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第五話:泡沫に消えても



8月27日。

モモの一件から、今日で一週間。

あの別れを最後に、モモとは会っていない。

生霊とも、厄主とも、どちらとも。




「(今んとこ、野良の人たちは厄主の特定までいけてる。

コミュニケーションに難はあるが、こっちが手を抜かなければ、汲み取ってやれないことはない)」




野良の対応に追われつつも、一応の調査は続けている。

同じ年頃の子どもを連れた、若いパパさんママさんに話を聴いて回ったり。

"ピンク"や"ククラモア"といった、モモに関連するワードでネット検索をかけてみたり。


しかしながら、結果ふるわず。

目撃情報のひとつも得られないとなると、モモ自身もモモの家族も、天木市の在住ではないのかもしれない。




「(なにより野良は、目的がハッキリしてる。

時たま厄介なケースもあるが、頑張れば十分助けてやれるレベルだ。

そういう意味では、生身に近い澪さんやモモより、野良の方が扱いやすいかもな)」




せめてモモが、今もどこかで、笑って暮らせていることが分かれば。

ちょっと寂しいけれど、俺たちも安心して、元の日常に戻っていけるのに。


澪さんと当時を振り返るたび、今にもモモの舌足らずな声が、傍らに聞こえるようだった。




「───おはよう、澪さん」


「おはようございます、ケンジさん。

よく眠れましたか?」


「んー、まぁ、こないだよりは?」


「あの日はかなり遅くなりましたもんね」




二階の空室、もとい、澪さんの隠れ家にて。

親父が日課に出掛けた後、商店を開けるまでの僅かな時間に、俺たちは毎朝の挨拶をする。

今やこちらも、お決まりの日課だ。




「何冊目?」


「これですか?ちょうど10冊目になります」


「もうそんな読んだのか」


「他にすることもないので」


「この調子だと、夏終わる前に、ウチの本ぜんぶ読破されちゃいそうね」


「そうなったら、読み終えた本を、またイチから読み直します」


「さすがにしんどいでしょ、それは。

こんど誰か───、友達にでも頼んで、ウチにない本貸してもらってくるよ」


「そこまでお気遣い頂かなくても……。

すみません、ありがとうございます」




澪さんとの出会いから数えると、だいたい二週間。

まだ一ヶ月も経っていないのに、まるで知己のように感じられるのは、"ひとつ屋根の下"で過ごしているせいか。

はたまた澪さん個人に、人の心を開かせる魅力があるのか。


野良対応の際にもアシストしてくれるし、戦力的な観点でも、彼女はとても頼もしい存在となりつつある。




「これからお食事なんですね」


「うん。適当にパパッと済ませちゃう」


「今朝はご飯ですか?パンですか?」


「米は昨日食ったからー、パンかな」


「なにパン?」


「なんかっちゃいの、いっぱい入ったやつ。

……マジ適当にするつもりだから、味気もへったくれもないと思うけど。

する?今朝も」


「ふふ。見ているだけで十分ですよ。

ゆっくり召し上がってください」




ちなみに。

モモ相手に成功した"サイコメトリー"は、澪さん相手にも通用することが判明した。


飲み食いした物の味や食感。

水の冷たさや火元の熱さ。

運動や労働による疲労感など。

俺と手を繫ぐ間だけ、俺の感覚を澪さんと同期させられる。

澪さんの中から欠落している知覚の機能を、一時的にでも埋め合わせることが可能となったのだ。


ただし成功したのは、あくまでエンパシーに寄った(・・・・・・・・・)サイコメトリーのみ。

本来の意味での"透視"は、澪さん相手には効かなかった。

というより、俺の素質と技量不足のせいで、実験の段階にすら進めなかった。




「(冷静に考えると、美少女と手を繋ぐ大義名分が出来てしまったんだよな。

学生時代の俺に教えたら、鼻血出すやろな)」




あまりにも澪さんが朗らなものだから、つい忘れそうになるけれど。

澪さんだって、どんな事情があって、どこまでが限度か、定かじゃないんだ。


俺に出来ることで、少しでも澪さんの役に立つことなら、どんどん吸収していかないと。


"努力"という行為をこんなにも意識したのは、思えば、プログラミングの勉強をしていた頃以来かもしれない。





**



同日午後、13時20分。

客足が途切れたタイミングで、俺は店番を一時中断した。




「───出てきていいよー」




自宅のリビングにて、どこへともなく声をかける。

すると何故かバスルームから、澪さんが恐る恐ると顔を出した。




「お疲れ様です。お客さんは?」


「今はいない。親父もまだ畑だから、警戒しなくていいよ。

てかなんで風呂場?なんかあった?」


「いえ、特には……。

なんとなく、水の音が聞こえたような気がしたんですけど、気のせいだったみたいです」




ここ三日間は、生霊の訪問も出現もなかった。

そのため俺が店番を、親父が畑仕事を行い、澪さんにも"ダウジング"は休んでもらった。


