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第22話 恩師 オレの大切な人   初出08.9.8

 「こんにちは」

オレは引き戸を開けて挨拶をする。

「いらっしゃい戸田さん」

出迎えてくれた三吉先生は着物姿。


オレは衿無しで胸元を柔らかな巾広のリボンで結ぶタイプの白いブラウスに、紺のちょっと長めのスカートでいつもより清楚にみえる服装を選んでいた。細いエナメルの光沢がある同色のベルトに付いた金の金具がアクセントになっている。白いブラウスなので透けないようにベージュの下着をつけていた。


 玄関を上がり、ヒザを揃えてしゃがみ、脱いだ茶色の革靴をきれいに揃える、その手つきや仕草を見られているのを感じながら・・・

振り返った時の先生の笑顔で、ちゃんと出来ていたらしいことを知って安心した。


 このごろはだいぶ女の子でいることにも慣れてきたが、三吉先生に会うとオレはいつも背筋が伸びる気持ちになる。オレが今こうして女の子として暮らしていけているのも三吉先生のおかげなのだ。もし先生がオレを女の子として教育してくれなければ、オレははるかに苦労しただろうし、今ごろはとっくに男だとバレてしまっていたかもしれない。


 「すみません先生、あまり来ることが出来なくて・・・」

オレは先生にお茶を習うと言ったのに、高校に入学してから、まだ今日で3回目だった。

「いいのよ、戸田さんも大変なんでしょう?気苦労も多いんじゃないの?」

「いえ・・・そんな・・・」

「それにうちは少し遠いでしょう?」

「いえ、電車に乗ればすぐですから・・・」


そうは言ったが、たしかにそのこともオレがなかなか先生のもとを訪ねにくい原因のひとつではあった。先生の家は駅から少し離れたところにある。オレは学校への道にはさすがにもう慣れたが、それ以外・・・たとえば街などへは、まだ女の子の恰好で行くのが怖かったのだ。人が多いところは特に苦手になっていた。もし大勢の人がいるところで男だとバレてしまったらと考えるとオレは上手く対処できる自信がなかった。


お座敷に入ると先生はオレに向き直り言った。

「戸田さんったら、また女らしくなったんじゃない?」

「そんなぁ・・・少し髪が伸びたからじゃないですか?」

オレはつい恥ずかしさに頭に手をやった。そこには出がけに母が付けてくれた黒くて細いカチューシャがあった。


 オレはいまだに髪をうまくまとめることが出来ない。学校の時はただ髪をとかすだけで良かったが、さすがにこんなきれいな恰好をした時は、それだけではマズかったようだ。だから出がけに母に呼ばれて鏡台の前に座らされ、髪に霧吹きで水をかけてドライヤーを使って毛先をきれいに巻かれてしまった。そして最後の仕上に薄く化粧をされ、このカチューシャを付けられたのだ。オレは化粧をしたり、女の子のアクセサリーを付けるのはどうにもこっぱずかしくて落ちつかない・・・・


「それに・・・今日は母が・・少しお化粧をしてくれたんです・・・」

「似合ってるわよ、戸田さんはお母様に愛されてるのね。」

「そ、そんな・・・」

オレはこういう時、どんな顔をすればいいのかわからない・・・



「それじゃ着替えましょうか」

「はい・・・」

オレはドキドキしながら胸元のリボンをほどく・・・三吉先生はオレの身体におきた変化をまだ知らない。この前に来た時はまだこんな身体ではなかったのだ。


 緊張からか手がふるえてる・・女の子の服は男物とは合わせ目が逆だから、ただでさえボタンが外しにくいのに、手がふるえるせいで余計にボタンが外しにくい。やっと外してブラウスを脱ぎ、スカートも脱いでスリップ姿になる。伸びた髪の毛に気を使いながらスリップを脱ぐと、もうオレはブラジャーとパンティーだけの姿になった。

 前に来た時にはヌーブラを剥がすのが恥ずかしかったが、今はもうヌーブラは着けていない。急に胸が小さくなってはマズいので厚めのパットを入れてはいたが、もうオレの胸はヌーブラを着ける必要はなくなっていた。まだまだ幼いものではあったが、オレの胸にははっきりとわかるほどの膨らみが出来ていたのだ。それは明らかに男の胸とは違っていた。


