第8話 美容 オレは綺麗になっていく
入学式も近くなってくると、受験の時に切ったのを最後に伸ばし続けていた髪も、だいぶボサボサになってきたので、オレは母の妹がやっている美容院に行くことになった。もちろんちゃんと事情は連絡済みだ。
オレは家ではずっと女の子の服を着ていたし、学校では制服のセーラー服を着ていたが、女の子の恰好で外に出るのは初めてだったので、母も大人しめのワンピースとハーフ丈のコートを選んでくれた。それでも恥ずかしくてついつい顔を伏せてしまう。それになんだかスカートの中に風が入ってスースーするのが変な感じだ。オレは変態の女装男に見えていないだろうかと心配になってきた。
親戚に女として女子校に行くことを知られるのは恥ずかしかったが、知らない店に行って事情を説明するよりはよほどマシだ。それに母の妹だけあって、そういう事にあまり抵抗がないらしい。
「おばちゃん、こんにちは。」
オレが店に入って行くと叔母は初めオレだと気付かなかったようだ。
「有希ちゃん? 本当に有希ちゃんなの?」
叔母は何度も本当にオレかを確かめた。親戚の叔母がわからないのなら、少しは自信を持っても良さそうだ。
「有希ちゃんきれいになったわねぇ。それになんだか雰囲気も女性らしくなってない?」
「おばちゃん・・・声が大きいよぉ・・・お客さんにわたしが男だってバレちゃうじゃない・・・」
叔母は小さな声で「ごめん、ごめん。」と言った。
椅子に座ると叔母が
「どんなふうにする?」
と聞いた。オレは女の子の髪型は良くわからなかった。だからまだ短いから出来るだけ切らずに、女らしくしてほしいとだけ言った。ただ、白鴻女学園はパーマも染めるのも禁止なのは念を押しておいた。
とはいえ、多少伸びたといっても、いろんな髪型に出来るほどの長さではないから、おのずとやれることは限られてくる。それにオレはもう少し髪を伸ばそうと思っていたから、伸びかけの時に変にならないような髪型にして欲しいとお願いした。髪が短い女の子もいるけど、やっぱり短いよりも長いほうが、女の子っぽく見えるのではないかと思う・・・
「でもおばちゃん、有希ちゃんが女の子になりたかったなんて知らなかったから、姉さんから聞いた時は驚いたわ。」
「う~ん・・・そういう・・・」
そういう訳でもないんだけど・・・と言おうとしてやめた。だって勉強が出来ずに他に行ける学校が無かったなんて、親戚でも恰好悪くて言えない。
「女になって女子校に行くなんて・・・変じゃないですか?」
オレは聞いてみた。
「確かに最初聞いた時はどういうことかと思ったけど、でも今の有希ちゃんを見てたら全然変じゃないと思うわ。有希ちゃんが女になりたいって気持ちが伝わってきたから。」
「・・・・・・」
そう言われると、ちょっと複雑な気分だ。今のオレはいったいどう見えているのだろうか?オレはどんどん自分がわからなくなってくる。
最近のオレは女の子らしくなったと言われると、なんだか嬉しくなるようになっていた。
オレはそもそも女にならなければ高校に行けないから女になろうと頑張っている。だから女の子に見えるのは結構なことのハズだ。
しかし、女らしくなったと言われて喜んでいるオレは、ただそれだけの理由で喜んでいるのだろうか?それとも女らしくなった事そのものに喜びを感じているのだろうか?
オレはもともと女になりたいと思ったことも無ければ、女装癖もない、それが今ではこうして女の子の恰好で出歩くようになり、今まさに女性的な髪型にしてもらおうとしている。いったいオレは何なのだろうか?
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
「有希ちゃん、有希ちゃん・・・」
オレを呼ぶ声にハッとした。オレはいつのまにか眠っていたようだ。
「あ、ごめんなさい・・・」
そういえば学校では女になるための教育、家では性同一性障害の勉強でかなり疲れが溜っていたようだ。それに慣れない女の子の恰好も常に緊張を強いられていて、知らず知らずのうちに身体に力が入って疲れてしまう。
「有希ちゃん、こんな感じでどう?」
オレは鏡の中の自分を見て驚いた。さっきまでただ伸びっぱなしだった髪の毛がきれいに整えられていた。受験の時に良い印象にするため少し刈り上げていた襟足は逆に少し刈り込んで、ボーイッシュではあるが、ちょっとしたモデルのような髪型だ。叔母さんがいうには、こういう髪型をショートボブというそうだ・・・
「ありがとう、おばちゃん・・!」
「気に入ってくれた?有希ちゃんは首筋がきれいだから、こんな髪型も良く似合うのよ。」
オレは嬉しかった。これなら女の恰好で外を歩いても恥ずかしくなさそうだ!
