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溺愛王子と転生令嬢は平和に暮らしたい  作者: ティラナ
第1章.崩れ落ちる平和
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第4話.目覚め

 

 


 使用人さんの報せを受け、夫人の後に続いて公爵家の廊下を進む。

 ティルリアーナが目を覚ました そのことによって先ほどまでの駆け引きじみた空気は一変して、一目散に先ほどまでいたティルリアーナの部屋へ向かっていた。


 ……と言うか夫人、足速くないですか? 動きにくそうなドレス姿で、あまり高くないとは言えヒールを履いて、その上で優雅に早歩き程度で進んでいるはずなのに僕の全速力より速いんですけど。


 そんなことを考えつつ足を動かしていると、あっという間にティルリアーナの私室に辿り着いた。 扉はすでに開かれており、数名の侍女や執事が部屋を出入りしている。

 しかし僕とレイチェルよりも数メートル前を走っている夫人の存在に気がついた使用人さんたちは、慌てて端に寄っていた。 そのままスピードを緩めることなく夫人はティルリアーナの部屋に入っていった。


「ティルリアーナちゃん!」


「あ、お、お母さ───ふぐぅ」


 そして、続いて僕たちも部屋に入ると、夫人はベッドから上半身だけを起こしたティルリアーナを抱きしめていた。

 後ろからでは確認できないけれど、頭を胸に抱え込むような形になっているのだろう。


「よかった。 よかったわ……。 本当によかった……。 よかった……」


 そう言いながらティルリアーナの頭を片手で抱きしめながらもう一方の手で愛おしそうに撫でる。

 ……それはいいけど、途中からティルリアーナの手が必死に夫人の背中を叩いているように見えるのは気のせいだろうか?

 夫人は感動からの抱擁だと思っているようだけれど、僕にはもがいているように見えるのだけれど……。 と言うか、もう足もバタバタとさせているところから見ても完全にそうだろう。

 いやらしい意味はなく、夫人の胸は大きい。 アレに顔を埋めされられたら窒息してしまったも不思議はない。 それを力いっぱいされていたらなおさら。


「公爵夫人……ティルリアーナ嬢が苦しそうですよ」


 ティルリアーナの頭に頬ずりをしていて娘の様子に気が付いていない夫人に後ろからでは声をかける。

 冷静沈着でなんでも見通すような人だと思っていたけれど、それでもやはり娘を心配する一人の母親であることには変わりないんだね。


「あらっ! ごめんなさいね、ティルリアーナちゃん」


「はぁはぁ……。 だ、大丈夫ですわ……」


 夫人が慌てて抱えていた頭を離すと、ティルリアーナはまるで溺れかけた人ように必死に空気を取り入れていた。

 意識不明の重体からようやく意識を取り戻したのに、その直後に母親の抱擁によって窒息死をするなんて笑い話にすらできない。

 深呼吸をしながら次第に元の色の白い顔に戻っていく様を見て、僕は思わず詰めていた息を吐いた。 親子の微笑ましくもどこか面白い姿に緊張の糸が解れたのかもしれない。


「でも、本当によかったわ。 あなたの身に何かあったらと思うと、私気が気じゃなかったのよ?」


「心配をかけて、ごめんなさい……」


「あなたが謝ることじゃないわ。 こうして目覚めてくれたんだもの、それだけで十分よ」


「お母様……」


 娘の無事を心から喜ぶ母親と、その母親に心配をかけたことを詫びる娘。 とても心温まる状況なのだけれど、僕はふと1つの違和感に気がついた。

 ティルリアーナの雰囲気が以前とは違う気がする。

 我儘で自分勝手、それでいて思考も知識も足りないプライドの塊。 僕にとってのティルリアーナはそんな印象だった。


 しかし、今のティルリアーナは違う。 心配をかけてしまった母親に対して申し訳なさそうに頭を下げているし、そんな母親の姿に感動すら覚えている。

 もちろん、他人に向ける態度と家族に向ける態度とでは違いが生じるのは当たり前だろう。 けれど、これはそういったレベルの話ではないように思える。

 まるで同じ姿をした別人のよう───。


「……あれ? で、殿下(・・)……?」


 僕の視線に気がついたのか、母上と抱き合っていたティルリアーナがこちらに目を向け目を丸くした。

 まぁ、目が覚めて自分の婚約者がいたら、年頃の少女ならば驚くのは当たり前かもしれない。 寝顔を見られたと憤慨する女性もいるだろう。

 彼女はどうするのだろうか。


「目が覚めたようで安心したよ」


 ニッコリと微笑みながらそう返す。 すると、さっきまでの驚きはどこへやら、ティルリアーナは驚きの表情を隠しながら申し訳そうな表情をした。 眉尻を下げ、目を伏せた淑女らしい顔だ。


「殿下にご心配をおかけしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。 ご覧の通り、ですのでご安心ください」


「あ、あぁ……うん。 そうだね……」


 そう言いながら、ティルリアーナは手のひらを腰の前で合わせて頭を下げる。 ただそれだけの動作に、僕は図らずも心臓が飛び跳ねるような感覚を覚えた。

 彼女が心のうちでは必死に驚きを隠し、状況把握に努めようとしているのは、感じ取ることができる。

 先日のやかましい態度とは違う。 慎ましやかで、品がある。 それでも、そんな内に秘められた少女らしい様子。

 こちらがうんざりする程に近寄ってきたというのに、今回はむしろ壁を感じる気がする。

 明らかに先日とは違う態度に、僕はどう声をかけていいのか分からなかった。

 笑顔の裏で言葉を探していると、夫人が口を開いた。


「殿下、申し訳有りませんが、これから娘を魔導師に看せなければなりませんので、本日はお帰りくださいませ」


「……申し訳有りません、殿下」


 夫人に続いて、ティルリアーナも頭を下げる。

 確かに夫人の言う通り、念のためにしっかりと魔導師や医師に見せた方がいいだろう。 目が覚めたから万事解決したとは限らないのだから。

 それに僕も一度、自分の思考を整理し直す必要がありそうだ。


 その日、僕はティルリアーナとは部屋で別れを告げ夫人に見送られて屋敷を後にした。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ティルリアーナが目覚めたから1ヶ月後。

 僕は1つの問題に悩まされていた。


「またか……」


 テーブルの上に置かれているのは一通の手紙。

 そこに書かれているのはここ1ヶ月の間、嫌というほど目にした内容だった。


 ────体調がまだ優れませんので、お会いすることはできません。 誠に申し訳有りません────ティルリアーナ・イル・リリトア


 1ヶ月、僕はティルリアーナに会うことを拒まれ続けていた。



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