真紅の恋敵と白金の銃
訪れてくださって、ありがとうございます。どうか少しでも、楽しんでいただけますように^^
「ユキ。あたしは、あんたが欲しい。あたしと組んでよ」
彼女の台詞に、私は息を飲んだ。
──ああ、言われちゃった。
通り名そのままに、真紅の髪と瞳をした彼女に。
私とは段違いの知名度を誇る、トップクラスの魔法士、〈爆炎〉のキーラに。
ユキ。お願い。頷かないで。
私を一人にしないで──。
「よう、ジーナ。一人とは珍しいな?」
入店早々、武器屋の親父さんにそう声をかけられて、私は苦笑した。先程から出会う人出会う人、同じ反応なのだ。
──そんなに、いつもベッタリしているかなぁ?
確かに私はユキが大好きで、出来るだけ一緒にいたいけれど。町に滞在している間は、なかなかそうもいかないのが実状だ。
店内は、適度に賑わっている。親父さんの台詞で、一気に私に注目が集まった。〈流星〉のジーナだ、という囁きが、あちこちから聞こえてくる。
──ひゃー。恥ずかしい。
〈流星〉とは、いつの間にか私たちについていた通り名である。私は銃と治癒、相棒のユキは大剣を扱う、二人組のパーティーだ。
先日、友人の冒険者と一緒に、新ダンジョン『渦の魔樹』を一番乗りで攻略してから、私たちの知名度は一気に上がった。
何の事前情報もない状態での、ダンジョン初攻略者は尊敬される。それが、その後も犠牲者が続出している高難易度ダンジョンならば尚更だ。
平常心、平常心と自分に言い聞かせる。
「ユキは冒険者の酒場。後で来るよ」
「そうか。呼び出しておいて悪いが、ちょっと待っててくれるか。なぁに、そうはかからん」
親父さんの台詞に頷く。
親父さんの前には、いかにも駆け出し冒険者風の少年が二人、まさに武器を具現化しようとしていた。緊張と期待を露にしている少年たちに、思わず微笑む。
──懐かしいな。武器判定ね。
私たちの武器は、自分の魔力を武器石に通して具現化するものだ。武器を具現化できる石は、総じて武器石と呼ばれるが、その質によって、影石から陽石まで、計五種類に分類される。彼らはお試し用の、最下級の小さな影石を握っていた。
「やった! 剣だ!」
「あ……。銃かぁ……」
両極端な二つの声が上がった。喜色満面なのは剣の少年、見るからに落胆したのは銃の少年。
武器種は自分では選べない。各人が出せる武器種は生まれつき決まっており、後から変更もできない。
そして、剣が人気武器の筆頭であると同時に、銃は不人気武器の筆頭だった。理由は簡単、弱いからである。攻撃の回転こそ随一だが、一撃一撃の威力が低い。射程は長いが、接近戦にも弱い。人によっては、自分の武器種が銃であると分かると、冒険者になること自体を諦めるほどだ。
しょんぼりと項垂れる少年の姿は、かつての私と重なった。私も自分が銃士だと知ったときは、がっかりしたのだ。本当は魔法士になりたかったのである。
銃士はパーティーメンバーとしても人気がない。ユキと出会わなければ、私も冒険者を続けることが出来ていたかどうか。
「元気出して。私も銃よ」
私は思わず、少年たちに声をかけていた。
少年たちが私を振り返って、目を丸くした。明らかに初心者ではない私の出で立ちに、興味を覚えたようである。
「銃でもやれますか?」
銃士の卵の少年が、躊躇いながら問う。それに答えたのは、武器屋の親父さんだ。
「どの武器にも、得手があり不得手がある。銃だけが不利ってことはないさ。実際、ジーナは銃士だが、結構な有名人だぞ」
言いながら、私に目配せ。私が買われている理由は、どちらかと言うと銃ではなく治癒なのだけれど、余計なことは言うなと言うのだろう。
「本当に?! 銃で強くなるコツって何ですか?!」
──答えづらいことを聞くなぁ。
そんなこと、私だって知りたいくらいだ。
強い武器石を手に入れることかな? とも思うけど、多分それは彼が求めているアドバイスとは違うだろう。
「やっぱり練習かなぁ」
「……やっぱりそうですよね……」
「うん。銃は一撃で敵を倒せることってあんまりないから。どんな状況でも、どんな体勢でも、素早く何発でも当てられるようにならなくちゃね」
銃士の卵の少年は、あからさまにションボリしてしまった。
ごめんね、目が覚めるような、劇的なコメントとかしてあげられなくて。
「欲を言えば、一撃入れた全く同じ場所に、重ねて当てるのが理想なの。ダメージが大きくなるから。私もまだまだ修行中。お互い頑張ろ?」
せめてニッコリ笑ってみせると、少年たちはちょっと顔を赤くした。
「お姉さん、何歳? 俺たちと組みません?」
うん?
