表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/75

第六話:青年は額縁の中で



9月1日。19時50分。

本日の営業を終え、閉店の準備に取り掛かる。

すると親父が、自宅の方からレジカウンターに顔を出した。



「───ただいま〜。今閉めるとこか?」



今しがた、畑仕事を終わらせてきたらしい。

いつもよりは遅い帰宅だが、もっと遅いと22時を越える日もある。



「おかえり。なんか問題ある?」


「いいや、ないよ。

シャッター下ろして来るか?」


「いい。先休んでて」


「あいよ~」



間延びした返事と共に、自宅に引っ込む親父。

俺は売上金の整理をしながら、横目に親父の後ろ姿を見送った。



「(また少し痩せたか……?

まぁ、昨日まで夏日だったしな)」



親父も俺も元から痩せ型ではあるが、今時期は輪をかけて輪郭がシャープになる。

特に親父は外仕事の力仕事なので、油断すると女性より体重が軽くなってしまうほど。


健康被害はないそうなので、そこは心配いらないとして。

問題があるのは、実は俺の方だったりする。



「(9月に入れば、気温も落ち着いてくるはずだし。

夏に痩せた分は、秋に食わせて戻してやるか)」



"ますます、お父さんに似てきたね"。

下手に精悍な顔付きになると、橋田さん辺りに必ず言われる台詞。

これが嫌で、俺は未だにコンタクトを使えないのだ。




「───なぁケンジ」



自宅に引っ込んだはずの親父が、再びレジカウンターに顔を出す。

いつの間に着替えたのか、作業着から部屋着姿に変わっている。




「なに、まだ何か?」


「今日の晩メシってさ」


「そこ有るだろ。チャーハン」




俺と親父が食卓を囲むのは、基本的には夜だけだ。


朝は親父が日課で早いし、昼は職場で軽食を持ち寄る。

いずれにせよ、それぞれのタイミングで、それぞれが済ませるしかない。


"器に装った料理を食べる"という意味でも、夜以外に暇がないのだ。




「お前作ったの?」


「夕方にな。今日、割と暇だったし。

俺は昼メシと兼ねたから、もういらない」


「フーン……」




夕食の用意は、基本的には交代制だ。

その日早くに上がれた方、もしくは体力の余っている方が、二人分の食事を作る。

つまり、畑が忙しい春から秋は、店番の俺が夕食当番を兼ねるわけだ。


普段の夕食は20時以降。

閉店してから支度を始めるため、時には21時も越えてしまう。


ただし、今日のように客足の少ない日は例外。

昼食を手作りして食べたり、夕食を作り置きすることが可能だ。




「それチンして、あとはインスタントの味噌汁つけるなりして、好きに食って」




ちなみに今日は、夕方に大量のチャーハンを作り置きした。

俺の昼食兼夕食用、残りは帰ってきた親父の夕食用に。


店のレジと自宅のキッチンが近くにあり、店の商品を万引きされる恐れがほぼ無いからこその芸当である。




「チャーハンか。

困ったらチャーハン作る生き物だよな、男は」



何故か親父は立ち去らず、敷居の小上がりに腰掛けた。



「……あの。何してんすか」


「うん?座ってる」


「じゃなくて。

座るならリビングの方に、ってか、さっさと飯食ってテレビでも観てろよ」


「なんだよ、つれないなぁ。

俺が傍にいるのが、そんなに嫌か?」


「普通に邪魔です」


「ははは。まぁ、そうだわな」



俺に無下にされても、親父はどこ吹く風だった。

何やら腹に一物抱えた様子なので、タイミングを窺っているのかもしれない。




「……ところでよ」



ほら来た。

しばらくの間を置いて、親父は切り出した。

俺は親父を一瞥だけして、閉店作業を再開させた。



「なんだよ」


「あの……、あの子。澪ちゃんだっけ。

あれからよく、ウチ来るようになったじゃん?」


「かもな」


「友達の妹って話だけど……。

やけにお前、親しくしてるみたいじゃん?」


「そう?」


「そうだよ。

前までそんな、相手も、話も聞いたことなかったのに……」



