小説が書けないあなたに贈る『といえば』の魔法
ここは海の上だ。
海の上といえば漁船だ。漁船が1隻浮かんでいる。
漁船といえば男の世界だ。男の世界といえば船室でアダルトビデオだ。
今はそのアダルトビデオを見つめている男に注目したい。
そのアダルトビデオを見つめている男といえば、何かマグロを釣るあのドラマに出てきそうな男だ。
そんな男がアダルトビデオを見ている行動を理解するために心境の考察をするときに最適な表現といえば、
画面を食い入るように見つめてはいるが、目に映っているものと心に映っているものが決定的に違っていた、だ。
船室でそういう風な気持ちでアダルトビデオを見つめている男の心に映っているものといえば、釣果の事だ。
もちろんたくさん釣れればいい、という気持ちだけではない理由といえば、お金が必要だからだ。
なぜお金が必要なのかといえば、家が貧しいからだ。
なぜ家が貧しいのかといえば、その男の父親が海に飽きて山師に鞍替えしてこんな時代に日本の山で石油を掘り当てようとして大借金をこさえたからだ。
なぜ父親が海に厭きたのかといえばそれは後の為に説明する伏線として重要になるのでここでは最後まで事情を明かさないのだ。
アダルトビデオを見ている男の心には父親への恨みと憎しみがあり、それが心にある空と海の風景の色を染め上げていた。
なぜそんな表現をしたのかといえば心と実際の風景をひとつにしてみたかったのだ。
それが船室のガラス窓から写し出される空の荒れ模様と立ちの立ち方に現れていた。
アダルトビデオの甲高い矯声と船が軋む音が混じりあい、無関係なもの同士がひとつの空間の特色を成立させていた。
男が船の揺れかたで潮の流れの変化を感じ取った。その瞬間心を支配していた父親への憎しみは何処かへ消えていた。
ビデオはつけたまま、無心で船外を飛び出した。
アダルトビデオのコスプレをした白人女性も彼の戦いの始まりを見届けるかのように日本人男性に抱かれ最後のオーガズムに達した。
「アメリアどうだった?」
「うん、スッゴいね…」
潮が吹いていた。
《最後に》
小説が書けないとお悩みの方どうもこんにちは。
同じく小説が書けないと悩んでいる僕がようやく自分の手法を編み出しました。
それを皆さんに紹介出来る機会がようやく訪れて嬉しい限りです。
今までの事は忘れてください。ずいぶん変なこといってたりしました。
許してください、どうか。
お願いします。
これから、その手法である、『といえば』について説明します。
実はこれを思い付いた、というかこれに気づいたのはついさっきです。
思い付いて書きました。
これはイメージをしたものに次々と、『といえば』と問い掛けて連想の形で話を進ませ膨らませ、方針を整えていくやり方です。
僕はイメージする事自体は得意な方なのですが、それがストーリーになっていかない、小説として滑り出して行かないことが悩みでした。
ですからノートには滑り出していかないイメージだらけです。
『野菜達が人間に対する反逆でみんな苦くなる。』とかそこで終わってるイメージです。
その行き詰まりを解消するのが、そのイメージに対して、『といえば』と問い掛け連想することだとついさっき閃きを授かったのです。
これは書き出し一行だけの小説だらけの自分に舞い降りた天恵とさえ思えました。
そして、といえば、を使えば次の言葉、イメージが次々に湧いてきて膨らんでくるのが自分でも解りました。
海といえば、からこんなちゃんとした話になるのは自分でもビックリしました。
今までは流れの塊をいっぺんに思い付こうとしてたから苦しんでいたんだなと。
・それと例文を書いていて気付いたのですが、
今まで自分は奇抜な発想をしようとし過ぎて、物事の流れをあまり考えていなかったんだなぁと感じました。
これだとやりたいシーンだけで脈絡もない、話の筋がめちゃくちゃなものになるな、と戒めにもなりました。
・どんな言葉を心の中で発して物語を作るか、これも書くという事には大事なんだなと気付くことが出来ました。
今までは頭も心も肚も無音のままで書いていたんですね。
そして小説には音がない、しかし書き手はいつもたくさんの音を鳴らし、発しながら書いているんだな、
と。
・これはまだ書き出しの為の手法なので、最後まで書き抜くための、イメージへの呼び掛けの言葉があると思うのでそこも探っていきたいと考えています。
・今回ストーリーを書きだせない自分の悩みを解決できたのは非常に自信になりました。
まだまだ文章的に未熟な部分はありますが、その時はまた小説の悩みとして立ち向かう決意です。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。




