表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/75

第八話:穂村凛太朗 2



7月某日、本選大会当日。

全国選りすぐりの18チームが、北海道の地に集結した。



「こんなオレだけど、付いて来てくれるか」


「なにを今更」


「どこまでだって付いて行くよ、部長」



写真の町、ひがしかわ町。

北海道でもとりわけ長閑とされるこの町で、18チームの代表選手は鎬を削り合う。


与えられた期間は、式典を含めた計4日間。

使用できる機材は大会側で統一され、作品作りに於けるテーマもまた統一される。


他にも幾つかの細かいルールはあれど、組写真が評価対象である点は初戦から同じ。

最終的には撮り手の技量と、チームワークこそが物を言うわけだ。



「お前は嫁さん抜きなワケだけど、本調子でイケるかよ」


「だから今更だってんだよ。

あいつの分まで、勝って帰りゃ問題ない」


「うちの狭ーい部室に、立派な旗を飾ってやろうじゃない」



本選初出場のオレたちは、常連校と比べるとハンデがある。

写甲のセオリーを弁えていなかったり、単純に場慣れしていなかったり。

実力が及ばないどころか、全力を出し切れずに負ける可能性も無くはない。


だが、ピンチはチャンスともいう。

セオリーを弁えている者、場慣れしている者は、却ってマンネリに陥りやすかったりするらしい。


オレたちは、"評価されやすい"の定義に囚われない。

"自由に撮る"を体現できる分、こちらに追い風が吹く場面も、きっと巡ってくるはずだ。



「───星森高校写真部ー、ファイ!」


「オオ〜!」

「オー!」



部長のオレと、副部長の千明。

加えて、同学年の"ウメ"こと"梅田"。


恋人と親友と挑むラストステージ。

チームワークに至っては、他校のどこにも劣っているつもりはない。




「───あの、すいません」


「えっ、あ、はい!なんでしょうか!」


「星森高校さん、ですよね?初めて出場される」


「そうっすよー。そちらは?」


「私たちもなんです。

今までずっと初戦かブロック止まりで、写真部としても立ち上げ間もなくて……」


「わ、ウチと一緒だ。

確か、近畿ブロックからいらしたチームですよね?」


「はい〜。和歌山から来ました〜」


「和歌山!遠路遥々だな〜」


「良かったら、連絡先交換しませんか?

大会の方はあんまりですけど、北海道についてなら、教えられることもあると思うし」


「ほんとですか!是非お願いしますー!」



「───ねえウメ、さっきからお肉続きじゃない?

残ってるのカボチャとかタマネギばっかなんだけど」


「ばかやろうジンギスカンは戦争なんだ。心を鬼にしないと欲しいものは手に入らないんだ」


「馬鹿野郎はお前だウメ。お前のせいで今日だけみんなベジタリアンだ。

バランスよく食べてる部長を見習え」


「オレは千明が装ってくれるの食べてるだけなんで」


「いいなー、仲良しで。

花守~、俺にもやってよ~」


「先生は自分でやってください」


「突然の塩対応」


「日頃の行いじゃないですか?」


「悪かったよこないだの件は!」



オリエンテーションで他校の選手と交流したり。

宿泊先のホストファミリーと食事を作って食べたり。

競技の外でも、またとない経験をした。



「───あら、私らなんかでいいのかい?」


「嬉しいけど、なんだか恥ずかしいねえ。

口紅でも差してくるんだったかねえ」


「せっかくお化粧したって、この汗だもの。

どのみちババアが写るだけよ、ワハハ」


「あら言うわね、ワハハ」


「そんなことないですよ。十分お綺麗です。

写真写りもばっちりキメてみせますから」


「アラヤダ!」


「ぶちょ〜、ふくぶちょ〜が宝塚〜」


「千明〜、余所のひと口説くのヤメて〜」



「───なぁー、そろそろよくないかぁ?」


「先生、それ3回目です」


「別に一緒待たなくたっていんですよ?

どっか屋内、冷房効いたとこ避難してても」


「こちとら顧問だぞぉ。そんな薄情な真似ができるかぁ」


「ほんなら顧問氏、人情ついでに麦茶買ってきてください」


「お前はそうやってぇ!人をパシリみたいにしてぇ!