私が答える前に、親父さんがガッハッハと笑う。
「お前ら、見る目はあるが、残念だなあ! ジーナには凄腕の男前がついてるぞ。お前らじゃ到底割り込めん。さぁ、冒険者になったら、また来な。次は本当に武器石を買いにな」
「ええーっ」
何やら未練たらたらの様子で店を出ていく少年たち。親父さんは呆れ顔である。
「あいつら、色気付くのだけは一人前だな。ジーナ、お前も、やたらと愛想を振りまくな。ユキの苦労を察してやれ」
「愛想なんて振りまいてませんっ。それより親父さん、用事ってなぁに?」
私が話を仕切り直そうとした時、背後が大きくざわめいた。誰か有名人が入店してきたらしい。
振り返った視線の先には、人影が二つ。
一人は男性。ユキだ。ブルーグレーの瞳と、癖のない鋼色の髪。その端整な容貌に、実はファンも多い、私の大好きな人。
もう一人は女性。顎までの真紅の髪と、同色の瞳。背は高い。私とユキの中間くらいだろうか。ユキの腕に片手を添えている。私の心臓がドキンっと嫌な音をたてて弾んだ。
──〈爆炎〉のキーラ。
数多いる冒険者の中でも、トップクラスの実力と知名度を誇る魔法士である。
固まってしまった私をチラっと見て、親父さんが口火を切ってくれた。
「ユキ。ちょうどいいタイミングだが。浮気はいただけねえな。ジーナに愛想つかされても知らねえぞ」
ユキとキーラは、店内の注目をものともせずに、こちらへ歩み寄ってくる。その過程で自然に腕は外れて、私はホッとした。
「それは困るな」
ユキはそう答えながら、私の隣に並んできた。
私は素直にむーっとユキを見上げる。
──そう思うなら、最初から腕なんか組ませないでよ。ユキのバカ。
分かってる。キーラが勝手にやったのだ。ユキの腕は、ダラリと下に垂れていたもの。
でも、嫌なものは嫌なのだから仕方ない。
「ユキがフリーになったら、あたしが引き取るから大丈夫」
キーラが軽く言いながら、私とは反対側の、ユキの隣に並ぶ。意志の強そうな瞳が煌めいた。
「おいおい。〈流星〉をかき混ぜてくれるなよ。俺はこいつらを買ってるんだからな」
「はいはい。あーあ、親父さんもジーナ派かぁ。味方がいないってツラいわ」
おどけて胸を押さえるキーラに、店内から笑いが漏れた。
私は、いつも思うことを、今日も思った。
──キーラは、ユキのことが好きなのかな。
冗談のように装っているけれど、見かけたら必ず近寄って話しかけ、肩や腕に触れたりする。それって、何とも思っていない相手にすることかな?
少なくとも私はしない。
私はワガママでヤキモチやきだ。ユキはキーラのことを何とも思っていないって分かってるのに、キーラがユキに話しかけるだけで心がモヤモヤする。
だから私は正直に言うと、キーラが苦手だ。
私がむくれているのに気づいたのだろう。ユキは私の頭に手を伸ばしてきた。くしゃくしゃっと頭を撫でる。少し掠れた甘めの声で、優しく。
「親父さんの話は聞いたのか?」
不本意ながらほだされてしまった。
我ながらチョロいなぁと思うけれど、ユキにくしゃくしゃっとされるのが、好きなのだから仕方ない。
──もう。頭を撫でたら、いつでも誤魔化せると思ったら、大間違いなんだからね。
「ううん。ちょうど聞こうとしてたところ」
「親父さん。用件は?」
ユキの問いかけに、キーラとの掛け合いを続けていた親父さんは、改めて私たちに向き直った。
「実はな。是非ともお前ら〈流星〉に、買って欲しい武器石がある」
そう言いながら、親父さんが取り出したのは、最上級の陽石だった。
「凄い! 綺麗……!」
私は思わず歓声を挙げた。
武器石は質が低いものから順に、影石、星影石、月影石、陽影石、陽石と呼ばれる。
影石は漆黒、質が上がるにつれて、煌めく結晶を内包し瞬くのだ。影など微塵も持たず輝く石が陽石であり、質の良い武器石ほど、強い武器を具現化できる。
──本当に綺麗。ユキの武器石と同じくらい。
何を隠そう、ユキの武器石は陽石だ。ちなみに私の武器石は、月が三つ、星が五つの月影石。月影石としてはかなりのものだけれど、もちろん陽石とは比較にもならない。
「親父さん。こんな立派な陽石、いくらでも買い手は見つかるだろう」
「それがな、実は……。見た方が早いか。ユキ、これで武器を出してみろ」
信じられないほど粗雑にポイっと投げ渡され、ユキが慌てて受け取った。握って魔力を通し、首を傾げる。
「反応しない」
「キーラも試してみな」
と、親父さん。
「何これ。壊れてるの?」
最後に私の手に回ってくる。
すべすべで、ほぼ真円の陽石。ユキの陽石は、冴えざえとした鮮烈な光をたたえているが、この陽石の光はどちらかと言うと暖かい。木漏れ日のような優しい煌めきだ。
──いいなぁ。こんな武器石だったら、もっとユキの力になれるのに。
「……あれ?!」
私は驚いて声を挙げた。私が試すと、普通に銃を具現化出来てしまった。
「親父さん、どういうこと?」
私の視線を受けて、親父さんはニヤリと笑う。
「実はな。その陽石は、どうやら銃しか具現化出来ないようなんだ。ダンジョン産らしいんだが、見つけたパーティーには銃士がいなくてな。ゴミだが何とか引き取ってくれ、と持ち込まれてきた。その時点では弟子たちの練習用素材になるかな、程度に考えてたんだが、工房で色々試してたら、銃なら出るじゃねえか。これは、と思って、お前らを呼んだってわけさ。どうだ? 安くするぞ」
それは願ってもない話だった。陽石なんて、欲しいと思っても、なかなか手に入るようなものではない。
ただ、問題は……。
「買うよ」
躊躇った私を余所に、ユキは即決した。
「ちょっと、ちょっと、ユキっ。値段、まだ聞いてないっ」
私は喜ぶより前に青ざめてしまった。
月影石クラスまではそうでもないが、陽影石以上になると産出量がぐっと減り、それに伴い価格も跳ね上がる。陽石ともなれば、いくら安くしてもらえると言ったって、一体いくらと言われることやら。
ユキはニヤリと笑うと、親父さんを見やる。
「出血大サービスなんだろう? 勿論」
驚いたことに、親父さんは笑顔でユキの肩を叩いた。
「大盤振る舞いしてやるから、安心しろ。──陽影石だ。陽影石の原石を一つ、手に入れてきてくれ。それと交換でどうだ?」
私とユキは、予想以上の安さに唖然とした。大盤振る舞いを超えている。陽石を、ランクの落ちる陽影石と交換? その価値は雲泥の差なのに?
