第15話.婚約披露パーティー《ティナ》
「行くよ、ティナ」
「はい、殿下」
アルフ────ゲームとの区別がややこしいから、実際のアルフォードのことはアルフと呼ぶことにした────に手を引かれて光に向かって階段を進む。
光の方からは、音楽隊による愉しげな音色や人々の話し声が聞こえてくる。
でも、私は心からそれを楽しめるほどの度胸を持ち合わせていなかった。 一応はティルリアーナの記憶もあるけれど、私自身がパーティーに参加するのは初めてのことなのだから。
おまけに、今回のパーティーの主役は私たちなんだから、緊張しない方がおかしい。
これは、私とアルフの婚約披露パーティーなのである。
えっへん。 ……何がだ。
遡ること1ヶ月前。
『え? パーティー?』
アルフとともに魔法道具の開発を始めてから半月。 色々とアドバイスをもらいながら魔法道具を開発していたとき、いきなりその話を持ちかけられた。
『そう。 僕とティナの婚約発表のためのパーティー。 来月末にお城で行われる予定だから予定を空けておいてくれる?』
その言葉に思わず身を固くする。
婚約披露のパーティーがマジキスに登場するのは、作品のエンドロール後だ。 ヒロインとアルフォードが並び立っている姿のスチルでアルフォードとヒロインが愛の言葉を交わすというものだった。
他のキャラのルートだとまた別のスチルになっているから、マジキスて婚約披露パーティーが登場するのはそこだけ。
ティルリアーナとアルフォードの婚約披露パーティーも、作中では話すら出てこないから実際に行われたのかどうかも不明だ。 ただ、ゲームのアルフォードは現実のアルフとは違い、ティルリアーナに好意を寄せたりはしていなかったはずだから行われていたとしても形式的なものだろう。
『大丈夫。 婚約発表のパーティーとは言っても、そう緊張しなくていいよ。 いつも通りに振舞ってくれれば問題ないから』
間違ってもそう言った後におでこにキスなんてしなかったはずだ。
っていうか、何なんだあれは!
アルフは事あるごとに私にキスをしてくる。
手の甲に始まり、おでこ、ほっぺた、首筋、耳。
この前なんて私の脳天にキスしてきやがった。 全く何を考えてるんだ!
唇へのはまだないけれど、多分それも時間の問題だと思う。
このキス魔め!
なんて、余裕ぶった横顔に心の中で暴言をぶつけてやる。
それをどう勘違いしたのか、私の手を握っていた手にキュッと力が込められた。
それとほぼ同時に、階段を登りきりパーティー会場である大きなホールに歩み出る。 周りよりも一段高くなっていたようで、9歳児の身長でも会場全体を見渡すことができた。
スチルだけでは分からなかったけど、めちゃくちゃ広い。 私が通っていた高校の体育館の10倍はあるんじゃないだろうか。
奥の方にいる人は顔の区別がつかない。
「あちらが、リリトア公爵家の……」
「お二人とも何とも可愛らしい」
「聡明そうな顔立ちではないか。 とても九つには思えない」
「美しい……」
「あの大人びた表情……。 見た目以外は親から受け継がなかったと聞いていたが、噂は間違いだったか……」
私の方から会場全体が見渡せるってことは、逆に会場中の人から私たちの姿が確認できるというわけで……。
私たちに気が付いた人たちが色々な感想を述べている。
まぁ、確かにティルリアーナはマジキスの中でも黙っていれば美人だったもんね。
今は『ティルリアーナ=私』なんだけど、外見に関しては他人事なんだよね〜。 大人びた表情って言っても、本当に中身は大人なんだから当たり前だし。
問題はリアル9歳児なのに私よりも落ち着いてるこいつ。
「緊張しなくていいよ。 僕がそばにいる」
「ははは、ありがとうございます……」
なんなんだこれは。
いくらなんでも落ち着きすぎでしょう。 9歳でこれって、もうほとんど出来上がっちゃってるじゃないですか。
だったらもう少し、恋愛面においても大人になって欲しいところだ。 大人の落ち着いた恋愛をしましょうよ。
「さて、それじゃあ挨拶に向かおうか」
「かしこまりましたわ」