他二人は何がいいんだ!」


「オレはアミノ酸系のやつなら何でも」


「私は部長と同じのを」



現地の人に被写体をお願いするのも。

ここぞのタイミングを炎天下で粘るのも。

全部が刺激的で、かけがえのない思い出になった。



「───ふい〜、生き返る〜」


「ごめんね竹チン、結局買ってきてもらって」


「いいってことよ。

熱中症で倒れでもしたら、そっちのが監督不行届ってやつ」


「先生、こっち見て」


「うんー?」


「あ」


「撮った?」


「なんで俺?」


「せっかくだから」



結果はもちろん大事だけれど。

オレ達に託してくれた人達のためにも、手ぶらでは帰りたくなかったけれど。

勝てなくてもいいと、正直思った。


自然の中を駆け回って、玉のような汗を流して。

笑ったり怒ったり、ライバルのセンスに嫉妬したりしながら、皆で皆のゴールを目指す。


ただそれだけのことが、あまりに楽しかったから。

ただそれだけでも、今日までの努力が報われた気がしたんだ。




「───今年はまた、一段と難しいですねー」


「ですねー。

常連のとこは、相変わらず非の打ち所なく……。

初めてのとこも、大胆なアングルで目を引く……」


「僕はこの子らの色彩が特に好きですねー」


「難儀ですねー」


「ですねー」



そして、四日目の午後。

二度に渡る審査会を経て、最終結果が発表された。

我が星森高校写真部は、惜しくも準優勝だった。



「───これは毎年お伝えしてることなんですけどね。

写真にせよ、絵画にせよ小説にせよ、芸術に正解なんてものは無いですから。

言い方を変えると、当人が真心を尽くした作品ならば、それだけで十分、ひとつの正解と言えます。

皆さんの作品も、熱量を感じられて、実に素晴らしかった。


………なんて言っても、勝てるものならやっぱり、勝ちたかったよね、みんなね。分かるよ。

だから最後に、これだけ。


勝ち負けを意識する気持ちも、もちろん大事だけど。たった一人の心に残る作品作りも、どうか大事にしてください。

僕としては、たくさんの人に評価されて、特別な賞を賜るよりも、たった一人に特別に、ずっと覚えていてもらえる方が、素敵なことだと思います───」



今大会のテーマは"せつな"。

三人で悩んで考えて、現地の人や物もたくさん取り入れるようにした。


でも、なんだかんだと、互いを撮り合うことも多かった。

現地の写真とオレたち自身の写真が、ちょうど半々の採用になった。


ベテランの千明と、ムードメーカーのウメ。

二人の力あってこその、惜しくも輝かしい準優勝。

逆に二人は、部長のリーダーシップが勝ちを呼んだんだと、讃えてくれた。




「───勝てなかったな」


「そうだね」

「そうだな」


「僅差だったのにな」


「そうだね」

「そうだな」



全員、本気だった。 

どんなに疲れても、欲しい一枚のために走り続けた。

ファインダーの向こうに、誰も届かない景色をえがき続けた。


死ぬほど悔しかった。

もっとやれたと、もっとやりたかったという気持ちもあった。


だからこそ。

この胸に満ちる、熱く切なく震えるほどの何かが、青春なんだと分かった。



「でもオレ達、よくやったよな」


「うん」

「ん」


「今まであんな、やれ弱小だの幽霊だのって、馬鹿にされてたのに比べたらさ。

いきなり準優勝とか、スゲーことだよな」


「うん」

「だな」


「だから」


「うん」

「おう」


「………優勝、したかったな」


「………うん」

「………ああ」



千明、ウメ、顧問のたけチン先生。

助けてくれた仲間、支えてくれた家族、送り出してくれた友達。

このうち一人でも欠けていたなら、きっとここまでは来れなかった。



「───今まで、腐らずよく、頑張ってきたよ、ほんと。

こんなダメ顧問には勿体ない、よく出来た教え子マジで、お前らマジ、泣かせないで……」


「───最後だから言わせてもらうけどさぁ。

ぶっちゃけ俺も部長やりたかったし?あいつと大会出たかったし?違う世界線もあったのかなって、考えたこともあったけど。

今は全部、良かったって思ってる。

このメンバーで戦えて、お前が部長で、良かった」


「───ねえ、凛。今、どんな気持ちがしてる?

私はね、幸せだよ。言葉にならないくらい。

色んなことがあったけど、なくていい日は一日もなかったってくらい、最高の3年間だった。

……こんな時に個人的なこと言うの、場違いかなとも思うけど。

一緒にいてくれて、ありがとう。これからもどうぞ、よろしくね」



悔しいけど、悔いはない。

最後に溢れた涙は、いわゆる心の汗に違いなかった。




「───ここ?ここでいいの?」


「そうそこ!そのまま動かんでね」


「なんか、改まると恥ずかしいね。ふふ」


「オレだって恥ずかしいよ」


「そうなの?どのへんが?」


「だって今日の千明、いつにも増して綺麗なんだもん」


「……あのさ。撮る前にそんなこと、言わないでよ。

せっかく良い景色なのに、赤ら顔になっちゃうでしょ」


「オレ的にはそれでも全然アリ」



写真甲子園、終了後。

夏休みの後半は、千明と北海道の名所に繰り出した。


地域限定のグルメに、期間限定のイベント。

行楽を楽しむのも勿論ながら、一番の目的はメモリアルフォト。

そこにしかない風景をバックに、俺が千明を、千明が俺を撮ることにある。


互いを撮り合うのはいつものことだが、いつかは部活動を離れた撮影にもと、予てより二人で計画していたのだ。



「わー……。すごい綺麗。絵の中にいるみたい」


「だろ?