キーラが横から文句を言った。
「親父さん、それいくらなんでも安すぎない?! 贔屓だよ! ジーナばっかりズルいっ」
「ゴミ扱いで仕入れたからな。暴利を貪るのも性に合わんし。銃士にしか使えない分、価値が下がるのも確かだ。それに何より、俺はこいつらを買ってるんだよ」
「親父さん、ありがとう!!」
私は親父さんに飛び付いてしまった。親父さんは満更じゃない顔をしながら、私を引き剥がした。
「こらこら、ジーナ。ユキが妬くぞ。石は鍛えておくから、早く陽影石、持ってこいよ」
同時に私の胸元に、背後からスルリとユキの腕が回る。親父さんが、ほら見ろ、という顔をした。
肩を引き寄せられ、思わず笑みが零れた。
──えへへ。嬉しいな。
狙ったわけじゃないけど、ユキから触れてきてくれるのは、結構貴重だ。しかも、今はキーラの目の前。チラリと目をやると、キーラは何とも言えない顔をしている。
──どうしよう。凄い優越感。嬉しい。
私って性格悪いなぁと思うけれど、どうしても、キーラが気になって仕方ないから。ユキがキーラじゃなくて、はっきりと私を特別扱いしてくれたことが、滅茶苦茶幸せだ。
すりすり、と頬擦りすると、ユキの腕が離れる。
「『打ち捨てられた島』に行くか」
それは、特定のミッションをこなすことで、必ず陽影石以上の武器石を手に入れることが出来る、ダンジョンの名だった。
「うん!」
それを聞いて、キーラが、はいはいはーい! と手を上げた。
「『島』に行くなら、あたしもついていってあげるよ。あそこは二人きりじゃ厳しいでしょ。かといって、メンバー増やすほど分け前が減るし。あたしならお買得と思わない? 報酬は陽影石の相場価格の三分の一と、ユキとのデートで手をうってあげる」
パチンとウィンク。
「デートはダメです!」
私の口から、考える前に拒否の言葉がついて出た。だって、キーラとユキが二人きりで出かけるなんて、絶対に嫌だもの。
ユキも呆れた声で言う。
「普通に金取るくせに何言ってるんだ」
「ちぇっ。ダメか。じゃあ、まぁいいよ。デートは次の機会ね」
キーラはペロッと舌を出した。相変わらず、退きはいい。ちょっと試して様子を見て、ダメそうだと思ったら、冗談に紛らわせてスッと退く。決定的な言葉を聞かずにすむように。
──やだもう。本当に、油断も隙もない。
やっぱりキーラは苦手だ。
でも悔しいことに、これ以上ない助っ人なのも確かなのだ。〈爆炎〉の二つ名は伊達ではない。彼女は私にないものを持っている。
爆発的な火力、というものを。
こうして私たち三人は、ダンジョンに挑むことになったのだった。
『打ち捨てられた島』は、中難易度のダンジョンである。出現する敵は石人形のみ。あちこちから無限に沸いてくる石人形に、埋め尽くされている島だ。
「相変わらずの敵の多さだねぇ」
キーラが眼前を見渡して呆れたように言った。
成人男性程度の大きさの石人形が、見渡す限りをのっしのっしと歩き回っている。凄い密度だ。石人形は硬いが、あまり素早くないので、一体一体はそれほど強くはない。このダンジョンの問題は、ひたすらその敵の数なのだ。
「やっぱり、ここから見える範囲には、ボスいないね。鍵に至っては、いるかどうかも分かんないし。どのあたりに沸くかは、決まっていないんだよね?」
私が確認すると、そうだねぇ、とキーラが相槌をうった。
『島』のクリア条件と、陽影石を入手する条件は簡単だ。それぞれ、特定の石人形──『ボス』と『鍵』を倒せばいいのである。
脱出の魔方陣を出す石人形──ボスは、比較的見つけやすい。一体だけ武器を持っているし、雑魚と比べて二回りくらい大きいのだ。
問題は陽影石を落とす石人形──鍵の方だった。鍵の外見は、その他の敵と全く同じだ。島中に溢れかえっている石人形の中から、たった一体を見つけて、仕留めなければならないのだ。
「とりあえずは、ボスを探すか。鍵だけは近寄っても襲ってこないから、二人とも、周囲の敵の動向に気を付けておいてくれ」
ユキの言葉に頷く。
さっそくキーラの姿が消えた。数メトル先にポンっと現れ、また姿を消す。そして再び、更に数メトル先にポンっと現れる。
──相変わらずだなぁ。
キーラは移動に、短距離瞬間移動を使うのである。魔法士特有の技だが、キーラは特に、呼吸をするより自然に使いこなすので有名だ。
一回の移動距離は大したものではないし、使っている間は攻撃ができないが、走るよりは早いし、敵の標的外しにはもってこいだ、と前に言っていた。
今もその効果を遺憾なく発揮している。キーラが出現すると、周囲の石人形が一斉に彼女を振り向くが、その石人形たちが攻撃に移る前に、再びキーラは姿を消す。これを繰り返すことで、敵と交戦せず、戦場を縦横無尽に駆け回ることができるのである。
キーラは一定の範囲をポン、ポン、ポンっと、円を描くように飛び回っている。その動きにつられて、周辺の石人形たちが一ヶ所に密集した、と思ったとき、キーラとユキが同時に動いた。キーラは大きく後退し、入れ替わるようにユキが立ち塞がる。
ガツっ! と石人形の拳を、ユキの大剣が受け止めるのと、キーラが「暫く耐えてね!」と叫ぶのは同時だった。
流れるように、ユキとキーラが連係したのがショックだった。
