第八話:穂村凛太朗 3
「───システムエンジニア?」
「写甲ン時も色々やったけど、パソコン作業とか、割と向いてる気してさ。
そっち方面で考えてみるのもアリかなって」
「へー、いいね。
凛は何でも卒ないから、どんな仕事でも重宝されるよ」
「あんがと。
欲を言えば、千明と同じ職場がいいなーとかも思ったりして」
「そうなったら、いよいよ双子だね。楽しそうだけど」
「だろ?
……まあ、どこ行って何することになっても、写真は末永く、続けていこうな」
「うん。目指せ日本縦断、ね」
「大きく出たな~」
高校卒業後。
オレと千明は、地元の大学に進学した。
言わずもがな、ゼミもサークルも二人一緒だ。
"大学生になっても、変わらずラブラブだな"。
"交際歴も3年を超すと、恋人というより双子だね"。
とは、ウメやミンミンを筆頭とした友人たちの言。
学内外を問わず、この頃にはもう、オレと千明は公認のカップルだった。
「───うわ〜、すごい印象変わったね!知らない人みたいだ」
「千明だって別人だよ。なんの色それ?」
「アッシュブロンド?ってやつみたい。凛のは?」
「オレンジベージュ?とか何とか。
普通は若い女の人がするような色なんだってさ」
「あー、確かに。言われてみれば、そんな感じだね。でも似合ってる」
「ウメには早速ヤンキー呼ばわりされたけどな」
「私も、スケバンだってミンミンに言われた」
「こんな清楚なスケバンがいるかよ」
「またバカップルとかって笑われるかな?」
「いーんじゃん?こんな派手な色、社会人になったら出来ねーし。
今のうちに、大学デビューっぽいことしとこうぜ」
「だね。
お母さんびっくりするだろうな~」
ストイックに勉学に励み、サークル活動に勤しみ、たまの休みに千明と近場でデートする。
傍からすれば、代わり映えない日々かもしれない。
学生ならではの、平坦で不毛な過ごし方かもしれない。
でも、オレはそうは思わない。
平坦な道だとしても、千明が隣にいてくれれば、不毛にはならない。
千明の存在がある限り、オレの代わり映えない日々は、かけがえのない人生になるから。
「───千明。手、出して」
「なに?」
「あげる」
「わ、綺麗なピアス。どしたのこれ?」
「買った。
カップル用にオススメってあったから、オソロで着けたいと思って」
「ああ、だから片方ずつなんだね」
「そ。
イアリングに加工できるやつも、これ。セットで買ってある。
千明のは後で───」
「いいよ。ピアスのままでいい」
「……いいのか?
だったら最初からイヤリング選べよって話だけど、穴空いてんのオレだけだし。
千明の体に傷付けるのは、やっぱり……」
「だから、いいの。
傷は傷でも、凛が残してくれる傷なら、私は嬉しい」
「……定期的にすごいこと言うよね、おまえ」
「え?
───あ、ちが、別に、変な意味じゃなくて!いや、変な意味ってのも、アレだけど……」
「………。」
「なんか、前にもこんなやり取りあった気が」
「前っていうか、いつもだろ」
「かも。
こんなに一緒にいるのに、そこんとこ変わんないよね、私たち」
傲慢だった。
知らず知らずとオレは、胡座をかいていたんだ。
食う寝るに困ったことも、将来を悲観したこともない。
親の援助で当たり前に大学へ行き、白昼堂々と故郷の町を歩き、やりたいことや好きなことを心ゆくまで突き詰められる。
ふと隣を見遣れば、真っ直ぐな好きを向けてくれる恋人もいる。
これのどこが、平坦だというのか。
普通じゃない。当たり前なんかじゃない。
恵まれていたんだ、オレは。
生まれた時からずっと、何もかもに。
「───そろそろ晩メシ時だなー。千明は何食べたい?」
「私は何でもいいけど……。
その前に、ちょっと寄りたいとこ、いい?」
「どこ?」
「最近できたっていうコーヒー屋さん。近くらしいから」
「そういや、先月すごい行列なってたらしいな」
「そうそう。
一月経って、やっと落ち着いたみたいだし。
ウメとミンミンも美味しかったって」
「あいつらも大概ミーハーだなぁ。
となれば、オレらも素通りするワケいかねーか」
「やった。行こ行こ」
人の一生とは、幸福と不幸の配分が、生まれた時には決められているのだという。
青年期に燻っていたなら、晩年期に盛りが。
逆に青年期が盛りだったなら、晩年期は控えめに。
違いがあるとすれば、どちらが遅いか早いかだけだと。
オレは、若くして幸せになり過ぎたんだ。
一生分の幸福を、使い果たしてしまうほどに。
もっと色々なことに感謝して、清貧に生きていたなら。
もう少しくらい、落ちていくのを遅らせることが、出来たんだろうか。
「おっしゃれ〜。
見るからに若い子ウケしそう」
「席、どこもいっぱいだな」
「持ち帰りにしようか。
この後ごはんだし、今日は飲み物だけで」
「だな」
8月20日。
大学最初の夏休みを満喫していた、ある日のこと。
この日が後に、オレの運命を変える分岐点となった。
「私買ってくるから、凛どれにする?」
「え?一緒行こうよ」
「そうしたいけど、カウンターも、ほら。女の子ばっかり。
私一人でパッと買って、サッと出てきちゃった方がいいと思う」
