第26話.デート準備
シリアスさんとは一時のお別れ。
お砂糖の出番です!
部屋の隅の方で何やら作業をしていると思ったら、突然ブツブツと呟き出したティナ。
それだけなら良かったんだけど、不気味に笑ったり叫び声をあげたりし出して、本当に心配した。
ついこの前まで危険とは程遠い世界に生きていたはずの公爵令嬢が、いきなり命を狙われて今は冒険者として危険の中に自ら身を置いているんだ。
気がおかしくなってしまっても不思議はない。
────と、思ったんだけど。
「え、もしかして声漏れてた……?」
「だいぶね」
「あちゃ〜……」
とまぁ、こんな調子。
本人は至って平常運転らしい。
よくよく見ると、ティナの座っていた場所にはこちらから見えない位置に魔法道具が広げられていて、何かしらの作業をしていたみたい。
そういえば、ティナって公爵家にいた時から奇妙な行動が多かったからなぁ。 今さら驚くようなことでもないか。
ティナ自身は変なところはないと思っているみたいだけどね。
「ところでティナ。 今日の午後、買い物に行かない?」
「……お買い物?」
僕の問いかけにコテンと首をかしげる。
こんな動作を自然とやるんだから、全くもって僕の婚約者様は油断ならない。 僕の心を無意識のうちに搦め捕ろうとするんだから。
無造作に結われたポニーテールが頭の動きに合わせてユラユラと揺れる。 貴族時代は緩く下ろしていた髪だけど、動きやすさを考えて旅の途中からは後ろで一つにまとめていた。
それでも顔の左右で揺れる縦ロールは健在だ。 本人いわく、癖っ毛らしい。
どんな癖っ毛だ! って言いたくなるけど、水で濡らしても何をしても崩れなかった。
ある意味ティナのトレードマークみたいなものだね。
「うん。 この街でしばらくは暮らしていくわけだから、必要になるものは多いでしょ? あと、本格的に冒険者として食べていくなら武器とかも買った方がいいだろうし」
最低限の衣服は揃えてあるけど、定住するとなると必要になるものは増える。
それに、冒険者に必要なものも少なくない。 昨日のビッグ・ゴートなんかは一撃で仕留められる魔物だったから良かったけど、そうじゃない魔物の方が多い。 魔物に接近されたときのために、武器の一つや二つくらいは携帯しておく必要があるし、身を守るための防具なんかも必要だ。
これは冒険者として稼ぐための必要投資みたいなもの。
ケチケチして命を落としたら元も子もない。
それに────
「何より、ティナとデートがしたいし、ね?」
「きゃうっ!?」
耳元に顔を寄せて囁くと、ティナは変な声を出しながら両耳を抑えた。 あの婚約パーティー以来こういったことはやっていなかったからか、反応が出会ってすぐの頃みたい。
「ふふっ、可愛い」
ここのところ殺伐とした雰囲気で、こうして和むことなんてそうそうなかったから、僕としてはとてもありがたい。
「人の耳元で喋らないで! 擽ったいでしょ!」
「ふふふ、ごめんごめん。 ティナが可愛いから、ついね」
いつまでも気を張ったままじゃ疲れちゃうからね。
ズィーザ公爵と黒ローブの奴らはタイミングを考えても、まず間違いなくグルと考えていいだろう。 そして、彼らに今は僕たちを殺す意図はないらしい。
如何してかは知らないけど、苦しめ遊んでいるみたい。
だからこそ、逆に考えればしばらくは向こうから殺しに来ることは少ないということ。
何より、そろそろ周辺諸国の対応に追われる頃だとも思うし。 外交はもちろん、この機を狙って侵攻してくるところもあるだろう。
だから、その時が来るまでは力を蓄えながら、せいぜい楽しく過ごさせてもらおう。
「むぅ〜。 私のことからかって遊んでない?」
「さて、どうだろうね?」
わずかに桃色に色付いた白磁のように滑らかな頬に手を添えて、親指でスーッと唇をなぞる。 瑞々しい唇の上を、なんの抵抗もなく指が滑った。
するとさっきまで桃色だった頬は、見る見るうちに林檎のように真っ赤に染まる。
「っ〜〜! い、いつか仕返ししてやから覚えといてよね!」
「楽しみにしてるね」
「楽しみにするなし!」
だって、『仕返し』っては僕がやった以上にドキドキさせることをしてくれるって意味でしょう?
