第三話:人は見掛けによらず 8
「じゃー静かにするから、おやつ食べていー?」
「いつもんとこ」
「やったー」
早くも興味が逸れたのか、少年たちは続々と踵を返していった。
嵐が去って一安心と思いきや、ポロシャツを着た子だけは留まった。
四人の中でただ一人、冷静な視点を持っていた子だ。
「変なこと言って、ごめんなさい。
お姉さんも、指差してすいません」
「え?ああ、いえ。お気になさらず……」
ポロシャツ少年が、澪さんに頭を下げる。
つられたらしい澪さんも、何故か頭を下げ返した。
この年頃の子供は、面白いほどに個人差が出るものだ。
「お姉さん達も、一緒にお菓子食べませんか?」
「あ……。わたしは───」
ポロシャツ少年から、粋なお誘い。
困った澪さんは、きょろきょろと目を泳がせて、最後に俺を見た。
食べるという行為は可能でも、澪さんは味覚が機能しない。
振る舞われたカステラだって、澪さんの分は俺と桂さんで処理したくらいだ。
ポロシャツ少年の気遣いは嬉しいが、あまり彼女に真似事を強いたくない。
「お姉さんにはさっきお茶菓子を出したから、もうお腹いっぱいだと思うよ」
「そうなんですか?」
「そ───、うなの。
だから、せっかくだけど、おやつは遠慮しておきますね」
桂さんが機転を利かせてくれた。
納得したポロシャツ少年は、ダイニングにいるらしい仲間と合流しにいった。
「あー、でもあいつら、たまに台所荒らすから。側で見てやってくれると助かるな。
触るなって言ってあるけど、刃物とかも仕舞ってあるし」
「そういうことなら」
今度は桂さんからのお願いで、少年たちのお目付け役を頼まれた。
了承した澪さんは、ポロシャツ少年に遅れてダイニングへ向かった。
「隠し子でないなら、友達ですか?」
「友達……、っちゃあ友達かな。
あいつらカミショーのガキンチョで、うちを憩いの場にしてるんだよ」
上ノ台小学校。
白姫神社を学区に含む、天木では比較的新しい小学校。
そこに属する少年たちは、休日や学校帰りなどに、ここへ立ち寄ることがあるという。
なんでも、ここにはフリーワイファイが飛んでおり、タダでお菓子を食べられる特典まで付いているとか。
他人の電波を勝手に使い、あまつさえ食料を食い散らすなど、家主が許していなければ子供といえど犯罪である。
「なんでまた、そんな不利益なことを……」
「あいつらだって、本当は外でボール遊びとか、鬼ごっことかしたいんだよ。
今時のガキはゲームばっかりして、なんて言われるのは、家でゲームしか出来ない世の中にした、大人のせいなのにさ」
「そう、かもしれないですけど……。
あの子ら、桂さんと血縁じゃないんでしょう?」
「血縁ではないけど、あいつらの通学路に俺ん家があるから、無関係でもないのよ」
「めっちゃ紳士っすね」
「別に。自分の生活圏内で子供が傷付くのは嫌ってだけ。
その辺ほっつき歩かせて、事故にでも遭われたら寝覚め悪いじゃん?
こんな汚ぇ場所で喜んでもらえんなら、むしろ安いもんでしょ」
「かっこいい〜」
昔と違い、今時の子供は、自由に外で遊べない。
だったら、自分の家を、憩いの場として提供すればいい。
自分の目の届く範囲にいてくれれば、その間だけでも守ってやれるから。
「ところで、大丈夫なんすか?」
「何が?」
「走り回ってましたけど……。床」
「ああ、床は大丈夫」
「床は?」
「音はするけど腐ってないし、ごみ拾いくらいはマメにやってるし。
どっちかってーと、壁」
「壁のがヤバいんすか?」
「前にね、キャップ帽のやつがね、ふざけてダイニングの壁パンチして。
本人は怪我なかったけど、壁はがっつり凹んだ」
「ガキンチョパンチで……!?」
悪い人じゃなさそうだ、とは感じたけれど。
感じた以上に、桂さんは性根からの善人であるようだ。
「───話戻すけど。
君はもう少し、お嬢ちゃんのために頑張る。俺はその手伝いをする、ってことでいい?」
「手伝ってくれるんですか?」
「今んとこ、俺たいして役に立ってないじゃん?
そもそもは、お嬢ちゃんの身元を特定って依頼だったわけだし」
「情報もらえただけでも大助かりですよ」
「そう?ならいいけど」
霊能関係に明るく、人柄も申し分ない。
桂さんが味方になってくれるなら、百人力を得たも同然だ。
「ネックなのは、お嬢ちゃんがどのタイプの空我か断定できない以上、悠長には構えてられないってことだ」
「あ……、そうか。
もし深山さんみたいな感じだったら───」
面影に分類される深山さんは、生命の危機に瀕した状態にあった。
澪さんも面影から転じた空我とすると、遠からず厄主が息を引き取ってしまうかもしれない。
「どのみち、展開はなるだけ早い方がいい」
「どう動くのが効率的ですかね」
「君がキーパーソンなわけだから、側にいてやるのは大前提として……。
他の生霊たちとの交流も、絶やさない方がいいと思う」
「ガンバリマス……」
たくさんの生霊と関わっていけば、造詣が深まる。
延いては、澪さんに関する手掛かりも見付かるはず。
桂さんでさえ知らないような、空我についての新情報が。
「厄主が無事であることを、今は祈るしかないですね」
「こっちもこっちで、空我についてもーちょい調べてみるから。
何かあったらまた───」
「コージー!
こっちにあるカステラはぁー?食べていいのぉー?」
当面の目標が立ったところで、ダイニングの方からまた帽子少年の声が響いてきた。
また言葉を遮られた桂さんは、釈然としなさそうに苦笑した。
「今日のところは、ここまでにしといた方が良さそうね」
「ですね」
8月16日。
俺たちの共同戦線が、本格的に始まった。




