第12話.事件?
馬車に揺られること10数分。
これで3度目となるリリトア公爵家の屋敷を訪れた。
ローレンシア王国の王都は王城を中心として放射状に街が作られている。 中心に近い部分は貴族の屋敷が多く立ち並ぶ貴族街となっており、外側に向かうにつれて庶民的になっていき一番外側には田畑が広がっている。
現国王陛下の政策のおかげで、少なくともこの王都には貧民街もスラム街も存在しない。 誰もが安心して生活できる街だ。
「到着いたしました。 どうぞ」
「ありがとう、レイチェル」
扉を開けてもらって、馬車から降りる。
馬車は玄関のすぐ目の前に止められて、公爵家の人々が両端に並んで出迎えてくれた。
そんな中、真ん中に立って出迎えてくれた女性が一人。
「ようこそおいでくださいました、アルフォード殿下。 娘は部屋におりますわ、どうぞこちらへ」
女性────リリトア公爵夫人と軽く挨拶を済ませてから、屋敷の中へお邪魔する。
階段を登り、いくつかの角を登ったところにティルリアーナの部屋はある。
その部屋の扉が見え、あと数メートルというところで。
地面が揺れるような爆発音とともに、ティルリアーナの部屋の扉が吹き飛んだ。
「殿下!」
咄嗟にレイチェルがこの場にいた人全員を半球状の防御壁で覆う。 それと同時に内側にもう一つ小さな防御壁を作り、僕だけを二重で覆った。
おかげで木片や煙は透明な防御壁に弾かれて、僕たちの元へ届くことはない。 防御壁は無属性の魔法で、守りたい対象の周りに圧縮した魔力を膜のように張るという単純なものだ。
それも実力者が使えば何者にも負けない鉄壁となりうるのだけれど。
「これは何ごとですか!? まさか、革命集団の攻撃……!?」
前方────ティルリアーナの部屋の方にも注意を払いながら、レイチェルは夫人を含めた公爵家の人たちに警戒心を露わにした。 素早くスカートの内側から取り出したナイフ状の魔法剣がその両手に握られている。
これはつまり、公爵家の中にテロリストが紛れ込んでいるということなのだろう。 だからレイチェルは僕だけを別で囲ったんだ。
夫人はともかく、そばにいる使用人の顔なんて僕たちはいちいち覚えていない。 その中にテロリストが紛れ込んでいる可能性もある。
「早く答えてください。 これは何事ですか?」
レイチェルの目が鋭く細められ、その手に持っている魔法剣が魔力を帯びていく。 刀身がブレ、まるで刃が何本もあるように見える。 やがて刀身はレイチェルさんの手から離れ、空中に無数の刃が浮遊しているという状況が生まれた。
あれは、幻属性の魔術と磁属性の魔術の同時使用、かな……?
両方とも二属性を組み合わせなければ発動しない魔法で、それを同時に使用するのは常人には真似できない技だ。
たぶん、あの中のどれか2つが本物で残りは全て幻影ということなのだろう。 いや、もしかしたら幻影の方にも何かトリックが仕掛けられているのかもしれないけれど。
「あ、いえ……これは……」
レイチェルを止めようとしたのか夫人が両手を上げようとするけれど、その首に無数の刃のうちの1つが突き付けられる。
「動かないでください。 私は殿下の身を守ることを使命としております。 そのため、いざという時にはある程度の権限が与えられておりますので」
それは王族の護衛に与えられた特権。
王族を守るためならば、たとえ自らよりも身分が上の相手であろうと一切の無礼行為が許されるというもの。 もちろん、証拠もなしに命を奪って仕舞えば問題になるけれど、逆に考えれば命さえ奪わなければ何をしても仕方がないとされるのである。
「ちょ、ちょっと待っ───」
いつも落ち着いた様子の夫人が冷や汗を垂らしながら弁解をしようとすると、ティルリアーナの部屋から1つの人影が這い出てきた。
「ゲッホゲホ、ゲエッホ!」
「ティルリアーナ様!」
僕を守るものを残して全員を守っていた防御壁が霧散し、レイチェルがティルリアーナの元へ駆けていく。
空気中に浮かべられた刃も全て消え失せた。 どうやら浮かんでいた中に本物の刃はなかったらしい。
「ご無事ですか、お怪我はございませんでしょうか!?」
「ゲホッ。 う、うん。 なんとか……」
トントンと背中を叩かれたティルリアーナは呼吸を整えながらなんとか言葉を紡いだ。
爆発のせいで煙が出たようだけど、もう煙は収まっており、物が燃えたりしたわけではないようだ。 煙による身体への害は少ないと考えていいだろう。
なんて考えていると硬直から回復した夫人が2人に向かって歩を進めた。
「ティ〜ル〜リ〜ア〜〜ナ〜?」
「お、お母……さま……?」
対照的に今度はティルリアーナが硬直状態になった。
それはまるで悪さがバレてしまった子供のそれだ。 いや、まさにそれなのかもしれない。
「私、言いませんでしたか? もうすぐ殿下がいらっしゃるから魔道具の実験はやめなさいと。 そして、部屋の中で魔道具の実験をしてはいけないと」
「いやぁ、それは、その〜……ひぅ!?」
まるで猫のように、ティルリアーナの首根っこを掴むと夫人はグイッと上に持ち上げた。
………う、うん。 あれは活性化の魔術だね。
無属性の魔術で、魔力によって擬似的に使用者の筋力を上げることができる……。
「実験には危険がつきものなのです。 だからこそ、約束は守らなければいけません。 それが出来ない人は実験をしてはいけないと、私は貴女に言いました。 そうですね?」
「は、はは、はい!」
ティルリアーナは今にも泣き出しそうだ。
こちらからはティルリアーナの顔しか見えず、夫人は後ろ姿だけだけれど……。
ちょっと想像したくないかな。
「あの、これは一体どういうことなのですか?」
状況が理解できなくなったところで、同じく取り残されてしまっていたレイチェルさんが問いかけた。
すると夫人はティルリアーナにすごい勢いで頭を下げさせ、自分も地面に手をついて頭を下げた。 ところで、ティルリアーナが地面に叩きつけられたときにガンっていう音がしたんだけど、大丈夫かな?