──ダメよ。余計なことを考えてちゃ。
ユキの背後に回り込もうとする敵を銃撃する。石人形の核は鳩尾だ。一撃。二撃。三撃。四撃。五撃。まだ倒れない。
──硬い。
銃士の弾は自分の魔力だ。弾込めなしで、何発でも撃てるのが救いだった。白い弾丸が黄土色の石人形を抉っていく。
十発以上かけて、やっと一体倒したところで、私は方針を変更せざるを得なかった。時間がかかりすぎる。倒しきることより、無効化することに集中しよう。でなければ、数の前に押し負ける。
その場合、狙うべきは、膝だ。
キーラは大技の準備をしていた。魔法士の武器はロッドだが、その先に、大きな炎が揺らめきはじめている。あれが来るまで、出来るだけ多くの敵を、密集させておかねばならない。
また一体、ユキの死角に入り込もうとしている敵がいる。背後に回り込もうとする敵も。
──させない。
私は片っ端から、その敵たちの片膝を砕いた。やはり、核を吹き飛ばすよりは早い。
でも、もどかしい。もっと火力が欲しい。私の処理が早ければ早いほど、ユキの負担が減るのだから。
──集中しなくちゃ。
一撃入れた全く同じ場所へ、重ねて当てること。
それが銃撃のダメージを増加させる唯一の手段だ。
私が十体弱の石人形の膝を砕き終わった頃、キーラが叫んだ。
「離れて!」
ユキが素早く敵を押し返し、後退する。ユキが十分離れたのを見計らって、キーラから業火が迸った。火焔がうねり、石人形の密集地に躍り込む。
響き渡る轟音。
土煙がおさまった時、辺りの石人形は、全て粉々に砕け散っていた。
「……凄い」
これが〈爆炎〉のキーラの実力。私が倒しきることを諦めた石人形たちを、たった一撃で爆滅してみせた。
──羨ましいな。
諦めた憧れが、胸を疼かせた。
本当は私も、ロッドが欲しかった。
「相変わらずの火力だな」
ユキの称賛に、キーラは得意気に笑う。
「これがあたしの取り柄だからね。せっかくユキと一緒なんだし、いいとこ見せなくっちゃ。さぁ、どんどんいこ!」
その先の道のりも、キーラの独壇場だった。
瞬間移動で敵を密集させて、私とユキで足止め。キーラの炎弾でとどめ。とにかく敵が多すぎるので、とても助かるけど、本当に、すごく羨ましい。
──私にも、もっと火力があれば。
今よりもっと、ユキの役に立てるのに。
普段は、私たちは二人組のパーティーだ。敵と出会ったら、私が倒すか、ユキが倒すかしかない。
もちろん、いつも全力で戦っているけれど、こうやってキーラを見ていると感じる。私の非力さを。いつも、どれだけユキに頼っているかを。
私にもっと火力があれば、どれだけユキを楽にしてあげられるか。その答えを、目の前で見せつけられている気持ちがした。
それなりに奥に進んだところで、遠目にボスの姿が見えた。周囲の敵より明らかに大きく、一体だけ石斧を握っているから、すぐに分かる。ボスの周囲は広範囲に渡って、とりわけ敵が密集していて、私たちは顔を見合わせた。
「あいつはさすがに、一撃じゃ無理~」
キーラが白旗を上げる。ユキが肩をすくめた。
「どうせ、あんな密集地に魔方陣を出したって、脱出出来ないさ」
「まぁ、まだ鍵も見つけてないしねぇ。これで帰ったら、来た意味ないよね」
ユキが私を振り返る。
「ジーナ。ボスだけ誘き出せるか?」
私は敵の立ち位置を見て考えた。私の射程。ボスまでの距離。その間に蠢く、石人形たち。
「手前を少し掃除してからじゃないと、ボス以外の敵もついてきちゃうと思う」
それを聞いて、ユキがうーん、と腕組みした。しばらく考えて、方針を決めたのか口を開いた。
ユキが一番に声をかけたのは、キーラだった。そのことに、私は地味にショックを受けた。そして、その内容に、更にショックを受けた。
「キーラ。囮になってくれるか? さっきまでの要領で、あの辺りの敵を奥に引き寄せて、時間を稼いでくれ。その間に、ボスを俺とジーナでやる」
ユキは、単独での危険だが重要な役割を、私ではなくキーラに任せたのだ。
もちろん、ユキは適材適所を考えただけだろう。
でも、私は物凄くモヤモヤした。ユキに一番に頼られるのは、いつだって私でありたいから。
逆にキーラは真紅の瞳を煌めかせた。喜んでいるのだ。
「ボスも奥に付いてきちゃうんじゃない?」
「同時にジーナに銃撃してもらう。攻撃を食らえば、こっちに寄ってくるはずだ」
「いいけど、数が多すぎるから、長くは持たないからね。押し囲まれる前に、逃げてくるから宜しく」
「分かった。出来るだけ標的を外してこいよ」
私が口を挟む隙もない。キーラとユキのやり取りは、実力が釣り合った者同士の、息の合ったそれに思えた。私の胸がズキンと疼いた。
──ユキ。こっちを向いて。
私は、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
場もわきまえずに、そんなこと言えない。
でも、キーラがいてくれて、いっぱい助かってるのに。ユキに深い意味はないんだろうとも分かってるのに。
先ほどまでの、キーラの大活躍も頭をよぎる。私よりキーラの方が頼りになるって、ユキに思われてるんじゃないかって、気になってしまうの。
──すっごくモヤモヤして、モヤモヤして、そして寂しい。
ユキの相棒は私よ。そうでしょう?