今時分は親父の方も、バイトさん達と昼食にしているところだろう。




「その箱は?」




俺の脇に抱えたある物(・・・)に、澪さんが気付く。

彼女の言う通り、長細い形で、持ち手が付いていて、厚紙で作られた、真っ白なだ。




「もらった」


「もらった?」


「こないだの人。遅くなった日の」


「ああ!"野宮"さん、でしたっけ?」


「そうそう。

わざわざお礼に来てくれてね、つまらない物ですがーって」


「それはご丁寧に……。お元気そうでしたか?」


「別人みたいにね」




箱の正体は、洋菓子の包み。

先日の野良案件で関わった女性から、お礼にと頂いた品である。


女性の名は、野宮のみやしおり

天木市の郊外に住む専業主婦で、当日は体調不良に見舞われていた。

人気ひとけのない場所で、持病の喘息が悪化してしまったのだ。


ここから先の展開は、エレベーターに閉じ込められた深山さんとほぼ同じ。

動けない厄主に代わって、生霊の野宮さんが俺を訪ねて来た。

あとは俺と、付き添いの澪さんが現場に急行し、倒れていた野宮さんを病院へ。


夢うつつに俺を認識し、元気になったらお店に遊びに行くと話していた野宮さんだが、まさか本当に来てくれるとは。

治療も軽い検査入院で済んだそうだし、大事だいじに至らなくて良かった。





「───あっ、プリンだ!」



箱を開けて中身を見せてやると、澪さんの表情がパッと明るくなった。



「ご名答。

しかしこれは、ただの(・・・)プリンではないのだよ」


「と、いいますと?」


「このプリンはラグジュアリーでプレミアムでスペシャルなプリン。

某高級ホテルでしか売られていない、有名人も御用達の大人気スイーツなのだ」


「お、おおー。

なんというお店なんですか?」


「ぜんぶ人の受け売りだから、ぜんぜん知らん」


「あははは!」




某ホテル限定販売の、某農場で採れた某卵を使用した、某芸能人もファンを公言しているという、某プリン。

要約すると、流行りに疎い俺ですら聞きかじっていたくらい、特別で有名なプリンということだ。


野宮さん本人はつまらないものだと謙遜していたが、俺にはとても手が出せない高級品なのは間違いない。




「澪さんはどれがいい?」


「え?でもこれは、ケンジさんが頂いたものですし……」


「澪さんだって頑張ったんだから、俺たち(・・・)が頂いたものです。

それに、どのみち俺が食べます。遠慮は全く無用」




澪さんにもエンパシーが通用すると判明してからは、共に食卓を囲む機会が増えた。

澪さんの好きな食べ物や飲み物を俺が口にして、同期した澪さんにも味わってもらうのだ。


たとえ仮初めの娯楽としても、気晴らしくらいになっていたら、俺も嬉しい。




「じ、じゃあ……。

このアールグレイのやつを……」


「渋いとこからいくね。

飲みモン用意してくるから、ちょっと待っててね」


「やったー!待ってます!」




澪さんをリビングに残し、俺はプリンの箱を抱えたままキッチンへ。


プリンの数は全部で6個。

うちの半分を俺と澪さんで食べて、もう半分は親父にやるか。

何かと迷惑をかけているので、その詫びに。




「テレビ点けてもいいですかー?」



リビングから慎ましいお伺い。

俺は飲み物の準備をしながら、振り返らずに"いいよ"と返した。



「(姿勢ひとつ崩すにも、俺の許しを待ってたんだよな、最初は)」



テレビを観ていいか尋ねるのも、どのプリンを食べたいか選ぶのも。

以前までの澪さんだったら、俺が観始めるのを待ち、俺が先に選ぶのを待っていただろう。



「そういえば、桂さん。

あれから、連絡とれました?」


「連絡、ってほどのやり取りはしてないかな。

本人は、いつでも話聞くよーって言ってくれてるけど」


「そうですか……。

桂さんにも、桂さんの生活がありますもんね」


「そうだね。

まずは向こうの本業が落ち着いてから、改めて相談してみるつもりだよ」


「あ、じゃあその時にでも、プリンのお裾分け───」


「んー、生菓子は厳しいかな?」




遠慮がちにも、少しずつ、自分の意見を言えるようになってきた。

ひとつ屋根の下で、の話にも通じるが、モモの存在もかなり影響していることと思う。



「(今ここにモモがいたら、あの子はどのプリンを選んだかな)」



モモといる時の澪さんは本当に楽しそうで、モモのおかげで俺も澪さんと接しやすくなった。

俺と澪さんは夫婦でも恋人でもないが、子は鎹という言葉の意味が、今なら分かる気がする。





「───ジさん」




冷蔵庫で冷やしておいた麦茶をコップに注ぎ、アールグレイ味のプリンと盆に並べる。

二人での食事なのに、食事量も食器も一人前で済んでしまうのが、妙なところだ。




「ケンジさん!!!」




次の瞬間。

澪さんが張り裂けそうな声で叫んだ。


驚いて振り返ると、同じく驚いた顔をした澪さんが、テレビ画面に向かって指を差していた。

俺は準備中だったキッチンを後にし、澪さんの元に駆け寄った。




「どうし────」




