洞穴
佐井 千夜子様の『真夏のリハビリ企画』参加作品です。怪談のキーワードはありますが、まったく怖くありません。
俺は宮下健太郎。町に唯一ある高校の生徒だ。町には中学が一つ、小学校が何校かってくらい田舎町だ。こんな田舎町だから同級生は親の代から、イヤ何代も前から知り合いだって少なくない。俺の悪友の小林大樹と佐藤翼は小学生の頃からずっと一緒だったし、親同士も同級生、爺ちゃん同士も同級生らしい。
こんな田舎でも、夏になるとちょっとは賑やかになる。明治の頃から避暑地として有名で、その頃は外人向けの別荘地が立ち並んでいたようだ。今でも夏の間だけ別荘に暮らす人や、観光客なんかで町が賑やかになる。
そのおかげで、夏休みだけの短期のバイト募集がある。休みがあっても地元の人間が遊べる場所がないのだ。寒い時期に都会に遊びに行くための資金を、夏休みの間に思いっきり稼いでいる。
昼間はバイトだけれど、夜は暇だ。宿題、そんなのは進学する奴らがすることで俺には関係ない。小林や佐藤もヒマらしく何故か俺の家に集まってきていた。
「なぁ、夏といえば肝試しだよなぁ」
「小林って、昔からイベント好きだったよなぁ」とポテチをかじりながら俺が答える。
「肝試しってさぁ、女子がいなきゃ意味ないだろ。野郎っきりでやって何が楽しい。それよか洞窟探検ってどうだ。バーチャルじゃなくてリアルで出来る場所が近くにあるだろうに」と佐藤。
町の中心から見て東北の場所に、洞穴がある。その洞穴の入り口には立ち入り禁止の柵はあるけれど、それを乗り越えて入れないこともない。
「なぁゲームなら楽しいかもしれないが、リアルでやるダルクねぇ」
俺はあまり気が進まなかった。バイトで疲れていたのもあったけれど、別のことを考えていた。
昔この辺りを荒らす、大猿がいたそうだ。当時住んでいた人たちは大変困っていた。そこに旅の坊様がきて、俺のご先祖様に軒先を貸してほしいと言ったそうだ。そんなお坊様を軒先になんて申し訳ないと、丁寧にもてなした。夜、大猿で困っていることを話すと、坊様が大猿を洞穴に封じ込めてくれた。その坊様曰く
「結界で大猿を封じ込めているだけで、結界は時が経てば効力が弱くなってしまう」そう言って、坊様は村に住み着いた。洞穴の近くに住み着いて、寺小屋を開いた。寺子屋に集まって来た子供の中から特に物覚えの良かった子供に、結界を張りなおす術を教えたそうだ。そうやって長い間、結界を張りなおす術は受け継がれてきた。
明治になって、寺子屋は尋常小学校に変わった。それ以来、結界を張りなおす術は受け継がれることはなくなってしまった。
坊様が作った寺子屋が、俺たちが卒業した小学校だった。その小学校も統合されて今はない。小学校が統合された時、俺のばあさんが言ったんだ。
「最後に大猿を封じ込めてからだいぶ年月が経っているからなぁ。もうそろそろ結界の力が弱まって、何が起きるかもしれんなぁ」小林がこんなことを言い出すまで、ばあさんが言ったこの言葉を忘れていた。
ばあさんの言葉を思い出して黙っている間に、小林と佐藤は洞窟探検の話で盛り上がっていた。俺が黙っていたのを同意ととらえようだ。
「なぁ、大猿の話お前らだって知ってるだろぉ」
「あっ、宮下あの話信じてるのかぁ。それなら確かめるためにお前も一緒だぞ」と佐藤が挑戦的に言ってくる。行かないといって、臆病者と思われても嫌だ。怖いもの見たさもあって、行く約束だけはしたのだ。
約束した日、いつもは定時で終わるバイトがその日限って終わらなかった。
「バイト代にさぁ、割り増しするから残業してってよぉ」と店長さんに拝まれて、渋々残業することにした。親に連絡するのと一緒に、小林と佐藤にも連絡をした。二人は、
「怖くでもなったのか。二人で行ってくる」と返事が返って来た。二人と連絡が取れたのは、これが最後だった。
次の日の朝、二人は洞穴の前で見つかった。二人の体には何か大きな動物に襲われたような傷跡あったそうだ。警察では、クマに襲われたことにしたらしい。
でも消防団で二人の捜索に参加した親父が、俺言ったんだ。
「傷跡を見ると、どうしてもクマに襲われたようには思えない。もっと大きな動物に襲われたように思えるのだが」ばあさんの言った言葉が不気味に思い出される。




