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第十二話:白日夢 3



「実は昨日のこと、なんだけど……」



怖ず怖ずと話し始めた高谷さんに、俺は得心がいった。

終ぞなかった個人的なアプローチなのだから、理由も直近の出来事に関係しているに違いない。



「公園で夜、たまたま会ったじゃない?例のパジャマ着てた時」


「ええ」


「それで、あの……。変なこと聞くんだけど」


「はい?」


「あの時の私、ケンジくんの目から見て、どう映った?」



思考停止。

何事かと身構えてみれば、"どう映った"とは?

あの時はすっぴんで、素顔を見られたのが恥ずかしいとか?



「どう───、と言われても。特に。いつも通りでしたよ?」


「本当に?どこか変なとことか、違和感とかなかった?」


「うーん……。強いて言うなら、あんなに慌てたとこを見るのは初めてだったくらいですかね」


「ム……。そう、なんだけど。いやそうだけどそうじゃなくて。見た目とか雰囲気的な意味で!」


「見た目……。いつもと変わらず、お綺麗でしたよ」


「ピぎ───っ。グ、ありがとう。でもそうじゃなくてね」



高谷さんの自若が崩れていく。

また言動がフワフワし出したのに加えて、今度は妙な奇声まで発するようになってしまった。まるで蛙か蜥蜴が踏み潰された音みたいだ。実際聞いたことないけど。



「ウー……、なんて言えば良いのかな」


「?」


「……もういいや!ごめんケンジくん単刀直入に聞くね。ケンジくんって霊感とかあったりする?」



最終的に高谷さんは開き直り、突拍子のない質問を俺にぶつけてきた。

この流れで霊感がどうって、俄に嫌な予感がする。



「……ないです」


「本当?今ちょっと間あったよね?」


「いきなりでびっくりしただけですよ」


「じゃあどうして目逸らすの?普通に"そんなのないですよアハハ~"って言えばいいだけなのに?」


「アハハ~」


「取って付けたかのよう!」



思わず明後日を向いてしまった俺の顔を、高谷さんが執拗に覗き込んでくる。

普段ポーカーフェースの人の百面相って、場合によってはかなり怖いものらしい。

射抜くような目で見詰められて、今にも全身蜂の巣になりそうだ。



「おかしいこと言ってるって自覚はあるの。怪しまれても仕方ないってことも。

ただ、私はケンジくんを陥れてやろうとか、何か企んでるわけじゃないってことは信じてほしい」


「それは分かってます。俺も疑ってるわけじゃありません。

なんでそんなことを俺に聞くのか、単純に理由を知りたいだけです」


「理由は───。私も、知りたいから」


「知ってどうなるんですか?」


「私の中の疑問が一つ解消されて、もしかしたら私とケンジくんの関係も少し変わるかもしれない。

……なんて言ったら、余計に話したくなくなるよね」


「………。」


「どうしても気が進まないなら、これ以上は掘り下げない。

けどもし、色眼鏡で見られるのが嫌だから秘密にしてるんなら、私はそんなことしないって約束する。

……最後にもう一回だけ聞くね、ケンジくん。霊感じゃなくても、それに近い存在や現象に遭遇したこと、過去に一度もない?」



我に返ったのか、話が進んでいくにつれ高谷さんは落ち着いていった。


"俺との関係が変わるかもしれない"。

言葉の意味は分からないが、高谷さんはこの手の冗談を言わない人だ。秘密を明かしたとて、言い触らされる恐れもないだろう。

なにより、本人がこうも真剣なのだ。だったらこちらも、正直に答えてやるのが筋ではないか。



「霊感、ってほどのモンじゃあないんですけど。

それに近いような何かを、時々見たり聞いたりすることは、なくはないです」


「やっぱり……」


「やっぱり?」



高谷さんは額を手で覆って項垂れた。

先程の問いはゼロからの疑問ではなく、既にあった推測の答え合わせが目的だったようだ。



「幽体離脱って、知ってる?」


「幽体……。自分の体から意識───、魂?だけが抜け出しちゃうとかいう怪奇現象のことですよね」


「ざっくり言うとそう。それ、体験したことある?」


「ないですけど……。高谷さんは────」



高谷さんはあるんですか。

そう聞き返そうとした瞬間、高谷さんの瞳が鈍い煌めきを放った。



「まさか」



俺は息を呑んだ。

高谷さんは観念した声で、"そのまさか"だと答えた。


幽体離脱。またの名を体外離脱。

となると、昨晩公園で会ったのは、もしや。



「てことは昨日、公園にいた高谷さんは────」


「私の幽体。本体は普通に家で寝てた」


「記憶あるんですか?」


「もちろん。会話だって普通にしたでしょう?傍からはケンジくんの独り言に見えたろうけど」




よくよく考えてみれば、確かに辻褄が合う。

いくら気が向いたからといって、高谷さんがあんな真夜中に一人で徘徊をするなんて変だ。

あと俺が声をかけた時、突然のことに驚いた、以上の強い反応を見せていた。

それこそ、自分の存在に気付く者などいるわけがないと、高を括っていたかのように。


つまり高谷さんはあの晩、幽体姿で公園に赴き、俺と鉢合わせた。

俺自身は普通に話し掛けたつもりだったが、今まで幽体姿の彼女を視認できた者はいなかった。

だから高谷さんは想定外の事態に混乱し、逃げるように俺の前から去っていったのか。


あれ。

でもまだ謎が残るな。



「もしかして、その幽体離脱って自由自在に出来たりします?」


「え?あー、うん。いくつか条件はあるけど、やろうと思えば」


「(マジかよ)」



