第三話:人は見掛けによらず 2
ネットを頼りに向かったのは、天木では有名な霊能事務所。
霊能者や霊媒師を自称する活動家たちが、ビジネスのための拠点を置いた場所である。
「───結構ありますね」
「ホントにねー。
都会行けばもっとなのか、地方だから好き勝手できてるのかは謎だけど」
「お嫌そうですね」
「そりゃあねー。
素人目にはピンキリの区別なんてつかないし、変なの当たってボッタクられたら堪んない」
「詐欺は儲かりますからね」
「怖いこと言うね」
「嫌な時代ってことです」
「(一般常識は普通にあるんだよなぁ……)」
本音を言うと、その手の得体が知れない人種を、俺はあまり信用していない。
口八丁さえ達者であれば、特別な才能を持たずとも、成り立つ商売だから。
そして何より、彼らの商売相手とされるのが、無知で善良な一般人だからだ。
「ま、背に腹は代えられないってね」
一抹どころではない不安を残しつつも、行動開始。
ズブの素人よりは頼りになることを願って、俺たちは虱潰しに関係各所を巡っていった。
「───うーん、生霊ですか。
うちは除霊専門なので、死霊・生霊問わず祓うことなら出来ますが……。
個人情報の特定などは、管轄外となりますので難しく……。
申し訳ありませんが、お役には立てそうにないですね」
「───なるほど、生霊。確かに、そっち系のお客さんも、たまには来るよ。
知っての通り、ウチって陰陽師の家系だからさ。霊と名のつくものは、基本なんでもござれなワケ。倒すにせよ捕まえるにせよ、大船に乗ったつもりで任せてちょーだいってカンジ。
……で、さっきの。具体的にどーゆータイプの生霊さん?可能ならここへ連れて来てよ」
「───まぁ大変!あなた、とても恐ろしい悪霊に憑かれてるわ!
ほら、顔色だってこんな!死体みたいに真っ青よ!これはお清めをしなくては駄目ね!
心配しなくても大丈夫!初回割引でお安くしておくから!今なら呪い付きアクリルキーホルダーもセットにしてあげるわ!
さあさあ、こちらにいらっしゃって!詳しい話はそれからよ!」
生霊は管轄外なので、対処はおろか回答もままならないと一点張りのおじさん。
澪さんが目の前にいるのに、連れてくれば何とかしてやると豪語するお兄さん。
挙げ句の果てには、俺の方に曰くがあるなどと騒ぎ立て、深部まで引きずり込もうとしやがったババアまで。
揃いも揃って、詐欺師まがいの奴ばかり。
自称の域を出ない時点で、所詮はお里が知れていた。
**
「───アー、死ぬかと思ったー……」
最後のクソババアを振り解き、俺たちは人気のない路地まで逃げ延びた。
疲労にたまらず座り込んだ俺を、澪さんは小さな手で扇いでくれた。
「大丈夫ですか……?
どこか、ちゃんとした場所で休憩を……」
「いや、いい。ありがとう。
澪さんこそ、大丈夫?疲れてない?」
「わたしは特に……。
横でケンジさんがお話されてるのを聞いてただけですから」
「……そう。ならいいや。
俺は正直、人間不信になりそうだけどね。へへへ」
不甲斐ない俺とは対照的に、まだまだ元気そうな澪さん。
特に疲れることをしていないからと本人は言うが、これも生霊の特質なのかもしれない。
走っても騒いでも疲れ知らずとは、そこだけは羨ましい限りだ。
「これからどうしましょう?
有名な事務所やお店屋さんは、もう全部行っちゃいましたし……」
「そうだね。ここまで難航するとはね」
「わたしのせいで、ケンジさんばかり酷い目に……」
「いーってば。謝るの禁止。
それに、まだ最後の砦が残ってる」
「最後の砦?」
前述のクソババアを最後に、霊能関係は一通り当たった。
だが、まだ希望を捨てるには早い。
一番の頼みの綱は、最後の最後に残しておいた。
「神社だ」
じんじゃ。
またの名を、かむやしろ。
普通に考えれば最初に訪ねるべき場所だろうが、敢えて最後に回したのには理由がある。
「神社の中には、それこそ悪霊とか、呪いの類を祓ってくれるってとこがあるらしい。
さっきみたいな、気休め程度のナントカじゃなくて、ガッツリ儀式的な感じでね」
「じゃあ、最初に神社に行った方が良かったですかね?」
「俺も、はじめはそう思ったんだけど……」
どこぞの民家の壁伝いに立ち上がる。
カラスの群れが夕焼けの空を横切っていく。
「俺たちの目的は、君が何者かを明らかにすること、だろ?
