次なる境地
「『次なる境地』」
これは技術であり、技でもある。
スポーツには、『ゾーン』と云うものが存在する。『ゾーン』とは、体がリラックス状態にあり、無意識でありながらスポーツ能力を最大限に発揮できる状態である。
人間は外部からストレスを感じると、脳の細胞から自律神経や内分泌に影響を与え、体に不調をもたらす。例えば、心拍数のリズムが乱れるなどだ。心拍リズムの乱れが脳に刺激を与える事で、集中しようとしても出来ず、落ち着いて思考することも出来なくなる。
だが、この逆で心拍のリズムが安定すると、精神が安定し、落ち着いた思考が出来るようになる。
そして極めて落ち着いた状態でスポーツをしている時に、自分が持っているスポーツ能力と上手く呼応した時を『ゾーン』と言う。
そして『ゾーン』は、スポーツが苦手な人が急にスポーツが上手くなる魔法のようなものではなく、真面目に努力してきた人間が技術的にも精神的にも整えられた時に、起こるごく自然な現象だと考えられる。
そして『ゾーン』は、『フロー』体験の一種である。これはつまり、スポーツ以外でも『ゾーン』と同様の状態に入ることが出来るという事だ。
そして俺は、意図的に『ゾーン』に入る事が出来る。通常は自分の意思では『ゾーン』に入る事は出来ないが、俺はそれを会得する事が出来た。
そして、俺はその先にすら辿り着けた。
その先とは?その説明をするためには、そう少し説明が必要だ。
昔、俺は敵から姿を消す方法を模索していた。人から自分の姿を消すには、相手から視線を外すのが1番だ。当然、それをする事は簡単だ。気配を完全に消す事も出来る。
だが、それではダメだ。姿を消しても、気配を消しても、自分と同等レベルの実力の人間には居場所がバレる。
そこで、『ゾーン』を使用する事にした。気配を完全に消し、実力が自分よりも上位の人間にも居場所を気取られない技術。この技術の完成には、『ゾーン』の集中状態が必要だった。
更に、俺は人体を完全に支配する事が出来た。簡単に言えば、人体が自動で行なっている心臓の動きや細胞分裂を、手動で行うと云う事だ。
この技術と『ゾーン』の集中状態を利用し、絶対に気配を気取られない技術を俺は『次なる境地』と名付けた。
心臓の動きは、体を震わせ、空気振動を起こす。また、体を動かし、呼吸すれば、空気の流れが生まれる。
実力のあるものならば、空気の流れや呼吸音、移動時の音だけで居場所を察知出来る。
だから、それらを消す必要がある。自分の行動で起きる音や空気の流れは消す事が出来る。だが、心臓の動きなどは消す事が出来ない。
そこで、人体の支配と『ゾーン』だ。『ゾーン』の集中状態で心臓の動きを極限まで速くし、それによって生じる振動を極限まで小さくする。これにより、限りなく心音は空気に影響を与えなくなる。一切無くなる訳ではないが、人間に感じ取れるものではなくなり、俺でも感じ取れない。
これで心臓の動きによる空気振動は消える。なら、行動による空気振動をどう消すか?
それは、元々ある空気の流れに自分の動きを合わせるのだ。空気の流れは、大きくなれば風となるが、最小のものは人間には感じ取れず、自分でも感じ取れない。その流れに、自分の動きを合わせる。
これで、行動による空気振動は消える。呼吸も、匂いも、音も、気配も、その全ては俺を認識しない。
これら全てを可能にするには、『ゾーン』の集中状態を利用するしかない。
つまり、この技術は『ゾーン』の進化系とも言える。
目視以外で気配を察知する事が出来ず、『ゾーン』を超えた究極の集中状態。それが、『次なる境地』だ。
だが、『次なる境地』には目視されれば居場所を知られる、と云う欠点がある。
しかし、『次なる境地』を発動した状態で人間の視界から外れれば、誰にも姿を気取られない。
真後ろに立っていようが、真上に立っていようが、そこに人がいると云う考えすら浮かばない。
そして、俺は宣言と同時に『次なる境地』を発動した。そして、右手に持つ『魔滅』を握り、行動に移った。
此処は、皇帝城の一階。それも端の方だ。脳内でこれからの行動を確認する。此処から、城の外側のに居る人間から順に殺していく。
そしてこの城の中心には、全ての階に繋がる階段がある。2階以降は中心から外側に向かって、円状に移動しながら人を殺していく。その階に居る人間を全て殺せば、次の階に上がり、また同じ様に行動する。
そして、最上階に居る皇帝と皇子等を殺し、ソフィアの元まで辿り着き…
と確認すると、最初のターゲットが近づいてきた。この城のメイドの2人組だ。
彼女等には視認出来ないスピードで彼女等の後ろに回り込んだ。そして、彼女等の首を刈り取る。
「『暗殺の斬撃』」
だが、首が落ちる事も無く、血も出ない。しかし、彼女等は倒れる。眠ってしまう様に。
これを見た人間は、どう解釈するのか?それは、突然2人のメイドが倒れた、である。『次なる境地』を使用しているコウヤの存在を知る事は出来ず、『暗殺の斬撃』で殺した2人は、常人が見ただけではその2人の死を確認出来ない。
そしてそれを見た人間には、自分が死を意識する事の無い死が訪れる。
誰にも気取られる事なく、人間が意識出来ない死を与える。
その様は、宛ら『死神』である。
そして『死神』はその死を確認する事も無く、意識する事も無く、次の標的の元に向かう。
一切の表情を変えずに。




