第十一話:泡沫 7
恭介が席につくと同時に、頼んでおいた肴が二品纏めて運ばれて来た。
恭介は自分用のビールと焼鳥を、俺と峻平も軽食を何種類か追加注文した。
ある程度テーブルが賑やかになったところで、今度は恭介も交えて二度目の乾杯をした。
俺は峻平が帰郷して間もない頃に再会を済ませているが、恭介と峻平がちゃんと会うのは約2年ぶりとなる。
いくら気心の知れた仲といえど、こんなにブランクがあっては流石に人見知りを発動してしまうのでは。
なんて俺の心配をよそに、峻平と恭介は昔と変わらない様子でじゃれ合っていた。
やはり、学生時代からの親友は強い。
数年の空白期間があったところで切れる縁ではなかったようだ。
「───なんかお前ちょっと痩せたか?」
「え、そう?」
「うん。ほっぺの辺りとか、前会った時よりシャープな感じ」
「そりゃあ、ついこないだまで東京で暮らしてたんだから。学生まんまの顔ではいられないだろうよ」
「そんな大層なもんじゃないよ」
「オレの腹の肉を分けてやりたいわ」
「理学療法士はダイエット要らずって言ってたのは?」
「普段はそうなんだよ?普段はマジで運動とかせんくても自然とキープできてたんだけど、最近イベント続きだったもんでさあ。やれ結婚式だ送別会だで嫌でも食ったり飲んだりしなきゃならんかったのよ」
「嫌じゃねえだろう」
「えへへ。おいしいものいっぱいで幸せです」
「小三の感想」
最近食った美味いものの話、最近ムカついた出来事の話。
昔あったCM、同級生にいた変なやつ、年金に保険にローンの話。
大してオチのない世間話バカ話から、ちょっと大人で建設的な話まで。
話題は尽きることなく、俺達三人は2年ぶりの再会を大いに喜び合った。
酒が進むにつれ、日常では滅多に触れない深部にも追尋が及んだ。
峻平の手前なんとなく避けていた、互いの仕事内容や働きぶりについても。
「───で?新しく決まったってとこ、どんな感じなん?いいとこ?」
先程とは違う意味で頬が赤らんできた恭介が大胆に切り込む。
そう、新たな門出を祝してというのは、転職祝いの意味もあったのだ。
こっちに帰ってきてから新しく部屋を借り、働き口も決まった旨は既に聞いていた。
ただし委細は伏せられたままで、今夜会う時までと峻平本人からお預けを食らっていた。
俺も恭介も、実情を知るのはこれが初めてだ。
「ああ、うん。まだ入ったばっかだけど、いいとこそうだよ」
「なにしてる会社?」
「家具とか作ってる会社。天木だけで細々とやってる小さいとこだけど、小中学校向けの机やら椅子なんかも受注してるみたいだから、安定感は結構あると思う」
「へー、いいじゃん。じゃお前も学校行ったりすんの?ビジネスしに」
「まだ分かんないけど、慣れてきたらそういうのも任せたいとは言われてる」
「てことは営業か」
「営業込みの広報ね」
「なんだ、やってることは前と殆ど変わんねーじゃん」
「そう言えばね。でも環境は全然違うよ。遅くても7時には帰れるし、週休二日だし。
そのぶん給料は下がっちゃったけど、生活に困らなければ、オレはこっちのが良い」
峻平の切なげな表情を見て、俺も恭介も口をつぐんでしまった。
東京で何があったのか、東京の会社でどんな目に遭ったのか。
俺達は未だに聞けていない。というか、聞けなかった。
きっとブラック企業的なやつで、慣れない都会暮らしにも疲弊してしまったんだろうとは思う。
誠実で責任感の強い峻平が、途中で逃げ出してくるほどに。
だったら、この選択は間違いじゃないはずだ。
一番大事なのは、何より峻平自身の心と体なのだから。
いよいよ壊れてしまう前に逃げて来られたなら、今の峻平にとっても俺達にとっても、英断だったのではなかろうか。
またいつか、峻平が困った時。誰かの支えを欲した時には、必ず力になってやりたい。いつでも相談に乗ってやりたい。
