表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/75

第四話:モモの夢



8月20日。午前。

気温が高くなる前にと、俺と澪さんで手分けして農作業を行った。




「───アッツゥー……。

昼前でもう、こんなだもんなぁ」




先日、親父と相談をした。

今後どうしていくか、主に俺の勤務体系について。


その結果、一時的・・・としていた措置・・を、しばらくのあいだ継続することに決まった。


目処がつくまでは、担当の仕事を交換したり、しなかったり。

俺が畑をいじる日があれば、親父が店に立つ日もある、ということだ。



本来であれば、俺は体力仕事も畑いじりも得意ではない。

接客が向いているかはさて置き、店番の方が性には合っている。


だが、生霊の世話と、澪さんの手掛かり探し。

両立させるためには、何より俺のフットワークが軽くなくてはいけない。

たとえ不得意な分野でも、自由の利く方で頑張る必要が、今の俺にはあるのだ。



ちなみに。

外出の機会が増えた理由については、リハビリのためとか何とか言って、はぐらかしておいた。


親父はやや怪訝な反応を示したが、お前の好きなようにすればいい、と承知してくれた。

ある意味で、怪我の功名かもしれない。




「あー、腰いた(・・)

なんか、いつもより今日、しんどくね?なんで?こないだのが暑かったのに?」



文句をぼやきながら、一面のトマト畑に水を撒いていく。

そこへ、澪さんが軽い足取りでやって来た。



「こっち終わりましたー」



彼女に任せていたのは、お隣のとうもろこし畑での水撒き。

何かあれば呼んでと伝えていたので、何事もなく済ませられたようだ。



「あの、ケンジさん。大丈夫ですか?顔色が……」



こちらに近付いた澪さんは、心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

心配されるほどに酷いツラをしているらしい。



「あー、うん。ちょっと待ってね。こっちももう済むから」



最後の区画に水を撒いてから、俺は背中を仰け反らせた。



「ア"ー……、終わったー……」


「お疲れ様でした」


「ありがと。ごめんねっといちゃって。

俺そんなに顔ひどい?」


「顔というか、色と汗が……」


「だろうね」



澪さんが手を伸ばしてくる。

俺の額に滲む汗を、服の袖で拭ってくれるつもりなのだろう。


俺はそれを制止し、首から下げた自前のタオルで、首から上を纏めて拭いた。



「ビニールハウスって、やっぱりすごく暑いですか?」


「まあね、密閉してるから。昼過ぎたら軽い地獄よ」


「じごく……」



ビニールハウスをぐるっと巡ってから、外に出る。


やはり、青空の下は気持ちがいい。

風が吹くだけでも、感じ方が段違いだ。




「君の方は、相変わらずそうだね」


「そうですね。わたしは暑さを感じませんから」


「それはそう、だろうだけど……。

作業自体がさ、しんどくなかった?」


「ああ……、そうですね。

どれも、ケンジさんみたいには、上手に出来ませんでした。

雲泥の差、ってやつです」


「俺だって、親父と比べたら雲泥の差だよ」


「でも、暑いとか疲れるとかが無いおかげで、ずっと元気です!