ユキの一番近くで、力になるのは、私でありたいから。
キーラになんか頼らないで。
でも、私はその気持ちを、無理矢理圧し殺した。今は、それどころじゃない。それくらいは分かってる。
いつも通り、掌にヒールを纏わせて、ユキの腕にそっと触れた。その次に、キーラの腕にも。いくら胸の中がモヤモヤしていても、差別は出来ない。
これは、私たちのおまじないだ。
「どうか、怪我をしませんように」
キーラはくすぐったそうに笑う。
「悔しいけど気持ちいいんだよねぇ、これ。いっちょ頑張りますか」
ユキは優しい瞳で、私の頭をくしゃっとまぜた。
「──やるぞ」
キーラが短距離瞬間移動を開始した。まずはボスの手前でポンっ、ポンっと数回跳躍し、私たちとボスとの間にいる石人形たちの注意を引く。
キーラが敵を徐々に奥へ釣り出して行くのと同時に、私はボスだけに銃撃を浴びせた。
ボスが私たちを振り返る。飛び回るキーラに背を向け、私たちへ向かって、ドシーン、ドシーンと歩き出した。狙い通りだ。
私は全力でボスを狙い撃つ。一方的に殴れる今がチャンスだ。ユキがボスに対峙する前に、出来るだけ深手を与えておきたい。後でユキが、少しでも楽になるように。
──本当は、私だけで倒すことができればいいのに。
非力な自分が情けない。私が鳩尾を狙ったところで、あの分厚い体を吹き飛ばして、核に致命傷を与える前に、恐らくボスは私たちのところへたどり着いてしまうことだろう。
──それなら、何処を狙えばいい?
こちらまでおびき寄せなければならないのだから、膝や目は却下だ。それでいて、出来るだけ、後で戦うユキが、有利になるところ。
迷いは一瞬だった。狙うべきは──肘だ。
石斧を握っている右肘に向けて、息つく間もない連射を放った。歩く振動で揺れる肘は狙いづらいけれど、外しはしない。ボスがユキのところにたどり着く前に、必ず砕いてみせる。
鋭く響く銃声。飛び散る黄土色の欠片。軽く曲げられていたボスの腕が、だらりと垂れる。もう少し──。
石斧が、腕ごとゴトンと音をたてて落ちた。石人形に痛覚は無いのだろう。ボスは落ちた腕も置き去りに、そのまま私たちへと歩を進めてくる。
ユキがスッと私の前に立った。ボスと交戦する前に、私と目を合わせ、笑みを閃かせる。ユキの、ありがとうの合図だ。
──上手くいって良かった。
利き腕を無くしたボスは、既にユキの敵ではない。それほど時間もかけずに倒すことができるだろう。
しかしその時、息をついた私の視界に、驚きの光景が映った。
キーラが足を止めていた。
さすがに密集する敵のど真ん中ではない。しかし、敵の集団から少し離れたところ。敵と私たちとの中間くらいだろうか。中途半端な位置で立ち止まっている。
そのロッドの先には、揺らめく火焔。炎弾を練り上げようとしているのだ。
──どうして?! キーラ!
危なくなる前に逃げてくる、と言っていたのに。
今いる位置は、安全とはとても言えない。石人形たちは、キーラを標的にして、奥から引き返そうとしていた。あの集団に追い付かれ押し囲まれたら、いかに手練れの冒険者といえど無事ではすまない。
しかもキーラは魔法士だ。銃士と同じく、接近戦に弱いのだ。
「キーラ! どうしたの?! 下がって!」
私の叫び声に、キーラは後ろ姿で答えた。
「鍵がいたんだ! これ以上下がると、炎弾が届かなくなる!」
──鍵? どれが?!
