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第12話 再会 オレの秘密がバレた?!   初出08.7.4

 オレは昼休みになると、購買でサンドイッチとコーヒー牛乳を買って、中庭のベンチでひとりで食べていた。目の前には芝生の広場があって、背が低い木で囲まれた芝生には真ん中には百葉箱が置いてある。伝統ある学校だけあって、なんだか懐かしい景色だ。


 入学式から3日たっていたが、教室にいると何かと話しかけられ気疲れしてしまう。食事の時くらいのんびりしたかった。


「戸田君?」

急に名前を呼ばれ振り向いたオレは自分の目を疑った。そこにいたのは長谷川順子だった。

(な・・なんで長谷川がここに?)

オレは知らん振りをするしかなかった。オレはまたサンドイッチを食べだしたが、内心はドキドキだ。長谷川はそれでもオレを見ている。


「戸田有希君だよね?」

どうもこれ以上無視することは出来そうにない。そうはいってもここでバレてしまっては元も子もない。まだ入学したばかりだというのに。オレは他人のふりをすることに決めた。

「わたし? 戸田有希ですけど?」

同姓同名の別人だと思ってくれるだろうか?オレはいまごろになって、せめて名前を変えておかなかったことを後悔した。


「戸田君・・なんで戸田君がこの学校にいるの?それに何よその恰好!」

オレはなに食わぬ顔で自分の服を見てから、長谷川に視線を移す。

「この学校の制服だけど。それがどうかした?それにあなた誰なの?」

長谷川は面くらったような顔をして、オレの顔を見つめた。オレは目をそらしたかったが、そんな事をすれば嘘をついていると言ってるようなものだ。

「信じられない・・・別人のふりする気?」

なんだか怒っているようだ。

「わたしこの3日間ずっと見てたんだから!入学式の時は・・なんとなく似てるなって思っただけだったけど、名前聞いたら同じじゃない、どうなってるの?」


 長い沈黙が続いた・・・

「・・はぁ〜・・・」

オレは溜めていた息を吐き出した。もう騙せそうにない。

「何ではこっちのセリフよ。なんで長谷川さんがここにいるのよ。」

「あきれた・・・やっぱり戸田君なのね・・・」

「長谷川さん追加試験に合格したって言ってたじゃない。なのにどうして白鴻に来てるのよ。」

「だって・・・戸田君だって・・・」


どうやらこっちに先手を打たれて、長谷川は少し戸惑っているようだ。

「わたしは最初から白鴻女学園しか受けていないもの。」

「だって・・・戸田君も追加を・・・」

「あれは嘘なの!わたしは最初から白鴻女学園に来ることに決めてたんだから。」

これは本当のことだ。ただし女として入学するとは思ってもみなかったが・・・

「でも・・・なんで戸田君・・女子の恰好してるの? それになんで女ことばでしゃべってるの?キモチ悪い!」


 

 さすがにオレも気持ち悪いと言われては良い気はしない。

「長谷川さん、性同一性障害って知ってる?」

長谷川は戸惑いの表情を浮かべている。

「・・・なんとなく・・・聞いたことはあるけど・・・」

「わたしね、性同一性障害なのよ。」

「え?」

「わたし・・・体は男だけど心は女なの。そういう病気なの。」

わざと病気という言葉を使った。一般的には病気と言った方が納得しやすいらしいからだ。


「・・・だって・・・戸田君、中学の時は男だったじゃない・・・」

「あの時も心は女だったの!」

「そんな・・・だって普通の男の子だったじゃない・・・」

「だからぁ、バレないように男のフリをしてたんじゃない。」


「ほんとなの?」

「うん。」

オレはうなずいた。

「それじゃぁ・・・今の戸田君が・・・本当の戸田君なの?」

「そうよ。」

長谷川はにわかには信じられないようだった。本当は嘘なのだから無理もないが、オレとしてはどうしても信じてもらうしかない。


「性同一性障害って・・・じゃぁ・・・戸田君は男の人が好きなの?」

「!!」

それは短絡的な発想だが、今ここで長谷川に対し、ひとくちに性同一性障害とは言っても無数のパターンがあって・・・などと性同一性障害のレクチャーをしてる場合でもない。

「まあ、そういうことになる・・わね。」

「じゃあなんで女子校に来るのよ!おかしいじゃない!」

「ん?」

「・・だって・・男の人が好きなら・・女の子しかいない女子校に来るって変じゃない!」

「・・・」

なかなか鋭い質問だ。だがオレはこんな時のために性同一性障害とはどういうものかミッチリ勉強しているのだ。性同一性障害の知識にかけては結構なものだ。


「長谷川さんは女の子が好き? 違うでしょう? 男の子のことが好きなんでしょう?」

長谷川は黙ってコクリとうなずいた。

「女子校に来るのは女の子が好きだからじゃなくて、自分が女だから来るんでしょ?」

長谷川の目が泳いでいる。頭の中で必死に論理を考えているらしい。

「わたしは女なの、だから女子校に来たのよ。あなたと同じように。」

「わたしと・・・同じ・・・?」

「そう、体だけは男だけどね。」


「それじゃぁ・・・戸田君はずっと女の子になりたかったっていうの?」

「なりたいんじゃなくて、女だったの。」

「でも男じゃない。」

初めて性同一性障害の話を聞いてすぐに理解できる人などそうそういないだろう。長谷川が混乱するのも無理はない。


 しかし、どうやら長谷川も少しトーンが落ちてきた。

「ねえ、長谷川さんも少し座らない?」

オレはお尻をずらしてベンチに空きを作った。長谷川は一瞬躊躇したが大人しく座った。これは良い徴候かもしれない。オレのことを気持ち悪いと思っていたら、女の子は決して座らないだろう。