やっつけるとか、追っ払うんじゃなくてさ」
「はい」
「だから、個人的かつ長期的に相談に乗ってくれそうな、民間の事務所を先に当たってみることにしたんだよ」
「なるほど。
神社だと、興信所みたいには付き合ってくれなそうですしね」
「そーゆーこと。
結局は裏目になっちゃったんだけどね」
ここまで来たら、近道は望まない。
直ちに澪さんの素性や、解決の糸口を割り出せとは言わない。
生霊とはどういう存在で、澪さんを生霊に分類していいものか。
俺の推測が間違っていないという駄目押しさえ貰えれば、目下は及第点とする。
「この町でそういうサービス?をしてくれる神社といったら、どこになるんでしょう?」
「それはもう目星を付けてある。
また少し歩くから……、今夜は帰りが遅くなるな」
一抹の不安を一縷の望みに変えて、行動再開。
俺はやや重く、澪さんは尚も軽い足取りで、最後の砦を目指した。
**
クソババアの事務所付近から、路線バスを乗り継ぐこと30分。
日の暮れ始めた18時に、俺たちは目的の神社に到着した。
敷地内に設けられた専用駐車場には、国産車が3台停まっている。
ご祈祷などを含む営業時間は18時までなので、恐らくは関係者の車だろう。
「───お客さん、誰もいませんね」
「営業時間、過ぎてるからね」
「不法侵入にならないでしょうか」
「参拝だけなら、10時までは大丈夫。
車が3台ってことは、少なくとも3人は関係者が残ってるはずだから───」
「その中に偉い人がいればラッキー、ですね」
「通じるようになってきたね」
駐車場を左に進んでいくと、境内へ繋がる一つ目の鳥居が迎えてくれた。
鳥居の側には雨風で劣化した石碑が置いてあり、刻まれた文字を澪さんが読み上げた。
「白姫神社……。
写真で見せてもらったより、立派な神社ですね」
"白姫神社"。
戦後間もなくに創建され、冬と雪を司る女神を祀っているという。
天木の神社の中では、二番目の規模と知名度を誇るとされている。
「年末年始は余所にとられちゃって、こっちにお参り来る人、ほぼいないんだけどね」
「そうなんですか。こんなに綺麗なのに……」
「綺麗なのは───、うん。
綺麗さで言えば、ここが一番だと思うよ、俺は」
「……ほぼと仰いましたけど、ケンジさんは?
年末年始とか、こちらにお参りに?」
「んー、お参り自体、少ない方だけど……。せっかく来るなら、そうかもね」
美しい景観と、神秘的な雰囲気。
澪さんも言う通り、ここ白姫神社には、ならではの特性がある。
境外からも片鱗は見て取れるが、長い石段を上りきった拝殿こそが本命だ。
「暗くなる前に、急ごう。足元、気をつけて」
「ケンジさんも」
身なりを整え、一礼してから境内に入る。
澪さんも倣ってから、俺の後に続いた。
「(空気が変わった)」
件の長い石段と、石段の脇に立ち並んだ石燈籠。
それら一帯を覆うほどの、松の木が集まった鎮守の杜。
ひとつ鳥居を潜っただけで、がらりと世界が変わって見える。
今のように薄暗い時間帯などには、どこからか化生の類が現れるのではと思わせるほどに。
「(別に、信心深いわけじゃないのにな)」
81段もの石段を上りきった先には、二つ目の鳥居が待ち構えている。
一つ目よりも更に大きく、更に赤のくすんだ鳥居だ。
そこも潜ってようやく、拝殿のお出まし。
松の木で狭まっていた視界が開き、白姫神社の全容が明らかになる。
「ついた……」
向かって右手に授与所と社務所、左手に絵馬掛けや手水舎などの設備があり、参道奥に拝殿および本殿がある。
拝殿まわりは、鎮守の杜から一転して、白樺の木が取り囲んでいる。
一本だけ異なる杉の木は、いわゆる御神木で、太い幹に注連縄を帯びている。
まさしく、神様のおわすところ。
信仰心のない不届き者でさえ、無意識に背筋が伸びてしまうような、荘厳な空気が漂う。
「きれい……」
俺に遅れて二つ目の鳥居を潜った澪さんが、拝殿を前に感嘆の溜め息を吐いた。
すると同時に、俺と澪さんの間を突風が吹いていった。
女神様に歓迎されているのか、拒絶されているのか。
なんだか意味ありげなタイミングだった。
「だーれも、いねー。
時間帯のせいもあるかもだけど、こんなに伽藍堂なのは初めてだな……」
参拝客の姿はないが、社務所の明かりは点いている。
車の持ち主かはさて置き、一応は関係者が残っているようだ。
しかし、当の関係者らしき姿もない。
少なくとも参道からは、俺たち以外の気配を感じない。
営業時間外ではあるが、社務所を訪ねてみるしかないか。
「───あ。あそこ!
