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第15話 麻衣 オレの可愛い妹    初出08.7.10

 「お姉ちゃん!」

学校からの帰り、家の近くで妹の麻衣が急に後ろから抱きついてきた。

「あ、麻衣、お帰り。」

麻衣は制服姿。少し大きめの真新しいセーラー服が可愛らしい。オレも着たことがある中学のセーラー服だ。

「お姉ちゃん少し髪伸びたねぇ。最初お姉ちゃんってわからなかったよ。」

オレはもう少し髪を伸ばそうと思っていた。ショートが似合っていると言われるが、女の子ならやっぱり伸ばしてみたい。


「どうしたの?麻衣。」

麻衣はちょっと照れたようにオレの腕に抱きついてくる。こうして男のオレは高校のセーラー服、妹は中学のセーラー服を着て一緒に歩いているのも、よく考えてみれば奇妙な光景だ。

「お姉ちゃんって、どんどんきれいになっていくね。」

「え?!」

オレは妹にそう言われてドキッとした。

「なんか高校に入ってから、またきれいになったっておかあさんも言ってたよ。」

「ほんと?」

妹にそんなことを言われて、オレはどんな顔をすればいいのか良くわからなかった。


 妹がオレのことを“お姉ちゃん”と呼ぶようになってから、どういうわけかオレたちの関係もすっかり変わってしまった。妹の麻衣はまるでオレのことを本当の姉であるかのように接してくるため、オレも自然に姉として振る舞うようになってしまう。麻衣が少し前までは兄であったオレに対し、なぜそんな風に接することが出来るのかオレには良くわからなかった。


 ただ姉妹のように接するようになってから、以前のように言い争うこともなくなり、オレは良い姉を演じているし、麻衣もオレの言うことは良く聞くようになっていた。その姿は傍からから見れば、ほんとうに仲がいい姉妹に見えるかもしれない。


「麻衣だって、中学生になってずいぶんお姉さんになったじゃない。セーラー服もすごく似合ってるわよ。」

「ほんとう?!嬉しい!」

麻衣は恥ずかしそうに頬を赤らめている。オレはそんな可愛い妹が大好きだ。兄妹の関係の頃は麻衣を煩わしく感じたこともあったが、姉妹の関係になってからはほんとうに素直に可愛いと思えるのだ。


「あたしもお姉ちゃんみたいに、きれいになれるかなぁ。」

「そんな・・・麻衣は本当の女の子なんだから、わたしなんかよりきれいになるに決まってるじゃない!」

「そんなことないよ。お姉ちゃんって自分のことが良くわかってないんだもんなあ。」

「自分のこと?」

たしかにその通りかもしれない。他の人からも言われるが、オレは自分のことが良くわかっていないらしい。しかし、自分がわからないオレには、何がわかってないのかも良くわからないのだ。おそらくそれがオレの自信のなさにつながっているのではないかという気がしていた。


「お姉ちゃんって、自分で思ってるよりずっときれいだし、ずっと可愛いんだよ。」

「そんなぁ・・・そんなことないわよ・・・」

妹の口から可愛いなんて言葉を聞くとは思ってもみなかった。

「ううん、お姉ちゃんってすごく可愛いよ。もっと自信もってよ。」

そんなこと言われてもオレは困ってしまう。男のオレが可愛いわけないではないか。


「それは・・・男としてはってことでしょう?」

「ちがうよ。だってあたしお姉ちゃんのこと男なんて思ってないもん。」

「え?!そうなの?」

いったいいつからそんな事になっているのだろうか?

「そうだよ、あたしだけじゃないよ。おかあさんもそうだと思うよ。」

なんだかいつのまにか周りが変わってしまい、オレだけ置き去りにされているような気がしてくる。


「わたしいったいどうなっちゃうのかなぁ・・・」

「どうって?」

「だって今は女の子として生活してるけど、高校卒業したら男に戻らなきゃいけないのに・・・」

「え〜!お姉ちゃん男にもどっちゃうの?」

「それはそうでしょう?だってずっと女の子でいるわけにはいかないだろうし・・・」

「あたしは女の子のままでいいと思うけどなぁ。」

妹はそうしなよと言わんばかりにオレの顔を見上げている。しかし、こればかりはいくら可愛い妹の頼みでも聞けるハズもない。

「良いわけないわよ!だって高校卒業したらどうするの?大学に行くかもしれないし、就職するかもしれないじゃない。ずっと女のままでいられるわけじゃないのよ。」

「う〜ん・・・でも・・・高校生の間に女の子になっちゃうかも・・・だって3年もあるんだもん!」

「そんなバカなぁ・・・!」

麻衣はなんて荒唐無稽なことを考える娘なのだろうか?男のオレが女子高に通ったからといって女になるハズがないではないか。


 いくらオレが多少女らしくても、たとえ男としては・・可愛い方だったとしても、男のオレが自然に女になるハズがない。



‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥



 「ただいま〜!」

オレと妹は家の鍵を開けて玄関に入ったが、家の中はひっそりと静まりかえっていた。

母はまだ帰っていない。母の仕事は時間が不規則で遅くなる日も多かった。父はいたとしても大抵は書斎に籠りっきりだ。客が来てもめったに出ることはない。


 オレは自分の部屋に入ると、セーラー服を脱いで、普段着に着替える。もちろん普段着も女性ものだ。オレはもう男ものの服を着ることはまったくなくなっていた。本当は女性ものの服の着こなしにも慣れたので、男ものの服を着てもいいのだが、オレは家で男ものを着ていたら、いつか外でもボロが出そうで怖かったのだ。