「長谷川さん・・・わたしね、ずっと辛かったんだ。心では自分のことを女だと思ってるのに、男として生きるのが・・・」


これは一世一代の大芝居だ!いまオレの演技力が試されているのだ。

「それで・・・この白鴻女学園が共学になるって聞いて・・・男としてでもいいから・・・せめて女子校に行きたいと思ったの・・・」

長谷川は黙って聞いている。だが横にいる長谷川がどんな顔をしているのか正面を向いているオレにはわからない。

「・・・そしたら共学が中止になっちゃって・・・わたしどうしていいかわからなかった・・・ここしか受験してなかったし・・・それで学校に事情を説明したら・・・だったら女の子として入学しないかって・・・」

なんだかオレもこの役に入り込んできているようだ・・そしてこう付け加えた・・

「・・・わたし・・・すっごく嬉しかった・・・本当に女の子として入学できるなんて・・・」

オレは長谷川を見た。

「・・・わたし・・・女の子として生きたいの・・・だから・・・」

オレの目はすでに潤んでいた。


「え?・・・じゃぁ先生も・・・知ってるってこと?」

「うん・・・」

胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。オレは性同一性障害の人に共感しているのだろうか?

「・・・戸田君・・・ごめん・・・わたしぜんぜん知らなかったから・・・」

一旦理解すれば女は性同一性障害の人に寛大らしい。男とはまったく違う反応をするという。それは気持ちが女だということで男よりも無害感があるからだろうか? その点男の差別的な反応とはまったく違う。男は見た目が女に見えればその限りではないが、男であることが判る性同一性障害の人に対しては、なかなか心を許すことはないらしい。もし簡単に受け入れる男がいたとしたら、その人も自分自身では気づかなくても心に女の部分を持っているのかも知れない。

「いいよ。気にしてないから・・・ただ、このことは黙っててほしい。わたし、普通に女の子として生活したいから・・」


「・・うん・・わかった・・・」

長谷川は納得してくれたようだ。

「でも・・・わたしには、普通にしゃべってくれない?」

「普通って? 男言葉でってこと?」

「そう・・・」

「それは無理よ。だってそんなところを他の人に見られたら変に思われるじゃない。」

「そうか・・・そうよね・・・」

オレには長谷川が何を思っているのか良くわからない。


「戸田君・・・」

「それも止めてくれない?」

「え? 何を?」

「その“君”っていうの。」

「あ、そっか・・・」

長谷川はあまり乗り気ではないようだが言い換えた。


「戸田・・さん・・・あなた結構有名になってるの知ってる?」

「え?!」

今度はオレが驚く番だった。

「わたしの1組でもみんな知ってるよ。」

「ウソでしょう?なんで?」

クラスの中では仕方ないとしても、オレはできるだけ目立たないようにしているのに、ふたつ先の1組にまで知られているとは思わなかった。


「有名って・・・なんでそんなことに・・・?」

「なんでって・・・わたしは戸田君が男だって知ってるから・・・キモチ悪いと思うけど・・・」

なんかいちいち気にさわる言い方をするやつだ。

「知らない人が見たら・・・可愛いんじゃないの?」

「へ?! 可愛い?」

長谷川の口からこんな言葉が出るとは思わなかったからオレは正直驚いた。

「オレって可愛いの?」

思わず男言葉が出てしまい焦った。しかし長谷川は気付かなかったようだ。

「だから言ってるでしょう・・・わたしは気持ち悪いって・・・」

長谷川はなんだか居心地が悪そうにしている。

「男がセーラー服なんか着て・・・気持ち悪いに決まってるじゃない!」

そう言うと長谷川は急に立ち上がり、そのまま去っていこうとしている。

「あ、長谷川さん!」

オレが慌てて呼び止めようとすると、長谷川は振り返って言った。

「安心して!戸田君、ぁ・・戸田さん・・のこと、みんなには言わないから。」

オレはそれを聞いて少しだけ安心した。


 しかし、その思いはすぐに消えてしまった。

長谷川がオレのことを性同一性障害だと納得したとしても、オレが男だということは知っている。それはいつ口を滑らさないとも限らないということではないのか?


 それにオレの方も長谷川の前では、さっきみたいについ男言葉など使ってしまわないとも限らない。それでなくても、長谷川に対しては、他の生徒に対するのとは違って性同一性障害の人として振る舞わなければならないのだ。もちろんどっちも女を演じるには違いないかもしれないが、オレの中では少し心構えが違ってしまうのは仕方がない。


 相手がオレを女と思っているか、実は男だと知っているかは、オレにとっては大きな問題なのだ。


 それにしても、オレが有名になっているとは困ったことになった。注目されればされるほど、バレる確率も上がるのではないだろうか? オレはいつまでバレずにいられるのか心配になってきた。


・・だって、オレは本当は普通の男だし・・・






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