分からない。鍵はその他の石人形と全く同じ外見をしているからだ。キーラは囮をしている時に、近づいても襲ってこないことから、鍵を見分けたのだろう。
私は目を凝らしたが、敵が密集しすぎていて、キーラがどれを狙っているかも、全く判断がつかなかった。
キーラは退く気はないようだ。着々と練り込まれ、大きくなる炎弾が、それを物語る。
──援護しなきゃ。
私はボスをユキに任せ、前に出た。石人形たちを射程におさめると、先頭から順番に膝を砕いていく。
焼け石に水だ。でも、やらないよりマシだ。キーラに石人形が到達するのを、少しでも遅らせなければ。
──ああ、本当に火力が欲しい。
もしも私が魔法士なら。キーラのように、一撃で敵を凪ぎ払える火力があれば。今、どれだけ役に立てることだろうか。
でも無いものねだりをしても仕方ない。私は、私に出来ることを精一杯やるしかない。敵を倒すのだ。少しでも早く。一体でも多く。
私を追い抜いて、一つの影が走った。ユキだ。ボスを倒し終わり、全速力で駆けて行く。キーラを援護するために、あの大群の前に、立ちはだかる気だ。
私の心を、どうしようもない恐怖と独占欲が襲った。
──ユキ! 行かないで!
そこは危険よ。
それに。
私以外の人を、背中に庇わないで。
雲霞のように押し寄せる石人形。私の集中力がかつてないほどに高まった。ユキが危ない。
今なら、どんな狙いも外さない自信がある。
一撃入れた全く同じ場所へ、重ねて当てること。それさえできれば、二発で膝を砕ける。ユキ。当ててみせるわ、何体でも。だから、無事でいて。
ユキが先頭の石人形を切り捨てた。流石に一切の手加減はない。研ぎ澄まされた太刀筋で、次々と石人形を屠っていく。
私も全魔力を攻撃に注ぎ込んだ。コツを掴んだのだろうか。面白いくらいに当たる。銃士の攻撃の回転は早い。膝を砕かれ、もがく石人形を量産していく。
ユキと二人で、襲いかかる石人形から、キーラを全力で守った。
しかし、限界は近かった。倒しても倒しても現れる新手。群れの本隊が迫っている。あれに飲み込まれてしまったら、退路がなくなる。
──キーラ! 早く!
キーラは炎弾を練りあげながら、ユキを見ていた。
今までのような、冗談にまぎらわせた軽い視線ではない。気に入っている、という程度の軽い執着ではない。真紅の瞳が真摯な熱と感動を宿して、自分を守るために奮闘している背中を見つめていた。
あの眼差しは知っている。
かつて、初めて会った時の私が、私を守ってくれるユキに見惚れたように。
──ああ。
諦めにもにも似た予感が、私の胸を焼いた。
──キーラはきっと、本気でユキを好きになる。
「お待たせ!」
キーラのロッドから業火が迸り、爆炎が舞った。響き渡る轟音。立ち上る砂煙。それが消える間も惜しんで、キーラが爆心地に飛び込んでいく。
「拾ってくる! 撤退してて!」
ユキが退路を切り開いた。間一髪だった。群がる敵をいなしながら、こちらに向かって駆けてくる。細かい傷を幾つも負っているのが目に入ったが、治癒をかけてあげる余裕はなかった。それよりも、追撃を断つ方が大事だ。
──ユキ。後でいっぱい、いっぱい、治してあげるから。
追いすがる石人形に向けて、銃撃を浴びせる。
砂煙と石人形の合間から、キーラが飛び出してきた。流石に早い。ポンっ、ポンっと軽やかにユキを抜き去ると、そのまま私をも置き去りに後方へ。
「お先に!」
キーラを飲み込んで瞬く、脱出の魔方陣。
「ジーナも行け!」
ユキの指示に、辺りを見回す。ユキに追い付きそうな石人形はいない。これなら、ユキもすぐに後を追ってこれるだろう。
そして私もキーラに続いて、脱出の魔方陣に飛び込んだのだった。
「はい、これ」
キーラがユキに差し出したのは、かなり立派な陽影石だった。漆黒の中央に燦然と輝く、大きな結晶。それだけではない。端の方に、小さな結晶も瞬いている。
「陽が一つ、星が一つ。親父さんが喜びそうだねぇ」
ほくほくと言うキーラとは対照的に、ユキは苦い顔である。
「石については、感謝するけど。もっと別のやり方は無かったのか? かなり危ない橋を渡ったぞ」
キーラはペロッと舌を出す。
「まぁまぁ。無事だったんだからいいじゃない。仕切り直すの、面倒くさくてさ」
その軽い口調に、私も思わず抗議してしまった。
「面倒くさいとか、そういう問題じゃないでしょう? それで一番危険な目にあったのは、ユキなのよ」
あの大群の前に、ユキが駆け出していった時の恐怖。思い出すだけでゾッとする。もう二度と体験したくない。
「ごめんごめん。そうだね、気を付けるよ。あたしもソロが長いもんだから、ついついやりたいように動く癖がついちゃってるんだけど。でもこれからは、そんなわけにもいかないもんね」
──え? それって……。
キーラの台詞に、嫌な予感がした。立ち竦む私の前で、キーラの強気な目線が、ユキに注がれる。正面から。
「ユキ。あたしは、あんたが欲しい。あたしと組んでよ」
私は息を飲んだ。
──ああ、言われちゃった。
私とは段違いの知名度を誇る、トップクラスの魔法士、〈爆炎〉のキーラに。今日その実力を散々見せつけられた彼女に。
ユキを望まれてしまった。
私の胸は、不安で潰れそうになった。
お願い、ユキ。頷かないで。
私を一人にしないで。
……大丈夫よね。
ユキは私を見捨てるような人じゃない。
でも。
私と彼女との、火力差は歴然としている。
ユキにとって、私と彼女と、より魅力的な相棒はどちらだろうか?