一度区切ってから、親父は言い辛そうに続けた。



「なあ、ケンジ。

お前、本当はあの子と、どういう関係なんだ?」




澪さんの素性について。

俺と澪さんの関係について。

一応の説明はしてあるが、詳しい事情は明かしていない。

桂さんを除いた誰にも、もちろん親父にもだ。


とはいえ、女っ気のなさに定評がある俺。

彗星のごとく現れた美少女を、友達の妹設定で通すには、段々と無理が生じてきた。


無理でも設定を貫くべきか。

いっそ事情を明かして、理解を求めるべきか。




「お客さんに、なにか言われた?」


「ちょっとな」


「なんて?」


「しょっちゅう店来るし、ケンジくんとも親しいみたいだし、彼女さんかねー、ってさ。

結構前から噂になってんだけど、知らんか?」


「あー……」



俺と澪さんが恋仲との噂。

冗談半分に言及してくる人はいたが、まさか本気で疑われていたとは。



「(澪さんを知ってる人とは未だに出会えてない。

"生き餌作戦"、悪くないと思ったんだけどな)」



このままでは情報収集どころか、悪い意味で澪さんが有名人になってしまう。

澪さんを敢えて人前に出すやり方は、打ち止めとした方が良さそうだ。




「彼女、ではない。とりあえず。ただ───」


「"ただ"?」


「友達の妹ってのも、実は、ウソ」


「やっぱりか……。

なんか隠してると思ったんだよ」


「誤解しないでほしいんだけど、マジで彼女じゃないし、援助交際的なのでもないから。疚しいことは一切ないから」


「分かっとるよ。もうあんな風に(・・・・・)詰め寄ったりはせん」



天を仰いだり項垂れたりと、やけに落ち着きのない親父。

初対面での早とちり(・・・・)を反省してか、感情のコントロールに努めているようだ。



「で?彼女じゃないとしたら、結局あの子はどこの誰で、お前のなんなんだ?」


「……詳しくは、まだ、言えない」


「学生さんだよな?学校には行ってるのか?親御さんは?」


「そこんとこも含めて、まだ」


「そうか……」



友達の妹設定を貫くのは、賢明でないとして。

真実を包み隠さず明かすのもまた、少なくとも今は賢明でないと、俺は判断した。


親父は歯切れの悪そうに、しかし食い下がってはこなかった。




「じゃあ、もうひとつだけ」


「なに?」


「澪ちゃんの存在と、お前が頻繁に外出するようになったことは、関係してるのか?」



急に低くなった声。急に的を射た質問。


親父の目には、何が何処まで見えているのだろう。

俺は思わず息を呑み、片付けたレジを施錠した。



「そう。大体は、あの子が理由。

けどそれは、あの子が俺を振り回してるとかじゃなくて……。

上手く言えねえけど、いろいろ、事情のある子なんだよ。他に頼れる人もいなくて、だから俺が、手伝いっていうか、一緒に行動したりしてる」


「そうだったのか……」




親父の表情が、怪訝から心配に変わる。

俺の善性を信じてくれているからこそ、俺の足りない言葉も信じてくれる。


まるっきり嘘、ではないけれど。

有耶無耶にしておくのが無難なのも、間違いないのだけれど。

信用を笠に着ているようで、ちょっと忍びない。




「そういうことなら、俺もなんか、協力できることないか?」


「えっ、いや、別に……」


「遠慮すんなよ。

こう見えて俺、顔広いし。お前とは違う形で役に立つかもだぞ?」



予想外の提案。

気持ちは有り難いが、半端に介入されると却って迷惑だ。

とは、さすがに言えないか。



「えっと、あー……。

じゃあ、店番のこと、とか。

いつまた急な用事入るか分かんないし……。

悪いけど、引き続き、フォローして頂けると……」


「なんだ、そんなのお安い御用だよ。

バイトさんもいるし、お前抜きでも十分回せる。

残念がるお客さんは多いだろうがな」


「それもそう……、か。

俺のやってる事なんて、マニュアルあれば誰でも───」


「むしろ、俺の方が悪いと思ってるんだ、お前には」



先程とは違うニュアンスで、親父の声が更に低くなる。