まだまだ千明には及ばないけど、オレも少しは腕上げたもんね!」


「また謙遜して。

凛の撮る写真、私は前から好きだったよ?」


「ありがと。

モデルが良いと、より熱が入るってもんよ」


「そ───、んなに褒めても、何も出せないけど……」


「本心を言ったまでだ」



オレが撮ったのは、美瑛町にある向日葵畑に立つ千明の写真。

白いワンピースと白い麦わら帽子で着飾った千明が、こちらに向かってはにかんでいる(・・・・・・・)写真だ。



「───あ、この角度すごい」


「なに?」


「空と海のあいだ、地平線の上、歩いてるように見える」


「へー!撮って撮って!」


「オッケー。

足もと気を付けて、真っすぐねー」


「あいよー。

……っと、なんかめっちゃ鳥集まってきたんだけど。フン落とされたらどーしよ」


「真上じゃないから大丈夫。ほら下向かない!」


「あいあい〜」



千明が撮ってくれたのは、増毛町にある堤防に立つオレの写真。

羽ばたく海鳥に紛れたオレが、地平線を歩いているかのような写真だ。



「なにこれヤバ!タイミングばっちしじゃん!」


「なんとか形になったね」


「ハァー……。千明は引きも強いよなぁ。

海の写真なら誰でも撮れるけど、こんな都合いいこと、そうそうないよ」


「ラッキーなのが取り柄だからね、私。

こうして見ると、天使の親分が子分たちを率いてるみたいじゃない?」


「オレには羽生えてないけどな」




千明はすごい。

写真もすごいし、勉強もスポーツもすごい。

なんだって出来て、なにに対しても手を抜かない。

目標にしている広告代理店への就職も、難なく叶えてみせるだろう。


オレは、これといって才能がない。

勉強もスポーツもそこそこ出来るだけで、突出した何かを持っていない。

やりたい仕事もないし、なりたい自分も具体的には掴めていない。

千明に相応しい男である自信は、前も今も、ずっとない。



「───いっぱい撮ったねぇ。

今日で最後と思うと、ちょっと寂しいなぁ」


「あのさ、千明」


「うん?」


「話したいことあんだけど、聞いてくれるか?」



そんなオレを、千明は好きだと言ってくれる。

だからオレも、卑屈に構えるのは、もうやめた。


分からないなら、分かるまで考えればいい。

見付からないなら、見付かるまで探せばいい。

どんな道でも真摯に取り組めば、必ずひらけていくはずだから。



「オレ、不甲斐ないとことか、情けないとことか、いっぱいあってさ。

千明に迷惑かけたり、これからもかけちゃったりとか、色々あるかもしんないけど。

でも、頑張るから。なにをどう頑張っていくのかを、考えるのも含めて、真面目に、頑張るから。

だから、ちゃんと手に職つけて、金貯めて。一人の大人として、恥ずかしくない男になったら、その時は───」



未来がどうなるとしても。

一生、千明には追い付けないままだとしても。


オレが努力しない理由にはならない。

オレ以外の男に、千明を譲ってやる理由は、ない。



「千明。

オレと、結婚してくれないか」



まだ、四半世紀も生きていない若輩者だけど。

残りの50年、70年、100年だって、君と一緒にいたい。

皺くちゃのおばあさんになった君と、あんな事もあったねと、笑い合える日を迎えさせてほしいんだ。



「……うん。

うん、しよう。結婚しよう。結婚したい、私も。

私も、私から言ったら、びっくりするかなって、思ってた。

へへ。また、先越されちゃったね」



オレから千明にプロポーズ。

記念に撮ったツーショットは、のちに有名な雑誌に掲載された。


賞金は出ない。称号が貰えるわけでもない。

あくまで思い出作りの一環として、たまたま形になっただけのこと。



「───冷静になってみると、ありふれた構図だよね」


「確かにな。

写甲の時も、影の写真って結構な激戦区だったし。

どうせなら、こっち投稿すべきだったかね?」


「そっちは顔出ちゃってるもん。個人情報ただ漏れ」


「気にするほどでもねーんじゃん?普通に色々出してる人もいるよ?」


「だとしても、いいの。

こっちのは、みんなに見せびらかすつもりない」


「オレらだけの思い出ってこと?」


「そういうこと」



千明は喜んでくれた。

雑誌の片隅に微笑みかける横顔が、たまたま形になっただけの思い出作りを、本物の宝物に変えてくれた。


真心を尽くせば、それはひとつの正解になる。

たった一人に、ずっと覚えていてもらえる方が、素敵なことである。


写真甲子園の最終日、主催の人がスピーチしていた言葉が。

あの日とはまた違った意味に、この日のオレには聞こえた。




「大好きだよ、凛太朗」



一瞬に触れて、永遠を感じた。

オレは千明を一生愛するし、千明もオレを一生愛してくれたらと願った。


まさか、別れ(・・)にも種類があるなんて。

不義理とか心変わりとか、人間の理を外れた場所からも、終わりはやってくるなんて。


知らなかった。

オレ達の恋が、オレ達の未来が、額縁の中にしか、続きがないなんて。

18歳のオレは、まだ、知らなかったんだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