第13話 災難 一難去ってまた一難(改) 初出08.7.6
入学式から6日、やっとやって来た土日をオレはほとんど家でゴロゴロして過ごした。食べて寝る以外はなにもしたくなかった。女子ばかりの中で過ごす最初の一週間は緊張の連続で、オレはそうとう精神的に疲れていたようだ。
長谷川順子が白鴻女学園に入学していたというハプニングはあったが、それも何とか切り抜けることができた。おかげで長谷川からいろんな情報を得られたのは良かったが、中学時代に男として話した相手と、こんどは性同一性障害の人として話をするのは結構頭が混乱してくる。しかもオレは中学時代から実は心は女だったことになっているから、中学のころの話にも、うかつに調子を合わせるのは危険だった。
男として話したことも、実は女であることを隠して話していたという事だし、長谷川はオレが男を恋愛対象として見ていると思っているから、そうなると中学の男友達との関係も微妙なことになってしまう。これは早いうちに性同一性障害といってもいろいろあると訂正しておこうかとも思ったが、しかしオレが女を好きだとわかると、かえって警戒心を持たれてしまうかも知れず難しい問題だった。オレはできれば今の長谷川との関係を壊したくはなかった。
それはもちろんバラされたくないということもあったが、それ以上に今のオレにとっては長谷川は唯一気が許せる存在になっていたからだ。長谷川となら中庭のベンチで昼食を一緒に食べることもそれほど緊張しなかった。もちろん会話には細心の注意を払わなければいけなかったが・・・
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そんなわけだから、オレは疲れてグッスリ眠ってしまったようで、月曜の朝、寝坊してしまった。起きた時には、いつもの電車に間に合わない時間だった。次の電車なら何とか間に合うが、それに乗り遅れると遅刻してしまう・・・
オレは急いで着替えると、朝食も食べずに家を出た。
悪いことは重なるもので、今日は雨まで降っている・・片手にカサをさし、片手にカバンを持って駅まで必死に走った。
電車には何とか間に合った。乗り込んだ女性専用車両はいつもは空いているけど今日は違った。まわりは白鴻や他の学校の女生徒やOLさんでいっぱいだ。
車両はかなり混んでいて蒸し暑いく、オレはだんだん気分が悪くなってきた。いつもは食べている朝食を食べなかったのもあっただろうし、必死で走ったのも関係していただろう。胸はブラジャーで締めつけ、下にはきつめのガードルをはいているのも原因のひとつだったかも知れない。
そのうえ今朝は急いでいたので、一発抜くことも出来ず、オチンチンをいつものように股間に挟み込むことも出来なかった。おかげで今やオレのオチンチンはガードルの中で大きくなり女の子の小さなパンツから頭を出してしまっていた。
雨で湿っけているせいか、まわりの女の子の匂いやOLさんがつけた香水の匂いが、いつもより強く感じて頭がクラクラしてくる。
電車が駅に着くと、雨のなか他のみんなと一緒に学校へと急いだ。
・・気持ち悪い・・湿った蒸し暑い中で女の子の匂いに包まれていたせいで酔ってしまったのかも知れない・・・
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何とか始業時間に間に合ったオレは、すぐに椅子に座って息を整えた。気分が悪いうえ、困ったことに硬く勃起したオチンチンは一向に勢いが衰えず、締めつけるガードルの中でドクドクと脈打っている。土日もオナニーせず、今朝もまた急いでいたため抜かなかったせいだろうか?
授業が始まってもオチンチンの興奮は衰えなかった。なにせまわりは女の子だらけ、設定では性同一性障害ということになっているが、オレは普通に女性に性的魅力を感じるのだ。こんなに興奮した状態では、だいぶ慣れてきた教室に充満した女の子の匂いにさえも身体が自然に反応してしまう。
それに・・電車の中でも感じたけど・・今日は雨で制服も湿っているせいだろうか? 教室に充満している女の子の匂いもいつもより甘く感じる・・・
(うぅっ・・)
ドクドクと息づくそれは、勝手にガードルに自身を擦り付け、次第に感覚をなくしていく。オレは気分の悪さもあいまって頭から血の気が引いていくのがわかった。
その時!
