表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/75

第三話:人は見掛けによらず



同日昼。

俺が店番をしている間、澪さんは店内のイートインスペースにて読書。

彼女をここに置いたのにも、実は意味と目的がある。




「────おや、珍しい子がいるねぇ。ケンジくんのお友達かい?」



澪さんを置いてからというもの、来客は漏れなく彼女に反応していった。

澪さんくらいの女の子は近所じゃ滅多に見掛けないので、当然といえば当然だ。


これこそが、意味と目的。

来客の反応から得られる情報と、そこから導き出される手がかりを、俺たちは求めているのだ。



「まーね。

俺がってか、正しくは友達の妹、なんだけど……。見たことない?

前にも何度か、用事があったとかで、この辺り来てたらしいんだよ」



もし、来客の中に澪さんの知り合いがいれば。

あるいは、一方的にでも澪さんを知っている人物がいれば、自ずと態度に出してくるはず。


すなわち今の澪さんは"生き餌"で、彼女に反応する来客は"魚"の状態なのだ。

往来の一人一人に澪さんの素性を尋ねて回るより、澪さんの知人友人に自分から来てもらった方が合理的、というわけだ。



「あんなハイカラなお嬢さんは、私はお目にかかったことないねぇ。

橋田さんはどう?知ってる子かい?」


「私も知らないわぁ。

ハイカラじゃなくっても、過疎の町は若い子自体が少ないし?」


「言えてるね。カカカ!」


「それにしても……。

色気がないと思ったら、あんな綺麗なお知り合いがいるなんて。

ケンジくんも隅に置けないわねぇ〜」


「お嫁さん候補かい?」


「やめてやめて」



しかし、上手いように数珠つなぎとはいかず。

物珍しさでの注目が集めるばかりで、澪さんの素性を知るという人物は、一向に現れなかった。




**



「───ケンジさん」



13時15分。

俺が店番を、澪さんが読書を始めてから、およそ2時間。

読書を切り上げた澪さんが、周囲を警戒しながら、レジカウンターに近付いてきた。



「進捗、どうですか?

わたしのこと知ってそうな人、いましたか?」



先程の橋田さん達を最後に、昼間の客足は途切れた。

澪さんと相談するなら、今がチャンスだ。



「んーん。今のとこは、収穫ゼロ。

そっちは?誰か見覚えある人、いたりした?」


「いいえ。

記憶がないから思い出せないって可能性もありますけど……」


「なるほど」



澪さん自身も、気になる人物は見当たらなかったとのこと。

少なくとも、澪さんの住まいはむかご(・・・)通りにはない、と考えていいかもしれない。



「ちょっと、外を見て来ていいですか?

人が駄目でも、景色には覚えがあるかもしれません」



澪さんから外出の提案。

読書ばかりさせるのも可哀相だし、散歩程度なら気分転換にもなりそうだ。



「もちろんいいよ。一緒行こうか?」


「ケンジさんは、ご自分のことに専念なさってください。

わたし一人でも、遠出をしなければ大丈夫ですから」


「そう?なら、うん。

気を付けて、行っておいで」


「はい、いってきます」



踵を返した澪さんが、出入口に向かって歩きだす。

俺は彼女の背中を見送ってから、遅い昼食にしようかと欠伸をした。




「───ふい〜、あっちぃあっちぃ……」



そこへ、朝に出くわしたきりだった親父が帰ってきた。


タオルや備品の替えが必要になったのか、腰を据えて昼休憩をとることにしたのか。

お誘いのあった朝メシは、出先で一人で済ませたようだ。


親父に気付いた澪さんは、横にずれて道を譲ってあげた。

親父は出入口の扉を抜けると、何事もなかったように店に入ってきた。



「(はぁ……?せっかく譲ってくれたのに無視かよ。

会釈のひとつでも返してやりゃいいものを)」



"気を悪くさせてごめんね"。

親父の代わりに謝るつもりで、俺が澪さんに会釈した。

澪さんは苦笑しながら首を振り、親父と入れ違いで店を出ていった。



「よ、今朝ぶり。

お前もこれから昼メシか?」



いつもの調子でレジカウンターに近付く親父。

俺は内心呆れつつ、飲みかけのペットボトルを親父に投げ渡した。



「おっと、気が利くな」


「飲みかけだけど」


「気にせんよ。この時期は喉が渇いてしゃーない」



ペットボトルに口を付けた親父は、きょろきょろと周囲を見渡した。



「あの子は?」


「は?」


「ほら、お前の友達の、妹?とかいう女の子だよ。

お茶出したら送るつってたけど、もう帰ったのか?」



親父の奇妙な発言に、俺はフリーズしてしまった。



「(なに言っとんじゃコイツ)」



帰ったも何も、たった今すれ違ったばっかじゃねーかよ。

ちゃんと前見て歩いてたくせに、対角にいた彼女に気付かなかったとでも言うつもりか?



