表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/28

第9話 卒業 女子としての卒業

 髪を女の子らしく整えたことで、女の子の恰好で外を歩くことが出来るようになった。しかしそれは逆にいえば、もう男として外を歩くことが出来なくなったということだった。


 おかげで、今日からは中学へも制服で通わなければいけなくなった。もちろんオレは正式には卒業しているのだから、私服で通ってもいいわけだが、さすがに中学に私服で通うのは目立ちすぎる。もう在校生も春休みになっていたが、クラブ活動などで出てきている生徒も少しはいるからだ。


 そのためオレは、もはや着ることもないだろうと思っていた中学のセーラー服で通うことになってしまった。中学の制服で中学に通うのは、いっけん何の問題もないように思えるが、実際はかなりのリスクを伴う行為だ。このあいだの長谷川のように、卒業生が来ることも無いとはいえない。通学路で元同級生と会うかもしれないし、それに在校生の中にもオレのことを知っている者もいるかもしれない。


まあ、自慢じゃないがオレはけっこう目立たない生徒だったから、他の学年でオレのことを知ってる人がいる可能性は限りなく低いけど・・・


いくらオレが女に見えるようになったと言っても、もともとつい最近まで知っていた者まで騙せるかどうかはまったく自信がない。そもそもオレは人からどう見えているのか相手を通じてしか知る術はないのだ。自分で鏡や写真を見て女っぽく見えたとしても、あまりあてになるものではなさそうだからだ。


 そんな訳だから先は短いとはいえ、オレの中学への登校は結構大変になってしまった。出来るだけ人に会わないようにして家庭科準備室に入り、今度は高校の制服に着替える。やはり出来る限り高校の制服には慣れておきたかったのだ。


 ところで、白鴻女学園で用意してくれたオレの制服もすでに出来ていたから、いま着ているセーラー服はオレ用のセーラー服だ。やはり自分のサイズに合わせた制服は母のお古と違い着心地がいい。スカートのウエストも合わせてあるのでズレにくい。それでもやはり吊りヒモは必要だったが・・・

 


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥



 制服で待っていると三吉先生がやってきた。

「おはようございます、三吉先生。」

「おはようございます、戸田さん。・・あら?どうしたの?」

先生はオレの顔を見ながら言った。オレは少し照れながら

「昨日、母の妹がやってる美容院で整えてもらったんです。」


先生はまじまじとみつめながら・・

「でも・・それだけじゃないわね?」

「・・えぇ・・その叔母の勧めでエステに行ったら、化粧のやり方も教えてもらって、眉毛も整えてもらったんです。」

「そうでしょう、ずいぶん垢抜けたので驚いたわ。これならもうすぐにでも女子高生になれるわね。」

「そんなことないです。わたしまだまだ先生に教えて頂かなければ・・・」

「あら?戸田さんらしくないわね。何か心配なことでもあるの?」


オレは先生に素直に自分の気持ちを打ち明けてみることにした。

「先生・・・わたし不安なんです・・・わたし本当に女子校でやっていけるんでしょうか?・・・わたし白鴻女学園で女の子としてやっていけるか自信がないんです・・・」

すると先生はオレの両肩をしっかりつかむと力強く言った。


「戸田さん、あなたは今年卒業したどの女子よりも女らしいわよ。それに私が教えたこともしっかり出来るようになったじゃない。あなたは私にとって自慢の教え子なのよ。」

先生はうつむくオレの顔を上げさせた。

「実はね、戸田さん、今日で私の授業は終りなの。」

「え?」

オレは驚いた。

「そんな・・・わたし・・・まだおぼえなきゃいけないこと・・・たくさんあるんじゃないですか?」

「ええ、そうね。戸田さんがおぼえなければいけないことは沢山あるわね。」

「・・それじゃ・・・どうして・・・」


不安がるオレに先生は

「でもね。それは高校生活の中でおぼえていけばいいことなの。中学生のあなたはもう卒業なのよ。」

「でも・・でも・・まだ入学式まではには何日かあります・・・だから・・・」

先生はにっこり微笑んで言った。

「この何日かは入学の準備や、心の準備のやめに必要なの。自信を持ちなさい。今のあなたに必要なのは自信を持つことだけなのよ。」

「・・・・・」


オレはもう何も言えなかった。卒業・・・なにか心に熱いものがこみ上げてきた。

「先生・・これまでご指導・・・ありがとうございました。」

オレは深々と頭を下げた。


 「戸田さん、私たちもう会えない訳じゃないのよ。高校生活に慣れたらお茶を習いにいらっしゃい。待ってるわよ。」

「・・・はい・・・」

オレはこんな素晴しい先生に出会えたことを感謝せずにはいられなかった。



‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥



 オレはまた中学のセーラー服に着替えて校庭に出た。手に持った袋には、高校の制服が入っている。おそらくもう中学に来ることもないだろう。よほどのことでもない限りは・・・


 オレは最後に校長先生と教頭先生にも挨拶してきた。二人ともオレの変わりように驚いたようだった。白鴻女学園に行ってもしっかりやるようにと言われた。オレはこれまでのサポートのお礼を言って校長室を出た。