 両手を後ろに回してブラのホックを外す・・・こんなになってしまったオレの身体を見て、先生はどう思うだろうか? 先生もオレのことを性同一性障害だと思っているのは知っている。しかしどの程度理解してくれているかはオレには良くわからなかった。身体まで女になろうとしているオレを見て、これまでとは違う気持ちを持つとしても不思議ではない。世間では心が女であることは許せても、身体まで女になるのは違うと考える人も少なくないのだ。特に高齢の人ほどその傾向は強いらしい。


 オレはブラを外すと同時に、思わず片手で胸を隠すようにした。そしてそのまま先生に背を向けて、ふたつにたたんだブラを、同じくたたんだスカートとブラウス、そしてスリップの上にそっと置いた。


 オレが立ち上がるとすぐに先生は肩から肌着をかけてくれて、そのまま前で合わせて腰をひもで縛ってしまった。オレには先生がオレの身体のことに気づいたかどうかわからなかった。


 着物の着付けは、手順はだいたいおぼえたものの、まだ自分で着ることは出来ないから、先生に着付けてもらいながらおぼえている最中だ。たくし上げたところを手で押さえておくように言われたりしながら少しずつおぼえていく。帯を巻く前までは何とか手伝ってもらいながら出来るようになってきた。

「戸田さん、手伝ってあげるから帯を自分で巻いてごらんなさい。」

「はい・・・」

オレはあまり自信はなかったが、やってみるしかない。帯を肩にかけてから体に巻いていく・・・以前と違い胸が膨らんでいるのを感じる。

「あ、そんなに強く巻いたらダメよ。もう少しゆるくてもいいの。」

帯の巻き方は難しい。強く巻くと苦しくなるし、ゆるすぎると着くずれてしまう。他人に着付けてもらうと着くずれないように強く巻くが、三吉先生に言わせると、それでは着物を着たとは言えないのだそうだ。着物も立ったり座ったりすると着くずれるのが当たり前で、それを直しながら着るのが正しい着かたらしい。そのためには、まず自分で着れるようにならないとダメなのだそうだ。


 オレは先生に教えてもらいながらやっとの事で帯を締め、帯締めで固定して出来上がった。

「初めてにしてはまあまあね。こんどは一度一人で着てみましょう。」

「はい。」

着物は着かたも難しいし、立ち振るまいも難しかったが、着物を着るとより女っぽくなれる気がするのが嬉しい。今日は先生が髪をアップにしてくれた。アップにすると普段より頭が重く感じ、その重さが髪が伸びたことを自覚させてくれる。

「戸田さんは首すじが綺麗だからアップにしても良く似合うわねぇ。」

長谷川がオレの後れ毛が女っぽいと言っていたのを思い出し、急に恥ずかしくなってしまった。



 先生がオレの身体のことに気づいたかどうかわからなかったが、やっぱり三吉先生にはちゃんと言わなければいけないと思った。

「先生・・・実はわたし・・・からだも・・・」

オレが言おうとすると、先生はオレが言うのを止めて

「いいのよ。戸田さんは女の子になるんでしょう? それでいいんじゃない?」

と笑顔で言ってくれた。

「先生、この前から気づいてたわよ。着付けしてるとね太ったとか、痩せたとか体型の違いはすぐに判るものなのよ。」


 そうか、先生はオレよりも先に気づいていたのだ。オレの身体はオレ自身が気づく前から少しずつ女の子へと近づいていたのだった。

「先生・・・ごめんなさい・・・」

なんか自分が情けなくてしかたがない。オレは自分のことが何にもわかってないのだから・・・

「ほらほら、戸田さんは泣き虫ねぇ。これからお稽古なのに目が腫れてしまうわよ。」

先生はそう言ってハンカチで涙を拭いてくれた。先生のハンカチは少しお香の薫りがした。



 「こんにちは」

玄関で生徒さんの声がして、先生はオレの手にハンカチを握らせて玄関へ出ていった。オレは急いで涙を拭た。

「あら、有希ちゃん来てたの?」

生徒さんのお姉さんたちはオレより10才は年上だ。みんなそれほど真剣に習っている訳ではなく、いわゆる習い事のひとつらしい。だから三吉先生もオレに対する時ほど厳しくはないようだった。生徒さんはお弟子さんというよりもお客さんのようだ。オレは先生に言われて道具を揃えたりという手伝いもしていた。そして準備が済むと生徒さんたちの末席に座り一緒にお稽古に参加する。


 初めてここに来た時は、生徒さんもオレがまだ何も知らないと思ったらしく、すぐに出来ていることを驚いていた。生徒さんに前からやってるのか聞かれてオレが口ごもっていると、中学で茶道のクラブだったのだと先生が助け舟をだしてくれた。だからオレはここでは中学校のころからクラブ活動で三吉先生に習っていたことになっている。まあ、実際も似たようなものかもしれないが・・・