(あっ・・・)
オレのオチンチンがガードルの中に、盛大に精子をブチまけ、その瞬間、オレは頭が真っ白になって失神し、机に突っ伏してしまった・・・
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意識が戻った時にはオレはベッドに寝かされていた。ベッドのまわりはカーテンで囲われている。
「あっ!」
オレは自分が何でここにいるのか思い出した。教室で倒れてしまったのだ。オレは慌ててベッドに起き上がり自分の姿に驚いた!
オレはブラジャーをしていなかった。もちろんガードルもはいていない。着けているのは今朝着てきたスリップだけで、パンツはオレがはいてきたものではなかった。オチンチンは小さくなって行儀良くパンツに収まっている。
オレの秘密がバレてしまった・・・そう思って呆然としていると、カーテンが少し開いて大人の女の顔がのぞいた。
「きゃっ!」
オレはとっさに布団で体を隠した。とっさの時に男っぽく驚かないようにと、麻衣にふいにおどかしてもらったりして練習してたのが役にたった。
「ごめんなさい、気がついたみたいね。」
「・・・は・・はい・・・」
オレは誰かわからないから恐る恐る答えた。
「戸田さん、気分はどう?」
「あ・・・だいぶ・・いいみたいです。」
当たり障りのない答えをすると、女はニッコリと微笑んでカーテンを開けて入ってきた・・女は白衣を着ていた。
「わたしはこの白鴻女学園の専属医の白石です。戸田さんのことは知っているから安心して。」
オレは黙ってうなずいた。お医者さんだとわかって少しホッとした。
「体も他の人は見てないから安心していいわよ。やっぱりあなたみたいな人は出来ないわよね。」
「え?」
オレは先生が何を言ってるのかわからなかった。
「大丈夫よ、あなたが入学して来るって聞いて、ちゃんと性同一性障害について勉強しておいたから。校長先生から言われて資料も集めたし、先生方とも全員で勉強会も開いたのよ。」
「・・・・・」
「先生方もちゃんと資料を読んで勉強しているから、今日も対処に役にたったわ。あなたが倒れたのですぐに隣の教室で授業をしていた斉藤先生に運んでもらったの。」
オレもだんだんと事情がわかってきた。資料というのはおそらくオレがもらったあの資料のことだろう。それはオレにとっては都合がいいことだった。同じ資料で勉強しているということは、オレの知識とみんなの知識が同じということだから、オレの性同一性障害の人としての行動が、みんなの知識と一致しているということだし、それだけ疑われる可能性が低くなる。
「あなたのような人の中には自慰をすることができない子もいるのは知ってるわ。大変よねえ。」
それはオレも資料を読んだから知っていた。自分でオナニーすることが出来ず、常に夢精するまで放っておくのだそうだ。自分でするなんて屈辱的に感じるものらしい。実際にはオレの場合ほぼ毎日しているのだが、否定して疑われてもはじまらないから言わなかった。
「ごめんなさい・・・わたし・・・」
オレはこんな時は、はっきり言わないのが良いと気付いていた。相手に勝手に気持ちを察してもらった方がボロが出なくていいのだ。
「いいのよ。あなたが謝らなくて、あなたの辛さは良くわかるわ。」
まあ、先生がわかるのはオレの辛さのごく一部だろうが・・
「それで先生考えていたんだけど、少しお薬を使った方が良いんじゃないかな? 戸田さんさえ良ければだけど。」
「薬・・・ですか?」
「そう、戸田さんは女の子だから、なかなか男の子の処理は難しいでしょう?」
「・・はぃ・・・」
どうも先生が言ってる意味が良くわからない。
「いくら心は女の子でも、身体が男だとどうしても影響してくるでしょう。だから男の子の働きを少し薬で押さえれば、戸田さんも生活しやすくなると思うのよ。」
「そんなこと出来るんですか?」
「ええ、こんなパッチを貼るだけの簡単な方法なの。これを身体の皮膚が柔らかいところ・・・例えばモモの内側とか、お腹とかに貼っておけば、男の子の働きを押さえてくれるのよ。」