離れていた間は何もしてやれなかったから、その分まで、今度こそ。
「そっか。なら良かった」
「うん。マジ良かった」
「ありがとう」
「今まで何にもしてやれんで、ごめんな」
「うんうん」
「オレこそ、他人行儀な真似して悪かった」
「これからは近くにいるし、なんかあった時はすぐ言ってくれな」
「そうだぞ。気晴らしにキャバクラでも風俗でも好きなだけ連れてってやるからな」
「それはお前が行ってみたいだけだろ」
「はは。気持ちだけ有り難く貰っとくよ」
アイコンタクトをし合い、流れでもう一度乾杯する。
話が進むと酒も深まるというし、今夜はいつもより酔っぱらいそうだ。
「そだ、仕事といえばさ。ケンジに頼みたいことあんだよ」
ふと恭介の矛先が俺に向く。
「なに?また合コン付き合えとか言うんじゃねえだろうな」
「ちーがう違う。つか呼んでも来ねーっしょ?」
「じゃあなに」
「お前副業でさ、ウェブデザイン何とか?やってんだろ?」
「本業な」
「その依頼したいって人がオレの知り合いにいんのよ」
「ダッ、マジで!?」
あまりにご無沙汰なワードが降ってきたものだから、脊髄反射で食い付いてしまった。
せっかく良い雰囲気で友情を確かめ合ったばかりなのに。
峻平に一言謝ると、どうぞ続けてと笑ってくれた。
恭介も恭介で、必死すぎだろと可笑しそうに笑っている。
からかわれようと情けなかろうと、せっかくのチャンスをフイにするわけにはいかない。
ここは形振りを構わず、友人の厚意も遠慮なく受け取らせて頂く。
「うちの病院と提携してる老人ホームあるって話、前したじゃん?」
「ホームの爺ちゃん婆ちゃんが体壊した時に、最初に世話してやんのがお前んとこの職場ってやつ?」
「そうそう。そのホームで働いてる職員さんと知り合いなんだけどさ、今度ホームのホームページをリニューアルしようって話になってるんだと」
「ややこしいな」
恭介の働いているリハビリ施設は、近隣の老人ホームと提携している。
ホームの入居者が何かしら不調を訴えた場合、掛かり付けとして直ぐ受け入れられるようにするためだ。
そのため施設側とホーム側の職員は顔見知りが多く、恭介もホーム側の何人かと時々飲みに行く間柄だという。
して先日、恭介の知人であるホーム職員から仕事関係の相談があったそう。
この度ホームのウェブページを一新しようという話になったのだが、身内にはパソコン関係に強い者がおらず困っているとのこと。
業者に頼むにしても、あまりお金は掛けられないし、どこまで融通が利くかも分からないから不安。
出来れば割安で引き受けてくれて、こちらの注文を細かく実現してくれて、同じ天木に住んでいる人が良い。
以上全ての条件に当て嵌まる人物として、俺に白羽の矢が立ったそうだ。
確かに俺なら無名の分お高くないし、譲れない拘りとかもないから、取引先の言うことは全面的に従う。
なにより天木に生まれて育った生粋の天木人だ。天木の人々が何を好み、嫌うかも大体は把握している。
大船に乗ったつもりでとまでは言えずとも、ホームとの相性は悪くないと思う。
「もし可能なら、電話口とかメールだけじゃなくて、直接ああしてこうしてって相談できるのが理想らしい」
「つまり俺がホームに伺えばいいわけか」
「出来ればな。どう?やってみる?」
待ちに待った本業依頼。
たとえ報酬が缶コーヒー一本だったとしても、俺に断る理由はない。
「やる。やります」
「そう言ってくれると思った。急ぎの話じゃないみたいだから、段取り決まったらオレから連絡するよ」
その後も何だかんだと話は弾み、気付けば時刻は10時を回った。
当初に予感した通り、俺と恭介はいつもより酔っ払ってしまった。
今夜の主役である峻平を差し置くほどに。




