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第十二話:白日夢 4



「今のケンジくんと同じくらいだよ。二・三年前」


「最初どんな感じでした?」


「夢の中で、"あ、これ夢だな"って分かること、ある人はあるって言うじゃない?私も割とある方なんだけど、その時はそれに近いようで違った。

目の前に自分自身がいたからね」


「ベッドで寝てる自分が?」


「うん」




今から数年前の、ある日。

ふと気が付くと、高谷さんは自宅の寝室に立っていた。

辺りは夜で暗く、自分はパジャマを身に付けていた。


なんだ、寝ぼけたのか。

そう納得してベッドに戻ろうとすると、そこには既に自分が寝ていた。

同じパジャマ姿で、すやすやと寝息を立てた自分が。


最初は夢かと思った。

しかしやけにリアルで、空気感も世界観も現実と差がなかった。

少し考えて、高谷さんは一つの推論を出した。

もしやこれは、噂に聞く幽体離脱というやつではなかろうか。


立証するべく高谷さんは動いた。

走ったり、大声を出してみたり。万一勘違いだった場合にも、近所に迷惑が掛からない程度で。

やがて高谷さんは推論を確信に変え、外へ飛び出した。

幽体での物見遊山は、存外楽しいものだった。


これを連日繰り返していくうちに、感覚を覚えた。

今やレム睡眠とノンレム睡眠、夢を見るか幽体離脱するかを選べるほどになったという。




「戻る時はどうするんですか?」


「本体が自然に起きるまで待つか、本体に触れて念じる?か。

後者は最近できるようになったばかりだから、昔は本体が起きてくれるまで時間潰すしかなかったよ」


「念じるっていうのは?」


「こう、おでことか首とか、どこでもいいけど肌に触れて、"戻るぞ~"って気を送るような感じ」


「気功師的な」


「どっちにしても、目覚める時は普通だよ。特別疲れたりもない。

さすがに10日連続でやった時は、なんか寝足りないなーくらいはなったけど」


「当日ならどうですか?一回戻って、またすぐ二回目って連続しては出来ないもんですか?」


「んー、どっちの方法で戻るとしても、どっちみち本体が起きちゃうってことだからね。その後すぐ寝直せば出来なくもないんだろうけど……。試したことはないね」



高谷さんは一つ一つ丁寧に、時折ジェスチャーを交えながら説明してくれた。

おかげで俺の中でも、彼女のカテゴライズが定まってきた。


俺の知る生き霊達と高谷さんは、似て非なる存在であり現象。

実に興味深く勉強になったが、参考にさせてもらうには、彼女のケースは些か特殊すぎるようだ。




「───ところでさ、ケンジくん」


「はい?」


「今更だけど……、驚かないの?」


「え」



言われてみれば、自分の好奇心を優先するあまり肝心なことを忘れていた。

常人であれば然るべきリアクションを、俺は取っていない。

日常会話で幽体離脱なんて訝しいワードが飛び出してきたら、普通驚くか引くはずだ。



「なんか、あまりにも普通に聞いてくれるから、私もつい普通に話しちゃったけど。

さすがに冷静すぎない?普通こんなこと言われても信じないでしょ?」



ごもっとも。

当たり障りのない範囲で収めるつもりだったが、今更取り繕うのも白々しいな。



「まあ、なんというか……。ある意味俺も、高谷さんと同類なんで」


「同類?」




俺は全て話した。

俺の特異体質のことも、澪さんのことも。

関わった生き霊達の個人情報以外は、全て。


高谷さんは驚いたが、信じてくれた。

どういう経緯にせよ、俺を頼った人達は皆救われただろうと。

俺のやってきたことは、正否はどうあれ立派なことだと、言ってくれた。


分野は違えど、奇しくもオカルティズムに触れてしまった者同士。

誰にも言えない秘密を茶飲み話に出来る相手が、まさかこんなに身近にいたなんて。

互いの健康と安寧に障りがないよう祈りつつも、俺は高谷さんとの出会いを改めて感謝した。




**



「───ふう。なんだか、いっぱい話したら疲れちゃったね」


「ですね」



9時14分。

合流してから一時間が経ち、俺も高谷さんもドリンクを飲み干した。

ここの営業終了時間は11時。あと一品くらい追加注文をすれば、もうしばらく居座っても許されるだろう。


しかし、気持ち的には既にお腹いっぱい。

急激に増えた情報量を処理するのにフル稼動させた頭が、ちょっと休ませてくれと訴えている。

高谷さんも、やや話し疲れたご様子。

今日のところは、お開きにする頃合いかもしれない。



「明日もありますし、今日はこのへんにしときますか」


「そう───、だね」


「?まだ何か話したいことありました?」


「ううん、今日はもういい。今日の分はもういいんだけど……」


「なんですか?」


「個人的に一つ、気になってることがあって。急ぎじゃないから、本当に今日はいいんだけど。何かあったらまた、ケンジくんに相談してもいいかな」