「有希ちゃんは今日もお着物なのね。」

「はい、自分で着れるように先生に習ってるんです。まだまだダメですけど・・・」

生徒さんたちがオレのことを男だと知っているのかどうかわからなかった。ただ皆さんオレと普通に女として接してくれている。オレにとってもここでは妹のように扱われるのが新鮮だった。学校では同級生やせいぜいクラブの先輩との付合いだけだし、家では姉であり娘だったから、妹的な扱いをされるのはここだけなのだ。



 お稽古が終ると生徒さんのひとりが、こっそりオレに声をかけた。

「有希ちゃん、またお茶に行かない?」

お姉さんが言っているお茶とはケーキ屋さんのことだ。どうやら生徒さんたちは、お稽古の後にケーキ屋さんに行くのが楽しみなのだ。この前の時にオレも連れて行かれたのだが、おとなの女の人のおしゃべりに付き合うのは、まだ女になりたてのオレにはかなり荷が重かった。それに今日は先生に身体のことを知られるのを心配したりして、なんだか疲れてしまっていた。苦いお茶の後のケーキには未練があったが、今日はちょっと用事があるからと遠慮した。



‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥



 お稽古が終って電車で帰る間も、オレは頭の中でお茶のお作法や、着付けの手順など思い返していた。今度行った時には自分で着物を着なければいけない・・・もちろん三吉先生もオレが完璧に着れるなどとは思ってないだろうけど・・できれば、オレに一人で着てみるように言った先生の期待を裏切りたくはない。


 椅子に座って物思いにふけっていると、ふと誰かの視線を感じた。オレの前に誰か立っている・・

ゆっくりと視線の方へ顔を上げて驚いた。オレの前に立っていたのは長谷川順子だった。

「有希・・・よね?」

「う・・ん・・・」


オレはこんなところで長谷川に会うとは思わなかったからひどく焦った。それに今日のオレは制服ではない・・・こんな清楚な恰好のうえ、薄く化粧までしているのだ。髪もきれいに整えている・・・

「やっぱり有希なのね。なんか似てるな・・・とは思ったんだけど。」

長谷川は遠慮なしにオレの顔をのぞき込むが、オレは恥ずかしくて長谷川の顔を見ることができない。今日は長谷川も私服だが、Tシャツの上に長袖のシャツを羽織り、下はジーンズをはいている。お互いに制服以外では会ったことがないから、私服で会うだけでもバツが悪いというのに、今日はどうみてもオレの方がずっと女らしい恰好をしている。


「有希・・化粧してる?」

「う、うん・・・」

顔が熱い・・・たぶん真っ赤になっているに違いない。長谷川にこんな姿を見られるなんて・・・オレは恥ずかしくてうつむき、今にも泣き出したい気分だ。


「有希、どこか行った帰りなの? こんなにおめかしして。」

おめかしなんて言わないでほしい・・・そんなことを言われると顔をあげることができない。

「どこ行ってたの?」

矢継ぎ早に聞かれ、オレはやっとのことで答えた。

「お・・お茶・・・」

「ん? お茶?」

「う・・うん・・・お茶の・・・お稽古・・・」

「へ〜・・有希お茶の稽古なんかやってるんだぁ!」

「・・・・・」

オレは両手を硬く握りしめて、早く降りる駅に着くことだけを願っていた。



「ねえ、有希これからどこか行くの?」

「え? 家に・・帰るところだけど・・・」

「家で用事ある?」

「・・・ううん・・・」

「じゃあ、まだ時間ある?」

「う、うん・・・まあ・・・」

オレは質問の意味がわからず、適当に答えていた。

「ねえ、それじゃちょっとうちに来ない?」

「ん・・?・・・ええっ!!」

オレは驚いた。なんでこんな話になっているんだろう?

