEEE!
老若男女、全員が歩行者用赤信号の俺様を嫌いやがって、こんにゃろう。俺様だって好きで赤信号やってるわけじゃねーんだ!
そりゃあ……せっかく気分よく歩いているのに、青信号がチッカチッカ点滅しちゃったりして赤に変われば……止まらないといけないから腹立つかもしれねーな。
車用の信号機は青でも歩行者用だけが先に赤になって「止まれ」なんだから、腹立つかもしれねーな。
スパッツ穿いたジョギング中の人にも好かれるハズがないわな。
――だったらすべての信号機を青一色にすればいいさー! 厳密には青色じゃなくて緑色だから、緑一色リューイーソーさ! そうすれば止まる必要はナッシング。事故多発で交差点はパニックさー!
全部青信号なら……信号機がないのと同じさ、ハッハッハーざまあ! 大都会も信号機の無い田舎の農村と同じさ! クラックションの嵐が昼夜鳴り響くさ――!
はあー。ため息が出る。
青信号には逆立ちしても……敵わない。
「青信号と赤信号、どっちが好きですか」って質問したら、圧倒的な差を見せつけられて大敗するだろうなあ……。無邪気な小学生がみんなそろって「青信号が好き~」って言ったら……立っていられないかもしれない。……棒立ちなのだが。歩行者用赤信号だから。
そもそも赤信号が好きな奴なんて……いるわけがないんだよなあ。「わたし赤信号が大好き! ずっとずっと青にならないで!」って言ってくれるような子……いないよなあ。そんな子いたら……そこで老いるぞと忠告してしまうぞ。
だが、俺様にあって青信号に無いものがある。それは絶対の力。
抑止力――!
って、おい! おっさん! 言ってるぞばから俺様を無視するんじゃねー! 堂々と歩きやがって、お前みたいなやつは車に轢かれて死んじまえ! あほー!
はあ、はあ……。本当に俺様に抑止力なんてあるのだろうか。車用の赤信号に比べると、なんか自分が……非力に感じてしまう。
ボーっと突っ立っているように見えるかもしれないが、そうじゃねえんだ。
――365日、二十四時間仕事をしているんだ!
だいたい、なんで俺様は棒立ちポーズなん? 青信号なんか……今にも動き出しそうなアクティブ感なポーズなのに。
羨ましいぞ、こんちくしょう! さらには、ピヨピヨ音も……歩行者用青信号の味方をしやがる……。
ピヨピヨ大好きなのに……個人的に。
今日も……俺様はいったい何人に無視されたのだろうか。歩行者用赤信号だからって、みんな舐めやがって……。
夜の十時を過ぎた頃だった。
塾の帰りだろうか、ランドセルを背負った一人の女子小学生が歩いていた。高学年だが感心しない。こんな夜遅くに一人でウロウロするなと忠告したい。
怖~いおじさんに追いかけられるぞ~。
って、おい! コラ! 無視するんじゃねー! 歩行者用信号機はとっくに赤だぞ!
――キキキキーガン!
「――!」
勢いよく曲がってきた車が、その女子小学生を……轢いた。
一瞬のことにあっけにとられてしまい、棒立ちになっていた……。
――ばっきゃろー! だから俺様を無視するなって言っただろーが――!
慌てて車から降りてきた若い男がスマホを手に取る。手は震えていて思うように画面を操作できない。
「た、大変だ、マ、ママに電話しなきゃ!」
――ママより先に救急車だ――!
女の子はぐったりしたまま動かない。血が……道路に広がっていく……。
――朝の通勤時間帯に、大人達が歩行者用赤信号を無視するのを見ていたから真似をしたんだ。……歩行者用赤信号は守らなくてもいいと……勘違いしていたんだ。
遠くから近付いてくる救急車のサイレンの音。お願いだ、頼むから道をあけてやってくれ!
女の子は一命をとりとめた。あの事故からは塾への行き帰りも学校への行き帰りも親に車で送迎してもらっている。
もう、俺様の下を歩いて通ることはなかった。自分の足で歩けなくなってしまったからだ。
「ぼ、僕は悪くないよ! 歩行者用信号は赤だったのに止まらなかった方が悪いんだ! ドライブレコーダーにだってちゃんと映っている!」
俺様が……歩行者用青信号だったなら、あの子の味方をしてあげられたんだ。青信号なら守らなくても事故は起きない。いくらでも青信号を無視して立ち止まっていてくれればいい。
――だが、赤信号の俺様を守らずに事故が起きれば……味方をしてあげられない――。
――だから青信号になりたいんだ――
悪いのは俺様をみくびっている……大人達だ。子供は大人を見て真似をする生き物なんだ。
ごめんよ……ごめんよ……。涙がポロポロと零れ落ちる。俺様の下にいる歩行者用青信号の野郎は、どう思っているのだろうか。
「あれ、お母さん、赤信号が青くなってるよ」
――えっ、青色だって?
自転車に乗った母親と幼稚園児だった。
「まあ、本当。赤が青くなっているわ」
どういうことだ、いったい。
泣き過ぎて俺様は……青信号になったのか――念願の? 両手を見ると、確かに青く光っている――。
「でも見間違えたら危ないわ。警察に連絡しなくっちゃ」
「そうだねお母さん、赤信号が青だったら、危ないもんね」
……。
それでいい。
信号機は車や歩行者の安全を第一に作られた物なのだから……。
次に生まれ変わるときは……都会とかにある「残り時間が分かるタイプ」の信号機になりたいものだ。
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この物語は……フィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。