いつも僕の方からティナにアプローチをしてばかりだから、その逆があるのなら楽しみにしないわけがないよね。
真っ赤な顔で睨みつけてくるけど、可愛いばかりでなんの迫力もない。
こうやって一日中ティナと遊んでいるのも悪くないけど、残念なことに時間も有限だからまた別の機会に。
「それじゃあ話を戻すけど、今日の午後から買い物に行こうよ。 チェルシーも一緒だから心配しなくていいよ」
「お二人のお邪魔はいたしませんので、ご安心ください」
僕の言葉に続いてレイチェル改め、チェルシーが頭を下げる。
「……まぁ、私も欲しいものとかあるから、いいけどさ」
手のひらを返されたことで一瞬硬直したティナだけど、スッと目を横に反らせながらそう口にした。
ふふふ、可愛いなぁ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
午後0時過ぎ。
少し早めの昼ごはんを済ませた僕たちは軽く身支度を整えた。
身支度とは言っても、魔物を討伐しに行くわけでもないから、髪型を整えたり買ったものを入れる袋を用意したりするくらい。 ちなみに、袋は旅をしてきたときに荷物を入れていたものを使う。
「終わりました」
「あ、ありがとうございます」
レイチェルに身支度を整えてもらっていたティナの方に目をやる。
本人は自分でやると言っていたんだけど、この宿には鏡がないから髪を整えるのが大変だろうと思って僕が頼んだ。
「うん。 いつもより二割り増しで可愛いね」
手櫛と髪紐だけしか使っていないとは思えないほどに手の込んだ髪型だ。
頭の両サイドに編み込みがあり、それを含めて髪の毛を後頭部でポニーテールにしてある。 ティナの髪質を生かしたふんわりとしたまとめ方で、彼女の魅力をより一層引き立てていた。
その美しさは、まさに天使そのものだ。
その美しさに我慢できなくなり、そっとティナの腰に手を回して抱き寄せ、そのおでこに唇を落とした。 ティナはこういうことに慣れていないから、わざとチュッと音を立てる。
すると予想通り、顔を真っ赤にしてグイグイと僕の胸を押し始めた。
「は、恥ずかしいから……!」
ティナはキスをされたり、抱きしめられたりすると決まって顔を赤くする。 そして、キスの音がすると余計に恥ずかしがることが今までの反応から分かった。
その反応が可愛いからついついイジメちゃくなっちゃうんだよね〜。
「もしかして、照れてる?」
わざとらしくそう問いかけると、ティナは僕を押し退けようとする力をより一層強くした。
「恥ずかしがってるっ、の……!」
一生懸命に腕の中から逃れようとするティナだけど、僕だって生半可な鍛え方はしていない。 活性化を使っていたって、金属の塊である魔法剣は重いんだから。
それを振り回せるようになるために、王城にいた頃からトレーニングは欠かしていないしね。
「よしよし、恥ずかしがってるティナも可愛いよ」
空いている方の左手で髪が崩れない程度にそっと撫でる。
やっぱり少し毛先が傷んでるかな……。
余裕があればヘアケア用品を買ってあげたい。
「てか、いつまでもこんなことしてたら買い物できないから行こ!」
そろそろティナが爆発しそうだ。
腕の中から解放してあげると一目散に扉の方へと駆け出した。
猫みたいで可愛らしい。
「ふふふ、そうだね」
その姿に思わず笑みが溢れた。
口元を手で隠しながら、僕はティナに続いて扉へと向かった。