幽体離脱の原因の殆どは思い込み。精神的・肉体的に欠陥のある人が見る幻覚・錯覚だと言われている。

もともと脳に障害を持つ人、脳波のバランスを崩しやすい人が顕著で、科学的にも裏付けされていることらしい。


だが高谷さんに、それらの兆候は見られない。

心も体も健康そうだし、変な宗教にハマっていそうな節もない。

第一、彼女の"幽体"に俺も会っているのだ。

記憶を共有している時点で、彼女だけの問題ではない。



「怒らないで答えてほしいんですけど」


「うん?」


「高谷さんって何か持病あったりします?」


「特にはないけど」


「じゃあ、人には言えないような悩みとか、ストレスがあったりは?」


「……もしかして私、虚言癖があると思われてる?」


「ああいや、そんなんじゃないんですけど。幽体離脱ってそういう、何かしらのハンディキャップを持った人がなりやすいって聞いたことあるんで。

もし高谷さんもそうだったら心配だなと」


「ありがとう。でも大丈夫だよ。全く脳天気に生きてるってこともないけど、心配してもらうほどじゃないから。

これのせいで体壊したりも、今のところは皆無だしね」



これで"自己像幻視"、"アストラル投射"の線は低くなった。

残された可能性は、俺の知る限りは後一つ。


桂さんによれば、幽体離脱によって分かたれた霊魂も生き霊の一種とする説があるという。

もし昨晩、俺が出くわした高谷さんも、生き霊としての側面が強い霊魂であったなら。

彼女は俺が初めて(まみ)えるタイプ、"飛びだまし"の習得者ということになる。


飛びだましとは、自分で自分の生き霊を意図して作り出す行為。

必要な工程や条件は個人差があるそうだが、同じく自らで生き霊を作る"影分け"と比べてデメリットが少ないのが特徴。

多くは夢見の形で発現するという。



「ちなみに、さっき言ってた条件?ってのは何なのか聞いてもいいですか?」


「えっとね、自覚してる分だけになるけど……。いわゆるレム睡眠に入ってる時が大前提」


「夢を見やすい状態の時に、幽体離脱もしやすくなると?」


「簡単に言うとそう。みんなが夢を見る感覚で、私は現実の世界を動き回れる。それこそ幽霊になったみたいにね」



思った通りだ。

ここまで来たら、こちらは答え合わせというより間違い探しだな。

桂さんの提言する説と高谷さん、どこが共通して相違なのか。



「幽体の時は五感とかあるんですか?」


「見る聞く───、は問題なく出来るから、視覚と聴覚は働いてる。匂いも、すごく強いものに対してなら、うっすらと感じる」


「味覚と触覚は?」


「そこが説明難しいんだけど……。一応、私の中で定義はある」



高谷さん曰く、味覚と触覚は"基本は"機能しないらしい。


まず触覚。

リラックスした状態では幽霊よろしく、あらゆるものを擦り抜けてしまう。

壁も地面も天井も、生き物に対しても、触れないし動かせない。


ただし、彼女が集中している間に限り、生身に近い触覚を得られる。

触れるし動かせる。だから普通に歩けるし、公園のブランコにも乗っていられた。


要は本人の意思次第で、空も飛べるし走れるし、どんな障害物も無視して好きな場所へ移動できるというわけだ。

尤も、自由なのは本人のみで、現実世界に作用するアクションは殆ど起こらないし起こせない。

こと対人に於いては、直接的な干渉はまず不可能だそうだ。



次に味覚。

過去に幽体姿で飲食を試みた際、動作を行えただけで味覚は刺激されなかったらしい。

ここまでは澪さんと同じだ。


異なるのは、"食べた物"の行方。

幽体姿で飲食をした後は決まって厄主の体重が増え、食べた物も実際に無くなっているという。

形だけでも飲み食いした栄養は、大元がしっかり吸収するシステムのようだ。


ならば澪さんは。

彼女も自らで食事をすると、食べた物はどこかへ消えてしまう。

その"どこか"が高谷さんと同じ原理なら、たくさん食べれば厄主が元気になったりしないだろうか。

確かめられないのがもどかしい。




「───なるほど……。結構固まってるみたいですね、高谷さんの中では」


「大体はね。さすがに何度も繰り返せば────」


「何度も繰り返してるんですか」


「………。」



俺の追求に高谷さんは口を閉ざした。

昨晩が初めてでないのは明らかだが、この様子だと相当に慣れていそうだな。



「いつから出来るようになったんですか?過去に何回やってるんですか?」


「回数はもう忘れちゃった……」


「常習犯じゃないですか……」


「じょ、常習だけど犯罪はしてないよ?人様の家侵入したり、物盗んだりもしてない。ていうか出来ないもん」


「でもあれだけ理解が深いってことは、ただ夜道を散歩するだけ、じゃなかったんですよね?」


「……図書館とか、学校とかには忍び込んだことあるけど……。でも何も悪戯してないし、ちょっと冒険しただけだよ?」


「本当に?」


「図書館の本を試し読み、くらいなら、ちょびっとは無くはなかったかな……?」



酷く後ろめたそうに、高谷さんはモジモジと言い訳をした。

どうやら彼女は、都合の悪い話題を振られたりすると、困って唇を尖らせる癖があるらしい。

昨晩も片鱗を垣間見たので、きっと無意識だろう。



「すいません。俺の聞き方が意地悪でしたね。

咎めてるんじゃなくて、後学のために詳しく知りたかっただけです」


「そう?よかった───。……後学?」


「初めてやったのは何歳の時ですか?子供の頃?大人になってから?」



今こちらの事情を掘り下げられると話の腰が折れるので、先に高谷さんに洗いざらい吐いてもらう。



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