第11話 教室 女の中のオレ 初出08.7.4
初めての登校日、オレはセーラー服の列の中を歩いている。
通学路、2年生、3年生も加わった全校生徒の登校は学校へ近づくほどに密度を増していく。その中でオレはといえば、まるで着ているセーラー服が外界と自分を隔てるバリアーのように感じていた。同じ姿をしてはいても、オレだけブラジャーの中にリアルな感触のヌーブラを忍ばせ、ともすればイキリ立とうとするオチンチンをキツめのガードルで股間に押さえ付けている。
昨日の入学式で懲りたので、朝起きるとすぐにオナニーして一発抜くことにした。これから女になるためにまず射精するというのは、若干矛盾する気もするが、現実的な問題解決法としては仕方がないことだった。朝立ちしたオレのモノを、女の子のパンツをはいた股間に挟み込むには、まず一度抜いて鎮めるのが一番現実的な方法だった。
校門を入ると、靴箱のところにそれぞれのクラスを書いた紙が貼られていた。それによるとオレのクラスは3クラスあるうちの3組だった。靴箱にはすでにオレの名札が貼ってあった。黒い革靴を靴箱に入れ、バッグから出した上履きに履きかえる。この白鴻女学園は入った年ごとにゴムの部分の色が決まっている。オレたちは3年間ずっと赤だ。オレとしては出来れば黄色か、緑の方が良かったと思う。なぜなら中学では男子と女子で青と赤に別れていたからだ。つくづく運命はオレを女っぽい方向に導きたいようだ。
教室に入ると机の上にも名前が貼ってあった。あいうえお順のようだ。出来ればあまり目立たない位置に座りたかったが、それも叶わなかった。た行のオレは真ん中より少し向こうだ。しかも悪いことに前後の位置も真ん中だ。これには正直まいった。これでは前も後ろも常に気をつけていなければならない。
まだあまり座っている人はいなかったが、手持ち無沙汰なオレは仕方なく椅子に座った。机の横にカバンを掛ける。するとまわりの席にもポツポツと女生徒たちが座り出した。
しばらく経つと担任の先生がやってきた。女生徒たちが全員席についていく。全員女の中、男はオレひとりだ。
「みなさん、おはようございます。私がこのクラスの担任の山口智佳〈やまぐちともか〉です。これから3年間よろしくお願いします。」
先生はなかなか快活そうな女の人だ。歳は20代後半か30代過ぎくらいだろうか?ポロシャツにパンツというラフな服装の上にジャージを羽織っている。体育の先生だと一目でわかる。
「あ、それと机に貼ってある名前は、みなさんが名前をおぼえるまで剥がさないでください。それでは出席をとります。安部まさ美さん・・・・」
先生は次々に名前を呼んでいく。オレの列に入ると緊張してきた。
「・・・戸田有希さん」
「はい。」
オレは返事をした。
オレは女言葉を使うようになって、自然に少し高い声を出すようになっていた。声変わりはしていたが、元々それほど低い声ではないし、喉仏も全然目立たないくらいだ。しかし、女としてはやはりハスキーな方だろう。少し高めに出さなければ、どうも女言葉は話しにくかった。
先生はオレが性同一性障害だと知っている(思っているというべきか)が、まったくそんな素振りは見せなかった。他の生徒とまったく同じに扱ってくれるのはありがたいが、いざという時に助けてくれるのかちょっと心配だ。体育のときは特に気にかけてもらわないと困ることもありそうな気がする。
オレは特別に体育が得意という訳でもないが、女の中ではやりすぎる恐れもある。かげんがわからないから、あまり色々やらされたくなかった。それに夏になれば水泳もあるだろう。オレは当然水泳の授業には出ることが出来ない。胸はないし、体型も違う。それに股間が膨らんできたらどうしようもない。水着の女子ばかりの授業ではそうなる可能性は大きい。オレは水泳は好きだから泳げないのは残念だけど、早めに何か休む理由を考えておいた方が良さそうだ。
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授業はあまり難しくなかった。やはりお嬢様学校だけあって勉強には重きを置いていないのかもしれない。勉強が苦手なオレでも何とかついていけそうだ。
そのうえ女子校なので、家庭科や調理実習など女として生きて行くうえで大切なことを授業で習うのも特徴だ。いわゆる花嫁修行のようなものだが、これではさすがに生徒数がジリ貧になるのも仕方がないことかもしれない。今どき高校を卒業してすぐに結婚する人も少ないだろうし、他の大学に行くにもこの授業内容では難しいだろう。大学へ行く人は、ほとんどが白鴻女子短大に進むのもうなずける。
しかし、これでは就職も難しいのではないだろうか?ここを卒業したら男に戻るオレとしては、勉強がラクだと喜んでばかりもいられないかも知れない。なんとなくこの学校に来てしまったが、いったいこの先どうなるのかという不安が募ってくる。オレは女子大まで行く気はない。
とはいえ、それはまだ3年も先の話だ。今のオレには早く女生徒たちに馴染むことの方がずっと重要なのだ。
それにしても家庭科や調理実習は三吉先生に習っていたから助かった。もし習ってなかったら、最初からついていけなかっただろう。授業くらいで戸惑っていては、女のふりをしていることに慣れるどころの話ではなくなってしまう。
女子校に来て驚いたことはトイレだった。初めて入った時には一瞬戸惑ってしまった。考えてみれば当たり前の事だが、両側に個室が並んでいるのは、男用のトイレにしか入ったことがなかったオレにとっては奇妙な光景だった。そもそもトイレが一つしかないのが不思議に思えた。トイレは必ず男用と女用が並んでいるというのが当たり前のことだと思っていた。
この学校には男用のトイレは職員室近くの男性職員用しかない。これを見ると本当に共学にするつもりがあったのかどうかさえ疑わしい限りだ。もし共学になっていたら、急遽男子用を作るつもりだったのだろうか?
