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溺愛王子と転生令嬢は平和に暮らしたい  作者: ティラナ
第1章.崩れ落ちる平和
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第20話.強く

 



「もう少しでゴンドワン王国に入ります」


 僕たちはいま、左右を木々に囲まれた街道を進んでいる。

 全体的に森の多いゴンドワン王国だけれど、そこに近づくに連れてあたりも木が多くなってきた。

 自然と野生動物や魔物との遭遇率も高くなり、僕たちは口に出さなくとも神経をすり減らせていた。

 レイチェルさんの言葉に僕は内心でホッと息を吐いた。


「はぁ〜、やっとかぁ」


 ティルリアーナなんて僕の後ろで隠そうともせずにその安堵を明らかにした。

 現実的に考えれば、ゴンドワン王国に入ったところで魔物の数が減るわけではないし、追っ手が絶対に来なくなるというわけでもない。 むしろ、魔物の数はこれからもっと増えると考えてもいいだろう。

 けれど、ローレンシアを脱するということが僕を不思議と安心させた。 生まれ育った土地だというのに、薄情なものだ。


「油断は禁物ですよ。 国境付近で待ち伏せをしている可能性も否定できませんし、ゴンドワン王国の領地まで追ってこないとも限りませんから」


「そ、そうなんですか……」


 ティルリアーナの声があからさまにシュンとしたけど、安心するのはもう少し先だ。

 せめて、ゴンドワンの街についてから。 それまでは気を緩めてはいけない。

 ……と言うのも、頭では分かっていても難しい話ではあるけれど。


「でも、何事もなければ今夜はゴンドワン王国の土地で野営をすることになりそうだね」


 そうすれば、明日の午後にはそれなりの大きさの街に着くだろう。 たしか、国境付近にかつての戦争で前線基地となった街があったはずだ。

 いまは魔物駆除のための前線基地となっており、冒険者ギルドもそれなりの大きさのものが存在していると言う話だ。

 そこで冒険者登録をして、適当な街に拠点を構えて力を蓄えよう。


 僕の言葉に、レイチェルさんがこちらを向いた。


「えぇ。 最後まで気を引き締めて行きま────っ!」


 にっこりと笑った顔が、一瞬で険しい顔に変わる。

 それとほぼ同時に右手を横に突き出して防御壁を作り出した。 しかし、完全に防御壁が完成する前に、飛来した何かによってレイチェルが斜め後ろに弾き飛ばされ地面を転がった。

 それらは全て刹那の出来事だった。


「レイチェル!」


 慌てて馬を止めて振り返る。

 レイチェルは既に起き上がっており、右肩を抑えながらこちらに駆けてくる。

 しかし、彼女の右肩はそこから先が存在していなかった。

 彼女の後ろに、真っ赤な水たまりとその中に浮かんだ60センチほどの長さのものがあった。


 レイチェルの……腕だった。


「油断しました……! 殿下、ティルリアーナ様、私の後ろへ!」


「分かった」


 馬から降りて、ティルリアーナを抱きしめてレイチェルの後ろに隠れる。

 レイチェルは左手だけを前に突き出して防御壁を発動するけれど、怪我のせいで集中力が保てないのか以前よりも薄い。


 数秒、森の奥を睨みつけていると、例の黒いローブが姿を現した。

 数は1人だけ。 見た所、手には何も持っていない。

 けれど、だから勝てるかと言われればとても頷くことはできない。


 前回戦った時ですら逃げるのが精一杯だったのに、今回レイチェルは大怪我を負っている。

 ティナの魔法道具のことも知られている危険性がある。


「目標は達せらレタ、かナ……」


 僕の警戒心をよそに、変に高い不気味な声でそう確認するように呟くと、黒ローブは森の中に解けるように姿を消した。


「逃げた、のかな……?」


「いえ、見逃してもらえたというべきでしょう」


 ティナの言葉をレイチェルが訂正する。

 相手が逃げたなんて程、こちらが有利だったわけではない。 間違いなくこちらが不利だったし、もう少しでも戦いが長引いていればこちらが負けていただろう。

 よくて拘束、悪くてその場で首を斬られていた。


「奴は、なにがしたかったんだ……」


 まさか、レイチェルの腕を斬り落とすためだけに追ってきたのか?