怖くて怖くて、ユキが返答するまでの時間が、とても長く感じた。実際は短い時間だったのだろうと思う。でも、私にとっては途方もない時間だった。
ユキを失うかもしれない、と思うと、何も言われてないのに涙が滲んだ。
しかしユキは、平静なままで首を横に振った。
「悪いな。ジーナ以外と組む気はないんだ」
「そう言うんじゃないかと思った。だから、まぁとりあえずは、ジーナとのパーティーを解消しろとは言わないよ。その代わり、〈流星〉にあたしを入れてよ。あたしはこれでも有名だし、三人パーティーになれば、今よりずっと、受けれる依頼の幅が広がるよ。大剣士のユキ、魔法士の私、治癒士のジーナで、バランスもピッタリ。銃士としてのジーナは、はっきり言って非力でしょ? あたしの火力、欲しくない?」
その台詞は、私の心を鈍器で叩きのめすような効果があった。確かに私は非力だ。火力が欲しい、と、今日一体何度思ったことだろう。キーラと三人パーティーになれば、どれ程の戦力アップになることだろうか。
でも、そう思う端から、私の胸が悲鳴をあげた。
嫌だった。
正直に言って、どうしてもどうしても嫌だった。
ごめんなさい。ユキ。
私は、ワガママでヤキモチやきだ。
二人きりでいたいの。それが、パーティーにとっては、不利な選択だと分かっていても。
強いパーティーになんて、ならなくていい。
有名なパーティーになんて、ならなくていい。
今までどおり、ユキを独占していたい。
だから、お願い。頷かないで。
その時、祈るように見つめる私と、ユキの目が合った。
私の緊張を読み取ったのだろう。ユキが私の頬を、宥めるように撫でてくる。私はその大きな手のひらに、自分の手のひらを添えて頬を当てた。本当は抱きつきたかったけれど、今はこれが精一杯。
心配するな、というユキの声が聞こえた気がした。
キーラの呆れたような声が割って入ってくる。
「ちょっとちょっと! 無言でイチャイチャしないっ。で、どうなの?」
ユキは肩をすくめながら、次の返答で私たちの度肝を抜いた。
「欲しくはないな。第一ジーナが陽石に持ちかえたら、二人の火力は同等だろう。条件によっては、ジーナの方が強いかもしれないくらいだ」
──え?! 私とキーラの火力が同等?!
私は仰天した。驚きのあまり、滲んでいた涙が引っ込んでしまった。
それは勿論、武器が月影石から、陽石に変われば、その分火力も上がるだろうけれど……。だからって、キーラと同等? ましてや、私の方が強いだなんて。
──ユキ。それは無理があるよ。
別の意味で涙が出そうになった。
しかしユキは平然としている。プライドを傷つけられたのだろう。キーラがはっきりと不機嫌になったのが分かった。
「ユキ。冗談だよね?」
「いや。事実だ。ジーナが自分の火力を誇示しないから、目立たないだけだ。ジーナは俺の援護を最優先するからな」
うわわ。私は更に涙目になった。
ユキ。それって言外に、キーラは自分の火力の誇示を最優先するって言ってるよね?
キーラの頬がピクピクと震える。通じてる。怒ってる。ぎろっ、と迫力の視線が私に突き刺さった。
「そうまで言うなら、見せてもらおうじゃない。あたしとジーナ、どちらが火力があるのか。もしあたしの方が火力が高ければ、あたしを〈流星〉に入れてもらうからね」
私とキーラが火力対決をする、という話は、あっという間に冒険者たちの間を駆け巡ったようだった。
何て暇な人が多いんだろう。いつの間にか私たちの回りを、観客がぐるりと取り囲んでいる。何やら、どちらが勝つかで賭けまで行われている模様だ。
──私に賭ける人なんているのかな……。
何しろ相手は〈爆炎〉のキーラだ。その火力の高さには定評がある。
できれば逃げ出したいくらいだけれど、残念ながら、それは許されなかった。キーラが納得しそうにない。
それに他でもない、ユキが余裕綽々なのだ。ユキを信じない、という選択肢は、私には存在しない。ユキが言うのだから、そうなのだろうと信じる気持ちが、かろうじて私をこの場に留まらせていた。
この火力対決に臨む前に、私たちは武器屋の親父さんへ陽影石を納品し、かわりに陽石を手に入れていた。陽石から具現化した銃は、私の魔力の色そのままの、綺麗な白。要所要所に金色の飾りが入った、優美なものだ。
二つ名持ちらしく、キーラの武器石も陽石だから、これで武器の性能差はない。
知り合いの魔法士が、同じサイズの岩を二つ出して、私とキーラの前に並べた。どうやら審判もしてくれるらしい。
「合図で攻撃を始めて、先に岩を割った方の勝ち、ということで。では用意」
私とキーラが、武器を構える。私はチラリとユキを見た。微かにユキが頷いてくる。
──大丈夫。
ユキが見ていてくれる。私は全力を出せばいいだけ。
「始め!」
合図と同時に、キーラは炎弾を練り上げ始めた。私も連射を始める。
すぐに大きな音がして、岩が割れた。周囲から漏れるどよめき。
その差は圧倒的だった。
割れたのは、私の方の岩だった。キーラはまだ、炎弾を放ってもいない。
私は予想外の結果に、喜ぶより先に呆然としてしまった。
──凄い。
