黒氷の魔人
『大監獄・デスタード』は10階建ての大監獄だ。この次元において、10階建ての建物など、本当に少ない。一般的には上層階にいく程に凶悪な犯罪者がいるとされているが、実際は違う。
本当に凶悪な犯罪者は地下にいる。簡単に逃げられない様に、簡単に侵入させない様にする為だ。表向きには上層階にいるとされているが、地下にいるのだ。『四天王』の1人で『黒氷の魔人』と呼ばれた魔人族、イリア・サナサードがいるのは確実に地下だ。
それを確信していた俺は、最初から地下に向かっていた。地球の監獄であれば、誰にも気付かれずに囚人を逃がすなんて事は出来無い。
だが、この監獄は違う。中には監視カメラではなく兵。赤外線センサーではなく結界。鋼鉄の壁ではなくただの壁。こんな監獄、地球の監獄と比べれば天地以上の差がある。
当然兵はそこら中にいるが、通った時にいた兵を死角から気絶させた。お蔭で俺が監獄に侵入している事は誰にも気付かれていない。
だからこそ、俺はここまで悠長にしていられるのだ。
「『黒氷の魔人』イリア・サナサードだな。現魔王シーナ・ロードが呼んでいる。一緒に来てもらうぞ」
なんて言葉も紡げる。正直、あんな状態の人間が喋れるとは思えないが、取り敢えず話しかけてみた。
「………お……まえ………は………?」
驚いた事に、微かにではあるが答えてきた。
「…コウヤだ」
ここで、俺はかねてより考えていたことを実践してみる事にした。『魔滅』で鉄格子を切り裂き、『黒氷の魔人』の目の前まで近づく。
そして『黒氷の魔人』に突き刺さっている刃物を全部引き抜く。
「うっ…」
右手の親指を噛み切り、『黒氷の魔人』の傷口の1つに、血の雫を一滴垂らす。当然、傷のついた親指は、『自動再生』で一瞬で治った。
コウヤの血液が『黒氷の魔人』の傷に入り込む。
「…?」
次の瞬間、『黒氷の魔人』の全ての傷口が煙を上げて再生した。
「っ!?これは…!?」
己の傷が勝手に修復されたのを、とても驚いている様子の『黒氷の魔人』。
数秒で再生しきった彼女の体は、簡単に云えば血だらけだった。傷が全て治っても、出血して体についていた血液はそのままだからだ。
(成功…だな…)
成功というのは、『黒氷の魔人』の傷を再生させた事だ。どういうことかと云うと、『自動再生』の応用だ。『自動再生』は、欠損した細胞を再生する力の事だ。その再生力は生命力に比例する。つまり言いたいのは、俺の細胞を含む血液を他人の体内に吸収させる事で、一時的に俺の『自動再生』を吸収させた人間に『自動再生』を発動させた、という事だ。
初めて使用したので、再生に異常があるかを聞いてみる。
「大丈夫か?喋れるとは思うが…」
「は、はい。大丈夫…です…」
どうやら、自分の身に起こった事を理解出来ていない様だ。まぁ当然か…と、思いながら『黒氷の魔人』に手を差し伸べる。
「立てるか?」
「…!はい…!」
俺が差し伸べた手を取って、『黒氷の魔人』はよろよろと立ち上がった。
「まだ辛いとは思うが、早く大監獄から出るぞ。さっきも言ったが、魔王が待っている」
「…はい。詳しい事は大監獄から出てから聞く事にします。今は大監獄を出る事に集中しましょう」
(…頭の回転が速い。あの魔王とは大違いだな。ちゃんとしてる奴で本当に良かった)
「よし、取り敢えず俺が入って来た穴から出る。出来るだけ見つからない様にな」
「分かりました。先導をお願いします」
(本当に、頭の回転が速い)
駆ける。行きで通って来た道を戻っていく。『黒氷の魔人』は思いの外動ける様だ。中々速い。
階段を駆け上がった。入って来た階まで上がると、開けた穴が見えてくる。
「見えた。あの穴だ」
「はい!」
「先に入れ」
「分かりました」
『黒氷の魔人』に先にその穴に飛び込ませた。俺も続いて飛び込む。
「っ!!」
「鐘の音?」
瞬間、大きな鐘の音が鳴った。大監獄の頂上には大きな鐘がある。それが鳴ったのだろう。で、あれば俺達の、いや、『黒氷の魔人』の脱獄がバレたのだろう。
だが、そんな事は関係ない。『黒氷の魔人』は『魔力状態』を発動し、そのまま飛んで行く。
どうやら『黒氷の魔人』は、俺が『魔力状態』が使えると思っているらしい。大監獄に侵入できた俺の力量が高いという事を理解しているのだろう。その上で、『魔力状態』を使用出来ると踏んだのだ。
俺がその立場であれば、俺もそう判断しただろう。だが、生憎俺には魔力が無いので、『魔力破壊』を使って空を駆ける。
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「久しぶり〜!イーちゃん!」
「はい!お久しぶりですシーナ様!よくぞご無事で!」
俺と『黒氷の魔人』イリア・サナサードは、シーナとリュークの元に帰還していた。ちゃんと俺達の事は話している。本当にあの魔王とは大違いだ。その部下の男とも大違いだ。
「大変だったでしょ?ずっと牢屋に閉じ込められてて…」
(良く言うな。昨日まで知らなかった癖に)
「はい。ですが、大丈夫です」
(……ん?)
何故かイリアの顔が赤らんでいる。
(どういうことだ?意味が分からない。知っておく必要があるが、あのバカはどうせ分からないだろうし)
「はぁ…」
「ん?どうした?」
俺の溜息に気付いたリュークが話しかけてきた。そうだ、こいつでいいや、と思った俺はリュークに聞いてみる事にした。
「聞きたいんだが…」
「ああ、だいたい分かる。イリアの事だろ?」
驚いた。まさか気づかれるとは。
「いや、元々話そうと思っていたところだ」
「ん?どういう意味だ?」
「あいつの体質についてだ」
「体質?」
「実はあいつは…ドMなんだ。無自覚のな」
「…は?」
次回、第2章終了です




