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第十四話:素直になればいいんだよ 2



「そうですね……。だいたいはアレだから……。

───あ、そだ。分身のこと聞きたかったんです」


「分身?」



改めて、本題に入ろう。

崇道さんが厄主に至った経緯は、記憶の共有で分かっている。そもそもの発端である、幸代さんとの齟齬についても。

分からないのは、"ファースト・セカンド・サードの分身はなぜ生まれたか"だ。



「ここに来る前───。

あ、"崇道さんの部屋"を訪ねる前ね。に、会ってきたんですよ。崇道さんの生霊。三人」


「三人?おれが三人?」


「ええ」


「まんまのおれが三人ですか?」


「ええ。

コミュニケーションは取れなかったですけど、家中バラバラにウロウロされてましたよ。警備員みたいに」


「こわ……」


「あんまり実感ないっぽいですけど……。

心当たりとかってあったりします?」



崇道さんは首筋を摩り、うーんと低く唸った。



「その、生霊のおれ?を客観視したことないんで、なんとも言えないんですけど……。

たぶん、今が昼だからだと、思います」


「というと?」


「おれ、寝てる時に生霊の記憶纏めて見たり、おれだけどおれじゃない感覚わかるっていうか……。

えと、うーん。なんて言えばいいのかな」


「あ、そこ端折ってもらって大丈夫っすよ。

昼と夜とで感覚違って、明晰夢か正夢かって話ですよね」


「……そんなとこまでバレてんですね」



崇道さんが言語化に難儀していたので、良かれと意訳してやったら引かれた。

俺が謝ると、崇道さんは"別にいいですけど"と項垂れた。



「そんなわけで、正夢の方の情報もっと、色んな角度から分かるようになればいいのにって思ってたのが、知らず知らずと実現してた、ってことじゃないかと……」


「意図してやってるわけじゃあないんですね?」


「ぜんぜん。

意図してなんて無理ですよ、こんなの」



昼に眠るか夜に眠るかで、崇道さん自身の感覚は大きく変わる。

昼に眠れば明晰夢を見て、夜に眠れば正夢を見る。

いずれの夢も生霊視点ではあるが、いずれの生霊も昼間にしか活動しない。


そうか。

だからさっきの分身達は、幸代さんに認識されなかったのか。



「じゃあ、どんな風に見えてるんですか?正夢。

三人分なら、視点も三分割?」


「……スポーツ中継、あるじゃないですか。野球とか」


「はい」


「ああいうのって、ひとつの試合を何台ものカメラで撮るじゃないですか」


「そうですね」


「でもテレビで観てるおれらは、一個のモニターで見るじゃないですか」


「そうですね」


「そんな感じです」


「なるほど。

───な、なるほど……?」



幸代さんが認識できるのは、明晰夢の際に"生じさせた"生霊。

崇道さん自身が生霊となって活動をする場合だ。

こちらは高谷さんの飛びだましと同等の原理と解釈していいだろう。


対して正夢の方の生霊は、崇道さんの無意識によって"生じた"もの。

こちらは生霊が独りでに活動するので、崇道さん自身では操れない。

桂さん曰くの乖離に原理は近いが、細かい部分では異なる。


つまり幸代さんが視ていたのは、"崇道さんの生霊"ではなく、"生霊となった崇道さん"だった。

生霊の姿をとっていたとはいえ、実際に崇道さんの意識はそこにあったのだから。



「分身が現れるのは正夢の時だけ、正夢を見るのは夜に眠った時だけ……。

てことは、さっき俺達が一階で待子さん達と話してた様子も、今日の夜に全部わかるってことですか」


「普通に夜に寝たら、そうなるでしょうね」



分身の謎も一応解けた。

解けたが、解決にはなっていない。


崇道さんは言った。

"こんな風になれば"が、知らず知らずと叶ったのではないかと。

ある意味でスキルアップなのかもしれないが、厄主としての成長は決して喜ばしいものじゃない。