「あー……、うん。じゃあ、悪いけど頼むわ。
オレのは適当に、千明の目に付いたヤツでいいから」
「わかった。
ちょっと待っててね」
「いってらっしゃい」
千明とのデート中、晩メシにいい店を探そうかという時分。
千明の何気ない提案で、オープン間もなかったコーヒーショップに、オレ達は立ち寄ることになった。
流行りの店だけあって、店内は既に満席のようだった。
そこでオレ達は、ドリンクのみをテイクアウトし、外で一服することにした。
"自分が二人分買ってくるから、凛太朗はここで待っていて"。
そう言って店に入っていった千明の背中は、いつもと何ら変わらなかった。
「───大丈夫!?どこ、どこ怪我したの!?」
「うえ、あ、いたい。まま、いたい、いたいー」
「血は……、出てないね。
待ってね、確か鞄の中に救急セットが……」
店先で千明を待っていると、駐車場の方から声が響いてきた。
まだ性別の違いのない、幼子の泣き声だった。
そこに居たのは、幼稚園生くらいの男の子と、男の子の母親と思しき女性。
男の子が地面にへたり込む一方で、母親と思しき女性は、男の子より更に幼い女の子を腕に抱えていた。
恐らくは、男の子が転んだかぶつけたかで、怪我をしてしまったのだろう。
そして母親は、男の子の妹を抱えているために、男の子の手当てに取り掛かれずにいるのだろう。
「(大変そうだな。
お父さんは、いないのか。)」
オレはとっさに母子の方へ踏み出した。
前後左右をしっかり確認した上での行動だった。
深い考えがあったわけではない。
両手の塞がっているお母さんに代わり、男の子の怪我を手当てしてやるだけのつもりだったんだ。
"凛太朗"。
直前に、車のエンジンが激しく噴く音と。
何故か、千明がオレを呼ぶ声が、重なって聞こえた気がした。
「あ」
オレから向かって右方向。
駐車場の空きを探していたらしい乗用車が、徐行をやめて此方に突っ込んできた。
あまりに突然のことでオレは反応できず、交通事故の映像教材よろしく、乗用車に撥ね飛ばされてしまった。
「───お兄さん、お兄さんしっかり!」
「───やばこれ、どうすんの」
「───おい救急車!救急車まだかよ!」
意識を取り戻した時には、オレはたくさんの人に囲まれていた。
たくさんの人の中には、店内にいるはずの千明も含まれていた。
オレの傍らで蹲った千明は、オレの知らない悲鳴を上げて、オレの名前を繰り返していた。
そんな光景を、オレは傍観していた。
オレから少し離れた場所で、オレはただ立っていた。
「やだやだやだ、や、凛、やめてお願い、死なないで、凛、死なないでお願い。
死なないで、いや、凛、死んじゃやだ、凛太朗、凛、やだ、あ、かみさま、いや、死んじゃ嫌ぁ!!」
なんだ、これ。
目の前にオレがいる。
血だらけで、地面に横たわって、ぴくりとも動かないオレが、そこにいる。
じゃあ、オレは?
オレを見ているオレは、一体なんだ?
夢?幻?
なんにせよ、やけにリアルだし、こっちのオレは意識がはっきりしてる。
「(千明)」
もしかして。
幽体離脱、ってやつなのか。
車に撥ねられて吹っ飛ばされたのが、目の前にいるオレ。オレの本体。
オレの本体から更に吹っ飛ばされて突っ立ってんのが、意識だけのオレ。
あれ?
幽体離脱って、早いとこ元に戻らなきゃ、やばいんじゃなかったっけ。
「あなた、彼のお知り合い?
あなたも怪我をしてるみたいだけど……」
「いいんです。私は少し、ぶつけただけですから」
「でもここ、血が出てるわ。
彼の処置はやれるだけやったし、あとは救急車が来るのを待つしかないから、今の内にあなたも手当てを───」
「いいんです。痛くないですから。私のは全然、いいんです」
どうしよう。
どうしようどうしようどうする。
早く戻らないとまずいのに、千明を安心させてやりたいのに。
いくら呼び掛けても、触れてみても、オレの本体は目を覚まさない。
どうすれば、意識のオレと本体のオレが一つになれるのか、まるで分からない。
「(ちあき)」
おいおいおい待ってくれ。
なんだよこれ、ふざけんなよ。
別れたなら戻れるはずだろ。
赤の他人じゃなく、自分の体を動かすくらい、マニュアルなんか要らないはずだろ。
なんで、なんにもならないんだよ。
こんなにボロボロで、血だらけで、目も当てられない状態のオレが目の前にいるのに。
なんでオレは、どこも痛くないんだよ。
「ごめんね。ごめんね。
何でもするから、私が代わるから。
だからお願い、死なないで、凛───」
駄目だ。駄目だ駄目だ。
しっかりしろオレ、死ぬな。
千明を置いて死ぬな。千明の近くで死ぬな。
頼むから戻ってくれよ。
死ぬほど痛くても苦しくても構わないから。我慢するから。
このまま死んで消えるなんてことだけは、頼むからやめてくれ。
なあ、誰でもいいから、オレを起こしてくれよ。
どんな方法でもいいから。なんでもするから。
これ以上、千明をあんな声で泣かせないでくれ。
"大好きだよ、凛太朗。"
やがてオレの本体は、到着した救急車に運ばれていった。
オレの意識は虚しくも、オレの本体に縋りつくことしか出来なかった。




