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第十三話:しのぶ 5



例の階段を覗いてみると、ファースト嵩道さんも居なくなっていた。

周囲のどこにも姿がないので、単に場所を移したわけじゃなさそうだ。


セカンドを含め、これで三人のうち二人が消えた。

俺達を監視する目的だったんなら、いずれはサードも消えるだろう。



「お部屋に集まったんでしょうかね」


「かねぇ」



お茶を零さないよう慎重に階段を上がる。

二階にも人気はなく、不気味なほどの静けさに包まれていた。

嵩道さんの自室と思われる部屋からも、物音一つしない。


高谷さんが習得した飛びだましは、眠ることが絶対条件だった。とりわけ、レム睡眠時が発動しやすいという。

もし嵩道さんも同じ条件なら、物音がしないのも頷けるけど。

生霊のタイプはかなり希少っぽかったし、高谷さんとはカテゴリ自体が違うような。




「あ、わたし持ってます」


「大丈夫?重くない?」


「大丈夫。しっかり!」


「ありがとう。ちょっとだけ頼むね」



小声でやり取りし、盆は一時だけ澪さんが預かってくれることに。

俺は嵩道さんの自室前で深呼吸し、ドアを二回ノックした。



「………はい」



しばらくの間を置いて、男性の声がドアの向こうから返ってきた。

少し篭ったような、厚みのある低音。寝起きと言われればそう聞こえなくもないが、実際はどうなんだ。

身の危険を察知して飛び起きたのか、そもそも寝ていなかったのか。



「突然すいません。俺、ヘルパーの高谷さんの友達で、二見っていいます。初めまして。

ちょっと貴方と話をしたいんですけど、今よろしいですか?」



応答がない。ここまでは想定通りだ。

赤の他人に何の脈絡もなく話をしようなんて言われて、すんなり受け入れられるわけがない。引き篭りなら尚更だ。


かといって、嵩道さんを騙くらかすための嘘は用意してこれなかった。

リスクは高いが、ここは正直に手の内を明かすしかない。



「おかしいやつって思われるでしょうが、実は俺、変わった体質を持ってまして。いわゆる霊的なものを見聞き出来たりするんです。

それで先日、高谷さんから貴方のことを相談されて。もしかしたら貴方もそういう、霊的な何かに困ってるんじゃないかって聞いたんで、お節介ながら伺いました。

何でもとは言えませんが、俺にも答えられることとか、力になれることがあるかもしれないので、もし心当たりがあるなら、少し、話をしてみませんか」



我ながら怪しさ満点だが、全て事実だ。

信じるか信じないかは嵩道さん次第。




「………なんで」



立ち上がって椅子が軋む音、踏み込んで床の軋む音。

こちらに近付いてくる、億劫そうな重い足音。



「なんで高谷さんがそんな話、するんですか」



食いついた。



「高谷さん自身もそういう経験がお有りだそうです。

だから、同類として勘が働いたのかもしれません」


「………幽霊とか、視えるんですか」


「高谷さんは違いますけど、俺は視えます。厳密には幽霊じゃなくて、生霊をですけど」


「生霊?」


「はい。生霊は殺生に関係なく誰にでも起こり得るし、交わる可能性のあるものです。聞いたことありませんか?」


「名前くらいは……。霊媒師なんですか?」


「ただの一般人ですが、知り合いに専門家の方がいます。

その方の受け売りになりますが、貴方が抱えてる悩みだったり疑問だったりも、ある程度なら説明できるかと思います。解決できるかどうかは、内容によりますけど」



冷静に。言葉を選べ。地雷を踏むな。

示してくれた興味関心をフイにしないように。こいつならと信用してもらえるように。



「うちの親に言われて来た人じゃ、ないんだよね?」



駄目押しだ。



「違います。おたくの家庭事情に踏み入る気はありません。

ただ、必要なことを知りたくて、貴方にも知ってほしいだけです」



沈黙。駄目押しが弱かったか。

俺はつい舌を打ちたくなるのを堪え、別のアプローチがないか頭をフル稼動させた。

すると応答が途絶えたままに、ドアの施錠が解かれた。


指一本ほど開けたドアの隙間から、嵩道さんがこちらを窺ってくる。

俺は嵩道さんに視線を合わせ、会釈した。



「どうも……」


「………。」



品定めでもするように俺の全身を見遣った嵩道さんは、今度こそ大きくドアを開けてくれた。


よかった。信じてくれた。

安堵したのも束の間、嵩道さんの目が大きく見開かれた。

少し離れたところで控えていた澪さんに気付いたらしい。


たちまち態度を一変させた嵩道さんは、せっかく開けてくれたドアをまた勢いよく閉めようとした。

俺は完全に閉まる直前に足を差し込み、シャットアウトを防いだ。



「ちょ───っと待ってくださいよ」


「やっぱりいいです。帰ってください」


「なんでですか!せっかく開けてくれたのに────」


「本当にいいですから。もう放っといてください」



この拒絶反応は間違いなく、澪さんに対してだ。

口を利いたのは俺だけだったし、まさかこんな若くて可愛い女の子を連れてるとは思わなかったんだろう。



「あ、ぅ……」



男同士の本気の攻防を前に、澪さんがおろおろと狼狽える。


ごめんな澪さん。君には解せないだろうが、俺には分かるんだ。

これは君が悪いんでも、嵩道さんが悪いんでもない。誰も何も悪くないが、強いて言うと状況が悪いんだ。

整えれば良いという問題でもないが、せめて整えてからじゃないと無理なんだ色々と。

童貞特有の恥ずかしさというか後ろめたさというか、ある意味でプライドのようなものなんだ。

女の子を部屋に招くってのは、自分の糞詰まりの脹を掻き出して曝すようなものなんだ俺達にとって。



「この────っ!」



だが、それはそれ。これはこれ。

気持ちは痛いほど分かってやれても、汲んではやれない。

すまないな嵩道さん。俺達も道楽でやってんじゃねえ。ここまで来て、手ぶらじゃ帰れねえんだよ。



「この子も生霊なんですよ!!」



とっときの切り札。今使わんでいつ使う。



「えっ────」



意表を突かれた嵩道さんの息遣い。僅かに緩んだ抵抗力。

俺は更に足を捩じ込み、借金の取り立てよろしくドアをこじ開けた。


侵入を許した嵩道さんは、どこへ逃げようというのか慌てて踵を返した。

俺は反射的に腕を伸ばし、嵩道さんの手首を掴んだ。

そして触れ合った箇所を通じ、"ある映像"が電流のように俺の体内へ流れ込んできた。



「(これって、凛太朗さんの時の────)」



見ちゃいけない。人の心に無断で立ち入っちゃならない。

抗おうにも、もはや為す術なく。蟀谷(こめかみ)に一筋の稲妻が走ったのを境に、俺の五感は現実から切り離された。



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