崇道さんが自らの生霊を完璧に操れるようになったら、ますます以って部屋から出なくていい環境が整ってしまう。

乖離に体が慣れるほど、帰来も難しくなるだろう。


ご家族との関係を修復するには、ただ見守り、見守られるだけじゃ駄目だ。

生霊うんぬんを抜きにして、崇道さん自身で、対話をしなくてはいけないんだ。




「マジでレアケースってか、前例がなさすぎて、どう処理したもんか……」


「誰にでも起こり得るんじゃないんですか?」


「生霊自体はね。でも分身はさすがに、見たことも聞いたこともないですよ」


「そういや、知り合いに専門家がいるって」


「そうです。その人に助けてもらいながら、色々と」


「過去にもこういう、生霊案件的なので駆り出されたりしたんですか?」


「割としょっちゅうですよ」


「しょっちゅう……」



崇道さんが興味を持ってくれたので、俺も俺の体験談を語ることに。

流れで高谷さんの飛びだましにも触れた。必要があれば話題にしていいと許可が下りていたので、有り難く参照させてもらった。




「───まさか高谷さんにも、そういう経験があったとは思わなかったです」


「同類だからってお互い感知できるわけじゃないみたいですね」


「まぁ、おれのが暦浅いですし、経験値の差なのかも」


「同時に飛びだましをして、生霊同士でどっか落ち合えば或いは……」


「だからなんだって気もしますけどね」


「ですね」



気付けば、崇道さんも俺も笑みを浮かべるまでに打ち解けていた。

曲がりなりにも半生を曝し合ったおかげかもしれない。



「高谷さんもですけど、あなたも」


「俺?」


「思ったよりスゴい人だったんですね、二見さん」


「いやいや、単に乗り掛かった船というか……。

俺に出来る範囲をやってるだけですよ」


「十分スゴイですよ。

おれがあなたの立場だったら、たぶん、無理です。

ていうか、絶対できないです」



おや?打ち解けたはずが、また微妙な距離感に戻ってきたぞ。

褒めてくれてるはずなのに、褒められてる気がしない。



「そん、実際そんな、大したことしてないですって。

例の専門家とか、周りの助けを借りてやっと────」


「生霊のことだけじゃないです。

あなたには、いい友達がたくさんいて、あなたを必要だって言ってくれる人もたくさんいて、毎日真面目に働いて、そういう、ボランティア的なことにも積極的で……。

おれとは、大違いだ」



まずい。

崇道さんが自己嫌悪モードに入った。

そんなつもりで色々話したんじゃないのに。



「待った待った。

なんか、めちゃくちゃ聖人みたいな言い方されてますけど、おれ商店の店番ですからね?彼女だっていないし、むしろ地味すぎるくらい平凡で……」



挽回しようとすればするほど墓穴に嵌まる。

良い人なのに謙虚で、謙虚だし良い人だなんて、崇道さんの中で印象付けられてしまう。



「人生、なにが正しくて間違いか分からないって、仰ってましたけど。

おれに限っては、分かるんですよ。おれの人生、どうするのが正しいのかも、なんで、生霊なんてものを作ってしまったのかも」



卑屈で捨て鉢で、そのくせ周りの目が気になって仕方ない自意識過剰で。

正しい道を分かっていて、でも最初の一歩が怖くて二の足を踏んでばかりいて。



「分かってるのに、できないんです。変えたいのに変えられない。

おれって、デブだしブサイクだし、勉強しか取り柄ないって思ってたのに、その勉強も中途半端で終わったし、新しくやりたいことも見付かんないし、毎日楽しくないし」



やっぱりこの人、根っこが俺と似てる。

とりわけ、精神的に一番参っていた頃の俺に。



「それでも頑張って、無理矢理に何か始めたとしても、今よりもっと悪いことになったらどうしようとか、今更そんなことしたって遅いとか、悪い想像ばっかして、やらない言い訳ばっかして、気付けば今日が終わってるって繰り返し」