あれって神主さんですよね?」
ふと澪さんが声を上げ、本殿の近くを指差した。
俺もそちらに目をやると、御神木の陰から袴姿の男性が現れた。
男性の手には竹箒と、落ち葉を纏めた塵取りが握られている。
今まで姿がなかったのは、俺たちの死角で掃き掃除をしていたためらしい。
「すいません、ちょっとお話伺ってもいいですか?」
男性に話しかけながら近付いていく。
塵取りを地面に置いた男性も、こちらに歩み寄ってきてくれた。
「こんばんは。参拝にいらしたんですか?」
「あー……。いえ。せっかくですけど、今日は他に用がありまして。
ここの関係者の方、でいいんですよね?」
「はい。名取創博といいます。ここの宮司をしております」
名取 創博と名乗った男性は、紫の地に白い紋様が入った袴を着ていた。
本で読んだが、この袴を着た神職は、中でも位が高いという。
引き締まった体つきに、ロマンスグレーの髪。
張りのある低い声に、にこやかながらも鋭い眼差し。
若さと渋さが同居したような出で立ちは、確かに高位に相応しい。
実年齢は、うちの親父より少し上くらいだろうか。
「して、どうなさいました?
刻限ではありますが、事務的なご用命であれば、取り計らいますよ」
時間も惜しいので、さっそく本題に入らせてもらうことに。
「実は、折り入ってご相談したいことがありまして」
「なんでしょう?」
「僕じゃなくて、僕の知人の話なんですけど……。
いわゆる、生霊ってやつに遭遇してしまったらしくて───」
生霊と縁を持ってしまった知人がいる。
知人はあくまで和解を望み、無理に祓ったり放っておくべきではないと考えている。
なるべく穏便に、知人と生霊と双方の日常を取り戻す術はないものか。
詳しい事情は濁しつつ、専門家の意見が欲しい旨を俺は伝えた。
うんうんと聞き入った名取さんは、うーんと難しそうに腕を組んだ。
「お祓いのご依頼ではなく、生霊の生態や目的をお知りになりたいと?」
「これまでにも何人か、専門家だって人達の話を伺ってきたんですけど……。要領を得なくて。
そういう類にも造詣が深い神職の方ならと、こちらに押し掛けた次第です。
連絡もなしに突然で、ホントすいません」
「ふむ……」
隣で聞き役に徹する澪さんについては、俺は付け加えなかったし、名取さんからも突っ込まれなかった。
ベテランの宮司でさえ違和感を覚えないとは、それほど澪さんが生身に近いということか。
「お話は分かりました。
対象が生霊とはっきりしているのであれば、ここより相応しい場所をお訪ねになった方がよろしいかと思います」
「相応しい、というと?」
「私の友人に、生霊を専門に研究されている方がいます。
道楽の範疇ですので、保証はできかねますが、お知恵をお貸しする分には、不足ないかと」
「そんな人がいるんですか……」
「私の方から、話は通しておきます。
自称専門家はともかく、彼ならきっと、力になってくれるはずですよ」
名取さん曰く、生霊に対象を絞るなら、神職より適した相談相手がいるという。
藁にも縋るつもりだった俺たちは、その人物を訪ねるべく、日を改めることにした。




