第18話.逃亡
ティナに続いて王城を走る。
中庭から城の中へ足を踏み入れてすぐに、ティナは壁のあたりを触り始めた。
「ティナ、何を」
「あった」
声をかけようとした時、ティナは何かを見つけたらしい。
ホッとしたような声に遮られてしまった。
ティナが壁の一部を押すと、壁の一部が開いた。 屈めばようやく人1人が通れるほどの大きさで、下の方に階段状に飛びている。 けれど、奥行きはだいぶありそうだ。
長いこと使われていないようで、丸石に囲まれた壁面は苔生しておりカビ臭い匂いに満ちている。
「2人とも、こっちへ……!」
足を踏み入れることを躊躇われる場所だけれど、ティナは迷うことなくそこへと足を踏み入れた。
……ええい、仕方ない!
後ろに下がっても逃げ道はない。
僕には進むより他に助かる道はないんだ。
何より、ティナが行くのに僕が躊躇う理由はない。
覚悟を決めて通路の中に進むと、レイチェルも後に続いた。
ティナが何かを操作したのか、3人が足を踏み入れた少し後に入り口が閉じられた。 おそらく、外から見れば元どおりになっているのだろう。
しかし────
「まっくらだ……」
ボソッとティナが呟いた。
いや、分かってたことでしょう。
窓1つない四方を石に囲まれた空間で入り口の扉を閉めれば、明かりがなくなるのは当然のことでしょうに……。
ティナらしいといえばティナらしいけどね。
「明かりを用意いたします」
レイチェルが空かさず光球を生み出した。
小指の先程度の大きさだから、道を照らすには十分だし万が一にも外に光が漏れる心配はないだろう。
「ここは……」
改めて見れば、光球に照らされた壁はかなり劣化している。 長い間、人の手が加えられていなかった証だ。
実際に、僕は生まれてこのかた隠し通路の話なんて聞いたことがない。 少なくとも、いま王城に勤めている中でこの通路のことを知っているものはいないだろう。
この様子を見るに誰かが使った形跡もないし。
「何代か前の国王が有事の際に備えて作らせたみたい。 まぁ結局、一回も使われなかったらしいけど」
ティナは、まるでなんでもないことのようにそう答えた。
本人の言う通りにこの通路が数代前の国王によって作られているものだとしたら、その当時を知る存在などいないだろう。 まして、国王主体で作られたのなら、王族が知らないのなら知っている者などいないだろう。
有事に備えて秘匿にされていたものが、数代の後には忘れ去られていたのだから滑稽な話だ。
「ねぇ、ティナ。 聞きたいことが幾つかあるんだけどいいかな」
ひとまず目前の身の安全が確保されたところで、状況把握に努めることにした。
「なぁに?」
「一体どこでこの隠し通路のことを知ったの?」
そんな通路を、なぜティナは知っていた。
この通路のことは少なくとも王城にいる人は誰も知らないはずだ。 けれど、それをなぜティナが知っていた。
「もちろん、ティナのことを疑っているわけじゃないんだよ。 ただ、もしこの通路のことを黒いフードの奴らが知っていたとしたら出口のところで待ち伏せをされる可能性もあるから」
だからこそ、どこで誰に聞いたのかは把握しておく必要がある。 いまさら知ったところで引き返すわけにもいかない。
それでも、心構えくらいはできる。
「いつ、誰に聞いたのかは言えない……。 でも、その人の言うことは信頼していいし、この通路のことをその人が知ったのも偶然だったらしいから、心配はいらないと思う」
「そっか……」
ティナにそれほどまでに言わしめる存在に心がざわめくけれど、今はそういう話をしている場合じゃない。
言えないというなら、これ以上は聞いてもダメだろう。
ティナは意外と頑固なところがあるから。
「それなら、さっきの魔法道具は何? アレもティナが作ったもの?」
おそらく1回目に投げたのは炎と光、2回目に投げたものは爆属性の魔法道具だろう。
炎は元素属性、光と爆は2属性の複合属性だ。 どれも現在の技術で魔法陣によって再現可能な属性である。
実際に、炎属性と光属性の魔法道具は幅広く使われている。
でも、ティナの使った魔法道具は今までの常識を脱していた。
何よりも注目すべきは作動までの時間差と、その威力だ。
まず魔法道具は大きく2種類に分けられる。
手に持つなどして直接魔力を流し続けるものと、あらかじめ貯めておいた魔力を徐々に消費していくものである。
でも、ティナの使ったボール型魔法道具はそのどちらにも属さない。
使う直前に魔力を流して、その数秒後に作動したのだ。
言うなれば2つの複合型と言えるだろう。
次にその威力。
本来、直接魔力を流し続けるものは高い威力を出せるが、貯めておいた魔力を消費するものは高い威力が出しにくい。
だから例えば、爆属性などは魔法道具としての応用が難しいとされてきた。 手に持ったまま爆発されては自分が無事では済まないし、貯めていた魔力を消費させようとしても、今までの技術では一度に放出させることができる魔力が限られているせいで小さな爆発しか起こすことができない。 むしろ小さな爆発で魔法道具が壊れてしまうという不良品になるかもしれない。
直接魔力を流すことによる威力の高さと、魔力を貯めておく安全性を確保できている。
これは複合型の利点なのだろう。
「うん。 特定の魔力を加えてから衝撃を与えると光と煙を出す魔法道具と、特定の魔力を加えてから一定時間が経つと爆発する魔法道具なんだ」
「そんな危険なものを常日頃から持ち歩いてたの……?」
特定の魔力という話だから誰かが発動した魔力によって誤爆してしまうことはないだろうけれど、それでも万が一ということはある。 その状態で転んだり人にぶつかったりしたら大惨事だ。
僕だったら間違っても持ち歩いたりしない。 まして服の中に入れるなんて……。
「……いつどこから破滅が迫ってくるか分からないから」
「はぁ……」
この子は時々、そういうことを言う。
いったい何を怖がっているのかは分からないけれど、彼女の言うところの破滅が迫ってきたのだから下手に否定することもできない。
「他に隠している魔法道具もある?」
「……ドレスの中に幾つか」
「はぁぁ……」
いや、うん。
この状況においてはありがたいことなんだよ。
ティナの魔法道具は良くも悪くも常識はずれのものが多い。 今回みたいに絶体絶命のピンチから救い出してくれることもあるだろう。
……でも、なんだか複雑だ。
ついさっきまでティナはこんな危ない道具をたくさん仕込んでパーティー会場にいたということで……。
これは婚約者として咎めればいいのか。
それとも褒めればいいのか。
「まぁ、いいか。 今回はそれのおかげで助けられたわけだし。 でも、これからはそういう危ないことはやめてよ?」
「はーい……」
聞いているのか聞いていないのか分からない生返事を返してきた。
全く反省してないなこの子は。
でも、この気安い会話ができる雰囲気がなんとも心地いい。
「ところで、いまのティナの口調、可愛いね」
「………え゛!?」
思ったままに褒めるとティナは目を見開いて『マズイ』といったような顔をした。
どうやら無意識だったらしい。
「かしこまった感じがしないから、とても心地いい。 公の場以外ではそれでいてくれると嬉しいな」
「……考えておきますわ」
オホホホとわざとらしく口に手を当てて笑ったけど、全く似合っていなかった。
3時間ほど隠し通路を進んだのち、僕たちは無事に地上へと出て、夜の闇に紛れて王都から逃亡した。