あの頃の俺って、どうやって立ち直ったんだっけ。

確か、自力では無理だった。恭介や竣平や恵、ツユちゃんに耕作さん。

色んな人達に励まされて、尻を叩いてもらって、重い腰を上げられた。



「二見さんと、女の子さん、が、良い人なのは分かりました。高谷さんが良い人なのも、分かってます。

だから、生霊がどうたらってのは、おれも、おれに出来る範囲でなら協力します。おれの家族のことも、出来るだけのこと、してみます。

けど、それ以外を、それ以上を期待しないでください」



自分一人ではどうにもならない窮地に陥っても、支えがあれば打破できる。

誰か一人でも側にいてくれれば、大抵のことは何とかなる。

俺自身が立証済みだ。



「まだ、立ち直ったらアレがしたい、コレがしたいって思える段階じゃないから。

まだ、おれは、あなた達みたいに、真っすぐ人の目を見られないから。

まだ、おれは、今のおれでいっぱいいっぱいだから」



支え方が問題なんだ。

俺のように、強引にでも尻を叩かれた方が良い場合があれば、潮時を待ってやった方が良い場合もある。


俺の直感が外れていなければ、崇道さんは後者だ。

なんとかって慈善団体の前科もあるわけだし、下手に突けば蛇を出す。

崇道さんは違うと信じたいけれど、穀潰しは無用だと家を追い出された無職が、追い出した家族を殺す事件があるように。



「申し訳ないですけど、今日はもう、話せることないんで、

もう、帰ってくれませんか」



崇道さんは、自らの非を認めている。

まだ行動に移せていないだけで、変わりたいという意欲もある。


他の誰が、期待しても無駄と見限ったとしても。

呆れず、諦めず、長い目を持ち、付かず離れずで接し続ければ、いつかは。


ご家族の他にもう一人くらい。

せめて俺くらいは、崇道さんの可能性を信じてやってもいいんじゃないか。




「───わかりました。

最後にもう一つだけ、いいですか」




今日が駄目でも無駄じゃない。

明日、明後日になれば、一週間、一ヶ月経てば、今日とは違う一日を迎えられるかもしれない。


すべては"今"の積み重ね。

俺達と知り合ったことで、少なからず崇道さんは刺激を受けたはずだ。


あとは、崇道さんの負担にならない範囲で、刺激を与え続けること。関わりを絶たないこと。

世の中そんなに悪いもんじゃないと、知ってもらうこと。


情けは人の為ならず、ですよね。桂さん。



「言われるまでもないでしょうが、ご家族のこと、特に幸代さんのことを、第一に考えてあげてください。

中身とかなくてもいいので、ちょっとでもいいので、話をするとか」


「はい」


「幸代さんはご高齢ですし、貴方だって、いつまでも元気でいられる保証はないわけですから。

出来るだけ、早くに」


「はい」


「俺は学生の頃に母を亡くして、親孝行をする前に別れてしまったので」


「え……」


「貴方には、同じ後悔をしてほしくないんです。

余計なお世話ですが、どうか、胸に留めておいてください」


「……はい」



言いたいことは言った。

これ以上長居をしても迷惑になるし、今日はお暇させてもらおう。



「じゃあ、これ。俺と、専門家の人の連絡先なんで。

なにかあれば───、なくてもいいですけど。気が向いたら連絡ください」



俺と桂さんの連絡先を記したメモを崇道さんに差し出し、澪さんに一声かけて立ち上がる。



「澪……?」



しかし澪さんは、正座をしたまま動かなかった。

声かけたの、聞こえなかったかな。



「どしたの。帰るよ」



再び声をかける。

すると澪さんは数拍の間を置いて立ち上がり、何故か俺ではなく崇道さんに向かっていった。

そして、真正面から崇道さんを抱き締めた。



「え────」


「な────」



俺は固まってしまい、崇道さんはもっと固まって地蔵みたいになった。

なんでいきなりハグなのか、尋ねようにも頭が空だ。



「あなたは良い人です。

幸代さんも待子さんも、お会いできませんでしたが滋さんも、きっと良い人です。

良い人には、必ず、良いことがあるはずです」



澪さんが徐に喋りだした。

何が彼女を駆り立てたのかは分からないが、彼女なりに何かを伝えようとしている。



「わたしは、わたしが困っている時、ケンジさんが助けてくれました。ケンジさんの他にも、優しくしてくれる人がいっぱいいました。

世の中には、嫌なこともあるけど、同じくらい、素晴らしいこともあります」



的を射てはいない。

言葉少ななようでいて、多すぎでもある。前後も曖昧だ。


けれど、伝わる。

澪さんが崇道さんに何を伝えたがっているのか。

優しい声から、頑なな背中から、彼女の全部から全部が伝わってくる。



「だから、こんな人生なんかって、思わないでください。

自分なんかって、言わないでください」



こんな人生。こんな自分。

崇道さんに向けられたはずの言葉が、俺の胸にも突き刺さる。



「まだ、間に合うから。

みんなも、あなたも、生きてさえいれば、間に合うから」



澪さん越しに崇道さんと目が合う。

彼と同じ表情をした俺が、彼の見開かれた瞳に映っている。



「あなたは、あなたが知っている以上に、愛されて、望まれて、生まれてきたのですから」



崇道さんが一筋の涙を流す。

彼は俺とよく似ていて、結局は別の人種だった。



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