第14話.魔法道具
屋敷の本館とは別に作られた離れに、彼女の実験部屋が用意されていた。 もともとは物置として作られたのか、それなりの歴史を感じさせる建物だ。
それでも十分な広さがあり、様々な道具が並べられていても閉塞感は一切感じない。 明り取りの窓はないけれど、光属性の魔法道具が天井に埋め込まれているから薄暗いといった印象も受けないし。
外見とは裏腹に意外と明るくて清潔な空間だった。
ウォールシェルフには様々な魔法道具らしきものが並べられているけれど、何の魔法が込められているのか分からないものばかりだ。 本棚にズラリと並んでいる魔法に関する専門書の方がまだ取っ付きやすそうに感じる。
そんな中で、作業台らしきテーブルの上に置かれた製作途中の魔法道具に目がいった。
「これは何の魔法道具を作っているの?」
見た目は、握りやすいくらいの太さの棒の先にこぶし大の大きさの宝石が取り付けられたものだ。 いわゆるロッドやスタッフというようなものだろうか。
でもあれは魔法道具というよりも、安定して魔法を発動させるための謂わば補助器具のようなもの。 それに単純にそれらなら、いまさら新しく開発する必要もない。
既存のものでも十分な性能のものが揃っているからだ。
それこそ、威力が桁違いに跳ね上がるようなものでもないと開発する意味がないだろう。
「どんな病でも、傷でも、瞬時に治すことができる魔法道具ですわ」
「高位の《治癒》の魔術を使えるようにする魔法道具ってことなんだね」
現在、魔法道具で実用レベルで再現ができるのは2属性による複合魔法が限界だと言われている。 唯一例外的に光属性魔法だけは3属性の複合だけれど、それはただ光を発するという初歩的な使い方しかできておらず、本来の1パーセントの力も再現できていないと言われている。
そんな中で彼女が再現をしようとしているのは、高位の治癒属性魔法。 もし完成すれば、現在の常識を根底から覆すものとなるだろう。
治癒の魔法道具自体は今の時点でも存在する。 魔力がもともと込められているそれは、内臓の魔力が尽きるまでの間、患部に貼ることで傷の治りを早くするというものだ。 でもそれは発動している間は申しわけ程度に自然治癒力が上がるくらい。 全治1ヶ月の怪我が全治3週間に早まる程度だ。
生死を分けるほどの怪我を治すには程遠い。
「そうなりますね」
「でも、それがどうして爆発を起こしたの?」
治癒属性は癒しの力だ。
間違っても爆発なんて起こすわけがないし、爆破を起こすだろうと考えられる爆属性などとも全く異なる魔法陣になっている。
「魔法陣を組み合わせるのはとても繊細な作業なんです。 少しでも歪みが生じると、そこに注ぎ込んだ魔力が溜まって爆発してしまうんです」
「だいぶ危険な作業なんだね……」
「簡単な魔法道具ならば、魔法陣が壊れておしまいなんですけれど……。 高位の魔法を扱おうとすると、魔法陣も複雑になりますし注ぎ込む魔力の量も桁が違いますから」
魔法陣とは魔法道具を動かすための歯車のようなものだと、以前読んだ本の中に書いてあった。
すべての魔法陣をうまく噛み合わせなければ、動かないのだと。 そして全てが正常に作動した時に初めて求めていた効果を発揮する。
僕はそこまでしか知らなかったのだけれど、どこかで歯車の流れが止まってしまえば魔力が行き場をなくすのは当然の道理だ。
簡単な魔法ならば必要な魔法陣も少なく、結果として流すべき魔力も少ない。 そうすると行き場をなくして暴発する魔力の量も高が知れている。
逆に複雑な魔法になると暴発する魔力の量も膨大なものになるというわけか。
そこまで来ると、趣味として行うにはリスクが高すぎる。
よほどの理由があるのか、それともただ死に急いでいるのか……。
「でも、そこまでして君が高位の魔法道具を作ろうとしているのはなぜ?」
魔法道具は下位の魔法を使うためのもの。
それがこの世界の常識だ。 魔法を使うのがあまり上手でない人や、恒久的に使い続けなければならない魔法を再現するためのものだと考えられている。 それは例えば、夜道を照らす街灯の明かりとしてであったり、料理をするときの火元としてであったり。
「それは……」
僕の問いかけに対して、ティルリアーナは一瞬だけ言葉を濁らせた。
「わたくしが病で苦しんだ経験から、同じ苦しみを味わう人を減らしたいからですの。 わたくしの場合は国内有数の魔道士の方がいてくださったから助かりましたが、そんな恵まれた環境に居られるのはごく僅かですわ。 だからこそ、この魔法道具をたくさん作って国中に行き渡らせることができればと、思っていますの」
「そっか。 その夢、叶うといいね」
「えぇ」
とても高尚な志だと思う。
治癒の魔法道具が国中に広まることで救われる命の数は計り知れないだろう。
治癒の魔法が使える魔導師は少ないのだ。 現在の人数ではなかなか国中の病や怪我で苦しむことを救うことはできない。
これは彼女の本心だろうし、素直に尊敬する。 僕も彼女のように政治面だけではなく技術など他の面からも人々の役に立てるようにしなければいけないと思う。
「でも、何か他の理由があるんじゃないのかな?」
「………え?」
言葉に詰まっていたこともそうだけれど、仮にその理由だけだとしたらそこまで急ぐ必要はない。
いや、人の命がかかっているのだから急がなければいけないのだけれど、冷たい言い方をしてしまえばいまさら焦ったところで意味のないことなんだ。
治癒魔法があれば助かったかもしれない人は毎年大勢いる。 焦ったところで変わらない。
まして、結果を急いだせいで開発者が死に、計画が頓挫してしまっては救われるはずだった命も救われなくなる。
「ほ、他の理由なんてありませんわ。 考えすぎではなくて?」
「ふぅん」
まだ僕のことを信頼してくれているわけじゃないってことかな。
良からぬことを考えているというわけでもないだろうし。
だって、もし仮に悪用しようとしているのだとしたら、こうやって人に見せたりはしないだろう。 まして僕はこの国の王太子だ。 そんな影響力の強い相手にバレたりしたら、力づくで阻止されかねない。
もうしばらくは様子を見ておくことにしようかな。
「……そうだね、僕の考えすぎだったのかも。 ごめんね、変なことを聞いて」
「いいえ、気にしておりませんわ」
僕の返事を聞いたティルリアーナはほっと息を吐いた。
「ティナってわかりやすいね」
「……え゛!?」