「申し訳ありません、殿下、レイチェル様! これはティルリアーナが魔道具開発の実験で失敗した結果でございます。 先日より、ティルリアーナは趣味の一環として魔法道具の開発に没頭しておりまして。 今日は殿下とお会いするので実験は行わないようにと言っておいたのですが……」
「……ご、ごめんなさい」
夫人は何度も何度も床に頭を擦り付けている。
何だか見ているこっちが居たたまれなくなってきた。
「どうか頭を上げてください。 僕たちは怪我どころか汚れひとつ付いていませんから」
「誠に、申し訳ありません。 殿下のお心遣い、感謝いたします」
そう謝罪をしてから夫人はゆっくりと頭を上げた。
それに続いてティルリアーナも恐る恐る頭を上げる。
その目元には涙が浮かんでおり、これはこれで可愛い。
でも、いつまでもそんなに暗い顔をされていては面白くないから話を変えることにする。
「……どんな魔法道具の開発をしているの?」
「え?」
僕が問いかけると、ティルリアーナは思考が追いついていないようで小さく首を傾げた。
「魔法道具の開発なんて趣味で出来るような内容じゃないよ。 良かったら僕にも手伝わせてくれないかな」
魔法道具の開発は国家の研究チームや、商家の開発部門で集団で行われるようなものだ。
中には1人で大発明を生み出すような人もいるけれど、そんなのはごく稀。 大体は自称発明家のヘンテコな人で終わってしまう。
「いや……それは……」
「いくら何でも殿下に魔法道具の開発をさせるわけには……」
「もちろん趣味の範囲内だよ。 それに僕も魔法道具には興味があるんだ」
それはあながち嘘ではない。
僕は魔法をそれなりには使える。 自慢ではないけれど、この歳で2属性の複合属性までなら扱えるのはなかなかだろう。
「ですが……」
「僕、ここに到着してすぐに爆発に巻き込まれそうになったんだけどな〜」
夫人が何か言いたそうにしていたけれど、にっこりと笑顔でそう返す。
申し訳ないけど、その点に関しては貸しがあるんだよね。
「その件に関しましては後日改めて謝罪をさせていただきます。 どうかお許しくださいませ」
「……そういえば、アルフォード殿下って魔法が得意でしたよね?」
夫人の必死な態度に反して、ティルリアーナはハッと思い出したようにそう質問してきた。
どこでそれを聞いたのかは知らないけど、別に隠しているつもりはないから別にいいかな。
「あぁ、うん。 得意ってほどではないと思うけれど、人並みには使えると思うよ」
「それじゃあ、お願いできますか?」
「ちょ、ティナ!?」
夫人が慌てて止めに入るけど、いまさら止まるつもりはない。
「殿下ならお分かりとは思いますが魔法道具の開発は危険なんですよ!? 幾ら何でも殿下にそのようなことをさせるわけには!」
「ご安心ください。 何かあっても自己責任ですし、側にはレイチェルが居てくれますから。 彼女はこう見えてもA+ランクの魔道士なんですよ。 それも防御魔法に特化した」
まぁ、さっきのやりとりで彼女がただ者ではないっていうのは身に染みてわかっているだろうけどね。
彼女の専門は防御だ。 無属性魔法である防御壁は初歩的な魔法だけれど、極めれば上級魔法でも傷1つつけることができないほどの強度になる。 そこに様々な補助魔法を組み合わせれば、一切の攻撃を防ぎ切る。
見た目こそか弱げな少女だけれど、彼女は国内でもトップクラスに頑丈なのである。
「………分かりました。 ですが、公爵家からも護衛の魔道士をさらに派遣いたしますからね」
「ありがとうございます、お義母様」
しぶしぶ許可を出してくれた夫人に、僕は素直に感謝の意を示した。
今度、夫人にはよく効く胃薬を用意してあげたほうがいいかもしれない。