「そうなんですかぁ・・・」
先生が見せてくれたそれは直径2cmほどの絆創膏のようなものだった。
たしかにオレは毎日、朝一回抜いてはいても、一日に2、3回大きくなって困る時がある。女の子ばかりに囲まれて生活していたら男としては同然だ。それを薬で少しでも押さえることが出来れば、だいぶ学園生活は楽になるだろう。
「それに戸田さんはガードルで押さえているみたいだけど、いつもガードルをはいていると血行が悪くなって体にも良くないの。また今日みたいに倒れてしまうかも知れないわ。」
「でも・・・ガードルをはかないと大きくなった時に困るんじゃないですか?」
「大丈夫だと思うわよ。そんなに大きくならないはずだから、心配ならしばらくはガードルをはいてみて、大丈夫なようだったら止めればいいでしょう?」
「そうですね・・・」
オレもたしかにずっとガードルをはいてるのは大変だと思っていたところだったから、先生がすすめてくれた薬を使ってみることにした。
「じゃあ、これね。毎日お風呂の後に貼り替えればいいから。毎回同じところに貼るとかぶれる恐れもあるから、少しずつ違うところに貼るといいわ。」
「はい。」
こんな絆創膏のようなものを貼るだけでいいならカンタンそうだ!
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昼休みには雨もあがって晴れていた。中庭のベンチに座っていると長谷川がやってきた。
「あなた今日倒れたそうだけど大丈夫なの?」
「ええ、ちょっと具合が悪くなっただけだから・・」
「そう・・ならいいんだけど・・」
まさか遅刻しそうになって乗った満員電車で、蒸れた女の子の匂いに酔ったようになって気分が悪くなり、教室で射精して失神し保健室に運ばれた・・なんてカッコ悪くて言えるハズがない。
「ところで・・あなたはどこのクラブに入るか決めた?」
「ううん・・・まだ決めてない。」
オレはまだどのクラブに入るか決めてなかった。正確にはそれどころではなかったのだが・・
「スポーツなんか良いんじゃない?」
「いや、スポーツはだめなの。」
「どうして?」
「だって体が男だと有利じゃない。もし大会とかに出てバレたら大変だから・・・」
「そっか・・・あなたもいろいろ大変ねぇ。」
長谷川はオレのことを“あなた”と言うようになっていた。どうもオレのことを“さん”づけで呼ぶのはまだ抵抗があるらしい。
オレは何となく思っていることを言ってみた・・
「わたしはお茶か、お花なんかどうかと思ってるんだけど・・」
「え?あなたそんなのに興味があるの?」
「うん・・・」
オレは着物を着れるようなクラブがいいなぁと漠然と考えていたのだ。
「お花にしようかな?」
お茶は三吉先生に習いたいので、違うやり方だったら困ると思った。
「お花かぁ・・・」
長谷川は急に腕組みしてしばらく真剣そうに考えていた。
「じゃぁ、わたしもお花にしようかな?」
「なんで?長谷川さんは自分が好きなところに入ればいいじゃない。」
「だって、わたしも迷ってるんだもん。特にやりたい事もないし・・・」
「ふ〜ん・・・そうなんだぁ・・・」
オレには長谷川の考えていることは、どうも良くわからなかった。
「でも、あなたも大変よねぇ・・まあ、いまのところはあなたが男だなんてバレそうな気配もないけど・・」
「・・・・・」
なんか長谷川にそう言われると、オレが全然男らしくないと言われてるような気がする。まあ、いまのオレにはそのほうが都合がいいんだけど・・男としてはちょっと複雑な気分だ。
「・・・!」
そういえば!今日、白石先生にアノ日・・生理の日をちゃんと設定した方が良いだろうと助言を受けていた。そうして規則正しく体育を休んだりしないと、怪しまれるかもしれないらしい。女のふりをするのも大変だ。近いうちに白石先生と相談してそういうことを詳しく詰めようということになっていた。そういう細かなことに女の子は意外に気がつくものらしい。
・・ほんと・・長谷川が言うように女の子のふりをするのも大変だ・・・