第四話:モモの夢 3
外見年齢は5歳前後であること。
人懐っこく、物怖じせず、好奇心旺盛な性格であること。
ビスケット菓子と、ピンク色のもの全般が好きであること。
モモ個人に関して分かった情報は、たったのこれだけ。
そこで俺は、"答えられることを言わせる"の延長で、"やりたいことを選ばせる"をモモに促した。
するとモモは、待ってましたとばかりに、遊園地へ行きたいと答えた。
記憶がないながらに即答したということは、手掛かりの一つくらいは見付けられるかもしれない。
俺と澪さんは相談して、地元の遊園地へモモを連れて行くことにしたのだった。
**
親父の自家用車を借りて移動すること、一時間。
14時を迎える頃に、俺たちは目的地に到着した。
我先にと駐車場を抜けたモモは、入場ゲートを前にするなり叫んだ。
『───おっきーい!ひといっぱーい!』
天使総合公園。
通称、天使の遊園地。
中規模の遊戯施設と自然公園が併設した、地方都市にしては立派なテーマパーク。
遊戯施設は十数種類に及ぶアトラクションを誇り、フィールドアスレチックとして改造された区画もある。
自然公園は草花に囲まれた広場が人気で、散歩や撮影目的での来客も少なくない。
『あっ、ガイジン!アメリカジンだ!
あかちゃんもいる!ちっちゃくてかわいいね!』
モモの目にも明らかな通り、今日も今日とて大賑わい。
地元の家族連れと外国人観光客を筆頭に、様々な人種が入場ゲートに吸い込まれていく。
駐車場の空きが僅かだった時点で予想はついたが、やはり夏場の観光スポット。
おまけに天気も良好とくれば、平日であろうと混雑は必至というわけだ。
「嬉しそうですね。
入る前からこんな調子で、遊ぶ体力持つでしょうか?」
「そうなったらなったで、いい思い出じゃない?
来たことないって言ってたし」
俺の隣を歩く澪さんが、モモの後ろ姿を愛おしそうに眺める。
例のコートはまた脱いで、また車に置いてきてもらった。
どうやら、常に身に付けなくても消失はしないらしい。
澪さん自身は、必要に迫られた時以外は脱ごうとしないけど。
「おーい、モモー。
俺たちを置いてかないで〜」
『あっ、ごめんねぇー!』
はぐれないようにと、モモに呼びかける。
モモは元気よく挙手すると、それ以上は走らなかった。
「もし逸れてしまったら、どうやって探せばいいんでしょう。
目撃情報とか、他の人に協力は仰げないですよね?」
「逸れない、に徹するのが一番かな。
細心の注意を払うけど、君も、あの子から目を離さないでやってくれる?」
「もちろんです」
モモへの呼びかけは小声で、澪さんとの会話は普通の声量で。
というのも、俺と澪さん以外には、モモの姿が視えないらしいのだ。
ふたみ商店を出る前に親父と橋田さんで実験したところ、二人ともモモの存在を認識できなかった。
"3メートルルール"に関係なく、だ。
そして今も、はしゃぎ回るモモに、誰ひとり気付かない。
生霊の力が強いのは確かとして、澪さんに及ぶほどではなさそうだ。
「あと、君も」
「え?」
「モモのことも心配だけど、君も。人混みに流されたりしないように。
違和感とかあったら、すぐ言うんだよ」
「……はい」
モモと合流し、チケットカウンターへ。
待機の列に並ぶと、すぐに俺たちの順番が回ってきた。
「───こんにちは。
後ろの方は、お連れ様ですか?」
受付嬢のお姉さんが、俺と澪さんに営業スマイルを向ける。
澪さんと手を繋いだモモは、やはり数に入っていない。
「そうです」
「二名様ですね。
身分証をご提示いただければ、各種割引になる場合がございますが───、どうしますか?」
天使総合公園には、4種の割引サービスがある。
子供割、学生割、シニア割と、地元民限定の"天木割"だ。
前者は観光客の一部に適応されるもの、後者は地元民の全員に適応されるもの。
天木に住んでいることを証明できれば、漏れなく入場料を割引いてもらえるのだ。
しかし、澪さんは免許証も保険証も持たない。
そもそも、天木在住かどうか、実年齢もティーンエイジャーかどうか、定かでない。
勿体ないが、彼女の分は通常料金で支払うしかなさそうだ。
「あー……。
彼女は違うんで、俺の分だけ。一般二枚でお願いします」
「一般二枚ですね。
乗り物回数券はご利用になりますか?」
「はい」
自分の免許証を提示する。
お姉さんは住所の欄をさっと確認してから、免許証を返却した。
「はい、確かに。
では、天木割一名様の、一般入場券が2枚。乗り物回数券を10枚ご購入で───」
俺の分の入場料が800円、澪さんの分が1500円。