やれと言われれば、一日中でも!」


「俺よりタフじゃん」




今の澪さんは、シャツにスカートのスタイル。

例のコートは作業の邪魔になるので、移動の車に置いてきてもらった。


とはいえ、シャツは長袖、靴もレインブーツ。

真夏に秋冬の装いをするなんて、特殊な事情(・・・・・)を抱える人でもなければ、普通は有り得ない。

特殊な事情を抱える人でも、この暑さからは逃げられないだろう。


にも拘わらず、彼女は汗をかいていない。

顔色も変わらないし、土汚れのひとつも付いていない。

五感の有無を確かめた日から、ずっとこんな調子だ。


それは彼女が生霊だからに他ならないが、俺以外はそうとは知らない。

季節感ゼロの不思議ちゃんとかって、悪目立ちしなきゃいいんだけど。




「いつもは、おじ様がお一人で、それかケンジさんとお二人で、主導してやられてるんですよね」


「親父が寝込んだ時とかは、俺が代表しなきゃだけどね。

……親父が寝込むくらいなら、まだいい方なんだけどね」


「お手伝いさん、急に来られなくなったって話でしたけど……。

何かあったんですか?事故とか?」


「一人は学校の用事、一人は腹痛はらいたで病院。

最後の一人は……、本人は何ともないけど、家族間のトラブルがあって行けません、だって」


「色々ですね……。

結構あるんですか?こういうこと」


「滅多にないよ。最低でも一人は、だいたい駆け付けてくれる。

だから、今日は君いて助かった。俺一人でここ全部は、さすがに厳しかった」


「ちょっとでもお役に立てたなら、良かったです」




普段の農作業は、アルバイトで募った若者や、近所の同業さんの手を借りて行っている。


無論、今日のように誰も来られない時もある。

そんな時は、親父か俺のどちらかが、全行程・全作業を一人で熟さなければならない。

猛暑だろうと極寒だろうと、体調が芳しくない日であろうと、だ。


澪さんが手伝ってくれなければ、自由が利くからと選んだ仕事で、逆に丸一日を棒に振るところだった。




「泥棒対策よし、獣対策よし。設備異常なし、忘れ物なし……」


「軍人さんみたいですね」


「慣れで適当にやっちゃうとさ、取り返しのつかないミスとかね、シャレになんないから。

面倒でも決まり事なの」


「大事なことってことですね」


「そういうことってことです」



本日中の畑仕事は終了。

時刻はもうじき、正午を迎える。



「じゃ、後始末も済んだし、帰りますか」


「はい」



路肩に停めてある軽トラック。

移動手段であり、休憩場所にもなる、二見家にとっての便宜的な社用車。

もう一台別に自家用車もあるが、いずれも親父の名義であり、俺個人はマイカーを持っていない。



「言いそびれてたけど───」



俺が軽トラックの運転席に、澪さんが助手席に乗り込む。



「なんだかんだ、流れで付き合わせちゃって、悪かったね。

俺がもっとしっかりしてりゃ、一人でも熟せるはずだったのに……」


「いいえ。むしろです」


「むしろ?」



助手席に置いていたコートを着直しながら、澪さんはシートベルトを締めた。



「農業って大変なんだなとか、お野菜が元気に育ってたら嬉しくて、お日様の下で働くのも気持ち良かったし……。

感じ方は人より鈍いかもしれないですけど、やっぱり嬉しかったし、楽しかったです。

付き合わされたなんて、とんでもない。ぜんぶ、貴重な体験でした」


「受け答えのプロ……?」



両手を握ったり開いたりしながら、澪さんは楽しそうに笑った。

社交辞令かと思いきや、本当にアウトドアなことがお嫌いじゃないようだ。



「良ければまた、お手伝いさせてもらえませんか?」


「え。でも───」


「今日みたいに、アルバイトさんが来られない時とか、人目がない時だけでもいいんです。

……だめですか?」



澪さんの方から、また手伝いたいと言ってもらえるとは。

彼女の言う通り、人手の足りない時などには、お言葉に甘えていいかもしれない。



「そう、だな……。せっかくだし……」


「いいですか!」


「うん。むしろ(・・・)、こっちからお願いするよ。

機会は限られるだろうけど」


「はい!その時が来たら、ぜひ!」




溌剌とした澪さんは珍しい。

こんな一面もあるんだなと、ついキュンとしてしまう。


果たしてこれは、元々の彼女の性格なのか。

それとも、空我としての彼女が新たに得た人格なのか。


後者であるなら、どこかにいるはずの厄主ほんものは、どんな声で話し、どんな風に笑うのだろうか。




「("その時が来たら"……)」




澪さんを"浄化"へ導くこと。

俺自身も霊能体質を脱却すること。

考えうる限り、一番のハッピーエンド。


目指すべきゴールは定まったし、目指し方もだいたい教えてもらった。

出会った頃より着実に前進してるし、真摯に取り組もうという気持ちが強くなった。


だから、なのだろうか。

いつか来るその時が、早くも恐ろしくなり始めている自分がいる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