第23話.初めての依頼
「ビッグ・ゴートは言ってしまえば大きいだけの山羊です。 魔物に分類されますが特別気性が荒いわけでも魔法を使うわけでもありません。 ですがこちらから攻撃を仕掛けると、自分と弱いと判断すればその巨体を利用して突進をしてくることがありますので遠くから一撃で仕留めるが最も安全と言えるでしょう」
「なるほど……」
タークカナの街から1時間ほど進んだ先にある森の中。
草陰に身を潜めながら、レイチェルのささやくような声に耳を傾ける。
僕たちの視線の先にいるのは二頭のビッグ・ゴート。
簡単に言って仕舞えばその名前の通り、大きな羊。
見た目に関していえばそれ以上でもそれ以下でもない。
体調は2〜3メートルほどで背の高さは、白くてふわふわしている毛も含めれば、人の背丈と同じくらいだろう。
見るからに気性の穏やかそうな見た目だけど、一応魔物らしい。
体内に魔力を溜め込んだ羊さんが変化したものなんだそう。 その溜め込んだ魔力が結晶となって体内に存在するわけだ。
「遠くから一撃って、相手からしたらたまったもんじゃないね……」
なんてティナが呟いた。
まぁ、気が付く前に殺されるなんて考えたくもないね。
「でも、畑を荒らしているのだから文句は言えないよ」
僕たちが受けた依頼は、ビッグ・ゴート20頭の討伐だ。
去年、森の中にたくさん食べ物があった影響か、今年は大繁殖してしまったようで近隣の田畑を荒らしてしまっているらしい。
ビッグ・ゴートくらいなら村人が数人も集まれば倒せるだろうけど、道具を揃えるのにもお金がかかるし、討伐に時間もかかる。 何よりも身の危険性があるので、こうして冒険者に仕事が回ってくるというわけ。
「私たちも生きるためだもんね」
ティナの言う通り、僕たちみたいな冒険者はそれで収入を得ているのだから、自分本位な考え方をして仕舞えば大繁殖してくれたことはありがたい。
「それじゃあ右の一頭はティナが、もう一頭は僕が仕留めるってことでいいかな」
「任せて〜」
ティナが握りこぶしを作ってジェスチャーでやる気を示してくれた。
これは訓練も兼ねているから、レイチェルが倒してしまっては意味がない。 運のいいことにちょうど二頭いるわけだし、僕とティナで一頭ずつだ。
「タイミングがズレると逃げられてしまうので、可能な限り呼吸を合わせてください。 まずは羊毛のことは気にせず、倒すことに集中してください」
両手に魔力を溜めて、いつでも発射できるように準備を開始する。 次第に手のひらが水色の光を放ち始める。 溜めるのは水の魔力だ。
レイチェルの言う通り、ビッグ・ゴートの羊毛は高く売れる。 魔物だからなのか、普通の羊よりも毛が丈夫なのだ。 ただ、欲をかいて毛のない顔だけを狙おうとすれば、わずかな動きで魔法が外れて足元を掬われかねない。
まずはその脇腹を確実に狙う。
「分かってる。 行くよ、ティナ」
「うん。 なんか凄くファンタジーっぽいことしてる……!」
確認を取ってから、同時に魔法を発動した。
ティナがワクワクした表情で何かを呟いたけど、いまは気にしないでおく。
「《ウォーター・ランス》」
「《シード・バレッド》」
僕が放ったのは先端が槍のように尖った水の奔流。 対するティナが放ったのは、植物の種を高速で飛ばす魔法だ。
両方とも初級魔法だけど、それでも人間が生身で喰らえば命を通しかねない威力を持つ。
その証拠に、僕の放ったウォーター・ランスはビッグ・ゴートの身体を穿ち、奥にあった数本の木にも穴を開けたところで消滅した。 断末魔を上げる暇もなく、命を奪われたらしい。
しかし────
「メ゛ェェェェエエエ!」
もう一頭、ティナが攻撃した方は脇腹から大量の血を流し真っ白な毛を真紅に染めながらも、こちらに突進してきた。
「《ウォーター・ランス》!」
咄嗟に水の槍を放てば、それは吸い込まれるように巨大羊の眉間を貫いた。
「危ない危ない。 なんとか倒せたね」
思わず止めてしまっていた息を吐きながらティナに話しかける。 できるだけ明るく、本人を元気づけるように。
もう一頭────僕が狙った方ではないビッグ・ゴートが襲いかかってきたと言うことは、ティナの魔法で仕留められなかったことを意味する。
ここはそのことには触れないであげたい。 少なからず、ショックを受けているだろうから。
「……ごめん」
「気にしなくていいよ。 次はもっと上手くいくよ」
魔法の威力なんていうのは、その時々で大きく変化する。
それに、力加減というのはどうにも難しい。 僕なんて威力が有り余って後ろの木々をなぎ倒してしまったわけだし、その逆があるのも当たり前だ。
「うん……、ありがとう」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「《アイス・アロー》」