「……帰ってない。色々あって、まだここにいる」


「そうなのか?今はどこにいるんだ?」


「あっこ」



親父の背後、出入口の方に向かって、指を差してみせる。


ガラス張りの扉の向こうには、軒先で空を仰ぐ澪さんがいる。

散歩に出かける前に、まずは風に当たることにしたらしい。



「どこだ?外にいるのか?」



親父は尚も首を傾げた。

いくらなんでも、この短距離で、真正面にいる澪さんが、目に入らないはずがない。



「いや、いるだろそこに。

店のすぐ前。親父の視界のど真ん中」


「ど真ん中ァ?って言われてもなぁ……。

だーれもいねえけど、ど真ん中って、どこが真ん中だ?」



どうなってんだ。

朝に出くわした時には、挨拶だって交わしたはずだ。

今になって、やっぱり澪さんの姿がえないとか。

朝のあれは偶発的な、一時的な現象に過ぎなかったのだろうか。




「────あ、あのこれ、落とし物……」



すると澪さんが、店に戻ってきた。

女性物と思しきハンカチを手にしながら。



「(あれは、橋田さんの───)」



あの派手な花柄は、橋田さんの私物だ。

最後に店を後にした客も橋田さんなので、恐らくは帰途に失くしていったのだろう。


澪さんからハンカチを受け取るべく、俺はレジカウンターを出た。

次の瞬間、何食わぬ顔でいた親父が、素っ頓狂な声を上げた。



「ッわ!びっくりした………!

いつからいたんだい、お嬢さん」



今度は俺と澪さんの二人で、フリーズしてしまった。



「(いつから、って───)」



澪さんはたった今、俺と親父の目の前で、出入口の扉を開けて入ってきた。

にも拘わらず、親父はまるで、澪さんが瞬間移動でもしたかのように驚いた。


まただ。

嫌な予感で、背筋が粟立つ。



「え、あ……。ごめんなさい。

お店の前に落とし物があったので、お知らせようと思ったんですけど………」


「おとしもの───。

あ~、そうかそうか!はいはい、そういうことね!

いや、急にお嬢さんが目の前にいたもんだから、びっくりしちまって。

やだね〜、ほんと。歳とると注意力が、なんだっけ?散漫?

年々ニブくなるんだから全く、ハッハッハッハ」



澪さんからハンカチを受け取った親父は、恥ずかしそうに肩を竦ませて笑った。

親父の発言と、澪さんの行動を照らし合わせて、俺は反芻した。



「あー、こりゃたぶん橋田さんだ。

たまに落としていくんだよ、ハンカチとか家の鍵とか」


「今ごろ困ってらっしゃるでしょうか……?」


「鍵だったらね。ハンカチくらいはいつものことだし、次来た時に渡せば大丈夫。

後で俺から電話しとくよ」


「ありがとうございます。お願いします」


「こちらこそ、わざわざありがとうね」



澪さんが軒先にいた時は、親父は澪さんを視認できなかった。

澪さんが出入口の扉を開けて店に入り、レジカウンターまで歩み寄ったところで、親父は再び澪さんを視認できるようになった。

親父いわく、"急に目の前に現れたかのように"。



「(一時的でも偶発的でもないとしたら、条件付きで親父にもえるようになるってことか……?)」



"ふたみ商店"の中にいることが重要なのか。

"二見賢二"の側にいることが前提なのか。


可能性としては二つ考えられるが、前者とすると辻褄が合わない。

澪さんと親父が入れ違いになった時、まだ店内にいた澪さんに、親父は気付かなかったからだ。

じゃあ、消去法で二見賢二おれか。



「(親父が反応したタイミングは、澪さんがこっちに近付いてから。

確か、扉を開けて二歩三歩、お菓子の棚を越した辺り。

ここから棚までの距離は、メートルにすると大体───)」



当時の澪さんの立ち位置と、俺の立つレジカウンターまでは、約3メートル。

澪さんと俺の二人が、半径2・3メートル圏内に揃った場合のみ、親父にも澪さんが視えるようになる?




「親父」


「うん?なん、なんだ?」



澪さんと親父の間に割って入る。

親父はびくりと肩を揺らし、何故か目を泳がせた。



「家永さんのシフト、今日は2時からだったよな?」


「あ、お、おう。もうすぐ来るんじゃないか?」


「悪いんだけど、親父代わりに引き継ぎしてくれない?」


「え?ああ……」


「あと書類とか在庫の片付け。

家永さんとタッチして直ぐやる予定だったけど、夜に回していい?」


「そりゃあ全然、急ぎでなし……。

もしかして、事故ん時の傷、開いたか?」


「もうそんなことにはなんねーよ。

ただちょっと、行かなきゃならんとこ出来たから。あと頼むわ」


「おう……?」



少しずつではあるが、澪さんの特異性が浮き彫りになってきた。

ここからは、周りの力も借りていくべきだろう。


実体としての澪さんは、俺たちで情報を集める。

生霊としての澪さんは、専門家に意見を貰う。

両方からアプローチすれば、より真相に迫れるはずだ。



「澪さん」


「はい」


「付き合ってほしいとこあるんだけど、いい?」


「は、はい」



思い立ったが吉日。急がば回れ。

そんな俺たちの事情など知らない親父は、先程とは違う意味で首を傾げた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