第10話 入学 女になったオレ
第10話 入学 女になったオレ 初出08.7.2
入学までの数日は三吉先生が言ったとおり慌ただしく過ぎていった。週が明けるともう入学式だった。
入学式には来なくて良いというのに母もついてきた。さすがに息子が女の子として入学するのは心配なのかもしれないと思ったからむげにも断れなかった。もっとも、実際に白鴻女学園に近づいてみると、ほとんどの生徒に母親がついてきていたから恥ずかしくはなかったが。オレには女子校の入学式というのはあまりイメージできなかった。
母親と一緒に歩くセーラー服の女子たちに混じって、男のオレがセーラー服を着て歩いているのはどうも変な感じだった。だがそれはオレ自身が感じているだけで、回りの女子たちはまったくオレに注意を払うものはいなかっただろう。
一歩あるくたびにオレの胸が上下して、ブラジャーの肩ヒモに力が加わる。今は以前とは違い胸にはヌーブラが張り付いているのだ。丸めてカップに突っ込んだストッキングはほとんど重さは感じなかったが、シリコンで出来たヌーブラは、実物に触感も重さも近いらしい。おかげでオレの胸にしっかりと張り付いたヌーブラは、オレが一歩一歩あるくたびにオレの胸の肉を引っ張り、ブラジャーを下に引き下げるのだ。
これはなんとも妙な感じだった。まるで本当にオレの胸が大きくなったみたいだ。そういえば胸が大きな女子は走ったりすると胸が千切れそうに痛いというのを聞いた事があったが、本当にこのヌーブラが実物の重さに近いとすれば、この程度のAカップでこんな感じでは、DとかFとかになると大変なことになるのではないだろうか?
学校に着くと父兄や生徒は入学式会場の講堂へ入っていく。まわりは当然女子ばかりで圧倒されそうだ。母と別れて前方に並べられたイスの方へと歩いていく。まわりの少女たちは全員、真新しいセーラー服が慣れない感じで初々しい。みんなまるで制服をただ着ているだけで、まったく体と馴染んでいない。そんな中では事前に練習していたオレの方がよほど着こなしているみたいだ。
ふと別れた母を見てみると、誰か女性と話している。良く見ると以前オレの採寸をしてくれた松本たか子先生のようだ。
先生はオレの母に何度もペコペコ頭を下げている。たぶんまだオレの胸がペチャパイだと言ったことを気にしているのだろう。もちろんオレは男だから胸のことなんか何とも思っていないから別に気にしてないのだが、性同一性障害の人は心が女だから男でも胸が無いことを気にするようだ。
しかし考えてみれば、オレはこの学校では生徒に対しては女ということになってるし、先生に対しては性同一性障害ということになっている。ということは、どちらにしてもオレはやはり胸がないことを気にしなければいけないと言う事になるのだろうか?そうだ、オレは考え方も女でなければならないのだ。
オレはたしかに女のしぐさや言葉づかいは習ってきたし、女の子の服の着かたにも慣れてきた。しかし考え方は女なわけではないし、母や、妹や、三吉先生とは話したことはあったが、他の女性と女として話したことはほとんど無いのだ。しかも、オレのことを全く女だと思っている人とは一人も話したことがない!オレはそんな重大な事実にいまごろ気付いてしまった。
そう思ったとたん、まわりの女生徒たちからの圧倒的な圧力にはねつけられそうになった。いまやオレのまわりは女で埋め尽くされていた。オレはこの女だらけの世界で、本当に生活していけるのだろうか?
