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溺愛王子と転生令嬢は平和に暮らしたい  作者: ティラナ
第1章.崩れ落ちる平和
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第22話.明らかになる現状

 


 僕たちは、タークカナの街の手頃な宿に1つ部屋を借りた。

 3人部屋があればよかったんだけど、需要が少ないのかこの宿にはないらしい。 そこで少し割高な4人部屋を借りることになった。


 レイチェルは椅子に座り、智属性で街の人々の話し声をかき集めている。 魔力量に応じて集められる範囲や精度が変わるこの魔法は、情報収集に最適な魔法だ。

 かつてゴンドワン王国でスパイ活動をしていた時に習得したらしい。


 そして僕とティナはもらった冊子に目を通していた。

 以来受注時の注意点から登録証を失くした時の再発行の方法まで事細かに記されている。


 魔物などの討伐依頼の際には、魔物の心臓部分である魔力の結晶を持ち帰ればいいらしい。 ウチのように魔法道具などの作成などで、自分たちも欲しい場合は多めに倒さないといけないと言うわけだ。 それ以外の肉や皮などは好きにしていいとのこと。

 ただし、魔物以外の生物────イノシシや狼などの討伐の際にはその死体を持ち帰らないといけない。

 魔物に比べれば安全だけど、その分だけ少し面倒臭そうだ。


 そして登録証の再発行には1000リルかかるらしい。

 ちなみに、『リル』とはこの世界の共通通貨の単位だ。 冒険者ではない一般家庭の収入が月に10000リルであるということを考えると、なかなかに絶妙な金額設定である。

 安すぎてぞんざいに扱われるわけでもなく、かと言って高すぎて再発行ができない額というわけでもない。

 なかなか、うまく作られている。


「……殿下」


 話しかけられて顔を上げると、レイチェルが悲痛に満ちた顔をしていた。

 良くない情報が手に入ってしまったらしい。

 そして、僕に報告してくれるということはその情報の信憑性が高いということだろう。 かつてスパイとして情報収集を行なっていたレイチェルだ。 まず間違いなく真実だと思っていい。

 覚悟をして頷く。


「ローレンシア国王陛下が、処刑されたとのことです」


「父上が、処刑された!?」


「はい……。 街の人々が噂をしているのを耳にしました」


 あれだけの事件があって、身近な人間の死が他人事のように聞こえるなんてことはなかった。

 水面に黒い絵の具を垂らしたように、スゥと心に暗い感情が広がった。


 父上が…………。


 ……父上は、僕に対しての関心はあまりなかった。 特別に愛情を注いでもらった記憶もない。 ともに食事など、一度も経験がない。

 でもそれは決して、邪険に扱われたというわけでも、毛嫌いされていたわけでもなく、俗にいう家族らしい関係がなかっただけ。

 婚約の報告をした時には喜んでくれたし、必要なものは揃えてもらっていた。 美味しくて温かい食事に、着心地の良い服、柔らかいベッド。 優秀な教師に、優秀な側付きの使用人。

 僕は父上を苦手としていたけれど。 それでもやはり、親愛の情というものはあったみたいだ。


「アルフ……」


 ティナが俺の肩をそっと抱きしめてくれる。 その体温が、背中越しに伝わってくる鼓動が、なんとも心地よくて。

 思わず、何もかもを委ねてしまいたくなる。


 レイチェルは僕の面倒を見てくれるし、いざとなったら守ってくれる。 とっても優秀なメイドだ。 でも、だからこそ、必要以上に踏み込んで来ようとしない。

 そして僕も、レイチェルには甘えない。 彼女はその立場から、甘えさせてほしいといえば、いくらでも甘えさせてくれるだろう。 でもそこに主従という関係がある以上、無理やりさせてしまっているんじゃないかという気がして、いやだった。


 でも、ティナになら、少しくらい甘えてもいいかな……?


「………また、今回のクーデターを扇動したのはズィーザ公爵のようでした。 国王陛下亡き後、自らが新たな国王の座に就いたようです」


「そんな………!」


 ティナが驚きの声をあげた。

 僕も、予想だにしなかった名前に耳を疑った。


「叔父上が……」


 だって、あの時は……挨拶をした時はいつも通りだったじゃないか。

 なのに、なんで……。


 それにクーデターなんて起こせば、周りの貴族が黙っていない。 いくら名門の公爵家だからって、無事で済むわけがない。


「他の貴族たちは何もしなかったの……? ううん、それほど多くの貴族がズィーザ公爵に加担していたということ、かな……」


「分かりません。 ズィーザ公爵は新たなる国王を名乗り、少なくない貴族が処刑もしくは投獄されたとの情報があります」


 さすがに皆が皆、ズィーザ公爵の傘下にあったわけではないみたいだ。

 それは、喜ぶべきことなのか……。 それとも、投獄された貴族が多いことを悲しむべきなのか……。

 そんなことよりも、僕には確認すべきことがある。


「……リリトア公爵たちは?」


「処刑されたという情報はありません」


「そっか……」


 顔を上げると、ティナは不安と悲しみを押し殺して笑顔を作った。

 僕はティナの腕の中から出て、レイチェルと向き直った。


「早く力を手に入れて、お義父上たちを助けださないといけないね」


 ティナにあんな顔をはさせない。

 早く強くなって、リリトア公爵たちを助け出す。

 そして………ローレンシア国王を、取り戻す。


「焦りは禁物です、殿下。 いくらなんでも情報が早すぎます。 それに、ここまで細かなことまで一般の人々の間に広まっているのも妙です。 ズィーザ公爵側の人間が意図的に情報をばら撒いているのだと考えられます」


 確かに言われてみれば危険かもしれない。

 いくら隣国の、一番近い街だからと言って、一般人のところまで知れ渡っているというのは妙だ。

 情報自体は魔法を使えばすぐに、国の諜報機関(スパイ)からゴンドワン王国の元へと送られるだろう。


 けれど、一般の人々の元までそんなにすぐに知れ渡るものだろうか?

 クーデターが起こってから、まだ1ヶ月も経っていない。 せいぜい半月くらいだ。

 ローレンシアの常識で考えるなら早すぎるし、ゴンドワンで生活を送っていたことがあるレイチェルからしても早すぎるという。

 考えられるのは………。


「私たちを誘き出すための餌ってこと……?」


「おそらくは」


 奴らが意図的に情報をばら撒いているって事。

 それがゴンドワン王国に限った話なのか、それとも所構わずなのかは知らないし知ることもできない。

 けど、そう考えると奴らは僕たちの居場所を特定できていないってことだ。 もし分かっているのなら誘き出す必要はないのだから。


「でも心配しなくていいよ。 僕だってそこまで無謀じゃない。 今は機を伺うさ」


 今は機を伺う。

 そして奴らを倒せるくらいに強くなったら……。


「さーて。 いつまでもこんなところで考えてたって仕方がない。 僕たちは強くならなきゃいけないけれど、その前に生き残らなきゃいけないんだ。 まずはお金を稼がないとね」


 宝飾品を売り払った金で生活できるけど、それだって無限じゃない。

 そうすると、戦ってお金をもらえる冒険者というのは僕たちにピッタリの職業かもしれないね。

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