「うちって長谷川さんの家?」

「そう。」

「・・・なんで?」

「べつに、何でってこともないけど・・・うち次の駅で降りてすぐなのよ。」

「・・・!!」

次の駅はオレが降りる駅でもある。駅に近いということは長谷川の家はオレの家ともそう遠くないことになるではないか。


 考えてみれば同じ中学だったのだから家が近くても不思議ではない。しかしオレは自分の家を友達に知られるのが嫌いなのだ。その理由のひとつがオレが引っ越す前の家で起きたことのトラウマだったとしても、理由は他にもある。今でもあまり知られたいとは思わない。


 オレは混乱した頭で考える。オレも家に帰るためには次の駅で降りなければいけない。もっと先のふりをするかとも考えたが、戻ってくるためのお金がもったいない。ひと駅くらいなら歩けるかも知れないけど・・あまり街中を女の子の恰好で歩いて帰ることは避けたかった。このあたりにはオレの知り合いもいるかも知れない。長谷川の家が駅に近いとすると、オレの家に帰るにはその前を通らなければいけないかも知れない。道が反対だったりすれば良いが、それだとオレの家の方向がわかってしまう。


「長谷川さんの家って、他にだれかいるの?」

「たぶんお母さんがいると思うんだけど。」

オレは長谷川の家族構成は知らなかったが、父親がいたら嫌だと思っていた。日曜日だから父親がいてもおかしくない。だいたい男の方が女装に対して厳しいみたいだし・・・


お母さんだけだと聞いて少しホッとしてしまい・・

「・・・い・・行ってもいいけど・・・」

オレはついついそう言ってしまった・・

「あ、着いた。行こう!」

長谷川は駅に着くなり、オレの手を引っ張って電車を降りた。長谷川の手が柔らかくて少しドキドキした。もっともオレが男だったらいざ知らず、女になるのだからドキドキしても意味がない。とはいえ今でもオレの心の多くの部分は男のままだ。こんなに無防備に女の子に手を握られると、さすがにドキドキしてしまうのも仕方がない。



 長谷川の家は改札を出て3分ほどのところにあるマンションだった。よくこれまで登校時に会わなかったものだ。マンションといってもそんなに立派ではなく、昔ながらの感じだった。エレベーターで6階へ上がる。

「だだいま」

長谷川はドアを開けてオレを招き入れた。

「・・・おじゃま・・します・・・」

オレも長谷川について恐る恐る入っていく。

「おかえり」

ダイニングキッチンらしき方向から声がした。オレはペコリと会釈した。

「あら、お友達?」

母親らしき女性の質問に長谷川が答えた。

「ママ、このこが戸田有希くんよ。偶然電車で会ったから連れてきたの。」

「!!」

長谷川はオレのことを“くん”付けで紹介した。それは母親もオレが男だと知っているということなのだろうか?


それにしても・・長谷川って母親のことをママって呼ぶんだ・・ちょっと意外・・・


「まあ・・・あなたが戸田・・さん?」

長谷川の母親はオレを見て少なからず驚いているようだ。

「順子に聞いてたけど・・・こんなに淑やかな・・・お嬢さんだとは思わなかったわ。」

かなり言葉を選んでいるのを見ると、やはりオレが男だと知っているようだ。男のオレがこんな女の子の恰好をしているのを奇異に思っているに違いない。

「ママ、今日の有希はいつもより特別しとやかなのよ。ねぇ。」

長谷川にまでそんなことを言われるとオレはいたたまれなくなってくる。

「長谷川さん・・・わたし・・やっぱり帰る・・・・」

「ち、ちょっと・・・」

長谷川が急いでオレの腕をつかんだ。

「ちょっと!ママが変なこと言うから、有希恥ずかしがってるじゃない!」

どっちもどっちだ・・・どうせ長谷川もオレを母親に見世物にするために連れてきたに決まっている。


「ご、ごめんなさいね戸田さん・・悪気はなかったのよ・・・順子からいつも可愛いとは聞いてたけど、戸田さんがこんなにきれいな人だとは思わなかったものだから・・・」

「ママったら!また変な言い方する・・・有希は繊細なんだから!」

長谷川が帰ろうとするオレを引っ張っていく。思いのほか力が強い・・・・ストッキングをはいているオレと裸足の長谷川ではフローリングの床では踏ん張る力が違いすぎる。

「有希、とにかくわたしの部屋に入ろう。ね?」

そう言って無理矢理オレを部屋に連れ込むと、ピシャリと戸を閉めた。



 オレは長谷川の部屋に入っても、顔を上げることが出来ず正座したままうつむいていた。

「ゆ、有希、ヒザくずしてよ・・・」

そう言われてもオレの骨格は男のものだ。女なら楽になる横座りも男のオレにはよけい辛いだけなのだ。正座の方がよほど楽だった。まさかこんな恰好であぐらをかく訳にもいかない・・・

