第5話.拒絶
今さらですが、キリのいいところ(おそらく20話くらい)までは1日1話のペースで投稿していきます。 それ以降はストックとの相談ですね。
更新は20:00に予約をしていますので何もなければその時間になるはずです。
「まだ、ダメなんだ……?」
「はい。 今回は体調が完全に良くなり体力が戻り次第、公爵家の側から連絡をして下さるとの事でした」
ティルリアーナが目を覚ましてから2ヶ月もの時が経過した。 しかし、ティルリアーナは未だに僕と会うことを拒んでいる。
どうして、僕と会うことを拒む……。
本当に具合が良くならないのか?
いや、原因は分からなかったものの、体の調子自体はほとんど元に戻っていると以前送られた手紙で確認している。
悪化していることを隠しているのか……?
いや、今さら隠したところで何のメリットもない。 隠すつもりならば倒れた時点で隠すだろう。 いくら王太子とは言え、全てにおいて優先されるわけではないのだから、逃げ道を作ろうと思えば作れる。
だとしたら、やはり何らかの理由で僕のことを拒んでいるのだろう。
しかし、何故……。
何故、僕のことを拒む。
「それはつまり『これ以上は連絡を寄越すな』ってことなんだね」
「おそらくそうなりますね」
「……これは困ったね」
今までは曖昧に言葉を濁す程度だったにもかかわらず、今回は明確に拒絶の意を伝えてきた。
さすがに、言葉通りの親切な意味というわけはないだろう。 リリトア公爵夫人がそんなことをするわけがないし、ティルリアーナの父親である公爵家当主もそんなミスはしない。
やるとしたらティルリアーナ本人だけれど、この文面や字面を見るに書いているのは夫人だろう。 仮にティルリアーナが夫人になりすましているのだとしても、王族への文章に大人が目を通さないなどまず有りえない。
考えられるのは、夫人が僕とティルリアーナの仲を引き裂こうとしているというものか?
そんな使い古されたような展開、そうそうないだろうな。
あの人の様子を見るに娘の意思を無視して勝手に拒絶してしまうというのは考えにくい。 そんなすぐにバレるような嘘をつくほど愚かな人ではない。
………やはり考えれば考えるほど、拒まれているという結論に至ってしまうな。
やっぱり嫌われてしまったのだろうか……。
いやいや、別にティルリアーナに嫌われたところでなんの問題もない。
元々、形だけの結婚という予定だったんだ。 俺にとってあいつは、王妃という座を埋めて、次期国王を産むための存在。 あいつにとって俺は、己のプライドを満たし、最高の衣食住を保証させるための存在。
僕はそう割り切っていたのだ。
………でも。
「殿下、あまり考えすぎるのは良くありません。 一度、気分転換をなさった方がよろしいかと」
いつも間にか眉間にシワを寄せて考え込んでしまったらしい。
レイチェルが新しい紅茶を注ぎながらそう進言してくれた。 確かに、一度に長時間考えていても良いことはない。 考えが固まって結論が出にくくなるばかりだ。
ここは何か別のことをして気を紛らわせようか。
「少し魔法の練習でもしようかな。 使える場所はある?」
「かしこまりました。 少々お待ちください」
軽く頭を下げるとレイチェルは僕の部屋と繋がっているレイチェル用の部屋へと消えて行った。
側付きの使用人の部屋には場内と各施設と連絡が取れるように連絡用魔法道具が設置されており、わざわざ直接確認に向かわなくてもいいようになっている。
これがなければ魔法訓練場まで直接赴かなければならなかったことを考えると、魔法道具というものは人類の進歩に大きな貢献をしてくれているね。
ちなみに、魔法道具を使わない連絡用の魔法も存在する。けど、その魔法で会話をするためには両者がその魔法を使わないといけない。
つまり、相手からの連絡が来ると分かっていて、連絡用魔法を発動していないと相手からの連絡を受け取ることができないのだ。
そうすると、連絡をするという連絡を送らなければならないというジレンマが起こってしまうのである。
受け答えのできない手紙のような一方通行の連絡方法もあるけど、やはりタイムロスが生まれてしまう。
あの魔法道具はまだ一般には普及していないけれど、それも時間の問題だろう。
「ただいまの時間ですと、第三訓練場が空いているようですね」