 斬り落とされた腕は僕たちの後ろに転がっている。 レイチェルの腕を持ち帰ろうと言うわけではなさそうだ。

 すると考えられるのは、こちらの戦力を落とすこと。 もしくは、精神的動揺を与えることだ。

 ツーッと背中を嫌な汗が流れるのを感じた。

 まるで…………



 ───カゴの中の虫を甚振って楽しんでいるみたいだ。




「あ、そ、そんなことよりも腕の治療をしないと! えと、ええと……!」


 絶望に覆い尽くされそうになったところで、アタフタするティナの声が聞こえた。


「ご安心ください。 もう止血を行いましたので」


「でも、それじゃあ流石に衛生的にも良くないです」


 そう言うとティナは自らの持っていた麻袋の中を漁る。

 あの中には魔法道具や衣服を含めたティナの私物が入ってるはずだ。


「あった!」


 取り出したのは手のひらサイズの円柱だった。

 人の手で握ればそのほとんどが隠れてしまう程度の大きさで、中央部分には魔力の結晶が埋め込まれている。


「それは?」


「治癒属性の魔法道具。 どんな傷や病でも治せるものには程遠いんだけど、それでも傷口を塞ぐくらいなら」


 そう言いながら、ティナはレイチェルの右肩に魔法道具を近付けた。

 すると、淡い黄緑色の光が現れ傷口を癒していく。


「っ……!」


「少し痛むけど、我慢してください」


「え、えぇ……」


 どうやら相当な痛みらしい。

 今まで痛みを堪えていたレイチェルがわずかにその顔を歪めた。

 魔力を流しながら、ふと後ろに目を向けたティナは『本当なら斬れた腕をくっつけたりできればよかったんですけど……』と言いながら目を伏せた。

 斬れた腕を元どおりにくっ付けるなど、並以上の治癒魔導師でないと不可能だ。 ティナが悔やむのは分かるけれど、誰もそこまでの贅沢は言わない。

 誰でも、傷をその場で治せるだけでも十分すぎる性能なのだから。


「はい、もう大丈夫です。 傷口は完全に塞がりました」


「………感謝します、ティルリアーナ様」


 1分とかからないうちに傷口は完全にふさがった。

 見た目は痛々しいけど、血が滴っていない分さっきよりもだいぶマシだ。


「それでは先を急ぎましょう。 日が暮れてしまっては危険ですから」


 そう言いながら片手で散らばった荷物を纏めるレイチェル。 片腕がない分、その動きはぎこちない。


「その腕で手綱を操れる?」


「馬を操るだけなら問題ありません。 ですが、以前よりもできることが少なくなったのは否定できません」


「そっか……」


 なんでもないことのように言ったけれど、レイチェルの腕はもう戻ってこない。

 それこそ、伝説に残るような大魔導師ならばなくなった腕を再生させることも可能だろう。 でも、そんな夢を見ていても何も変わらない。

 全てを受け入れた上で、そう口にしたんだろう。


「それに、この馬はもう使い物になりませんね。 ……ここで捨てて行くしかなさそうです」


 レイチェルと一緒に吹き飛ばされていた馬は、森の中に倒れ込んでいた。

 どうやら脚を折ってしまったらしい。


「ごめんなさい、私の魔法道具じゃ骨折までは……」


「そうすると徒歩になるね」


 さすがに魔法道具では骨折までは治せないらしい。

 まぁ、腕が斬られたのをたった1分で止血してしまったのだから今までの歴史を覆す代物に変わりはないのだが。


 徒歩となると、レイチェルの馬にも担がせていた荷物をこちらに纏めて、行商のようにその馬を引くのが無難だろう。 もう1つ、手がないことはないけれど、僕はそれを口に出せるほど冷たくはなれなかった。

 移動速度は遅くなるけど仕方ない。


「いえ、お二人に馬に乗ってもらい、私が走るという手段がよろしいかと。 休憩までさほど時間もありませんし、その程度の時間ならば馬と同じくらいの速度ならば走れますので」


「………そう、だね」


 それが今の僕たちにとって最善の手ではある。 けれどそれは、大怪我を負った人に馬と同じ速さで走れと言うもの。

 いくら活性化の魔法で強化しているとはいえ、馬に乗っていることに比べれば当然疲れる。


 レイチェルにさらなる苦労をかけてしまう。

 何より、本人がそう言ってくれて僕は心のどこかでホッとしてしまった。

 それが、何よりも申し訳なかった。


「ごめんね」


 強くなろう。

 僕について来てくれる人を守れるように。

 自分の愛する人を守れるように。


 強く。


ここで第1章 完 となります。

次回からは第2章に突入します。


また作者の執筆速度の関係上、ここからは二日に一度の更新になります。 ストックが溜まり次第、更新頻度を上げたいと考えています。

お待たせすることになり申し訳ありません。

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