俺はレジカウンターに背を預け、親父と向き合った。



「なんの話?」


「仕事の話さ。

昔も今も、ずっと、家のことばっかやらせちまった。

お前の貴重な青春を、俺のせいでフイにさせちまった」


「そんなん、───俺は、別に……」




思い返してみれば、確かに。

学生の頃から、俺は働き詰めだった。


在学中は、勉強の片手間に。

卒業後は、表向きの生業として。

碌に遊びにも行かず、家業の手伝いに終始してきた。


だがそれは、強要されたものではない。

俺の意思で、俺の好きでやってきたことだ。

申し訳ないと謝罪されたり、可哀相にと同情される必要のないことだ。



"───あの人のこと、赦してあげて。"



俺が付いていたおかげで、親父は立ち直れたのだとすれば。

むしろ、学生時代の青春くらい、差し出して良かった。

そんな風にさえ、今は思っている。




「だから、なんでも、お前の好きにしていいんだ。

どこ行ってもいいし、誰と付き合ってもいい。

澪ちゃんの件が片付いた後も、無理に、ここに留まる必要はない」


「唐突だな」


「唐突なもんかよ。いつ切り出そうか悩んでたくらいだ」


「へえー……」


「今すぐ決めなくていいからよ。

お前自身、本当は何がしたいのか、これからどう生きたいのか、考えとけ」



立ち上がった親父が、俺の頭を乱暴に撫でる。

ぐしゃぐしゃにされた前髪の向こうで、親父は切なそうに笑っていた。



「俺はもう、一人でも大丈夫だよ」



そう言い残して、親父は今度こそ自宅に引っ込んだ。

親父の遠ざかっていく足音に続き、親父の点けたらしいテレビの音声が聞こえてくる。



「(立ち直れてねえのは、俺の方かもな)」




今後のこと。

俺自身の将来のこと。

目下は澪さんの件があるとして、終わった後はどうしよう。


ウェブデザインの仕事に本腰を入れるか。

家業を継ぐ方に舵を切るか。

前者は望み薄な気がするし、後者はお茶を濁している気がする。


本当の俺は、どう生きたいのか。

成り行きにばかり任せず、イチから考えなくてはいけないな。




「───さむっ……!」



シャッターを下ろすため、店の出入口から外に出る。

ひやりと涼しい晩夏の風で、ぐしゃぐしゃな髪が舞い上がる。


街灯に照らされた夜道には、人っ子一人いない。

近隣の民家からは、何やら楽しげな話し声が漏れている。


我が家のように遅い夕食か、食後のブレイクタイムを過ごしているのか。

今日も今日とて、むかご通り()平和である。




『───あの』



扉の施錠をし、シャッターも全て下ろした。

あとは俺も帰るだけ、と背筋を伸ばした時だった。

ふと背後から、人の気配がした。


振り返ると、青年がひとり、暗闇に佇んでいた。



「あー……、と?

すんません、今日もう店じまいでして……」


『あ、いえ。お店に用があった訳じゃないんです』



駆け込みに間に合わなかった買い物客、ではないらしい。

かといって、ただの通りすがりでもなさそうな雰囲気だ。



「もしかして、に何かご用ですか?」



一歩二歩と、青年が俺に歩み寄る。

街灯に晒されたことで、青年の姿が露になる。



『こうして口も利けるってことは、お兄さんはそういう(・・・・)体質の人ってことですよね』



明るい茶髪、爽やかな顔立ち。

俺より高い身長、俺より長い手足。

シンプルかつカジュアルな服装、堂々とした佇まい。


まるで清涼飲料水のCMにでも出てきそうなイケメン。

竣平や恵の他にも、こんなイケメンが天木にいたのか。

真っ先に抱いた感想に加えて、俺は直ぐに見当が付いた。



「貴方は────」



俺と青年。

二人きりの足元に、伸びた影は一人分。

もはや、眼鏡を外して確かめるまでもない。



『オレ、普通の人間じゃないんですけど。

それでも話、聞いてくれますか?』



夏の終わり。静寂の夜。

訪れた二人目の"イレギュラー"は、ある意味ぞっとしてしまうほど、普通・・だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