暗殺の斬撃
「もう直ぐかぁ…」
誰にも聞こえない様なか細い声でそう言った。
ここはスレイル帝国、皇帝城の中にある『奴隷部屋』だ。ブライト皇子の為にあるような部屋で、彼が買った奴隷は全てここに運び込まれると聞いた。
ここまで来たら本当に終わりだ。後はブライトに、自分の体が壊れるまで遊ばれる。それで燃やされて死ぬ。
もう、逃げられない。もう、助からない。もう、希望は無い。
そんな思考に襲われた。それは他の奴隷達も同じだろう。ここを出たら、ブライトに再会すれば、もう何も出来なくなる。心身を支配され、オモチャの様に弄ばれ、飽きられたら捨てられる。
今私の命がある意味は、そこにしか無い。それでも、私や私達はあくまで前座。本命の彼女をブライトはかなり気に入っている様だったから、私達は本当に前座なのだろう。
だけど、その彼女の目はまだ死んでいなかった。寧ろ、馬車にいる時よりも輝いているように見えた。
まだ、諦めていないのだろうか?こんな状況で、なおも希望を捨てない。そんな強い心は、どうやったら手に入るのだろうか?
私は、思えばずっと彼女を見ていた。檻の中に入れられていた時も、馬車の中にいた時も、今も。私の興味は尽きなかった。見ていれば見ているほど、興味が湧いて来た。
けど、それももう終わる。遅くとも、あと数十分程でこの部屋の扉が開かれるだろう。そうなれば、彼女には2度と会えない。
そんな事を考えていると、遂にその時が来た。扉が開いたのだ。扉を開け、部屋に入って来たのはブライトの部下の1人だった。確か、私達の馬車を走らせていた男だ。
見た感じは頭が良い様には見えないので、恐らく実力があるのだろう。それは、彼の持つ筋肉が物語っている。
「中央の女以外は来い」
中央の女、と云うのは彼女の事だ。つまり、彼女以外の全員を1度に相手にしようと云う事なのだろう。いや、ウォーミングアップと云う事なのかもしれない。
とにかく、命令された以上は従わなければならない。すぐに立ち上がり、部屋から出た。他の奴隷達と共に。
遠目で、1人で部屋に残されている彼女を見た。その表情は、何も変わっていなかった。
それが、少しだけ悲しく思えた。
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(面倒臭い…)
率直な感想だった。皇子の為とはいえ、何故自分がこんな使用人のような事をしなければならないのか。
俺は、帝国でも屈指の実力者だった。だからこそ、皇子の警護任務を請け負うことも出来た。
だが、俺が今やっている事はただの雑用だ。皇子の下に、彼が買った奴隷達を連れて行く。雑用以外の何物でもない。
だが、さっきの奴隷達、全員が黒髪だった。皇子が黒髪が好きだと云うのは聞いたことがあるが、1人ぐらい違う髪の奴隷を選んでも良いのでは無いか?と思った。
だが、それは正直どうでもいい事だ。先程奴隷達を連れ出す為に『奴隷部屋』に入った。
皇子は、何故か彼女だけは後で連れて来い、と仰られた。命令を受けた時はあまり意味が分からなかったが、その姿を見た瞬間、納得した。
あんなに美しい存在を見た事が無かった。奴隷なのに、両腕を鎖で縛られ、『奴隷の首輪』と『魔封じの腕輪』をつけていたのに、それでも誰よりも美しいと感じた。
皇子の気持ちが良く分かる。あのレベルの美しさを持つ存在は、1対1である事を望むのは当然と言える。
正直言えば、自分がやりたい。あの女は縛られて抵抗する事は出来ない。皇子も、あの女の事はそこまで知らない筈。
なら、俺がちょっとつまみ食いしてもバレない可能性が高い。だが、バレれば確実に首が飛ぶ。
(…止めとくか)
そう判断した。そして俺は今、あの女を皇子の下に連れて行く為に、また『奴隷部屋』に向かっている。
『奴隷部屋』があるのは1階。だが、皇子の自室は5階にある。つまり、連れて行くのに時間がかかるのだ。何段階段があるか分からない。
が、そんな事を考えていたら直ぐに着いた。分厚い鉄の扉の鍵を開け、扉を開く。
そこには、さっき見た時と同じ姿の女がいた。一瞬迷ったが、
「次はお前だ。出ろ」
ちゃんと皇子の下まで送り届ける事にした。静かに立ち上がった女は、ゆっくりとこちらに歩んできた。
そして、俺は女が付けている『奴隷の首輪』にくっついている鎖を掴み、皇子の部屋に歩き始めた。女はゆっくりだが、しっかりと歩いていている。それを確認したら、もう後ろを振り返る事はなかった。
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少し歩いただろうか。迎えにきた男は、今は鼻歌を歌いながら歩いている。完全に油断している。
殺れる。
そう確信し、両腕に巻き付いていた鎖を引きちぎった。そして、男がその音に気づいてこちらに振り返る前に、左手に創り出した赤黒い剣で男の首を両断した。
だが、男の首が身体と離れる事は無かった。だが、その命の灯火は既に掻き消えていた。
男は俯くように倒れた。一滴の血を流す事も無く。
これは、コウヤが『勇者×剣術祭』でやったものの上位互換だ。その速すぎる斬撃は、斬られたものの皮膚を一切傷つけない。だが、その内部は鮮やかな程に綺麗に切断されている。
つまり、皮膚を一切傷つける事無く、その内部だけを刈り取ったのだ。これは、外見からは見抜く事は出来ない。一切の傷が残されていないからだ。
そして、この剣は相手に死を意識させる事無く相手に死を与える剣だ。
「…『暗殺の斬撃』」
それがこの技の名だ。続いて、彼女は、空間に穴を開け、そこから黒いローブと、一振りの剣。そして靴と靴下を取り出した。
そして、それらを瞬時に身につけた。フードで顔を隠し、その大きい胸や細い体は、覆い隠す様に身につけられた黒いローブで分からなくなっている。靴下で隠しきれないその綺麗な素足も、上手く隠せている。
「…ハァ…自分で考えた作戦とは言え、中々きつかったな…」
だが、彼を見た事があるものならば、彼女の顔を見れば直ぐに理解できるだろう。何故なら、その面影が残っているから。つまり彼女の正体は、
「…このままで行くか。女でどこまでやれるかも知りたいしな」
原口コウヤである。