「有希ちゃんはこの後時間あるの?」
「?」
「この近くにおばちゃんの知り合いがやってるエステがあってね、さっき電話してみたら、いま時間空いてるから来てみたらって?」
「え・・・でも・・・わたしあまりお金持ってきてないんだけど・・・」
「それは心配ないわ、招待券があるから今日はタダでやってくれるわよ。」
「・・どうしようかなぁ・・・」
「実は姉さんにも相談されてたのよ。有希ちゃんもだいぶ女らしくなったけど、まだムダ毛のお手入れとかは難しいんじゃないかって。」
そう言われてドキッとした。オレはそれほど毛が濃い方ではなかったが、それでもスネ毛などは少しは生えている。それに脇毛の処理の仕方なんか全然しらない。他にも女なら知っていて当たり前な身体の手入れ法も何も知らなかった。そういうことは三吉先生にも教えてもらってないし、母に聞くのも恥ずかしいし、妹の麻衣はそういうことに関してはまだまだ子供だ。
オレはこれまで考えもしなかったが、言われてみれば、さすがにスネ毛をはやした女子高生なんてイヤだし、着替えの時に脇毛を見られたら恥ずかしい。
オレはエステに行きたい気持ちもあったが、裸を見られたらさすがに男だとバレてしまうだろう。いや、先方がすでに知っていたとしても、今の女らしくなった髪型では、それも逆に恥ずかしい。
「あの・・・エステの人は・・・わたしが男だってこと知ってるんですか?」
「ええ、一応話しておいたから心配いらないわ。」
「でも・・・普段は男の人なんて来ないんでしよう?」
「なんだ、そんなこと心配してたの?今時は男の人も結構来てるみたいよ。それに有希ちゃんみたいなニューハーフの娘も良く来るって言ってたわ。」
「!!」
叔母の認識ではオレはニューハーフになっているようだ。もっとも今のオレの姿では否定することもできない。
「それじゃぁ・・・行ってみようかな・・・?」
「それがいいわ!おばちゃん連絡しといてあげるから、今から行ってらっしゃい!」
叔母は笑顔でそう言った。
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叔母に紹介されたエステは、ビル全体がエステという大きなところだった。
オレがドキドキしながら入っていくと、受け付けには女の人がいた。
「いらっしゃいませ。」
「あ、あの・・・紹介されて来たんですけど・・・」
オレはどう言っていいか判らなかった。
「戸田有希さまでしょうか?」
「あ、はい、そうです。」
「ちゃんと御予約入ってますよ。2階へどうぞ。」
そう言って横のエレベーターに案内された。
ひとりでエレベーターに乗っていると不安がつのってくる。
ドアが開くときれいなエステシャンが出迎えてくれた。ピンクのナースのような衣装を着ている。
「いらっしゃいませ、戸田有希さま、こちらへどうぞ。」
そう言って通されたのは、ピンクのカーテンで仕切られた個室だった。オレは思わず聞いてしまった。
「あ、あの・・・わたし・・・男なんですけど・・・だいじょうぶなんですか?」
するとエステシャンは笑顔で
「大丈夫ですよ。ここはあなたのような方も多くいらっしゃいますから。」
と言った。
「でもあなたのように若い方は珍しいですね。ほとんどがお仕事をされている方たちが多いですよ。」
「そうなんですか・・・」
オレは言われるままに服を脱いだ。美容院で髪を女の子っぽくしたために、裸になると男の身体なのが逆に恥ずかしい。そしてピンクのタオル地のガウンのようなものを羽織らされた。下はパンツだけで、それもTバックのように後ろが紐状で前の部分も、やっと本体が隠れるくらいしかない。横からはみだしそうだけど・・これで良いのだろうか?
オレはそのままベッドに寝かされた。こうなったらもうまな板の上の鯉ってヤツだ。
「それではムダ毛のお手入れからいたします。」
エステシャンはオレが着ているガウンの裾をはだけるとスネに何か暖かいものを塗りだした。何だろうと思っていると、しばらく放置してから上に布を貼りつけると一気に剥がした!
