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第八話:あと何度夜を越えたら 4



「───凛太郎、ここでも密かにモテてるって知ってた?」


『なんだよいきなり』


「看護婦さん達の間でね、入院患者さんの中で誰が一番イケメンかって毎月ランキングしてるんだって」


『ひでえ話だな』


「でね、凛太郎が入院してからは、凛太郎が毎月一位なんだって」


『ふーん……』


「私の知らない間にセクハラとかされてないといいけど……」


『されてないって』


───アスター。




「───毎日毎日、辛いニュースばっかりで嫌になっちゃうね」


『そうだな』


「どうして犯罪は生まれるんだろう。どうしたら、誰かを傷付けて平気な人間になれるんだろう」


『……そうだな』


「どうして世の中は、良い人だけ長生きさせてくれないんだろう」


『だな』


「良い人だけ長生き出来る世界になったら、凛は多分200歳くらいまでピンピンしてるよ」


『うん。オレも千明に同じこと思った』


───カスミソウ。




「───今朝、母さんと喧嘩しちゃった」


『どうして?』


「私が学校辞めたこと、あの時は好きにしていいって言ってたけど。本当はずっと怒ってたみたい」


『……でも、学費は少しずつ返してるんだろ?なのになんで怒られるんだ?』


「そんなに、いけないことなのかな。大事な人を大事にしたいだけなのに、それに誰かの許可が必要?」


『………。』


「なんでみんな、幸せになれって言うのかな。

私は、自分のためにこうしてるのに。自分の幸せのために今を生きてるのに。

なんでそれを、人に可哀相とか言われなきゃならないの」


『みんな、千明が好きだからだよ。好きだから、心配なんだよ』


「分かってほしいなんて言ってないのに。誰にも何も言われたくないから、一人で頑張ってるのに。

おかしいのは、私じゃなくてみんなの方だよ」


───ブルースター。




「───りーん」


『なに?』


「聞こえてる?」


『聞いてるよ』


「今どんな夢を見てる?」


『君の顔を見てるよ』


「夢の中で会えたらいいのになあ」


『会ってるよ。今』


───パンジー。




「───凛、好きだよ」


『オレも好きだよ』


「暇だね」


『そう?』


「しりとりしようか」


『いいよ』


「りんご」


『ゴリラ』


「ごま」


『そう来たか』


───ヒヤシンス。




「───凛」

『なに?』

───ポピー。


「───リンリン」

『なんだよ?』

───フリージア。


「───凛ちゃーん」

『なんですかー』

───マーガレット。


「───穂村くん」

『花守さん』

───ライラック。




『千明』



オレって、ひどい男だろう。

捨ててくれと口では言いながら、心の底の底では、君の執着を嬉しいと感じてる。

オレに捕われている君を、オレの恋人で居続けようとしてくれる君を、愛おしいと思ってしまうんだ。




「───ねえ、凛」

「どうしたら、起きてくれる?」


───桔梗。


『オレもそれが知りたい』




本当は、誰にも渡したくない。誰にも触れさせたくない。




「───私、なんでもするよ」

「なにを犠牲にしてもいい。私の寿命半分、全部、あげてもいい。

一日凛と、普通に過ごせるなら、あと一日しか生きられなくてもいいよ」


───アネモネ。


『君の犠牲はあまりに多過ぎたよ』




君と結婚するのも家庭を築くのも、オレが良かった。

オレだけが、死ぬまで君の隣にいたかった。

何度でも君に名前を呼ばれていたかった。君の名前を呼んでいたかった。




「───もしかして、あの時の、聞こえてたのかな」

「私が、二度と目覚めなくてもいいなんて、言ったから。

だから、起きられなく、なっちゃったのかな」


───ガーベラ。


『違うよ。オレだって、意地悪なんかしたくないよ』




でも、だめなんだよな。

美しいだけが愛じゃない。向き合い続けるばかりが誠実じゃない。


愛しているからこそ離れなくてはいけないこともある。

相手の幸せを願えばこそ突き放すべき時もある。




「───凛、好きだよ。好き」

「凛にも、好きって、言ってほしい」

「触ってほしい。抱きしめてほしいよ」


───ストック。


『オレも千明が大好きだよ。オレも、お前に触りたいよ』




いつか千明の中で、オレとの記憶はモノクロに染まっていくだろう。


悪でも正義でもなく、肯定も否定もならない存在。

故に捨てることも忘れることも叶わず、かといって当時の色や温もりは永遠に再現できない相手。


誰が一番に悪いわけじゃない。間違えたわけじゃない。

千明を一途に愛したオレと、オレを一途に愛してくれた千明だったからこそ訪れる不毛な結末。癒えない傷痕。




「───声が聞きたい」

『ずっと話し掛けてるよ』

───チューリップ。


「───気持ち全部伝わればいいのに」

『何度も受け取ってるよ』

───ネリネ。


「───側にいてほしい」

『いつも側にいたよ』

───勿忘草。




いっそ、憎らしいほど酷い別れ方をした方が良かったかもしれない。

あんなやつのことなんかと、舌を打たれるほど唾を吐かれるほどに、酷い男としてフられた方が良かったかもしれない。


その方が千明は、前だけを見て生きていけたかもしれない。

その方が、あの頃の日々は褪せずに昇華したかもしれない。




『愛してる。君以上の人はいないよ』




ごめん、千明。

ずっと、待っててくれたけど。

オレもずっと、諦めきれずにいたけど。


分からないけど、感じるんだ。

オレの体は、いよいよ限界。

もう一度君の名前を呼ぶ前に、オレは二度と君の声を聞けなくなる。




「私はあと、なにを差し出せばいい?」

『これ以上失くさないで』



だから君が、目を覚ますんだ。

君は君の全霊をかけて、君という命をオレに捧げてくれた。

贖罪と呼ぶには献身すぎるほどに尽くしてくれた。



「あと、どれだけ待てばいい?」

『もう待たなくていい』



君の大切な三年間を奪ってしまったこと。

碌に謝罪も感謝も出来ないまま去るのは、酷く心が痛いけれど。

その代わりにオレは、君の影から"あるもの"を道連れにしていくよ。

"後悔"という名の、君を蝕み続けてきた毒と共に。




「あと何度夜を越えたら、貴方は目覚めてくれますか」

『あと何度夜が明けたら、君は乗り越えてくれますか』






ふと光が差した。

黎明でも(いかずち)でもない白い光が、オレの足元から真っ直ぐに世界へ向かって延びていた。

その光を辿って行った先に、オレは彼と出会った。


魂だけの邂逅。

優しい死神。たった一人のメッセンジャー。

千明の望んだ一日を、オレの終末の一日を叶えてくれる人。


タイムリミットは落日。太陽がオレンジに色づくまで。

指折り数えるしかない逢瀬でも、これが最初で最後のチャンスだ。




『やっと会える』




君と惜別の一日に、残された命の全てを捧げる。



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