「ならそこを使わせてもらおうかな」
「畏まりました。 それでは手配いたします」
そう返事をしたレイチェルは再び部屋の中へと戻って行った。
僕は入れてもらったばかりの紅茶に口を付けて、考え事のせいで乾いてしまった喉を潤してから軽い身支度を始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
訓練場は半径50メートルほどの円形だ。
僕はその中心からやや外れたところに立ち、両手の平を合わせて前へ突き出して風の魔力を込める。
数秒もしないうちに魔力が目に見える形で両手の周囲から漏れ出し始めたところで、僕はそれを一気に放出した。
「《トルネード》!」
指向性を持たされた風の魔力は、僕の20メートルほど前で大きな渦となって顕現した。 その半径は10メートルを超えており、地面の砂や小さな石ころを巻き上げていく。
防御壁を作り出していなかったらここもただでは済まないだろう。
トルネードが消えないうちに、右手に炎の魔力を左手に水の魔力を込める。 2つの魔力が混ざり合い、紫色の魔力が怪しく揺らめき出したところでそれをトルネードに向けて放った。
「《ミラージュ》!」
トルネードに巻き込まれた魔力は形を変え、左右に全く同じ渦を2つ生み出した。
《ミラージュ》は、対象の数を増やす魔法だ。 数を増やすとは言っても、実際に増えるのではなく増えているように見えるというだけだけどね。
実態のないただの幻。 ぶつかっても痛くないし、吹き飛ばされたりもしない。
それでも、戦闘においては自陣の戦力を多く見せて相手に牽制をかけるという使い方ができる。 しかも少なくとも1つは本物なのだから幻だからと無視をすることはできないという搦め手の魔法だ。
さて、準備運動はこんなものかな。
魔法の発動時間はまだまだ残っているけれど、それをただのんびり止まっているのもつまらない。
属性を持たない魔力の塊を右手に貯めて振り下ろす。 すると大きく流れを乱された風属性の魔力は、幻属性の魔力や無属性の魔力と混ざり合い霧散した。
「相変わらずの魔法能力ですね」
「ありがとう」
とは言っても、レイチェルにはまだまだ及ばないけどね。
19という若さで王族の側付きになっているというのは決して普通なことではない。 並外れた魔法戦闘能力と家柄、そして使用人としての能力全てを満たしているからこそなのだ。
「折角だから魔法剣も使おうかな。 お願いできる?」
「こちらに用意してございます」
「ありがとう」
そして僕が必要と思ったものはすでに揃えていてくれているところも。 彼女には人の思考が読めているんじゃないかと思うときすらある。
レイチェルから受け取った魔法剣は、魔法剣の中では比較的小ぶりなものだ。 それでも長さは1メートル重さは10キロもあり、子供が持つには重くそして大きい。
けれど僕はそれを片手で持ち上げる。 理由は簡単で、魔力による補助をしているから。 早い話が身体の中を巡る魔力を活性化させることで、筋肉ではなく魔力で剣を持ち上げているということ。
右手に剣を持ったまま訓練場の中央まで進み、剣を正面に構える。
「ふっ、はぁっ! はぁああ!」
掛け声とともに剣を振るう。
そして魔法剣は僕が流す魔力に応じて炎を纏う。
この魔法剣は流す魔力に応じてその属性を帯びる魔法道具で、戦闘用の魔法道具の中では比較的一般的なものだ。 素材の関係上、重くなってしまうのが難点だけれど、活性化ができれば問題はないしその応用性は美味しい。
しばらく色々な属性を纏わせながら振るっていると、レイチェルが僕の視界に入るように近づいてきた。
その手には一通の手紙らしきものを持っている。 どうやら僕が夢中になっている間に手紙が届いたらしい。
剣に魔力を流すのをやめ、レイチェルの元へ向かう。
「……殿下。 リリトア公爵家から、伝令が届きました」
「公爵家はなんて言っているの?」
今朝こちらからの連絡を断られたばかりで、まさか向こうから連絡が来るとは思っていなかった。
さっきの話から考えるに、体調が良くなって会えるようになったということだろう。
しかし、なぜかレイチェルは言いにくそうにしながら手紙に目をやった。
「どうかした?」
「……『婚約をなかったことにしたい』とのことです」
「……………え?」