「うがあっ!」
オレは思わず近頃出したことがなかったほど男らしい声を上げてしまった。
「あ、痛かったですか?最初は少し痛いですけど、しばらく続けていると毛が細くなって痛くなくなってきますから。」
少しなんてものではなかったが・・・
「・・・クッ・・・」
もう片方の足の時には必死に我慢していた。足の毛が全部抜かれるころには、オレはあまりの痛さに涙ぐんでいた。
腕の毛も同じように抜き終ると、今度はワキ毛だった。ワキ毛は軽く剃ると、何やらピリピリする感覚がしだした。
「あの・・・何をしてるんですか?」
オレが聞くとエステシャンは
「これは永久脱毛ですよ。」
と言う。
オレは焦った。だってオレが女でいるのは高校生の3年間だけなのだ。それなのに永久脱毛なんかされたら、男に戻った時に困るのではないか?
「あ、あの・・・永久脱毛ってやったらもう生えてこないんですか?」
「やったところは毛根が焼けるので生えて来ませんけど、ほかにも休眠している毛根がたくさんあるので、完全に生えなくするには1カ月おきに何回か通っていただかなければなりません。」
オレはそれを聞いて少し安心した。もう来なければ良いわけだ。ワキ毛がすこし少なくなったところで、そんなに困ることもないだろう。
ワキ毛はもともと、まだそんなに生えていなかったから、永久脱毛は手際よく進んでいった。たぶんまだまだいっぱい毛根は残っているに違いない。とはいえ、きれいになったワキを鏡で見せられると、なんだか心地良いのはなぜなのだろう?
最後は股の毛だ。パンツからはみ出しそうな部分をきれいにシェーバーで刈ると、その部分をまた永久脱毛していく。こっちは男に戻った時でも他人に見せる部分じゃないから安心してやってもらった。
処理が終ると全身のマッサージなどスキンケアをやって一応は終ったようだ。
「それではこちらへどうぞ。」
「え?まだあるんですか?」
「爪のお手入れがありますので。」
「え?でも学校ではマニキュアとか禁止だし・・・」
「あ、そういうのもご要望があれば致しますが、今日は形を整えて、きれいにするだけですので心配いりませんよ。」
「あ・・そうなんですか・・・・」
何も知らないオレが恥ずかしかった。
爪の形を女性らしく整えて、何度も磨き上げると、マニキュアも塗ってないのにピカピカになった。爪がきれいになると、指も手もきれいに見えることをオレは初めて知った。
「次は3階へどうぞ。」
そう言って連れてこられたのは化粧の道具がたくさん置いてある部屋だった。化粧品の匂いが鼻をくすぐる。
「あらぁ?!あなたが有希ちゃん?あなたの叔母さんが言ってたとおり、ほんとに可愛らしい方ね。」
その人はオレの手をしっかりと握った。かなり力が強そうだ・・・
「あ、こ、こんにちは・・・」
この人がおばさんの知り合いの人らしい。まさか男だとは考えもしなかった。そういえばテレビでもメイクの人は男が多いみたいだった。それにちょっとオネエっぽい・・いや完全にオネエだ!
「あのぉ・・・わたし・・・こんど高校生なんです。・・・化粧はちょっと・・・」
「あら?きょうび高校生でもお化粧のしかたくらい知ってなくちゃ!」
オレは無理矢理に椅子に座らされた。
「あの・・・風紀には厳しい高校みたいなのであまりいじらないで下さいね。」
「わかってるわよぉ!でも今どき女子高生だって眉毛くらい手入れするものよ!」
そしてオネエさんはオレに顔を近づけて・・
「それに入学前にやっちゃえば、そういう眉毛の子だって思われるでしょう?」
「!!」
そう言って、眉の形を描きだした。
一応オレの希望を聞いてくれて、細くなりすぎないようにしてくれた。そのうえで、無駄な部分の毛を抜いたりはみ出した部分をカットしいたりして、自然できれいな形に整えてくれた。
化粧の仕方も高校生らしい、ナチュラルに見えるメイクを中心に、自分でもやれるようなメイクのやり方を教えてくれた。
「有希ちゃんは素顔でも可愛いから、やりすぎないようにしなくちゃね。」
そう言って化粧をしているのがわからないようなアイラインの引き方や、自然なチーク入れ方や、眉毛の描き方など一通り教えてもらった。
最後に自分で練習できるようにと試供品の化粧品を一式くれた。
化粧は取っても良かったが、そのまま帰ることにした。今日は女の子の格好なのだから出来るだけ女の子に見えるに越したことはない!