澪さんが示す先には、お昼の情報番組が映っていた。

番組はニュース速報に触れる矢先で、若い男性アナウンサーが急拵えの原稿を読んでいた。


俺はテーブルからリモコンを拾い、音量ボタンを一気に上げて、ニュースの続きを注視した。




『───今朝未明、近隣住民からの通報により、警察が愛実容疑者らの自宅を捜索したところ、娘・英那ちゃんの遺体が発見されました。

愛実容疑者らの自宅からは、日常的に大きな物音や悲鳴が聞こえており、騒音トラブルが絶えなかったとのことです。』




テレビ画面の中央、幼い女の子の顔写真。


愛実まなみ 英那えな。6歳。

肩にかかるおさげ(・・・)髪、柔らかそうな丸い頬。

零れ落ちそうに爛々とした瞳、一本だけ抜け落ちた下の前歯。

一見して、どこにでもいる、可愛らしい子ども。




『遺体発見当時、英那ちゃんは冷凍庫に入れられた状態で、詳しい死亡推定時刻は明らかにされていませんが、腹部を強く蹴られたことによる内蔵破裂が直接の死因と見られています。』




もう(・・)、知っている。

俺達はこの子を知っている。


大好きなピンクの服を着て、ぎこちない笑みを浮かべた姿こそは、まさしくモモだった。




『英那ちゃんの体からは、複数の痣や火傷の跡が確認された他、脱水や栄養失調を起こしていた可能性があり、押収された中型犬用のケージに閉じ込められていたものとして、引き続き調査が進められています。』




テレビ画面の右上、概要を記したテロップ。


虐待。

度重なる虐待による、幼子の死。

加害者は、実の母親と、内縁の夫。

大人二人がかりで打ち据えられた幼子は、暗く狭い場所に閉じ込められた。

死んでからは、冷蔵庫の冷凍室に。

死ぬまでは、中型犬用のケージに。




「警察は伊崎いさき恭平きょうへい容疑者と、愛実まなみ彩香あやか容疑者の両名に事情聴取を行っていますが、伊崎容疑者は"身に覚えがない"と否認しており、

愛実容疑者は"躾のつもりだった"、"たまに叩いたりしたが殺していない"と、一部否認しています」




"躾のつもり"。

"殺すつもりはなかった"。

そう言ってこいつらは、こんなに小さな子を、死ぬまで痛めつけたのか。


栄養失調になるほど食べ物を与えず、脱水するほど飲み物も与えず。

柔らかい肌に拳を振るって、煙草の火を押し当てて。


衰弱しきったボロボロの体を、見えない死角に追いやって。

何事もなかったように、自分たちは生きていたのか。




『───いやー、またですか。

最近あんまり多すぎませんか、この手の事件』


『"躾のつもりだった"って言い分も共通してますよね。

児童相談所は何をやっていたんでしょうか?』


『警察も警察で、後手後手に回りすぎでしょ。

なんべんも通報されてんのに』


『そうですね……。もっと対応の仕方があったんじゃないかと思いますね。

先生の見解はいかがでしょう?』


『まずね、日本は虐待というものを軽視し過ぎなんですよね。

欧米諸国と比べますと───』




男性アナウンサーによる原稿読みが切り上げられ、報道局からスタジオに映像が切り替わる。

スタジオに列席するタレントや専門家が、口々に自分の所感や見解を述べていく。




『えー、本件に関しては、また改めて。

新しい情報が入り次第、詳しくお伝えしていきます。』




終わった、のか。

一気に脱力した俺は、その場に尻餅をついた。


しばらくぶりに息を吐くと、喉が震えた。

瞬きをすると、睫毛が震えた。

拳を握ろうとすると、指先が震えた。


先程より視点の低くなったテレビ画面が、洗剤のCMを映し出す。

好きな女優さんが、真っ白なタオルに頬ずりする様子が、流れて消えていく。


どうなっているんだ。

さっきのニュースは、事実なのか。

"愛実英那"と紹介されていたあの子は、本当に。




「け、じさ、───」




澪さんが俺を呼ぶ。

俺の背後でへたり込んだ彼女は、引き攣った呼吸を繰り返していた。

見開かれた両の目には、うっすらと涙が滲んでいた。


ああ、そうか。

さっき俺の見たものは、俺だけに見えていたものじゃないんだ。

妄想でも幻覚でもなく、事実なんだ。


悲しいかな、澪さんの嘆きを目の当たりにしてやっと、俺は理解した。



あの子は。

愛実英那ちゃんは、確かに、モモだ。

俺たちと遊園地へ遊びにいった、天真爛漫で好奇心旺盛で、でも寂しがり屋で泣き虫で、ビスケットのお菓子とピンク色が大好きな、あのモモだ。


そうか、モモは。

本当は、英那って名前なのか。

俺の家(ここ)からそう遠くない、同じ町に住んでいたのか。


なのに、俺は。

モモの本当の名前も、住んでる場所も、なにも知らずに。

笑って暮らせていればいいとか、いつかまた会えるかもしれないとか、呑気なことばかり。


まさか、両親から虐待を受けていたなんて。

そんな最中さなかに、俺の元へやって来ただなんて、夢にも。




「おれは、」




なに、してたんだ、おれ。



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