2人で手を繋いだまま、数段の階段を降りて他の人たちと同じ高さまで降りる。
そのあとどこに向かうかはアルフに任せる。 こういった場での挨拶の順番はとっても大切になってくるのだ。
一番初めに向かうのは、その人が一番重用している者。 もしくは、国外からの来客だ。
ただ、今回は国内からしか来ていないから前者。
「御機嫌よう、ズィーザ公爵。 僕たちのために足を運んでくれたこと、ありがたく思います」
「臣下として当然の務めでございます。 王太子殿下におかれましては、この度のご婚約、心よりお祝い申し上げます」
まず初めに挨拶をしたのは、リリトア公爵家と並ぶ権力を持つズィーザ公爵家当主。 彼の妻は今の国王の姉で、アルフにしてみればおじさんに当たるのだ。
見た目はナイスミドルといった感じのおじさんで、茶色の髪には僅かに白髪が混じり始めている。
「そちらが、ご婚約者様の……?」
「えぇ、僕の婚約者のティルリアーナです」
話が私の方に向いたから、アルフと繋いでいた手を離しスカートの裾を摘んで腰を僅かに落とす。
「お初にお目にかかりますわ、ズィーザ公爵様。 わたくし、ティルリアーナ・イル・リリトアと申します。 以後、よろしくお願いいたします」
「ありがたきお言葉でございます。 おそばで見れば、まるで美の女神のようなお美しさでございますね」
「お褒めいただき、ありがとうございますわ」
さすがはアルフのおじさんと言うかなんと言うか……。
9歳児を見て美の女神なんて、本気だったら犯罪の匂いがするよ。
あ、おじさんって言っても血は繋がってないんだっけ?
ふとその時、公爵と目が合った。
………あれ?
何だろうこの不思議な感覚は。
そう思った次の瞬間には不思議な感覚も収まり、公爵にも目を逸らされてしまった。 なんだろう、気のせいかな……?
その後に軽く言葉を交わしたタイミングで、ズィーザ公爵が少々大げさに慌てるふりをした。
「おや、あまり私が引き止めてしまってはいけませんな。 それではこれにて失礼いたします」
それでズィーザ公爵とは別れ、また別の人と挨拶をする。 あれ以降、不思議な感覚に襲われることはなかった。
しばらくしたタイミングで出会ったのは、筋骨隆々のスキンヘッドなおじさんだった。
「この度のご婚約、わたくし我が事のように喜んでおりますぞ。 それにしてもなんと美しい。 全く羨ましいですな」
なんか、上半身裸の状態で酒場で酒でも煽ってそうな人だ。 大きな斧が似合いそうな感じ。
豪快に笑う様も合わさって、貴族というよりも戦士だった。
あとで聞いた話だけど、事実この人の家は武功によって国に貢献して来たらしい。 先の大戦では敵の大体の1つをその1割にも満たない軍勢で完全に足止めしたそうだ。
「ありがとう、ガルディア伯爵。 ですがそのようなことを言っては、奥方が機嫌を損ねてしまいますよ」
「ご安心くだされ、妻は今回のパーティーには参加しておりませぬゆえ」
アルフの冗談に笑いながらそう返したけれど、そういう問題なのだろうか……?
まぁ、バレなければオッケーってことかな。
「それでは、わたくしはこれで失礼いたしますぞ」
「えぇ、ゆっくりと楽しんでください」
「ふぅ……」
ガルティア伯爵と別れたタイミングで、小さくため息をついた。
全体数と比べればまだまだだけど、もう結構の数の人と挨拶をしたと思う。 なんだかんだで1時間以上は立ちっぱなしだ。 さすがに9歳児の体力ではなかなか来るものがある。
「大丈夫? 疲れてない?」
ため息に気が付いたのか、アルフが歩みを止めて私の顔を覗き込んで来る。 距離が近いのは相変わらずだけど、もう慣れた。
「少しだけ……。 でも、大丈夫ですわ」
「主要なところはもう少しだから、その方々との挨拶が終わったら休憩しようか」
「そうですわね」
日はすっかりと落ちて、天井近くの窓から見える外の景色は完全に夜の闇に包まれている。
手元に時計がないから分からないけど、時間としては夜の7時くらいじゃないかな。
あと2時間もしたらお開きになるだろう。
────その時だった。
会場の中央付近の天井が、爆音とともに崩落したのは。