オレにはもう一人会わなければいけない人物がいた。


校庭を見回してその人物を探す。その人は校庭の隅のベンチで部活動を監督していた。

「井原せんせい!」

オレは精一杯の女らしさで呼びかけた。担任の井原はオレを見ても全然だれだかわからないようだった。

「・・君は・・?」

「先生、わたしです。戸田有希です!」

オレが言うと担任は驚いて口をパクパクさせている。きっと言葉が出ないのだろう。


オレは先生に近づいて前に立った。なんだかすごく照れくさい。

「戸田? お前・・本当に戸田なのか?」

先生はオレの頭てっぺんから足の先まで全身を舐めるように見ている・・

「先生・・・やめてください・・・恥ずかしいです。」

「いやあ・・・驚いたなぁ・・・もうすっかり女の子じゃないか!」

オレは恥ずかしくてどんな顔をすればいいのかわからなかった。顔が熱くなってくる。



 オレは先生の横に座った。担任の井原とはずっと男子としての付合いだったのに、今は女子としてセーラー服を着て隣に座っている。

「なんか変な感じですね。セーラー服で先生に会うなんて・・・」

オレは照れた女の子がするようにスカートの中でひっつけたヒザに両手をはさんだ。

「お前が女として白鴻女学園に行くと言った時、俺は内心無理じゃないかと思ったんだが・・・」

先生はまたオレを見つめる。オレはすごく恥ずかしくて思わずうつむいてしまう。とても井原の顔を正視できない。


「先生・・わたし・・・本当に女の子に・・見えますか?」

「ああ、男の頃を知っているオレでも、今の戸田を見ると男の頃のお前を思い出すのが難しいよ。人間やれば出来るもんだなあ。今まで何度も生徒に言ってきた言葉だが、今ほど実感したことはない。」

「ふふっ・・わたし、これでもけっこう苦労したんですよ!実は今でもまだ自信がないんです。女としてやっていけるのかなって・・・」

オレはいったい何を言っているんだろう。元担任の井原とどうしてこんな会話をしているのだろうか?

「でも先生と話したら、少し自信が持てた気がします・・・だって先生さっき、わたしだって全然気付かなかったでしょう?」

「戸田・・・お前、本当に性同一性障害だったんじゃないのか?」

オレは首を傾げた。そう言われると・・なんだかそんな気もしてくる・・


「先生・・・わたし・・・最近・・・良くわからないんです。なんか自分が良くわからない・・・」

オレはベンチを立ち上がると先生に少ししなを作って見せた。オレにこんな仕草が出来るとは思わなかった。だが今は先生に対する感情を素直に表すとそうなっていたのだ。もう先生と男同士の会話は出来なかった。


「先生・・・おぼえてますか?・・・わたしに白鴻女学園を紹介してくれたの先生なんですよ。あの時もし先生が白鴻女学園を紹介してくれなかったら、たぶん今のわたしはいないんです。」

オレは先生がどんな顔をするのか怖くて背中を向けた・・・


・・オレはいったい何を言おうとしているんだ・・?


「・・先生・・先生が・・・わたしを女にしたんですよ!」

振り返るとスカートが風をはらんで膨らんだ。オレはスカートを押さえながら思った。オレ女らしく見えているかな・・?

「わたし・・・今日が卒業式なんです。今日からわたし・・・女なんです!」


オレはなぜか先生に、最後に女らしいオレの姿を焼きつけていて欲しかった。

「さようなら先生!」



‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥



 オレは女として担任に会ってなんだか少し吹っ切れた気がした。

女の子の恰好をしていても、もううつむかずに歩くことが出来た。今ならもし誰か知ってる人にあっても、それはそれで何とかなりそうな気がする。


 そんな気持ちで帰っていると、前から歩いてくる人がいるのに気付いた。心臓が速く打ちだす。

それは仲が良かった鈴木だった。バレるかもしれないと思いながらも自然にすれ違った。


鈴木はまったくオレに気付かなかった。オレはほっとして、そして少し淋しかった。もう鈴木と会うこともないのだろう。オレはもう鈴木が知っているオレではない。


オレには今日から女の子としての新しい生活が始まるのだ。これから誰かと友達になったとしても、それは男のころのオレを知らない人なのだ。


淋しさと同時に、心が開放された気分だった。

新しい生活にはまだ不安はあったが、それでもワクワクしている自分もいる。中学のセーラー服を着ている自分がなんだか自然に思えてくる。


 もしこの姿で中学生活を送っていたら、いったいどんな感じだっただろうか?オレは女として受け入れられただろうか?鈴木とは女として出会い女として友達になったのだろうか?・・・それとも・・・


想像の世界では、中学生活の中のさまざまな場面でセーラー服のオレがいた。オレはいつのまにか想像の中で女として中学の3年間をやりなおしていた。するとオレの心に熱いものがこみ上げてくるのだった。


オレは女子として中学を卒業し、女子として白鴻女学園にかよう・・・来週から・・来週からオレは女子高生なのだ!







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