加えてアトラクション利用料を10回分購入で、合計4300円の出費。
「(まあ、可愛い女子と疑似デート体験できると思えば……)」
安いものだと自分に言い聞かせながら、チケットカウンターを出る。
少し遅れて、後ろからシャツの裾を掴まれた。
振り返ると、澪さんが申し訳なさそうに俯いていた。
「あの、ケンジさん……」
「ああ、うん。おまたせ」
「そうではなく……。
あの、4300円って……」
「うん。チケット代」
「すみません、わたしの分まで……。
今になって気付いたんですけど、離れて歩けば、ケンジさんの分だけで、やり過ごせましたよね……?」
"3メートルルールに注意すれば、入場チケットは一枚で済んだのではないか"。
俺も同じことを考えたが、直前になって考え直した。
ズルをしている後ろめたさに蓋をするより、ちゃんと規則を守った方が結果オーライだと。
あと、たかだか2・3000円程度も惜しむようなドケチボーイと思われたくなかったのもある。
なんならこっちが本音である。
「んー、まぁ、そうかもだけど。
みんなのお金で成り立ってる場所なわけだし、ルールは守っといた方が気持ちいいでしょ?」
「そう、ですけど……」
「それに、ほら。
ちゃんとチケットあるおかげで、堂々と歩ける。
せっかくなら、距離とかお金とか気にせずに、俺たちも楽しもう。
今だけ色々置いといて、ね?」
「ケンジさんが、そう仰るなら……」
納得はしていなさそうに、澪さんは感謝の言葉を述べた。
そんな彼女の影から、お口チャック中だったモモが顔を覗かせた。
『むずかしーはなし、おわった?』
既に有頂天といったご様子。
一刻も早く入場ゲートを潜りたいのを我慢して、お利口さんのモモである。
「終わったよ。
静かにできて偉かったね」
『うん。いいこじゃないと、ゆうえんちはあそべないもんね』
「いいこ一等賞のモモさん。
このまま、わたしと手を繋いでいてくれますか?」
『いいよー』
段々と子供のあしらいが上手になっていく澪さん。
お願いされずとも澪さんの側を離れたがらないモモ。
こうしていると、歳の離れた姉妹みたいだ。
俺しか眼福に与れないのが残念だ。
「(今回だけ、この子だけなんで、見逃してください───)」
澪さんとモモを率いて、ゲートスタッフに入場チケットを捥ってもらう。
「一般二名様ですね。はい、いいですよ。
お帰りになるまでは、チケットを失くさないようにしてくださいね」
「はい」
「ごゆっくりお楽しみください」
「どうも」
無事に入場ゲートを通過する。
モモは素通りできた安堵感と、モモだけでも素通りさせてしまった罪悪感で、俺と澪さんは複雑に笑い合った。
**
『───うおー!ゆうえんちぃー!』
観覧車、ジェットコースター、メリーゴーランド。
見渡す限りの人、人、人。
遊園地の全貌が、視界いっぱいに広がる。
騒がしすぎない喧騒も相俟って、まるで別世界のように感じられる。
「思ったより広いんですね」
「ぱっと見はね。奥行くと結構ギュウギュウ」
「なるほど。
よくあるアトラクションと───、あそこのお店屋さんは?」
「飯食ったり、土産もん買ったりするとこ。
だいたいは、いわゆるの遊園地だよ。アトラクションの出来はややショボだけど」
「ややしょぼ……」
夏休み真っ只中の時期であったなら、前へ進むにも一苦労したことだろう。
今日が平日で助かった。
「澪さんは、遊園地って来たことあるの?」
「え?うーん……。どうでしょう。
あるのかもしれないですけど、覚えはないですね。ピンと来る感じもないです」
「そっか」
本当に経験がないのか、本当はあるけど思い出せないのか。
いずれにせよ、連れの二人が二人とも初体験というなら、仕方ない。
唯一の経験者にして地元民である俺が、精一杯のエスコートをしてやろうではないか。
「時間もったいないし、さっそく行こうか。
モモは、最初どれ乗りたい?」
『んー?うんー……。
あれは?なんていうやつ?』
悩ましげに首を傾げたモモは、とあるアトラクションを指差した。
キラキラに装飾された馬たちが、キラキラな音楽に合わせて旋回する。
遊園地の代名詞のひとつ、回転木馬。
またの名を、メリーゴーランド。
「メリーゴーランド、ってやつ」
『のりたい!』
「……オッケー」
これだけのアトラクションが揃った中で、真っ先にメリーゴーランドを選ぶとは。
子供らしくて大変よろしいが、俺の心境的には微妙によろしくない。
「あのさ、澪さん」
「はい?」
「悪いんだけど、俺の代わりに付き合ってやってくれないかな?」
「え?