 それに最近のオレは女ものの服に慣れすぎたのか、男ものの服を着るのが、逆に恥ずかしくなってしまった。オレが家で男に戻れば、妹や家族も戸惑うかもしれない。オレはこの数カ月の間に築き上げた今の家族の関係を壊したくはなかった。オレにとって今の家族関係は心地よいものだった。たとえオレが男でいられないとしても。



 セーラー服の難点は脱ぎにくいことだった。暖かくなってくると汗をかいた後は特に脱ぎにくい。それに暑い時はひたすら我慢するしかない。これではブレザーの制服が増えるのも無理はないと思った。男としては断然セーラー服の方が良いのだが・・・いくら男の憧れのセーラー服でも、自分で着てしまっては仕方がない。なかにはセーラー服を着るのが趣味の男もいるようだが、オレにはそんな趣味はない。ただ学校の制服だから着ているだけだ。


 オレは脱いだセーラー服をハンガーに掛けると、部屋着のワンピースに着替えた。少し長くなった髪を後ろでくくる。まだ横はくくれるほどの長さがないため、ピンで留めなければならなかった。台所に行ってエプロンをして料理に取りかかる。男のころから時には料理をすることもあったが、女になってからはほとんど毎日するようになった。もともと料理は嫌いじゃなかったけど、これも女の子らしくなるための勉強でもある。やっぱり女の子は料理が得意な方がいい。



 しばらくすると麻衣が2階の自分の部屋から降りてきた。

「お姉ちゃん、手伝おっか・・・」

妹が料理を手伝うなんて珍しいことだ。

「どうしたの?急に手伝うなんて・・・いいよ、いつもわたしがやってるんだから。」

それでも麻衣はとなりから離れようとしない。

「ねえ、お姉ちゃん・・・」

「なに?」

「お姉ちゃんって、なんで料理が得意なの?」

「え?」

オレは急に聞かれて戸惑った。

「べつに・・・昔からときどきやってるし・・・」

オレはジャガイモの皮を剥きながら呟いた。


 オレには料理を初めてしたときの記憶がない。たぶん物心つく前からやっていたのではないだろうか?オレが小さいころは母も家にいたから、良く母のとなりで小さなエプロンをして、台に乗って料理の手伝いをしていた気がする。しかしさすがに昔のことだから、細部の記憶はあいまいになっている。


「ねえ、あたしにも手伝わせて。」

「そうね・・・じゃぁ手伝ってもらおうかな?」

オレは、さいしょ麻衣がオレに気兼ねして手伝うと言い出したのかと思ったが、どうもそうではないようだ。麻衣も料理が出来る女の子になりたいのかも知れない。

「それじゃぁ、そこの皮を剥いたジャガイモを賽の目に切って。」

「賽の目って?」

オレが麻衣に賽の目切りのやり方を教えると、麻衣は嬉々としてジャガイモを切りだした。


「なんだ、二人とも帰ってたのか。」

書斎から出てきた父がマスクを外しながら言った。

「今日は二人で食事の仕度とは珍しいな。」

麻衣は急に手伝いをしているところを見られてバツが悪いのか何も言わなかった。

「お父さん、もう少しかかるんだけど・・・」

「ああ、気にしなくていいよ。」

父はリビングのソファーに座ってこっちを見ている。

「しかし、そうやってると有希が小さい頃を思い出すなあ・・・いつも女の子の恰好にエプロンをして母さんの手伝いしてたもんな。」

オレはドキッとして思わず手を止めた。あいまいだった記憶が急に鮮明に蘇ってきた。


 そうだ、あのころはまだ麻衣も産まれてない頃だったから、オレはいつも母に女の子の服を着せられていたのだ。小さなエプロンの下には女の子の服を着ていたのだ。そのころオレがどんな気持ちで女の子の服を着ていたのかはまったく憶えていない。まだ小さかったから自分でもわからないまま着せられていたのではないだろうか?


 ふと振り向いてみると、父はもう書斎へ戻ったのかいなくなっていた。いつも勝手な人だ。

「お姉ちゃんって、小さいころから女の子みたいだったんだね。」

麻衣が言ったがオレには良くわからなかった。

「わからないの・・・小さいころのことは良くおぼえてないから・・・」

オレはいつごろまで女の子の服を着ていたのだろうか?麻衣が産まれてから自然に着なくなったような気がするが、それもまた曖昧な記憶だった。


?・・あのころ??


 いや、待てよ・・・麻衣が産まれた時ならオレはまだ3才だ。3才の子が料理の手伝いをするだろうか?3才では台に乗っても流しに手が届かないのではないのか?台が高かったのか?そんなに高い台に小さな子を乗せるとは思えない。それではオレはもっと大きくなるまで女の子の服を着ていたのだろうか・・・


 どうもオレはかなり大きくなるまで記憶がないのかも知れない。今まで気にしたこともなかったが、考えてみると不思議な気がする。

「どうしたの?お姉ちゃん。」

麻衣に言われて我に帰った。

「なんかボーッとしてたよ。具合わるいの?」

「ううん・・・ごめん・・・ちょっと考えごとしてた・・・」

オレはまた料理に戻ったが、頭の中では昔のことを思い出そうとしていた。しかし、やはり昔の記憶は、はっきりとは思い出せなかった。


 オレは自分のことをもっと知りたいと思い始めていた。








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