「有希・・・ごめんね。有希がそんなに嫌がると思わなかったのよ。」

「長谷川さんの・・・お母さん・・・わたしが男だって・・・知ってるんでしょう・・・?」

「うん・・でも変なふうには思ってないわよ。有希が思ったよりきれいだったから舞い上がっちゃったんじゃないかな・・・」

「うそよ・・・わたしがきれいな訳ないじゃない・・・長谷川さんもわたしのことバカにしてるんでしょう・・・」

「そんなぁ・・・」

「わたしなんかと一緒にいたらお母さんが心配するわよ。こんな変態とひとつの部屋にいたら・・・」

「そんな・・変態なんて・・・そんなこと思ってない・・・・・・・」

なんか長谷川の様子か変だ。

「有希ったら、ヒドイよ・・・そんなふうに思ってたなんて・・・うっうくっ・・・」

あれ?長谷川が泣いてる?! 泣きたいのはオレの方なのに・・・


「な、なんで長谷川さんが泣くのよ!」

女の子に泣かれるとどうしたらいいかわからない・・・こんな時はオレはまだまだ男だと思い知らされてしまう・・・

「ね、ねえ・・・泣かないでよ・・・」

なんだかオレは一気にトーンダウンしてしまった。女の涙に男は弱いものだ。

「わたし・・・有希が変態なんて思ってないよ・・・」

「う、うん・・・わかったから・・・わかったから・・・」


そうなのだ。長谷川がオレのことをそんなふうに思ってないのはわかっていたではないか・・・オレは自分のバカさが恨めしかった。長谷川もまたオレにとって大切な存在だったハズなのに・・・

「ゴメン・・・オレが悪かったよ・・・ほんとゴメン・・・」

「・・・?」

「オレもほんとに長谷川さんがそんなふうに考えてるなんて思ってないから・・・」

「・・・オレ?」

長谷川が不思議そうにオレを見上げた。

「有希、今オレって言ったよね」

「・・・・!」

オレは自分でも気づかず、自分のことをオレと言ってしまったのか?!

「あ・・あ・・・わたし・・・そんなこと言った・・・?」

「言ったよ・・・」

オレは狼狽した・・・これではオレがほんとは性同一性障害ではないとバレてしまう・・・


しかし、長谷川の反応は意外なものだった。

「有希にもまだ男っぽい部分があるんだね・・・もうすっかり女の子になっちゃったのかと思ったけど・・・」

「そ・・そりゃあ・・・ずっと男だった訳だし・・・わたしだって急には・・・」

「・・ちょっと安心した・・・有希も頑張って女の子になろうとしてるんだ・・・」

「あ、あたりまえじゃない・・・女の子になるのも大変なのよ・・・心は女でもずっと男の子として生きてきたんだし・・・」

・・なんか・・“オレ”なんて言ってしまってあせったけど・・男っぽい部分を見せたことが結果的には良かったみたいだ・・・


長谷川もいつしか泣き止んでいた。

「そうよね・・・わたし、有希があんまり女っぽいから・・・もう女の子になり切っちゃったのかと思ってた・・・」

そんなハズがないではないか。こんな女の子の恰好をしたって、髪を伸ばしたって、化粧をしたって、そんなに簡単に女になれるハズがない。たとえオレが本当に性同一性障害だったとしてもそんなに簡単ではないのではないだろうか?


「ごめんね長谷川さん、今日わたしちょっと気持ちが不安定だったのよ。でもだいぶ落ちついたから・・・」

オレは深く息を吸って気持ちを落ちつけた。こうすると胸を締め付けるブラジャーの存在をあらてめて感じる。オレはもう女になることに決めたのだ。もう後戻りはできない。たとえそんなオレに対してヒドイことを言う人がいたとしても、オレは女になるしかないのだ。


 それにいま思えば、長谷川のお母さんだってオレのことをバカにしていた訳ではないのかも知れない。お母さんはオレが男だと知っていたのだから、いろいろ想像していたに違いない。だからオレが急にこんな似合わない恰好で来てしまったから言葉に困ってしまったのかも知れないではないか。


「・・わたしってバカだな・・・いまだに女の子になりきれないんだから・・・こんな似合わない恰好までして・・・」

「そんなことないよ、有希はそんな服も似合うんだってビックリしたもん。だってこれまで制服しか見たことなかったし・・・だからせっかくこんなきれいな恰好してるから、ついお母さんにも紹介したくなって・・・」


そういうことだったのか・・・しかしそんなことなら、もう少し似合う恰好の時にしてほしかった。そしたら長谷川のお母さんにも変な目で見られずに済んだかも知れないのに・・・・









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