女子のトイレに入るのは勇気が必要だった。ただ、入ってしまえば個室しかないのはオレには有り難いことだった。入ってしまえば後は細かいことに気にする必要はない。なにしろ女が個室でどういう行動をするかなんて知りようがないから、ただあまり早くしすぎないことや、大きな音を立てないようにすることくらい気をつけていれば良かった。オレにとってはトイレは唯一安心できる場所だった。
ドラマでは女の子が男の子として男子校に入学するというのがあったが、実際にはあれは難しいだろうと思う。男が常に個室に入っていてはすぐに疑われてしまうに違いない。あれは作り話だからなんとかなるのだ。
問題は終ったあとにもあって、男はチャッチャと適当に手を洗って出てくるが、女はそういう訳にはいかなかった。ただ手を洗うだけでなく、鏡の前で長い時間何かやっている。前髪をしきりにさわっているが、オレにはそれが何をしているのかまったく解らなかった。
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クラスでは、オレは常に女に見えるように緊張していなければならなかった。それに同年代の少女たちに合わせなければならないし、そのうえこの白鴻女学園の女生徒たちは中学の時の女子たちとも少し雰囲気が違って戸惑った。さすがに今どきお嬢様でもないにしても、それでもこの白鴻の生徒はどこかおっとりしているようだ。まあ、しっかり者ばかりよりは、オレとしてはバレにくくて良かったかも知れないが、つかみどころがないぶん話を合わせるのは少々難しかった。
もっともそんなオレの思いとは裏腹に、クラスメイトたちはやたらとオレに話しかけてきた。
「戸田さんって、名前はゆきさんなの?ゆうきさんなの?」
「戸田さんは何のクラブに入るの?背が高いからスポーツが良いんじゃない?」
「戸田さんってスタイルいいけど。モデルかなにかやってるの?」
オレは次々に発せられる質問にいちいち答えなければならなかった。それは嬉しい反面、気疲れも多かった。何かマズイことを言ってしまわないかと気が気じゃない。
なぜ急にこんな質問をされるのかと不思議に思ったが、話しているうちにだんだん理由が判ってきた。
オレは自分では自分に自信がないからまわりを気にしているが、まわりの女生徒たちはオレのことなんか、ただの女生徒のうちの一人だと思っているだろうと考えていた。しかし、まわりの女子たちもオレのことを気にしていたらしい。
オレは他人からどう見られているのか良く判らなかったのだが、彼女たちの話を総合すると、どうやらオレは少なからず目立っているようなのだ。男としては決して大きくない163cmという背も、150cmくらいの娘も多いこの学校では大きめだし、スタイルも良く見えるらしい。
十分に伸びなくて何とか形にしてもらったこの髪型も、彼女たちに言わせるとモデルのようだということだった。たしかにオレは男だから体型はスレンダーには違いないが、モデルと思われるほどスタイルがいいとはどうしても思えない。
それにしても入学式の時から、可愛い娘がいると思っていたという娘や、中にはオレが具合が悪くなって連れて行かれたのまで見てた娘がいたのには驚いた。なんとも気恥ずかしい限りだ。女は意外に他の娘のことを見ているものらしい。
これではオレが考えていた、出来るだけ目立たないようにしたいという願いは、とても叶えられそうにない。
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白鴻女学園では必ずどこかのクラブに入らなければいけない決まりらしい。しかし、オレは校長と教頭からくれぐれも言われていることがある。それはスポーツのクラブには入らないようにということだった。
もしスポーツのクラブに入って大会なんかに出た日には、もし男だとバレた時に大変な問題になる恐れがある。性同一性障害だと言っても通用しない可能性が大きいらしい。だからオレには文化部しか選択肢がないのだ。
オレは2週間の間にどこのクラブにするか決めなければならなかった。