「もちろんですよ。俺こそ、そっち方面のアドバイスとか、今後お願いするかもしれません」


「私の所感でいいなら、お安い御用だよ」



まだ腹に一物半くらい抱えていそうな高谷さんだが、今のところ俺の出る幕はないという。

もし必要とされる場面が訪れた時は、出来る限り力になってやりたい。



「ケンジくんは大丈夫?後でメールしてくれてもいいけど、聞きそびれたことない?」



荷物を纏める片手間に高谷さんが尋ねる。

俺も財布の準備をしながら、タイミングを逃していた質問を捩じ込んだ。



「さっき、二・三年前から始まったって言ってましたけど……。きっかけって覚えてますか?」



高谷さんの動きが止まり、俺も止まる。



「きっかけかぁ……。ケンジくんは事故に遭ってからだっけ」


「それが原因かは分からないですけど、始まった時期はそうっすね」



考え込み始めた高谷さんが完全停止する。

帰り際にする質問じゃなかったか。



「言われてみれば、何かあったような気はするんだけど……。はっきりとは覚えてないや。ごめんね」


「いえ。こっちこそすいません、根掘り葉掘り」


「お互い様だよ。この件で謝るのはナシにしよう」


「わかりました」



二人共に席を立ち、伝票を持ってレジカウンターへ向かう。

会計直前になってから、どちらが払うかで微妙に揉めた。

俺は男だから、高谷さんは年上だからの一点張りで、両者一歩も譲らず。

店の迷惑になるといけないので、なんだかんだと割り勘に落ち着いたが、こんな時だけ年上ぶる高谷さんはずるいと思った。


帰り道は途中まで一緒。

今日こそは送らせてくれと俺が言うと、高谷さんは申し訳なさそうに悪いねと笑った。



「本当に何ともないなら良いですけど、当たり前にはしないでくださいね。

何ともないと思ってるのは自分だけで、実はちょっとずつ寿命削れてる、とかだったら洒落ならんですし」


「そうだよね。あんまり調子乗らないようにしとくよ」


「さっき話した専門家の知り合いにも色々聞いとくんで、分かったことあったら連絡します」


「そうしてくれると助かります。桂さんだっけ?どんな人なの?」


「見た目ヤクザ、中身保育士さんって感じの人です」


「なにそれ。すっごく気になるんだけど」



たびたび名前の上がった桂さんの話や、先程までは出なかった仕事の話。

最近観たテレビの話なんかを駄弁りながら歩く、明るい夜道。


不思議なもので、もう緊張はない。

お互いに最もデリケートな部分を覗き合ったからなのか、まるで昔からの友達のように感じられる。

高谷さんも高谷さんで、以前までなら滅多に見せなかった笑顔を惜し気もなく晒してくれるようになった。

クールでかっこいいイメージが半減した分、本当は感受性が豊かで人間味のある人だったということも分かった。

少しは距離が縮まったと、喜んでもいいだろうか。




「───ここでいいよ」



高谷さんのマンションまで目と鼻の先というところで、高谷さんは立ち止まった。

俺が送らせてもらう時は、大体ここで別れる。



「今日は本当にありがとう。急に呼び出して申し訳なかった」


「全然。俺こそありがとうございました。貴重なお話が聞けて良かったです」


「私も。あんな話できる相手いると思わなかったから、嬉しいよ」



街灯がチカチカと明滅する。

光闇の中で見え隠れする高谷さんの顔は、嬉しいと言う割に嬉しそうじゃなかった。



「家に帰ったら、澪ちゃん?待ってるんだよね」


「?ええ」



なんだ?含みのある言い方。

十代の少女となんちゃって同居生活してるのを今になって怒られるのか?



「どんな事情か知らないけど、かわいそうだね」


「……ええ」


「でも、最初に会った人がケンジくんだったのは、彼女にとって、きっと良かったことだと思うよ」


「ありがとうございます……?」



街灯の光源が安定し、辺りがパッと明るくなる。

光に包まれた高谷さんと目が合い、瞬きして逸らされる。



「長いことケンジくんお借りしてごめんねって、澪ちゃんに言っといて」


「あの高谷さ────」


「送ってくれてありがとうおやすみ」



一方的に別れの挨拶を告げると、高谷さんは足早にマンションまで去ってしまった。

俺の制止が振り解かれる展開は昨晩と同じだ。



「(なんだったんだ……?)」



最後の最後で高谷さんが残していった、切なさを孕んだ複雑な表情。

あれは一体、なんの気持ちの表れだったのだろうか。


もやもやと後ろ髪を引かれたまま、自宅に向かって歩き出す。

行きより僅かに足取りが重くなっていることに気付く。

帰るのが、待ってくれている澪さんと顔を会わせるのが、どうしてか憂鬱に感じるのだ。


これは一体、なんの気持ちの表れか。

高谷さんの心も俺自身の心も、正解は見出だせそうになかった。



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