オレは深く考えてなかったが、女性に見える髪型にしたら、もう男の恰好は出来ないのだった。これからは何処に行くにも女の子でなければいけないのだ。それに気付くとちょっとした淋しさを感じた。
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「おばちゃん、ただいま。行ってきたわよ。」
終ったらもう一度寄るように言われていたので、オレは叔母の美容院に帰ってきた。
「まあ!有希ちゃん、いちだんときれいになったわねぇ!さすが二光〈にっこう〉さんだわ、もう有希ちゃんを男の子と思う人なんかひとりもいないわよ!」
オレはそれを聞いたとたん、嬉しのか悲しいのか良くわからない気持ちがこみ上げてきた。
「・・・うっ・・・おばちゃん・・・そんなこと・・・いわないでぇ・・・・」
オレは思わず泣き出していた。
「どうしたの?!有希ちゃん・・・おばちゃん何か悪いこと言った?」
「・・・ううん・・・ううん・・・」
オレは泣きながら何度も首を振った。髪型、エステ、化粧、いろんなことが一度におこってオレは自分の心がコントロール出来なくなっていた。それにもう男には戻れないという思いが重なり、よけい心を不安定にしていた。それにしてもオレってこんなに泣き虫だっただろうか?
「どうしたの?有希ちゃん、何か心配があるんだったら、おばちゃんに言ってごらん。」
「わたし・・・わたし・・・もう男に戻れない・・・・」
オレはついに不安を口にしてしまった。しかし叔母はオレの頭を抱いて言った。
「有希ちゃん、誰でも成長する時には不安になるものなのよ。いくら有希ちゃんが女の子の心を持っていたとしても、これまでずっと男の子として暮らしてきたんだもん。急に女の子になるのは不安になって当然よね。」
そして優しく背中を叩きながら励ましてくれた。
「でもね、有希ちゃんはもう立派な女の子よ。産まれた時からの女の子にだって負けないくらい可愛いわ。」
そう言ってオレの顔を上げさせた。
「おばちゃんがどうしてここに戻って来てって言ったかわかる?」
オレは首を横に振った。
「おばちゃんね、有希ちゃんの卒業記念に写真屋さんで写真撮ってもらおうと思ってるの!」
「写真を?」
「そうよ、有希ちゃんこんなにきれいになったんだもん、記念に残しておかないと!」
「・・・うぅっ・・・ありが・・とう・・・」
オレはそれを聞くとまた涙が溢れてきた。それが嬉しいからなのか、悲しいからなのかオレには良くわからなかった。
「ほら、有希ちゃん、そんなに泣いたらせっかくのお化粧が崩れてしまうわよ。」
「・・うん・・・」
オレはすすり上げながらも何とか涙を止めようと努力した。
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「有希ちゃん、これなんかどう?」
それは真っ赤なドレスだった。袖が大きくふくらんで、腰が細くくびれている。スカートは多くのヒダヒダで豪華な感じだ。
オレはその実、ドレスは気に入ったが、それが自分に似合うかどうかは見当もつかなかった。
「・・・そんなの・・・似合わないんじゃないかなぁ・・・」
「そんなことないわよ。あの、これに合う靴ありますか?有希ちゃん足のサイズはいくつだったかしら?」
「25cmです・・・」
男としては小さい方だが、女としては大きいのではないかと恥ずかしかった。
すると写真館のスタッフは、光沢のある、これも真っ赤な靴をもってきた。
履いてみるとオレの足にピッタリだった。かかとはハイヒールではあるが太くて少し低めなのが嬉しい。
ドレスを着たオレはショートカットの髪が可愛い女の子になっていた。入るか心配していた細い腰も無理なく背中のファスナーを上げることが出来た。軽く化粧を直して、最後に横に薔薇の飾りがついた、赤いチョーカーを首に巻くと出来上がりだった。
「チョーカーは首が短いと似合わないけど、有希ちゃんは良く似合うわね。」
「!!」
鏡に映った赤いドレスのオレはボーイッシュな髪がよけいに女の子っぽさを醸し出しているようだった。スカートを膨らます白いパニエから突き出た足が妙にこっぱずかしい。
カメラの前でポーズをとらされると、恥ずかしさに顔が紅潮してしまう。
写真屋さんに何度も足の位置や、前に揃えたレースの手袋をした手の位置や、姿勢などを直される。その少女っぽいポーズが更にオレを緊張させた。
「有希ちゃん、そんなに緊張しないで。深呼吸してごらん!」
叔母に言われ大きく深呼吸してみると、ふくらんだ胸がブラの存在を感じた。その瞬間、包み込まれるような・・妙に安心できる気持になって落ちついてきた。
オレ・・・ブラしてるんだ。もうオレ女なんだ・・・あと何日かしたら女子校に通う女の子なんだ!
オレは自然に三吉先生に教わった立ち姿を思い出した。体の力が抜けて自然に笑顔が戻った。
“カシャッ!”
写真屋さんはその一瞬を逃さずシャッターを切った。