「《フレイム・ランス》」
氷の矢が、火炎の槍が巨大羊を襲う。 氷の矢は羊を貫通したところで、後ろにあった木に突き刺さって消滅した。 対して火炎の槍は羊に命中するも、命を刈り取るには至らない。
羊毛に引火し、火達磨になりながらこちらに突進してきた。
「《アイス・アロー》!」
続けて僕が放った氷の矢が羊を貫いた。
瞬間的に発動したものだから、力加減が上手くいかなくて後ろの木々をなぎ倒してしまった。 これは要練習だね。
「………ごめん。 また倒せなかった」
すっかり落ち込んでしまった様子のティナ。
無理もないことだと思う。
倒しきれなかったのはこれで10頭目だ。 全てのビッグ・ゴートが2頭ずつだったわけじゃないけど、交互に倒していって互いに同じ数を倒した。
その中で、僕は全てを一撃で倒せてしまった。 下手に加減をすると命の危険があるから、わざと仕留め損なうなんてことはしていない。
自分だけが出来ていないっていうのは苦しいものがある。
「だから気にしなくっていいよ。 ティナはティナのペースでやればいいんだから。 それに1日に何回もやっていては疲れちゃうからね。 でもこれでちょうど20頭頭倒せたから、今日はもう帰って休もうか」
「…………うん」
すっかり意気消沈した様子のティナは消え入りそうな声で返事をした。
これは思っている以上に凹んでいるのかもしれない。 普段は明るい様子のティナだから、余計に心配だ。
街に着く頃にはすっかり陽も傾いており、冒険者ギルドは多くの人で賑わっていた。 依頼の達成報告をする人、少し早めの夕食を迎えている人。 その目的は様々だ。
「ビッグ・ゴート討伐の依頼達成報告に来たのですが」
「それでは、討伐の証である魔結晶をお願いします」
この前とは別の受付嬢さんの言葉を受けて、レイチェルが麻袋に入れていた魔結晶を取り出す。
ビッグ・ゴートの魔結晶は水色で指先ほどの大きさ。 もともとが弱い魔物だから内包している魔力は少ないけれど、それでも立派な魔結晶だ。
「はい。 ちょうど20個ですね、少々お待ちくださいませ」
そう言うと受付嬢さんは水晶のようなものでできた透明な板の上に魔結晶を並べた。 すると水晶版が輝き出し、受付嬢さんはそれを確認する。
仕組みはよくわからないけれど、あれも魔法道具なんだろう。 置いた魔結晶の性質なり何なりを調べるための。
しばらくして確認が取れたのか、まとめて別の袋に入れると、代わりにトレイに乗った数枚の銀貨を差し出してくれた。
「こちらがビッグ・ゴート20体討伐の報酬になります。 ご確認ください」
「えぇ、確かに」
100リル銀貨4枚────ちょうど400リルだね。
命がかかっているとはいえ、一日の収入としては悪くないかな。
これを単純に30倍すれば12000リル。 ゴンドワンの平均収入には及ばないけれど、駆け出し冒険者が稼げる額としては十分だと思う。
命がかかっているだけはあると言うことかな。
「では登録証をお預かりします」
受付嬢さんに言われるがまま、3人分の登録証を渡す。
それを受け取って、受付嬢さんは置いてある機械を操作し始めた。
「あれは何をしているんですか?」
「登録証に依頼内容を記録しているんです。 これがお二人の実績となります」
ティナの問いかけにレイチェルが答えた。
なるほど、よく出来ている。
冒険者の心得に、『登録証には過去の依頼の履歴が残る』という風に書かれていたけど、そういうことなのか。
「ハイテクすぎでしょ……。 さすがファンタジー……」
隣から何かボソッと聞こえたけど、いまいち意味がわからなかったからスルーしておく。
ティナは時々よく分からないことを呟くからね。
「お待たせいたしました。 こちらお返しいたします。 またのお越しをお待ちしております」
「ありがとうございました」
依頼内容の登録が済んだ、登録証を受け取りそのままギルドを後にする。
本来なら、この後に手に入れた素材の買取をしてもらいに行くんだけど、ズタズタにしてしまったから品物としての価値はないらしくその場で処分してしまった。
だから今日はこのまま宿に帰ることになる。
さすがに疲れたし、今日はゆっくりと休ませてもらおう。
「次は一撃で倒せるようにならないと……!」
「うん、その意気だよ。 ティナは頑張り屋さんだね」
握りこぶしを作ってやる気満タンのティナの頭をそっと撫でる。
あまり落ち込んでいないようで一安心だ。 明日からはティナの魔法の訓練を取り入れてもいいかもしれないね。
でも、頑張りすぎないように見張っててあげないいけないかな。 魔法道具みたいに熱中しすぎて徹夜とかになってしまったら大変だし。
「………そのことについて、宿に着いてからお話がございます」
ティナのサラサラな髪の毛を堪能していると、レイチェルが神妙な顔つきでそう切り出した。




