第13話.彼女への想い
テロリストの攻撃かと思った爆発だけれど、実際にはティルリアーナが起こした魔法道具の実験での失敗だった。
その後、なんだかんだありつつ夫人の了承も取り付けてティルリアーナと一緒に魔法道具の実験を行うことになった。
「それでは殿下、私の作っている魔法道具を見ますか?」
「すぐに見られるなら、見せてもらってもいいかな?」
「はいっ。 こちらです」
ティルリアーナの案内で彼女の私室とは逆の方向───今まで歩いて来た方向を示される。
どうやら彼女の本来の実験部屋は別にあるようだ。
確かに、あのような爆発が頻繁に起こるような実験をするのなら、普段の居住空間とは別に作っておきたいだろう。 万が一にも自分の部屋を爆発に巻き込んでしまったら大変だし、そうでなくても騒音や振動も問題になる。
まぁ、部屋の中で爆発を起こしたような問題児もいたんだけどね……。
「あ、お母様もご覧になりますか?」
けろっと元気を取り戻したティルリアーナは数歩進んだところで自らの母親にも問いかける。 この子、今の今まで夫人の存在を忘れていたんじゃないだろうな?
前よりも頭は良くなったし、ある程度の常識的な行動も取れるようになった。 何より、僕にとっての生理的な嫌悪感のようなものもなくなった。
けれど、抜けているところは変わらないようだ。
「それよりも貴女、殿下とご一緒にお昼をいただくのではなかったのかしら」
「あぁ〜……。 じゃあ、それは後でってことで。 それでもよろしいですか、殿下?」
夫人の言葉にティルリアーナはすっかり忘れてたと言うように困ったような笑顔を浮かべた。
確かに予定ではお昼はこちらでご馳走になる予定だったはずだ。 公爵家なら出来上がった料理を温かい常態で保つ魔法道具もあるだろうけど、それでも長時間使っていれば硬くなったり味が落ちてしまう。
「僕は構わないけれど、せっかくお昼の用意をしてくださったのだから、いただいた方がいいんじゃないかな」
「そうよ、ティナ。 いつまでもわがままが通じるわけではないのよ」
「そうなんですけど……」
僕の援護射撃もあり、ティルリアーナは口をすぼめて不貞腐れた。 年齢よりも少し幼い仕草が可愛らしい。
この子は魔法道具が大好きなんだなぁ。
「じゃあ、こういうのはどうかな? お昼ご飯はいただくけれど、のんびりと話をしたりするのは魔法道具を見終わってからにする」
「それなら、まぁ……」
納得してくれたティルリアーナの頭をそっと撫でてあげる。
「ふぁん……」
僕からのちょっとしたご褒美のつもりだったんだけど、ティルリアーナの髪はサラサラでとても気持ちがいい。 僕の方が病みつきになってしまいそうだ。 気持ち良さそうな声を漏らしてくれるところも愛らしい。
この子は顔の両サイド────揉み上げから垂れる髪の毛をクルクルと縦ロール状に巻いているのだが、それがとてもチャーミングだ。
おそらく魔法で作っているのだろう。 ふとした拍子や、風で揺れる様が面白い。
「そ、それではわたくしは実験の後片付けをしてから参りますので、お二人は先に向かっていてくださいませ」
彼女の部屋はおそらく酷いことになっているのだろう。あれほどの爆発で無事な方が不思議だ。
ある程度はさっきから慌ただしく出入りしている使用人さんたちがやってくれているのだろうけど、実験器具に関しては人に触らせたくない部分もありそうだ。
この話し方からしてそう時間はかからないみたいだし、ここは先に向かわせてもらうことにする。
「分かったわ。 行きましょう、殿下」
「そうですね。 じゃあ、また後でね、ティルリアーナ嬢」
「えぇ、わたくしも直ぐに後を追いますわ」
ティルリアーナと別れて、夫人の案内で中庭に向かった。
中庭の様々な草花に囲まれたところに、真っ白のテーブルセットが設えられている。
椅子はちょうど3つ用意されていてそこに僕と夫人で腰掛ける。 レイチェルは使用人という立場だから僕の斜め後ろ。
「本当に申し訳ありませんわ、殿下。 あの子、最近はいつもあんな調子なんです」
腰掛けるなり、夫人が頭を下げた。
ティルリアーナのわがままに一番振り回されているのは間違いなくこの人だろうな。
「随分と熱心に研究をしているみたいですね」
「侍女に見張らせておかないと寝る間も惜しんで研究を始める次第で……」
「一つの物事に打ち込める女性はとても素晴らしいと思いますよ。 でもそうですね、そのせいでまた倒れられてしまっては僕としても困ります。 自分を大切にするように、僕からも頼んでみますね」
さすがにまた何日も倒れられては困る。 それに今回は運良く目が覚めたけれど、次も眼が覚めるとは限らないのだ。
次に倒れて目を覚まさなかったらと思うと、気が気ではない。
「ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことではありません。 大切な婚約者のことなんですから」
そう言い切ると、夫人は少し難しい顔をした。
何か変なことを言っただろうか?
僕としては喜ばれことすれ、そのような怪訝な顔をされる謂れはないと思うのだけれど。
「このようなことを申し上げては失礼とは存じますが……」
「何でしょうか?」
「殿下の娘への態度が以前とあまりにも違うものですから、どれほど殿下が娘のことを想ってくださっているのか判断が付いていないのです」
「はは、それはおっしゃる通りですね。 僕もまさか恋というのがここまで人を変えるものだというのは知りませんでした」
夫人の言葉に得心がいった。
なるほど、確かに僕はいま手のひらを返したようにティルリアーナを大切に想っている。
愛している、というだけでは足りないかもしれない。 溺愛しているという方が正しいかな。
「それに、僕の彼女への想いはどの程度なのか自分でもよく分かりません。 そもそも、目に見えないものですから人と比べようもありませんから」
「それもそうですわね」
僕自身は彼女のことをとても大切に想っているのだけれど、他の人の恋愛感情がどれほどのものなのかは分からない。
だから、自分の彼女への思いを相対的に判断することはできないのだ。 絶対的な判断としては、決して弱いものではないと思うけれど、なかなか表現するのは難しいだろう。
そのあと、10分くらい夫人と話をしているとティルリアーナが遅れて中庭にやってきた。
ティルリアーナの登場に合わせて料理が運ばれたけれど、そもそもこの国は昼食をたくさん食べる文化はないのもあって15分もしないうちに昼食の時間は終了となった。
あまり早く食べ過ぎるのは体に良くないという話なんだけど、15分かければまぁ大丈夫かな。
それから僕はティルリアーナに案内されて魔法道具の保管されている部屋に向かった。