いつの間にか入学式は始まっていた。椅子に座ったオレのまわりには見知らぬ女生徒たちが座っている。彼女たちとまったく同じセーラー服に身を包んではいても、オレだけが男だという事実を思い知らせるように、オレの股間がムクムクと膨らんでいく・・・股に挟み込み、きついガードルで締めつけていなければ、きっとパンティーから頭を出してしまっただろう。オレは気が遠くなり校長の長い話もうわの空で聞いていた。
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長い式が終った頃には、オレは心底グッタリと疲れていた。式の間中、膨張したくとも押さえ付けられていた股間は感覚を失い、漏らしてしまったのではないかと思うほど熱く蒸れていた。今日は式だけしかないことがせめてもの救いだった。
父兄席にいる母のところへ戻るのがやっとだった。今は母が無理にでもついて来てくれたことに感謝していた。もしオレ一人だったら、どうしていいか判らず途方にくれていたかも知れない。
「有希?大丈夫?顔色悪いわよ。」
「・・・う・・・うん・・・ちょっと休めば・・・」
母はオレを自分が座っていたイスに座らせると、どこかへ行った。
戻ってきた時には松本先生と教頭先生が一緒だった。
「え?あなた戸田さんなの?」
松本先生はオレを見て驚いていた。思えば先生と会った時は、オレはまだ学生服を着た男子中学生だったのだ。
「先生、どこか休めるところはないでしょうか?」
母が聞くと教頭がオレの肩を抱いて校長室へ連れていってくれた。
オレはしばらく校長室の長椅子に寝かされていると、そのうちだいぶ落ちついてきた。
急にドアが開いた。
「いやあ、戸田君すまなかったねぇ。私の話が長かったかな?」
校長が笑いながら入ってきたので、オレは慌てて起き上がり、立とうとした。
「あーいいからいいから、そのままそのまま!」
校長は両手で座るように言ったので、オレは座ったままお辞儀をした。
「いやあ、それにしても驚いた!この前会った時とは全然別人だねえ、すっかり女の子になったんだねぇ。」
校長はしきりに感心していた。
「これなら、君が見た目で男だとバレる心配はないですね。いやあ良かった!それに我校の制服も良く似合っていますよ。」
オレは校長にそう言われて、なくしかけていた自信が少し戻ってきたような気がした。
「戸田君、いや戸田さん、もし困ったことがあったら、遠慮せず私か教頭に相談しなさい、入学させたからには出来る限り力になるからね。」
「あ、ありがとうございます。」
そういえば母がいないことにふと気付いた。
「あの・・・母はどこに行ったんでしょうか?」
オレが聞くと
「ああ、お母様はいま職員室にいますよ。先生方に君のことをよろしくとお願いしたいそうですから。」
母はそんな事もするために一緒に来たのかと思うと、オレはつくづく自分のことしか考えてなかったのだと思った。
「先生方は君のことを性同一性障害だと思っていますからね。その点をお願いしているのでしょう。」
校長は言った。
「良いお母様ですね。」
「はい。」
オレは頬を赤らめてそう答えた。
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母が戻ってくると、オレたちは校長先生にお礼を言って校長室を出た。
「有希、先生たちには、かあさんからちゃんとお願いしておいたから、明日から安心して学園生活を楽しみなさい。」
「・・・うん・・・ありがとう・・おかあさん・・・」
校庭に出ると、式が終って帰っていく生徒と母親たちが校門へと歩いていく。
オレたちもその中に混じって歩いて行くと、校門のところで人集りが出来ていた。
なにをやっているのかと思って見てみると、校門の白鴻女学園の名前をバックに写真屋さんが撮影しているのだった。オレは母の腕をつかんで引き止めた。
「おかあさん・・・わたしたちも撮ってもらおうよ。」
オレが言うと、
母は「え?いいの?」と言う。
「なんで?」と聞くと、母は撮ってもらいたかったが、オレが嫌がると思って言わなかったそうだ。
たしかにちょっと前のオレならそうだったかも知れない。だが、オレは自分はまだまだ子供だとつくづく思ったし、女の子としてもまだまだ未熟なのだと思い知らされていた。困った時には誰かに助けてもらわなければ、オレひとりでは何も出来ないだろう。
三吉先生も言っていたではないか、これから先は高校生活の中でおぼえていくのだと・・・いっぱしに女の子になった気でいた自分が恥ずかしかった。いくらセーラー服が上手く着こなせていたとしても、オレはまだぜんぜん女ではないのだ。これから女になっていくためにも、今のオレの姿を残しておきたいと思った。
「かあさん・・・わたし・・・まだ子供でいていい?」
「あたりまえじゃない、あなたはまだまだ子供よ。いつでも大人を頼りなさい!」
そういって母は微笑んだ。
桜の花が咲く下で、オレは母と並んで校門をバックに写真を撮ってもらった。
そこには母の横で少しはにかんだ、女になったばかりのオレが写っていた。