新しい白金の銃は、今までとは全く違う手応えを、私に伝えていた。
「ジーナさんの勝ちです」
審判の宣告に、キーラが焦った声を挙げた。
「ちょっと、ちょっと待ってよ! もう一回やらせて!」
「ジーナさん。キーラさんはこう言っていますが、どうしますか? もう一度やりますか?」
まぐれじゃないことを確かめたくて頷く。
目の前に再び用意される、二人分の岩。今度は数が多い。一人あたり十個。
「用意」
再び武器を構える。これくらいなら、キーラは炎弾一発で、一気に粉砕してくるだろう。しかし私は、一個ずつ砕いていかねばならない。
──一個あたりにかける時間を、短くしなきゃ。
一撃入れた全く同じ場所へ、重ねて当てること。それが銃撃の与えるダメージを上げる、ただ一つの方法だ。
「始め!」
揺らめき始める炎弾。白く飛び込む銃弾。
私は一つ目の岩を砕きながら思った。
『打ち捨てられた島』では、歩き回る石人形の膝や肘を狙って、銃撃し続けた。それを考えたら、ただ鎮座している岩を狙うだけなのに、外してなんかいられない。
──絶対に負けない。
ユキの相棒の座は譲れないから。
二つ目。三つ目。四つ目。矢継ぎ早に砕いていく。キーラのロッドに、凄い勢いで火焔が収束していくのを感じる。急がなくちゃ。
私が十個目の岩を砕き終わるのと、キーラの炎弾が発射されるのは、ほぼ同時だった。
巻き起こる爆風。腕を上げて顔を庇う。
土煙がおさまった後、その場にいた全員が、審判を見た。
「ジーナさんの勝ちです」
審判の宣告。観客の、先程よりも大きなどよめき。
──勝った……!
良かった!
私の胸を歓喜が満たした。私たちはこれからも、二人でパーティーを組めるのだ……!
私はユキに向かって駆け出した。勢いに任せて飛び付く。ぎゅっと抱きつくと、観客から口笛が響き、野次が飛んだ。
ユキは優しく目を細めると、ポンポン、と私の頭を撫でてくれた。
「上手くなったな。よく頑張った」
その声音と表情に、残念そうな色は欠片も潜んでいない。そのことに、心の底からホッとした。
ユキも、私と二人でのパーティーを望んでくれている。そう思っていいでしょう?
「……そう思うなら、抱き返すくらいしてよ」
ユキは私の台詞に苦笑した。しかし、抱き返してはくれない。期待してはいなかったけれどね。もう。いいもん。その分、私が抱きつくから。
私は、更にぎゅっと、ユキに回した腕に力を込めた。それから、ユキを離し、キーラを振り返った。
キーラは、私とユキの姿を見つめていた。少しだけ寂しそうに見えた。
でも、次の瞬間には、いつも通りのキーラがそこにいた。真紅の髪を揺らし、意志の強そうな真紅の瞳を煌めかせて、歩み寄ってくる。
「今日は帰るけど、諦めないから。──またね」
それだけ言って、通り過ぎて行く。返事をする隙間はなかった。その背中を、ユキと二人で見送った。
ユキに通じたのかどうかまでは分からない。けれど、私には分かった。
それは、私への宣戦布告だ。パーティーに加わるかどうかだけの話ではなく。
──そうだよね。本気で好きになっちゃったら、簡単には諦められないよね。
ユキは本当に素敵だから。仕方ない。
私も私で、頑張るだけだ。いつまでも、ユキに選んでもらえるように。
観客たちにワッと取り囲まれる。大騒ぎだ。今日は帰らせてもらえそうにない。このまま酒場で酒盛りの予感だ。
胴元らしき人が、ユキに配当金を渡している。ユキも賭けてたのね。損をさせずにすんで良かったけれど、私は呆れた。
──もう。〈流星〉の危機だったんだからね?
その時、くいくい、っと横から袖を引かれた。振り向くと、武器屋で見かけた、冒険者の卵の少年たちが、そこにいた。
「俺たちのこと覚えてますか? 凄かったですね!」
目を興奮でキラキラさせている。私は微笑んだ。
「覚えてるよ。ありがとう」
銃士の少年が言う。
「俺たち、やっぱり二人とも、冒険者になります! だからいつか、一緒にパーティー組んでもらってもいいですか?!」
あらあら。こっちにもパーティーの申し込みだ。今日はユキも私も大人気だ。
もちろん私の一番はユキだから、受けるか断るかと言えば断るんだけど。
私は、どうやって返答しようかと、ちょっと考えた。可愛い冒険者の卵の夢を、すぐに無下に潰すのも可哀想だ。
すると、そこへ、スルッと私の腰に腕が回った。ユキだ。
ユキは何も言わない。それ以上、私を抱き寄せたりもしない。ただその場に、妙な沈黙が流れた。そして、目の前の少年たちが、みるみるうちに萎れていく。
「……いえ、やっぱりいいです……」
小さく呟いて去っていく少年たち。
──ちょっとユキ?! 今背中から何かした?!
私が振り返って見上げると、ユキの腕がほどける。いつも通りの表情で。
「ジーナ。そろそろ行くぞ。飯にするか」
……不本意ながら吹き出してしまった。今、絶対威嚇したんでしょう。あの子達が可哀想だよ。
でも、嬉しくて仕方なかった。私、やっぱりユキが大好き。
「うん!」
クスクス笑いながら大きく頷くと、私はユキの腕に、自分の腕を絡めたのだった。
読んでくださって、ありがとうございました^^