……ああ!はい。任せてください」
何かを察した澪さんが、くすりと笑みを零す。
俺の言わんとしたことを汲み取ってくれたようだ。
「(竣平か恵だったら許されたんだろうなぁ)」
俺達にとっては幼子の付き添いでも、周りの人達にとっては違う。
傍目にはモモの姿が映らない以上、付き添った相手ばかりが浮き彫りの事態となる。
つまり、俺がモモに付き添った場合。
"平日昼間から一人きりでメリーゴーランドを楽しむ成人男性"
および、
"虚空に向かってブツブツと会話調の独り言を発し続ける不審者"
が、同時に爆誕してしまうのだ。
澪さんもそれを察して、俺が一人でメリーをゴーランドする様子を想像したのだろう。
生憎と、"精一杯のエスコート"の中に、"辱めを受ける"は含まれていない。
「メリーゴーランドにお乗りの方はこちらでーす」
担当スタッフのお兄さんが、周囲に大声で呼び掛ける。
先客の降車が済み、次の運行を始めるようだ。
駆け足で向かった俺たちは、ブースの前で二対一に別れた。
俺はその場に残り、澪さんとモモは待機の列へ。
「お待たせいたしました!
順番に中へお入りください!」
準備待ちが解放され、待機客が続々とブース内に入っていく。
他のアトラクションに比べて空いているが、澪さん達以外は家族連ればかりだ。
「たくさんお馬さんがいるね。どの子にしよっか」
『うんとね、えっとね。
うー……、あ!あの子がいい!』
「わ、リボンがいっぱい。ほんとにピンクが好きなんだね」
『うん。かわいいから。
おねえちゃんは?ピンクすき?』
「好きだよ。モモちゃんのことも好きだよ」
『こくはくされちゃった~』
「しちゃった~」
ピンクとリボンを基調とした馬車の前で、澪さん達は足を止めた。
澪さんは馬の方にモモを乗せ、自らは隣の馬車に腰を下ろした。
幸い、誰も澪さんを訝しんでいない。
みんな、自分と身内しか眼中にないためだろう。
強いて違和感を上げるとするなら、多くの女性が半袖かノースリーブを纏う中で、澪さんだけが長袖を着ていることくらいか。
『発車します。
揺れますので、手摺りから手を離さないよう、お気を付けください』
全員が着席してから、スタッフによるブース内アナウンスが入る。
音楽が流れ、メリーゴーランドが動き始める。
「そうだ」
俺は囲いの柵の向こうから、私物のスマホを構えた。
カメラを起動し、澪さん達が一周してくるのを待つ。
「きたきた。
おーい、こっち向いてー」
奥から澪さん達が現れる。
俺はそちらにスマホを向け、カメラの画角に二人を収めた。
俺の意図に気付いた澪さんは、モモに教えて手を振ってくれた。
楽しんでいるらしいモモも、満面の笑顔で両手を振ってくれた。
「見て、あれ」
「うわ、カップルやん。めっちゃラブラブかよ」
「高校生?大学生かな?」
「大学生であのノリは流石にでしょ」
「えー?可愛いじゃん。
彼氏も一緒に乗れば良かったのにねぇ」
今の俺と澪さんは、バカップルの様相を呈しているらしい。
ひそひそと遠慮がちながらも、ひやかす文言が方々から飛んでくる。
「(笑いたきゃ笑え)」
周りに迷惑をかけなければ、遜る必要なんてない。
誰かと一緒であれば、辱めを受けるのも悪くない。
ごめんね、澪さん。
今だけ、俺とバカップルのフリをしてくれ。
「よーし撮れ………、てない」
ちなみに。
撮った写真を確認したところ、そこに澪さん達はいなかった。
澪さん達がいたはずの、ただの風景写真が、スカスカのカメラロールに保存されていた。




